まつり
僕は浮かべと意識を集中させる。
体がふわりと浮き上がる。
僕が空を思い浮かべると、僕の体はどんどんと急上昇していき、眼下の町がどんどん小さくなっていく。
そして僕はその町、いやその『世界』を出た。
【 まつり 】
僕は次に身を休めるところを探して、『世界』と『世界』の間の空間をさまよっていた。
そう。 僕は次元の旅人。
色々な『世界』を旅する旅人なのだ。
もうどのくらい前からか忘れるくらい昔から、僕はこうして世界を旅していた。
ふと目を向けると、そこには昔の匂いを感じるような世界を見つけた。
よし、ここにしよう。
僕はその世界に意識を集中させ、その世界へと向かった。
その『世界』に降りていくにつれ、その『昔』の感じを残したような町並みが広がってくる。
『田舎』ではない。 しかし、『都会』というほどでもない。
そんな、『昔』と『今』が混在したような街。
僕が着地したのは、公園の砂場の上。
僕は少し疲れてしまい、砂場に腰を降ろした。
『世界』と『世界』の間を旅するのも楽ではない。 結構体力とか気力とかを消耗するものなんだ。
まぁ、少し休んでから今日の宿を探そう。
そう思いながら、辺りを見回すと、公園の外に立っていて、こっちを見つめていたらしい女の子と目が合った。
年のころは中学生ぐらいだろうか?
ショートカットの髪型に、人なつこそうな顔立ちをしている。
彼女は僕のところに近づくと言った。
「ねぇ、もしかして君、天使さん?」
「はぁ?」
「空から降りてくるところを見かけたから」
あぁ、僕がこの世界に降りてくるところを見たのか。
まぁ、何も知らない人が見たら、そう思えるんだろうな。
僕は苦笑しながら言ってあげた。
「いや、天使なんてありがたいもんじゃないよ。 僕はただの旅人さ」
「ふぅん…。 でも君って、なんか珍しいね」
「まぁ、そうかもしれないね。 さて、と…」
だいぶ疲れもとれたみたいなので、僕は立ち上がった。
「どこか行くの?」
聞いて来た女の子に、僕は答えた。
「うん。 今日の宿を探さなきゃ」
「そうなんだ…うち、よその人を泊めることについては厳しいから…ごめんね」
「いや、別にいいよ。 最低でも雨露をしのげるところでも探すから」
「あ、それなら私のおじさんのやってる宿屋はどうかな? おじさん優しいから、
ただでも泊めてくれるかも」
ありがたい申し出に、僕は安堵の表情を浮かべながら「いいの?」と聞いた。
野宿の経験がないわけじゃないと言っても、やっぱり野宿よりは、ちゃんとしたところがいい。
「うん、君、悪い人みたいには見えないし」
「ありがとう。 えぇと…」
「あ、私は新沼葉月と言うの。 よろしくね」
そう言って彼女は微笑んだ。
葉月さんのおかげで、僕はそのおじさんがやっているという宿屋に泊めてもらうことができた。
まだ疲れがあった僕は、あてがわれた部屋に入るやいなや、倒れこんで眠った。
脳裏に今までの思い出が夢となって現れては消えていく…
少しすると、ほほに冷たい感触を感じて、僕は目を覚ました。
「うわっ…、あ、葉月さん」
僕の視界に飛び込んできたのは、缶ジュースを持った葉月さんだった。
彼女はにっこりと微笑むと、缶ジュースを僕に差し出した。
「はい、ジュース買って来てあげたよ」
「あぁ、ありがと。 いただきます…」
そう言って僕は、缶ジュースのリップルを開けて、ジュースをのどに流し込んだ。
「はーっ、おいしかった」
「どういたしまして」
そう言って微笑む彼女。 なんかかわいいなぁと思った。
「あ、ねぇ。 君って、旅してるって言ってたよね?」
「うん」
「できれば、どんなところを旅してたか聞かせて欲しいなぁ」
「あぁ、いいよ」
宿を提供してくれたり、ジュースを持ってきてくれたりしてくれた礼としてなら安いもんだ。
僕は、今までの思い出を話してあげた。
「そうなんだ…。 いいなぁ。 私も旅したいなぁ」
「ははは、葉月さんには無理だよ。 これは僕だけの力なんだし」
「そっかぁ…。 でも、うらやましい」
と僕が葉月さんと楽しく話しているところに、下の階から、この宿のご主人のおかみさん(と思われる)
女性の声がした。
「ご飯できましたよー」
それと同じくして、葉月さんも立ち上がる。
「あ、それじゃ、私はそろそろ帰るね。 またねー」
「うん、またね」
そう挨拶を交わし、彼女は元気に部屋を出て行った。
とってもかわいくて優しい彼女。 僕も彼女と旅をともにしたい。 連れて行きたい。
そう思ったが、僕はその思いを頭を振って振り払った。
彼女には、『世界』と『世界』を旅する能力はないし、それに彼女には戻るべきところがあるのだから。
次の日、僕は葉月さんに連れられて、近所のあの公園に向かった。
そう、あの僕が降り立った公園だ。
葉月さんの友達と思われる少年や少女たちがあちらこちらのブランコやシーソー、滑り台などで遊んでいる。
そう。 それは、僕が今まで訪れた世界にはなかった光景だ。
いつしか僕は、この街に愛しさを感じていた。
でも、僕は、ずっとここにいるわけにはいかない。
僕にはこの旅を通して、大切なものを見つけるという目的があるんだから。
