↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
8/8

第八話 四人で一人

「この……バカ者が!!」

 橘を叩きのめしたその日。

 父上に事の顛末を話したところ、雷が落ちた。

「お前のやったことは単なる自己満足だ!」

 と、烈火の如く怒っている。

「しかし、父上」

 僕は自分のために剣を取ったのではない。

 橘から彼女達の心を取り戻すために戦ったんだ。

「そうやって己を正当化しようとするな!」

 僕がそう釈明しようとも父上は話を聞いてくれそうもない。

「どんな崇高な理由があろうとも! 大切な物を奪われたとしても! 拳を振り上げた時点で悪になる!」

「では父上、相手が殴りかかってきようとも黙って耐えろと仰るのですか?」

「その場“は”耐えろ!」

「しかし、法律は向こうの味方です。何も持たない者は泣き寝入りをしろと仰るのですか?」

 今回、橘には夢宮と言う絶対権力者が裏に控えていた。

 その家が睨みをきかしているから父上は橘を捕まえることが出来ず、当の本人は高笑いをして三月娘に危害を加えた。

 もしこれで何事もなかったかのように振る舞えというのなら死んだ方がましだ。

 僕の思いが通じたのか父上は息をのみ、そして打って変わって静かな声音で。

「康介よ……力は大きな力によって潰され、その大きな力も巨大な力によって――その終わりのない繰り返しだ」

「……」

 その言葉を最後に辺りは水を打ったように静まり返る。

 僕としては理不尽で頭が一杯だったけど、それ以上の目の前の父上の諭そうとする理由が分からなかった。

 橘が僕に刃向うはずがない。

 二度と僕や三月娘達に危害を加えないよう散々に痛めつけたから金輪際僕の前に姿を現せることはないだろうに。

「……どうやら分かっていないようだな」

 僕の表情から察したのか父上は肩を落とす。

 その変わりようはまるで二十歳も年を取ったようである。

「もう良い、いけ」

 話すことが尽きたのか父上は僕を下がらせる。

「お前にはしばらく謹慎を命じる。わしが許可を出すまで外に出ることを許さん」

「三月娘達と会うこともですか?」

「その通りだ」

「父上、それは」

 余りにも酷いのではないかと思い、抗議しようとしたのだが。

「くどい!」

 父上の一喝によって黙らざるを得なかった。

「っ、失礼します」

 こうなった場合、反抗しても無駄だ。

 だから僕は一礼して立ち上がり、後ろへ下がって襖を閉めた。


「はあ……」

 父上から謹慎を命じられてからもう三日。

 敷地内から一歩も出ることが許されず、僕は自室に籠るか庭で素振りを行うかしか出来なかった。

 僕としては立華や優奈、響に会いたかったのだけど父上が禁止令を出したので家に来てくれていない。

「せめて電話だけでもさせてくれればなあ」

 厳しいことに父上は電話すら許してくれなかった。

「暇だなあ」

 学校にも行けない僕はこうして家で惰眠をむさぼっていた。

「康介、入りますよ」

 ノックと共に入室してくるのはいつも柔和な笑みを浮かべる母上。

 父上の怒りの後でも変わらず僕に接してくれたことは本当に嬉しかったのを覚えている。

 まあ、それでも。

「康介、母も怒っているのですよ。今回は勝ったから良いものの、もし負けて心を奪われ、康介が廃人になってしまえば私はどうすればよいのでしょう?」

 母上はそう僕に釘を刺すのを忘れていなかったけどね。

「康介、お客様が来ていますよ」

 そう告げる母上の言葉は僅かに固い。

「客?」

 僕のオウム返しに母上は頷き、そして。

「はい、夢宮学園からです」

「っ!」

 瞬間、脳裏に閃いた一連の出来事に僕は思わず顔を歪めた。

「大丈夫です」

 そんな不安に揺れる僕を安心させるように母上は微笑んで。

「お父様も傍にいますから」

「父上が!?」

 何と昨日から行方が分からなくなっていた父上も参加するという。

「父上はどこに行っていたのでしょうか?」

 ちょうど良い機会だったので母上にそう聞いてみるものの。

「……」

 母上はいつもの微笑みを浮かべ、何も語ってはくれなかった。


「お待ちしておりました、犬神康介」

 客間でお茶を啜っていたのは先日出会った数字に拘った夢宮学園の者である。

「現在時刻は十七時ちょうど、一秒の誤差のなく登場するとはさすが犬神康介ですね。あの時は名乗らず失礼しました。私の名は鴉村 零亜。夢宮家の分家の者です」

 そこまで口上を述べた鴉村さんは完璧と言える礼を披露した。

「康介」

「あ、申し訳ありません」

 父上に促された僕は慌てて父上の横に腰を下ろし、鴉村さんと相対する。

 人工かと疑うほど均整の取れた顔の比率に全くくせ毛のないストレートヘアー。

 あの時は暗がりで顔もよく見えなかったが、こうして至近距離で見つめると美人だなあと言うことが分かった。

「しかし、こう二人が並んでもらいますと親子だということがより鮮明に理解できます」

 僕がそう呆けているのを知ってか知らずか鴉村さんは雑談を始める。

「“鬼神”と魔法使いから恐れられた非魔法使い――犬神雄一郎としての強さも遺伝しているのでしょうか」

「ご冗談を、夢宮家の使いの者」

 鴉村さんの言葉に父上は首を振る。

「昔の話です。今はただのしがない農家でしかありません」

「フフフ、その言葉。どこまで真実なのか分かりませんね」

 そして鴉村さんは湯呑を取る。

 その動作から雑談はもう終わりなのだろう。

「学園長である夢宮翼様からの言葉です」

 その言葉に周りの空気が緊張する。

 さすが夢宮家と縁の深い者と言うところか。

 この威圧感は中々お目にかかれないな。

「犬神康介――その者を課外授業課程が修了したとして再度学園への通学を許可する。以上です」

「は?」

 鴉村さんの言葉の意味が分からず間抜けな声音を上げてしまう。

 課外授業?

