第21話〜二人でボーリング〜
涼子と夜の街で遊ぶことになった慶二。はたして涼子との恋の行方は…?
「突然で悪いな。明日香」
「いえ、構いませんわよ」
「明日香はボーリング場にカラオケ、バッティングセンターまで持ってるんだね〜」
「ボクも感動したよ〜」
「わたし、ボーリングは久しぶりだわ〜」
「お母さんもなの?」
「拙者は初めてでござるな」
「私は何回かあります…」
「今日もタダ飯にありつけた」
「ボーリングとはなんじゃい有次!」
「お前、そんなことも知らないのか?ヒデとかラモスとかがよくやってるやつだよ」
「ど、どうして…。二人っきりのはずじゃ…」
ここはボーリング場。どうして皆が集まっているかというと、率直に言って金銭面が原因なんだな。
というのも、涼子を誘ったまではよかったんだが、実は俺自身が金を持ってなくて…。
もしかしたらと思って明日香に電話したら、見事にビンゴだったんだ。
今回は貸し切りボーリングだ。
「いや〜。助かったよ明日香。それに皆と遊ぶことにもなったしな」
「ええ。私、抜け駆けは許さない女ですから」
「明日香っ…!」
「あら〜、どうしましたの涼子〜?」
涼子は拳を握りながら、明日香を睨みつけていた。
俺は涼子の特訓が潰れたことが原因だと思ったので、謝ることにした。
「涼子、今日は特訓できなくてごめんな」
「…そっちではない」
あ、涼子がさらに落ち込んだ。
乙女心はよくわからんな…。
「みなさーん!」
明日香がその場にいる全員に、大声で呼びかけた。
「今日は、新システムボーリングを、皆さんにやってもらいますわ」
「新システム?なあにそれ?」
おそらく、俺達全員が疑問に思っているだろうことを、澪が代表して聞いた。
「その名もっ!」
その名も?
「二人でボウルですわ!」
二人でボウル?
「このボールをよく見て下さるかしら」
明日香は言うと、一つのボールを持ち、それを全員に見せた。
「穴が六つあるでござるな」
そう、そのボールには指を入れる穴が六つあったのだ。
ということはもしかして…。
「そうですわ。今回はこのボールを使い、二人で協力してボールを投げてもらいますわ」
その場にいた全員が騒ぎだした。
「面白そうじゃのう!」
「難しそうね〜」
しかし、これ結構危ないんじゃ…。
だって、投げるところを想像したら…。
「慶二さんも今おっしゃいましたが、これはかなり危険ですわ」
「いや、まだ何も言ってないが」
「しかし、二人の間に愛が、絆があれば大丈夫ですわ」
無視に加えて、精神論かよ…。
「それではクジでペアを作りましょう」
…
……
「ペアができましたわね」
クジによって六組のペアが完成したので、今日来ている人物と合わせて紹介しよう。
まず綾子さん、四分蔵ペア。
このペアは、綾子さんがどこまでできるかが鍵だろうか。
次は有次さんと直正さんペア。
この二人は愛も絆も最高級だ。
次は兼次、澪のペア。
澪は昨日、忠海と共に300点以上をたたき出した実力者だ。侮れない。
続いては、涼子、明日香のペア。
この二人、チンピラのように激しく睨み合っている。
次は忠海、雪江さんペア。
かなりの実力がありそうなペアだ。
そして…。
「里美か」
「なによ!何か文句あんの!」
「文句は無いが…」
「ならそんな顔するのやめてよね!」
「この顔は元々だ!お前は俺の顔を全否定するのか!」
「全否定して何が悪いのよ!」
悪くはないけどさ…。