僕はそう思いながら、滑り台の上から、夕暮れ時の空を眺めていた。
「どうしたの?」
何時の間にか、隣に葉月さんが来ていた。
「あ、葉月さん」
「これからの旅のことを考えていたの?」
「うん」
僕はうなずいた。
葉月さんは寂しそうな表情を浮かべて言った。
「ずっとこのままいてくれればいいのに…」
「ごめん。 僕には、この旅を続けなければならない、大切な理由があるんだ…」
「うん、ごめんね。 わがまま言って…。 あ、そろそろ帰らなきゃ。 またね」
そう言って彼女は滑り台を滑り降り、家路についた…。
それから、彼女は僕を急に避けるようになった。
宿の僕の部屋にも来なくなったし、外で見かけて声をかけても、用事があるから、って逃げられてしまう。
そのたびに、胸が切なくなる。
…もうそろそろ潮時かもしれない。
僕はそう思った。
旅支度を済ませると、最初に僕が降り立った、あの公園の砂場に向かう。
そう、僕は所詮、通りすがりの旅人でしかない。
いくら僕がこの『世界』に親しみを感じても、この街の人たちにとって、僕は部外者でしかないんだ。
そう思い直し、僕はこの世界を出るべく、意識を集中させた。
そこへ。
「おーいっ」
僕の元にやってきたのは、葉月さんだった。
「あ、葉月さん…」
「良かった。 ちょっと、君に見せたいものがあるんだ。 ほら、おいでよ」
「お、おい…」
彼女は僕を引っ張って、どこかへと連れて行った。
彼女が僕を連れてきたのは、町外れの神社だった。
そこでは、老若男女問わず、みんなが輪になって踊っている。
「葉月さん、これって…」
「えへへ、気に入ってくれた? この街に来てくれた君を歓迎するのと、
これからまた旅立つ君を励ますのに、街のみんなと話し合って、祭りを開いたんだっ」
そう言って、楽しそうに笑う葉月さん。
その彼女を見ていると、しょせん自分は部外者でしかないと思っていた自分自身が恥ずかしくなってくる。
「うん、ありがとうっ」
微笑む僕に、葉月さんが微笑んで言う。
「どういたしまして。 ささっ、君も踊ろうよ」
「うんっ」
そして僕たちは楽しい『祭り』に身をゆだねた…
そして祭りが終わった夜…
僕と葉月さんは公園の滑り台の上に登って夜空をながめていた。
「楽しかった?」
「うん、とっても」
「そう? 良かった」
そして少しの沈黙。
それからまた、葉月さんが口を開く。
「ねぇ? 君、いつ街を出るの?」
「うーん。 来週には出発しようと思ってる」
「そう…」
「でも、この1週間、葉月さんやこの街のみんなと出会って、とっても楽しかったよ。
とっても嬉しかった」
そう言うと、彼女はうれしいような寂しいような微笑を浮かべて言った。
「私も…君と会えて楽しかったよ…」
それから少しの沈黙。
今度は僕から沈黙を破った。
「あ、そうだ。 僕を助けて、楽しさをくれた葉月さんにいいものを見せてあげる」
「いいもの?」
「うん。 しっかり抱きついててね」
僕の言葉通り、葉月さんは無言で僕にしがみついた。
僕は真上に広がる星空に意識を集中させる。
僕の『能力』が僕と葉月さんを空へと運ぶ。
「ほら、下を見てごらん」
「え? わぁ…」
僕らの下には、僕が今まで住んでいた街、葉月さんが住んでいた街の灯りが宝石のように輝いていた。
「きれい…」
「うん」
「この宝石の一つ一つに私やお父さんやお母さん、そしてこの街のみんなの営みがあるんだね」
「そうだね」
「とっても嬉しい贈り物だね。 ありがとう…」
「葉月さん…」
そして僕たちはずっと、眼下に広がる宝石箱を眺めていた…。
そして次の週の月曜日。
僕はこの世界を旅立つことにした。
僕の周りには、葉月さんや、宿を貸してくれたおじさん、そしてこの街のみんなが見送りに来てくれていた。
「それでは皆さん、お世話になりました」
「どういたしまして」
「体に気をつけるんだよ」
「もしよければまた来ておくれ」
「はい。 今まで、ありがとうございました」
僕はそうみんなに礼を言うと、葉月さんに向き直った。
「葉月さん…」
「ん、なに?」
「いつになるかわからないけど、目的を果たしたら必ずこの街に戻ってくる。
だからそれまで…待っててくれるかい?」
彼女は元気にうなずく。
「うんっ」
彼女の笑顔を見て、僕も微笑む。 そして再び街のみんなに向き直る。
「それでは皆さん…どうか、どうかお元気で!」
そして僕は空へと目を向ける。
浮かべと念じると、目に見えない力で、僕の体は空に運ばれていく。
下を見ると、葉月さんが、宿屋のおじさんが、そして街のみんなが手を振ってくれている。
でも、その姿はどんどん豆粒のように小さくなっていく。
でも、僕たちは離れ離れじゃない。
お互いの心の中に、お互いがいるのだから。
そして僕は心の中で「ありがとう」を言うと、一気に次の世界へと飛翔していった…
これは、以前に書いた小説なのですが、この小説を書いた経緯というのが、その前日にこんな感じの夢を観まして。 目が覚めてとても感動したのでこうして小説にしたという次第なのであります。
これを読んで、僕が夢を見たときの暖かさを、皆さんにも感じてもらえたらな、と思います