第30話〜文化祭二日目・前編〜
「さあさあ今日は二日目特別の企画、プラス五百円で菌ちゃんと一緒にご飯が食べれるよー」
まるで磁石を近付けた鉄のように、男どもがは組に集まってくる。
ふざけるな。こんな企画のどこが魅力的なんだよ、馬鹿野郎この野郎。
「あーん。してよ菌ちゃん♪」
俺は教室内隅に設置された二人特別席に腰掛けて、食事を取る男と向かい合っている。
まったく気持ち悪い。俺は男なんだぞ、いい加減気付け。
おっと、こんにちはみなさん。慶二です。
今日は文化祭二日目の日曜日。正午になった今も空には青い色しか映りません。
そんな清々しいサニーデイなのに、俺の心はレイニーレイニー。
この企画がメイドミーソーバッドなのはクリアリーですが、リーズンはオンリーイットじゃありません。
それはイエスタディの事−−。
「明日は高政達も来るんだな」
「はい」
「それじゃあは組以外を満喫してこいよ」
「いえ、すぐに前田さんの所に行きます」
「いや、それは止めておいた方が…」
「駄目なんですか…?」
「うん、まあ…。駄目って訳じゃあ…。でもなあ…」
「駄目なんですか…?」
「…もちろんいいに決まっているさ。俺の勇姿を目に焼き付けておけ!」
「はいっ!」
あの目はずるいよな。
ああ、どうしよう…。
俺の勇姿を目に焼き付けておけは無いでしょ。勇姿を目に焼き付かせるのが一番駄目なんだろうが…。
いや、俺はできる子だ! 羽ばたけ俺のソウルッ!
「お母さんにこんな格好を見られるなんて…」
こんにちは、里美です…。鬱です…。
理由は他でもない、昨日のことです−−。
「さっちゃん、明日は外康さんと高政ちゃんと、三人で行くわよ〜」
「本当に? それじゃあ、は組以外を満喫してきてね」
「もちろんさっちゃんのコスプレも見に行くわよ〜」
「だから来なくていいって」
「や〜だ〜。絶対に行くんだから〜」
「お願い! 来ないで!」
「あっかんべ〜」
我が母親ながら可愛すぎる…。
でもここで屈する訳にはいかない。そう、私は強い子よ。燃え上がれ私のソウルッ!!!
「はぅ…。雪りんに見られたら、後で何て言われるのかなぁ…」
はじめまして、澪です。今日はかなり鬱…。
その理由は昨日のこと−−。
「明日は里奈と一緒に見に行きます…」
「そう…。じゃあ、は組以外を満喫してきてね」
「何を言っているんですか…? 私達は、は組しか満喫しないつもりですが…」
「来なくていいよ〜。別に何も面白くないんだから〜」
「嫌です…。絶対に見に行きます…」
「どうしてそんなに来たいの?」
「それは澪の弱みを…」
「私の何を…?」
「何でもありませんよ…。ククク…」
はぁ…。絶対後で笑われるよ…。
でもここで屈する訳にはいかない。そう、わたしは出来る子。輝けわたしのソウルッ!
「あれー! 外康に高政に綾子に雪江に里奈だー!」
「ついに来たか」
「来ちゃったわね…」
「みんな一緒だよ…」
忠海が六人席に皆を誘導したみたいね。
水運びは私の役目。里美、頑張ります!
「お水です」
まず最初に里美が行った。
そういえばあいつは昨晩、綾子さんに来るな来るな行ってたな。ご愁傷様だ。
「さっちゃん…」
「いらっしゃいませ、お母さん」
私は完璧な営業スマイルで、この空気に対抗した。
しかし−−。
「お母さんは恥ずかしくて街を歩けないわ〜」
あ、里美がお母さんを泣かした。なんて親不孝者なんだろう。
でも来てくれる親がいるだけいいよね…。いやいや、わたしは強い子! 頑張るの!
あ、みんなのメニューが決まったみたい。わたしが聞きに行かなきゃ。
「ごちゅーもんはお決まりですか?」
「ククッ…」
雪りんめ〜! 早速笑ったな〜!
こういうのは無視無視。無視が一番だよ。
「生まれてこのかた彼氏が一人もいないお客様、ご注文はお決まりですか?」
「くっ…!」
へっへっへ、どうだ思い知ったか雪りん。わたしに盾突くからだよ〜。
雪りんの落ち込む姿が目に浮か−−
「−−でも、それは澪も同じでしょう…?」
はぅわ! それは盲点だった!
はぅ…。まさか自分にもダメージがくるとは思わなかったよ…。
「ふ、二人とも大丈夫ですよ、僕もそうですから…」
高政が健気にフォローしてるけど、あいつはまだ小六。そんな年齢の高政が言っても、フォローにはならないよな。
「そ、そうだ! 前田さんは何処ですか?」
それを聞いちゃダメだ高政ぁぁぁ〜!!!