 僕はそんな通告など一切受けていないどころか退学届まで出したのだけど。

「……夢宮家が黒と言えば黒になる」

 父上がそう補足したので渋々納得した。

 後出しじゃんけんなど当たり前。

 全く、本当に権力と言うものは汚い。

「拒否します」

 僕は力強くそう言い切る。

「これ以上誰かに生活を引っかき回されたくありません」

 全ての狂いは魔法使いとして夢宮学園へ入学したことだった。

 もしあの時拒否していれば僕は三月娘達と一緒に楽しく過ごしていた。

 一年ほど遠回りしたけど、ようやく掴んだ幸せ。

 それをわざわざ手放す意味など無かった。

「犬神康介、一つ問いましょう」

 鴉村さんは唇をにんまりと広げて。

「橘竜一郎は再び学園に通っています」

 鴉村さんは続けて。

「この出来事を境に橘は以前より強くなるでしょう。そしてもう一度犬神の前に現れます」

「っ!」

 鴉村さんの冷徹な言葉に僕は言葉が詰まる。

「まあ、私としても夢宮学園出身の魔法使いが一般人に危害を加えるのは感心しませんが、それによって私達に大きな利益を齎すのであれば眼を瞑りましょう」

「……それが、僕が夢宮学園に再入学するのとどんな関係がある?」

 僕はうめき声を上げる。

 理解はしている。

 理解してるが聞かずにはいられない。

 そして、その答えは勿論。

「決まっているでしょう、力ですよ。橘竜一郎よりもあなたの方が強ければ夢宮家はあなたの要望を叶えるでしょう」

「僕と橘は決して健全な関係と言えないが」

 互いに切磋琢磨し合う美しい関係ではない。

 どちらかが死ぬまで戦い続ける血みどろの仲だろう。

 僕のそんな懸念に対し、鴉村さんはさらに唇を吊り上げて。

「なあに、構いませんよ。むしろそれこそ魔法使いに相応しいでしょう。同じ学園に殺し合う者同士が机を並べて学ぶ異常風景こそ魔法使いを育てる学園です」

 そんな恐ろしいことを平然とのたまう鴉村さんは一体何なのだろう。

 見た目こそ僕と変わらない年齢ゆえに僕は恐怖を覚えていた。

「用件を伝えた私はここでお暇しましょう」

 僕から視線を外した鴉村さんは音もなく立ち上がる。

「玄関まで送ろう」

 父上はそう述べるが鴉村さんは首を振って。

「そのご厚意は誠に嬉しいのですが、そこまでお手を煩わせるわけにはいきません」

 やんわりと、しかし断固拒絶した。

「ああ、言い忘れていました」

 立ち去る直前鴉村さんは振り返り、そして。

「私は今年度から夢宮学園に入学した者です。なのでもし学園に戻るのであれば呼び捨てでお願いしますね……犬神先輩」

「え?」

 鴉村さんが僕より一個下。

 今日一番の驚きの事実によって僕は硬直した。


「康介よ、お前の心はもう固まっておるのだろう」

 鴉村さんが去った後、父上は大きく息を吐き出す。

「はい」

 父上にとっては非常に残念かもしれないけど僕の心はすでに決まっていた。

「父上、自分は夢宮学園に戻ります」

 父上の視線を捉え、ハッキリと物を言う。

「橘竜一郎をこのままにしておくことは出来ません」

 あの橘だ。

 この程度で済むとは絶対に思えない。

「僕は橘に対し二度と僕や三月娘達に関わらないよう敗北を刻みつけます。そして叶うのならば――」

 橘竜一郎をこの世から滅します。

「やはり……こうなったか」

 てっきり反対すると予想していたけど外れ、代わりに小さく俯く。

「父上は僕の返事を予想していたのですか?」

 僕の問いかけに父上は大きく頷き。

「ああ、お前が若年とはいえ外的作用魔法を扱う魔法使いを倒したと知った時から、勧誘が来ると予想していた」

 ここで父上は一息を吐き。

「康介よ、世の中は強者に厳しい。力のある者は相応の責任と苦悩を背負わなければならない……出来れば康介は守られる側でいて欲しかった。人並みに働いて結婚し、子孫を残してほしかった」