俺の気持ちも考えてほしいって言うかさ…。
「勝負はトーナメント方式ですわ」
言って明日香は、ホワイトボードにトーナメント表を書く。
そして、その組合せもくじで決められた。
一回戦は俺達と有次さん、直正さん。
兼次、澪と明日香、涼子。
シードは綾子さん、四分蔵と雪江さん、忠海だ。
おそらく決勝に上がるのは、忠海達だろう。
「時間を考えて、勝負は三投のみにしますわ。三投目は普段の十投目と同じように…」
「わかったよ〜!」
明日香の説明に忠海が口を挟んだ。
明日香は、まあいい。という顔をして…。
「優勝ペアには賞品が出るので頑張ってください。それでは始めますわ!」
そして全員、指定されたレーンに行く。
俺達四人もレーンにある椅子に座った。
賞品がかかっているから、気合いを入れていくか。
「やるからには負けたくないな。里美」
「当たり前じゃないの」
「ボーリングでわしらに勝とうなんて甘いのう!」
「弱い犬ほどよく吠えるってな」
この人、さっきラモスがどうのこうの言ってたような…。
そして二人は立ち上がって、十本あるピンの正面に立った。
「一投目じゃい!」
「いっくぜー!」
あれ、二人共ボールを持ってない…。
「…って。ちょっと待ったー!!!」
「なんじゃい慶二」
「俺達の邪魔する作戦か?あぁ〜?」
「二人共、ツインシュートでもする気ですか?」
二人は、持つはずのボールを、まるでPKでもするかのように床に置いている。
そしてこともあろうに、そのボールを蹴ろうとしていた。
「ボールは持って投げなきゃ、ボーリングじゃないんです。今、二人がやろうとしているのは、ただの足首クラッシャーですよ」
「そんなはずなかろう。これがボーリングだと有次が言っていたぞい」
「それは有次さんの嘘ですよ」
直正さんは怒って有次さんを見た。
「有次!嘘をついたのか!」
「いや、知ったかぶってみただけだ。俺もボーリングが何かは知らん」
駄目だこの大学生…。
とにかく。ルールを知らないのでは話にならないので、俺達は二人に、ボーリングのいろはを教えた。
しかし、二人は意外と物覚えがよく、十秒で全てを理解してくれた。
おそらく二人は、人の話をじっと聞いているのが、とても苦手なのだろう。
「ルールも分かったし、わしらの勝ちじゃのう!」
「ハハハ!まさか敵に塩を送るなんてな。愚かな奴らだ!」
こいつらは礼の一つもしないのか!!!
しかし、一応俺の説明を少しは聞いてくれていたらしく、ボールを手で持っていた。
これで足首をやっちゃうことはないだろうから安心だ。
「いくぞ直正!一投目だ!」
「合点承知!」
二人が助走した。
しかしこの二人、恐ろしいほど呼吸がぴったりだ。
「「うぉぉぉ!!!」」
投げたっ!
凄い!一糸乱れぬコンビネーションだ!
「ぬわぁぁぁ!!!」
「指からボールが離れんぞい!」
あ…。
「「うわぁぁぁ!!!」」
スパコーン!!!
二人がボールを投げたまではよかったのだが…。
しかし、ボールは二人の指を離さず、二人はボールを持ったまま引っ張られ、それぞれ両端のガーターを頭から滑っていった。
これは…。
「あれってストライクだよな、里美?」
「うん…。でももう…」
二人はレーン奥で、救急車ー!と言いながら、足首をおさえている。
「結局足首をやっちゃったな…」
「まだ蹴ったほうがよかったかもね…」
「寧ろ、あれでどうやったら足首を痛めるんだ…?」
「さあ…」
自業自得…。だよな…?