「慶二なら…」
「慶二くんなら…」
里美!澪! 絶対に言わないでくれっ…!
「あそこにいるわよ」
「あそこで男の人とご飯食べてるのが、そうだよ」
ぬぁぁぁ!!!
「ま、前田さん…?」
高政がやってきた。俺は顔を高政に見られないように、そっぽを向く。
「前田さん…。何をやっているんですか…?」
俺は下を見たまま、顔を上げない。
そして俺は決心をする−−。
−−逃走だ!!!
「あ、菌ちゃん! 俺まだ食べ終わっていないのに!」
そんなの知るかっ!!!
俺は勢いよく廊下に飛び出して、そのまま適当に逃げる。
「兼次、菌が逃げたわよ」
「何だと!? 追え!追うんだ!先生と忠海、五十嵐姉妹は残ってくれ!」
俺は体育館に逃げ込んだ。ステージ上では演劇部が劇を行っている。
内容は…。真田十勇士…?
「幸村殿ー!」
霧隠才蔵が真田幸村を呼ぶ。
しかし幸村か。幸村はカッコイイけんだけど…。子孫は…。
「それで、どうしたんだ才蔵」
「見つけた!!!」
その声は才蔵からではなく、体育館入口から聞こえてきた。
俺は恐る恐る入口を見た。そして、そこにいたのは新撰組、御堂涼子だった。
「捕まえたぞ。大人しくしろ」
「はい…」
俺はあっさり捕まえられ、涼子に連れていかれた。
しかし、連れていかれた場所は俺の想像していた場所ではなかった。
「ラブラブお化け屋敷?」
「さあ、入ろう」
いや、お前の目的は何だよ。
「涼子、俺を連れ戻しに来たんじゃないのか?」
「細かい事を気にするな」
細かい事ねぇ…。むしろ一番大事なことだと思うのだが。
ま、いっか。昨日は全然学校を回れなかったし、お化け屋敷は大好きだし。
「それじゃあ行こうかりょ−−」
「−−何をやっているのかしら?」
まさかこの声は…。
「さ、里美か…。い、いや、涼子は俺を連れ戻そうと…」
「来なさい!!!」
「里美、けい…。菌をどこに連れて行くんだ」
俺はなんとか弁明しようとしたのだが、里美に強引かつ大胆にアタックチャ…。引っ張られてしまった。
そして里美は、涼子を無視して俺を引っ張って行く。行き先はもちろんじご…。く…?
相性占い?
里美が連れて来たのは、一年に組が出店しているラブラブ相性占い屋という場所だった。
そして里美はそのまま無言で教室内に入った。
教室内には占う場所が数個あり、黒いカーテンで覆われていた。里美は空いている場所を見つけたらしく、そこまで俺を引っ張った。
「いらっしゃいませ」
椅子は二つあり、俺達はそこに座る。そして、外にいたに組の人がカーテンを閉めてくれた。
占い師とは机を挟んで向かい合っている。着ている衣装もそれっぽい衣装だ。
「それで…。同性愛というやつですか?」
ですよねー。
「こいつは前田慶二! 男よ!」
里美はじれったい、といった感じで怒った。
それにしても、そんなに簡単にばらしていいのだろうか。
「これって女装だったんですか? 女にしか見えな…。ってあの前田先輩ですか!?」
「そう。わたし…。俺は前田慶二だ。他の人には黙っていてくれ」
俺は久しぶりに喋った気がする。って、さっき喋ってたか。
「キャー!」
その占い少女は、俺の顔を見てびっくりしている。俺ってそんなにキモい顔なのか…?
「あ、あのっ! サインをくれませんか?」
「……はい?」
その少女は目をキラキラさせて、俺のサインを求めてきた。
「サインってあれか? マリオが…」
「それはコインですよ」
「最近寝れない…」
「それは不眠症ですよ」
「最近腰痛が…」
「それはヘルニアです」
「最近歯が…」
「虫歯です」
「目が…」
「近眼です」
「耳が…」
「それは中耳炎です。私が欲しいのは中耳炎じゃなくてサインです。かすってもいないじゃないですか」
「そっか。なら初球は内角スライダーだ」
「克也、俺は甲子園に行く、ってそれはサインです! 私が欲しいのはサインなんです。サインが欲しいんじゃありません。前田先輩のサインが欲しいんです。前田先輩のサインはいりません」
ん〜? 頭がこんがらがってきたぞ〜。
ドンッ!!!
と、里美が両手で机を叩いた。まるでドンキーコングだ。
「ちょっと! 私の許可無しに、慶二にサインを要求するんじゃないわよ!」
「あ、そういう先輩は確か、慶二先輩にいっつもベタベタしているスライムの女、伊勢里美先輩じゃないですか」
「スライムの女ですって!?」
「はい。別名、米沢駅乗り換えの里美先輩」
「どうしてそんなあだ名なのよ!」
「島先輩から前田先輩に乗り換えたからです」
米沢乗り換えだって?
