夏の祭りの前に
開け放たれた窓に吊るされた風鈴が心地よい音を立てながら揺れていた。
窓の外からは、セミの鳴き声が入ってきてもいる。
少年が、ベッドに寝転がってそれを聴いていた。
彼は、名を大西啓次郎という。
鼻筋のはっきりした顔立ちと、筋骨たくましい体躯が浅黒い肌によろわれている。
彼は、音に聴き入っているようで、座卓の上の携帯が震えだしても目を開こうとすらしない。
それどころか、何事もなかったかのように寝返りを打った。
しかし、彼が携帯に背を向けたそのときに、控えめなノックの音が聞こえてきた。
「お兄ちゃん居る?」
少し間を開けてドアノブが回される。
入ってきたのは、小動物を連想させるほどに小さく愛らしい女の子だった。
「どうした? 奈緒」
啓次郎が、器用に手を使うことなく、上半身だけを起こしてあぐらをかく。
「宿題が解けないのか?」
「はずれ」
「それなら……」
そこで、唐突に奈緒が座卓に近づいていった。
「メール来てるよ」
そう言うと、携帯を手に取って少年の方へ突き出した。通知のライトが点滅しているのを示してみせる。
「ね?」
心なしか得意げに、携帯を少年に手渡す。
少年は、携帯を受け取りはしたが、
「用件は?」
さして興味なさげに言う。
「お父さんが、今日のお祭りどうする? って」
奈緒は、不満そうな顔を隠そうともせずそう答えた。頬を膨らませて少年を睨む。
それすら無視して携帯を操作しながら、
「行くよ」
そう、答えた。
それに対して奈緒は、まさに、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしていた。
「そんな顔をするほどのことか?」
啓次郎の言葉で、すぐに我に返る。
「今までずっと、面倒くさいとしか言ってこなかったから」
「さすがに、同級生から誘われたら行くさ」
「そっか」
言うと、安堵の表情を浮かべる。
それを見た啓次郎は驚きをすぐに消し去り、笑って見せている。
「それより何時からだ?」
言われて、奈緒は時計を確認する。
「十八時頃から」
「あと、三時間ね……」
啓次郎はベッドから立ち上がると、奈緒の頭に軽く手を置いた。
「ありがとな」
そう言うと、多感な年頃の妹の背中を押すように部屋から出て行った。
三時間後、家の玄関前に二人がいた。絵に描いたように仲のよさげな兄妹が。
「父さん達は?」
啓次郎が辺りを見回しながら言う。
「先に行っちゃたよ」
「仲睦まじいことで」
「私達は? お兄ちゃん」
「いや、まぁ……」
知らぬ人が見れば、勘違いしそうな二人だった。
「さて、行くか」
「うん」
どちらからともなく手をつないで歩き出す。遠くから、微かに祭囃子が聞こえ始めていた。