…
……
「しっかしお前のレーンで、救急車騒ぎになるとはな」
「どうやったらボーリングで足首を痛めるのかな〜?」
「ボールを蹴るか、最悪でもガーターを滑れば…」
二回戦は、澪、兼次ペアとの試合になった。
このペアに負けた明日香、涼子は喧嘩ばっかりで、ボーリングどころではなかったらしい。
「涼子が私に合わせないから負けたんですわ!」
「それは明日香がコマネチとかするからだろう!誰が合わせるか!」
「何ですってー!」
「フンッ!」
ありゃあダメだな。
とにかく、優勝ペアには商品があるんだ。
「だからお前らには負けねぇよ!」
「私と慶二の実力を見せてあげるわ」
「いや、里美。まだ一回も投げてないから」
「そっか…。実力もへったくれもないわよね…」
なんて言ってたら、兼次達に笑われた。
「アハハハハ!お前らはまだ一回も投げていなかったのか!これは笑えるな!」
くっ…。何も言い返せない…!
「ほんとほんと〜!それでわたし達に勝とうなんて甘いよね〜!」
「全くだ!まだ俺達も一球でさえ投げてないというのにな!」
「本当だよね〜!アハハハハ〜!」
お前らも投げていなかったのかよ!!!
「ならどうして、お前らに笑われなきゃいけないんだよ!」
「あっ、そうか…。すまん…」
「そういやそうだったね…。ごめん…」
こいつらは大丈夫か?
たしかに素直なのは認めるが…。
「まあ…。とにかく勝負だ!」
「どうやら最初は俺と澪の番のようだな…」
「わたし達の実力を見せてあげるよ」
「いや、まだ一回も投げてないから」
「そっか〜。実力もへったくれもないよね〜」
「しかし勝つぞっ!」
「任せてよ〜」
二人は先程俺達がやったやり取りをやった後、雰囲気が変わった。
「これは…。ボーリングの鬼…?」
「そうね…。まさにボーリングの鬼だわ」
兼次が着ているTシャツの背中に、そう書いてあった。
「兼次…、そのTシャツは……?」
「ああ、これか。これはこのボーリング場に売っていたやつさ。さっき明日香にタダで貰ったんだ」
「それは…。よかったな…」
「ああ。家にあるTシャツが二枚に増えたよ!」
笑っていいのか分からねえよ…。
「冗談だよ。さすがに私服がTシャツ一枚で過ごせる訳無いだろ」
冗談かどうかわかりずれえよ…。
「とにかくいくぞ澪!」
「がんばろ〜」
二人は一緒にボールを持った。
しかし兼次の様子がおかしい。
「いっくよ〜」
「ちょっ!待て澪」
しかし、澪は無視をして助走をする。
兼次はそれに引っ張られる形となった。
「だから待てってば!入れる指を間違え…。澪ー!!!!」
「わたしはボーリングの鬼よ〜!キャハハッ!」
澪は完全に自分の世界に入っている。
「指がぁぁぁ!取れないんだよぉぉぉ!」
「行っけぇ!兼次ぅー!」
澪は兼次ごとボールを投げた。
兼次とボールは一直線にピンへと向かっていく。
そして…。
「やったぁ〜!ストライクだ〜!」
澪が大はしゃぎしている。
「あれ?兼次くんは何処?」
澪の口から、行っけぇ兼次ぅ。とか聞こえたような気が…。
「兼次は大丈夫かな…?」
「ん、どうだろうな…」
俺達は兼次を見たのだが…。
「救急車ー!!!」
そこには足首をおさえながら、救急車ー。と叫んでいる兼次がいた。
…
……
「よっしゃあー!気を取り直して行くぜ、里美!」
「ええ!今までは…。微妙な勝ち方だったけど…」
「せめて、投げさしてほしかったよな…」
「うん…。しかも怪我人が三人出ちゃったし…」
…。
いやっ!今回は気合いを入れなきゃ駄目だ!駄目だ!
「決勝戦くらいは、この前田慶二!花を咲かせて見せるぜ!」
「そうね!決勝くらいはやってみせるわ!」
決勝の相手は、おそらく忠海と雪江さんだろう。
あの二人はかなり上手そうだから、本気でいかなきゃ駄目だ。
「かかってこい!俺が全てを薙ぎ払ってやるぜ!」
「いくわよ!」
決勝戦の相手がやってきた。
よっしゃー!やってやるぜー!