「それは友達もそう呼んでるのか?」
「はい。呼んでるのは私達だけですが…」
「そう。それで君の名前は?」
「私は滝沢早苗です。さなえって呼んでください」
「わかった。それで早苗ちゃん」
「何ですか?」
「そのあだ名をやめてくれない?」
「え?」
「聞こえなかったのか? そのあだ名を止めろと言ったんだ。そして里美に謝ってくれ」
「どうしてです…?」
「俺達は幼なじみだから一緒にいるんだ。それを兼次から俺に乗り換えただと? 世の中には言っていいことと悪いことがあるんだっての」
「……」
「分かったか? とにかく、友達にもその事を言っといてくれ。もし里美をそのあだ名で呼んだら、俺だけじゃなくて兼次も黙っちゃいない。って」
「はい…。前田先輩の頼みなら」
言って早苗は里美を見た。
「すいませんでした里美先輩」
「え、ええ…。謝るならいいわよ…」
しかしこの調子だと、他の一年も別の似たあだ名で、そう呼んでいるかもな。
俺はそう思いながら席を立ち上がった。
「里美、俺用事が出来た。兼次にはそう言っといてくれ」
「え、慶二ちょっと!」
行っちゃった…。
それにしてもこの状況をどうするのよ…。
「はぁ…。里美先輩は羨ましいですね…」
「え、何が?」
「あんなにいい人が側にいるなんて…」
「え、べつに羨ましくもなんともないわよ…」
「そんなことはありません! 里美先輩はその環境に慣れているならそんな事が言えるんです!」
「環境に慣れているから…?」
慶二が側にいることに慣れちゃった、か。言われてみればそうかもしれない。
「そうです! あんな素敵な男性は滅多にいません! 私はもう、前田先輩の全てに惚れました」
「全てに惚れたの!?」
「はい。今までは一人のファンクラブでしたが、これからは一人の女として、前田先輩を愛します!」
あの男は何人の女子を惚れさせたら気が済むのかしら…。私もその内の一人…。って、うるさいうるさーい! さっきみたいな事を言われたら、いくら私でも惚れるに決まっているじゃないの!
でも、本当に嬉しかったな。あれが幼なじみじゃなくて、恋人だから。って言ってくれればよかったのに…。
慶二【里美と一緒にいて何が悪い!】
世界【悪いですよ! どうして幼なじみだからといってずっと側にいるんですか!?】
慶二【そ、それは…】
私【慶二、いいのよ。私の事は放っておいて…。私はいくら傷ついても大丈夫だから】
慶二【馬鹿野郎!】
慶二が私の頬を叩く。
私【どうして叩いたのよ!】
慶二【お前…。俺の気も知らないで…】
私【あんたの気持ちなんか知らないわよ!】
私は怒る。しかし、不意に慶二が強引に抱き着いてきた。
私【ちょっと、離してよ!】
慶二【嫌だ! 絶対に離さない!!!】
私【どうしてよ! ただの幼なじみなんじゃないの!】
慶二【違う!】
私【じゃあ何よ!!】
慶二【お前は俺の好きな人だ!!! 毎晩俺に味噌汁を作ってくれ!!!】
そのまま慶二が強引にキスを…。
そして強引に…。
「キャー♪」
「里美先輩?」
「慶二の好きにしていいよ…。なーんて言ったりしてー♪」
世界は救急車を呼んだ。
…
……
「すいませんでしたっ」
午後四時。場所は二年は組。
文化祭が調度終わった瞬間に、俺は教室に戻って来た。
「なかなか度胸があるな、慶二」
「すいません…」
兼次神の降臨だ。
「まあいいさ。お前には頑張ってもらったしな。恥ずかしかったのに、よく頑張ったな」
クラスメート達が俺に拍手を送る。
なんて優しいクラスメートなんだろう…。あれ? 目から汗が…。
「そこで、そんな慶二には罰ゲームだ」
しまったぁぁぁ!!!
兼次はそういう奴だったんだぁぁぁ!!!
「慶二、ちょっと来い」
兼次が慶二を呼んだよ。
って今度はボク視点なってる!?
「マジかよ!?」
「ああ。これでお前の仕事は全て終わりだ」
兼次が慶二に話した事って、いったい何だろうね。とっても気になるよ。
でもそんなことより、折角ボク視点になったんだから−−。
−−後夜祭なんか無くなればいいのにな…。
ちょっと慶二! 初めてのボク視点なのに、いきなり奪わないでよ!
あ、悪い悪い。続けていいぞ忠海。
ありがと慶二。
そう。それでこの学校には、後夜祭ってやつがあるんだよ。その内容は…。
忘れちった♪
とにかく、次回は文化祭二日目・後夜祭だよ。
それじゃあまた次回だよ。バイバ〜イ♪