「父上……」

 父上の言葉に僕は詰まる。

 仮定の話をしよう。

 もし僕が橘の挑発に乗らなければどうなっていたか。

 その時は夢宮家から目を付けられることもなく、これから先も平穏に暮らしていただろう。

 そうだろう……が。

「父上、僕は何度あの時に戻ろうとも橘の元へ向かいます」

 彼女達三月娘に危害を加えた橘を僕は決して許さず、例え刺し違えてでも奴に一矢を報いていた。

「そうか……」

 僕の決意を感じ取ったのか父上は大きく息を吐きだす。

「涼子、奥の間からあれを持ってきてくれ」

「はい」

 いつの間に傍に寄っていたのだろう。

 母上はテーブルの上に置いてある湯のみを片付けようとしていた。

「すぐに持ってきます」

 そう言い残す母上の表情は決して晴れやかでないことを追記しておく。


「犬神よ、これは代々犬神家に伝わる家宝だ」

 正座し、相対した父上が脇差を僕の目の前に突き出す。

「業の名は“千変万化”達人が使えば金剛石をも切り裂くが素人だと藁すら切れん。持ち主を選ぶ刀だ」

「はい」

 僕は両手を差し出して千変万化を受け取る。

 長さは三十センチ弱しかないが、そこに込められた思いの深さに腕が軽く震える。

 これが先祖から代々伝わる家宝の重みか。

 今まで持ってきたどの刀よりもこの脇差一振りには敵わないように思えた。

「康介、体に気を付けるのよ」

「母上」

 僕は言葉に詰まる。

 何故なら母上は泣いていたからだ。

 どんな時でも笑顔で、怒る顔は勿論のこと、泣き顔を見せなかった母上の涙に思わず胸に詰まる。

「辛かったら逃げても良い。向こうは向こうの都合しか考えない。だから自分の身が危ういと感じればすぐに逃げるのよ」

「あ……ありがとうございます」

 母上から感じる無限の愛情に僕は深く頭を垂れた。

「さて、康介よ。出立の準備をしておけ」

「え、もうですか?」

 母上の愛情に感動していた僕だけど、そんな父上の言葉に現実へと返される。

「そう急がなくても良いのでは?」

 何も昨日、今日と準備をする必要はないように感じるが。

「康介よ、わしは昨日夢宮家の当主と面会してきた」

「ああ、そうですか」

 父上の言葉で納得した。

「向こうはもうお前を受け入れる準備が整っている。だからその気になれば明日にでも夢宮学園へと通うことが出来る」

「それは……何と言いますか」

 準備が早過ぎる。

 事の展開の早さに全然付いていけていない。

「皆には報せんで良い。前回の様に町を上げての門祝いなどされては堪らん」

 どうやら父上もネズミによる余計なことを腹に据えていたらしい。

 普段より僅かに言葉に棘が混じっている。

「分かりました。しかし、出立の前に三月娘と会っていきたいのですが」

 別に祝ってもらう必要はなかったが、どうしても譲れない点――立華や優奈、そして響に別れの挨拶を告げておきたい。

 僕はそう父上に願いを出すけど。

「その必要はない」

 一言に突っ張られてしまった。

 その余りの態度に僕は抗議のしようと口を開くのだが。

「康介、向こうに着けば分かりますよ」

 それより先に母上が唇に手を添えた。

「……分かりました」

 全然納得がいかないが、両親に逆らう勇気はない。

 まあ、向こうについて時間が空けば会いに行けばいいのだから問題はないかなと思い込むことにした。


「……お前ら何をしている」

 僕が思わずそう漏れ らしてしまったのは仕方のないことだろう。

「え? 何って?」

「見て分かりませんか?」

「荷物の整理整頓ですよ」

「……もしそれが分からなければ僕は病院へ行くべきだな」

