離れぬ両腕と届かぬ愛
時計は11時を指していた。
果てた俺は、脱力し切ってベッドに倒れ込んだ。
俺の左腕が乗った心臓は、絶え間なく脈打っていた。
愛とは一体何だろうと、彼女が死んでからよく思う。
likeとloveの違いとか、ココロとカラダの区別とか、そういうことじゃなく、ただ俺は純粋にこいつへの感情の正体が知りたい。
誰か教えてくれ。
俺の心に深く根付いた「彼女」は、誰なんだ。
俺を呼ぶ声は確かなのに、ピントがズレて認識出来ない。
『俊君、私はいつだって俊君が----』
なんて都合の良い頭だと思うと、自分を殴り倒したくなった。
心臓の持ち主は、ゆっくりと収束していくそれに比例して、目を閉じた。
申し訳ない気持ちと同時に、心臓は愛の正体を知っているのかが気になり始めた。
自分はバカだと思う。
何が悪いかも分からない程に。
「ごめんなー…」
閉じた目から、耳の方へと流れたものは、単なるゴミ処理ではない、そう思いたかった。
それでも頭に浮かぶのは、心臓とは別人だった。
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肩から提げた鞄は、食い終わった弁当のおかげで行きよりも軽かった。
俺の足音より早いリズムは、男女の身体能力の差だけでは無いと思っている。
従順、努力家、頑固で真面目。
低身長なのに体重があるのは、痩せ気味のグラマーだからとしか言いようが無い。
「…おい。」
名前を呼ばなくても、振り返る笑顔を壊したかった。
「…なぁに?」
立ち止まる君が、
憎らしい。
そして、
「誕生日プレゼントやるよ、心臓。」
愛らしい。
「え?…え」
手を引いて、心臓の唇を自分の唇で噛む。
キスなんてしてやらない。
そう考えているのに、心臓は顔を真っ赤に染めて、溶けたような、イってる時の顔。
息を止める心臓は、明らかに酸欠な自身を置き去りにして考える。
「あ、そうだ」
わざと唇を離し、心臓の息を整わせる。
心臓が、自身の唇を拭わずにいる辺りで、俺への愛を確認する。
「…オフクロが、今日来ない。オヤジは飲み会。
だから、俺の家に来い。」
紙では無く口頭で言ったことに意味があると思っている。
両手を頬に添え、何度も頷く心臓。
好きだなんて、一生言ってやらない。
愛してるなんて、死んでも言わねえ。
だから、心臓…
だから、佳奈子、
永遠に、誰からも、俺からも、その手を掴まれないでくれ。