「よろしくね二人共♪」
「よ…。よろしくでご…。ざ、る…」
………。
「おい黒豚、なんでお前はボロボロなんだ」
「つまらない理由だったら殺すわよ」
「そ…。それは…」
四分蔵は綾子さんをちらっと見たが、すぐに視線を反らす。
「と、とにかく拙者達の方が、忠海達より強いから勝ち上がったのでござる」
「ん…。確かにそうだな」
「それもそうね」
「そうよ〜。四分蔵ちゃんとわたしは強いのよ〜♪」
「ひぃっ!」
綾子さんは、ねぇ〜。と言って四分蔵を見たが、四分蔵はただただ怯えるだけだった。
いったいどうしたのだろうか…。
「みんな頑張ってね〜」
「ガクガク…」
「ブルブル…」
そしてもう一つ気になるのが、澪は俺達四人に声援を送ってくれているのだが、忠海と雪江さんは下を向いたまま何かに怯えているのだ。
「なぁ里美、あの二人の様子が…」
「私も思った。それに四分蔵の様子も…」
とにかく始めないことには何とも言えない。
「それじゃあ綾子さん達が先ですよ」
「は〜い♪」
しかし、ボールを持っている四分蔵が、綾子さんにそれを渡すそぶりを見せない。
「四分蔵、お母さんが指を入れれないじゃないの」
「…」
里美が言うものの、四分蔵は動かない。
いったい何をためらっているのだろうか。
「四分蔵、どうしたんだ?」
「どうしても渡さなきゃいけないでござるか…?」
「当たり前じゃないの。いいから早くお母さんに渡しなさいよ」
「後悔するでござるよ…」
四分蔵は綾子さんが指を入れることができるように、ボールを持って行った。
「ありがとうね四分蔵ちゃん♪」
「はいでござる…」
そして綾子さんが指を入れっ…。
「オラオラ行くぞ四分蔵!!!」
「はいっ!!!」
えっ…!?
「投げるっつってんだから早くしやがれ!このうすのろがぁぁぁ!!!!」
「すいません!!!」
この人誰…?
「なあ里美…」
「お母さんスイッチが入ったみたい…。皆が怯えている理由がわかったわ…」
「スイッチって…。昔の綾子さんスイッチか…?」
「うん…。バイク以外にもあるなんて、知らなかったわ…」
この綾子さんの変化には、その場にいた全員が絶句していた。
それは無理もない。なんせ口調が180度違うからな。
「オラオラ投げるぜー!!!」
「ギャー!!!」
綾子さんはボールを上下左右に動かす。当然四分蔵も上下左右に引っ張られる。
「オラオラオラオラー!」
「綾子殿ー!勘弁してほしいでござるー!」
しまいには、綾子さんはボールをアーチ状に動かした。
それに伴い、四分蔵は床に何度もたたき付けられる。
「四分蔵をたたき付けるのが目的になってるな…」
「そうね…」
「里美、止めれるか…?」
「無理よ…」
里美でも勝てないのか…。
なんて言っていると、綾子さんはまるでハンマー投げをするかのように、ボールを回し始めた。
そして…。
「狙うは世界一だぜぇぇぇ!!!」
四分蔵ごと投げた…。
「あら?いつの間にか投げてたわ〜」
「ンノァー!!!」
見事にストライク…。
「あら、ストライクを取っちゃったわ〜」
「…」
「…」
数秒の沈黙の後、明日香が俺達の所に来た。
「四分蔵さんは足首を故障したので、綾子さん四分蔵ペアは棄権…。慶二さん達の優勝ですわ…」
「……」
「……」
……。
「これを賞品にしますわ…」
「ありがとう…」
「中身は何だろうね…」
俺達は明日香に渡された、賞品袋の中身を見た。
「テーピングだ…」
「そうね…」
「あいつらに全部あげようか…」
「そうね…」
テーピングは、足首などを固定し、怪我から守る医療用具です。