 床一杯の段ボールから荷物を取り出して所定の位置へ持っていく様を見れば誰だってそう結論づける。

「あのなあ、僕は言っているのはだな」

 このままだと拉致が空かないと判断した僕は思いっきり息を吸い込みそして。

「立華! 優奈! 響! 何故君達が僕の引っ越し先にいるのかと聞いてるんだ!」

 心の内に溜まっていた疑問を吐き出した。

 事の顛末はつい五分前。

 再度夢宮学園に通うこととなった僕は以前と違い、庭付き一軒家を与えられた。

 何でも特別な魔法を扱えるので厚待遇になるとか。

 さすが夢宮学園。

 力が無ければ寮という名の監獄で多人数暮らしを強いるだけのことはある。

 強くなればなるほど衣食住のレベルが上がっていた。

「これぐらいなら悪くはない」

 僕は与えられた環境に満足し、ドアを開けた所で冒頭へと戻る。

「えーと、この荷物は」

「ああ、立華ちゃんそれは私のです」

「優奈さん、下の段ボールを取って下さい」

 僕が大声を出した際は止まったものの、すぐに作業を再開した三月娘。

「この光景を見た僕の感情を何と言えば良いのかなあ?」

 僕は声に出すことによって気持ちを整理する。

 つい先程まではあれほど会いたいと願っていたのに、いざ実現するとそれほどでもなかったような虚脱感。

 大好きなゲームの続編の発売日を夜も眠れないほど待ち続けていたのに、実際手に取って見ると思ったより嬉しくなかった感覚に似ている。

 まあ、そんな感想は横に置いておいて。

「立華、体の調子はどうだ?」

 僕は近くに寄って来ていた立華にそう尋ねる。

「橘からやられた傷は痛むか?」

「うーん、そのことなんだけどね」

 僕の質問に立華は視線を宙に彷徨わせて。

「正直何も覚えていないの。あの橘とかいう奴が私の胸に手を伸ばした瞬間から記憶が飛んでいてね。最初に目を覚ました時は『あれ、何で私はベッドで寝ているんだろう?』だったのよ」

「そうか」

 どうやら立華は怖い思いをしていないようだった。

 あの下衆な橘が三人の心を弄んでいないのか不安だったのだけど、それが杞憂に終わってホッとする。

「だったら問題はない。悪いな、作業を続けてくれ」

 それ以上は立華の邪魔になると思い、この場を去ろうとしたが。

「待ちなさい」

 やはりというか立華に止められる。

「これ、二階に持っていく荷物。重すぎるからあんたが持っていきなさい」

 立華が指をさすのは机は本棚、ベッドといった重家具品の数々。

 正直一人ではきついと抗議するが。

「魔法を使えば何も問題はないでしょ」

 その一言で押し切られてしまった。

「やれやれ」

 こうなってしまったら大人しく従った方が良い。

 だから僕は肩を竦めてそれらを運ぼうと、机を持ち上げた所。

「康介」

「何だ?」

 立華から声をかけられた。

「あんた、私達のために戦ってくれたんでしょう」

「まあな」

 僕がそう返すと。

「そっか。ありがと、康介」

 素直にお礼を述べられた。

 正直立華から優しくされたことなんて滅多にない出来事だから思わず硬直してしまう。

 が、そのままだとあまりに間が悪いので。

「何だよ立華。らしくない」

 そう軽口を叩いておいた。

「あーっ、酷いなあ」

 幸いなことに立華は含み笑いをしながらの返事だったので僕は心の動揺を悟られることなくこの場を去ることが出来た。

 良かった、顔を見られなくて。

 階段を上がる最中、僕はずっとそのことに安堵していた。


「大体これで良いかな」

 僕は立華が指定した大荷物全てを二階に運び終え、四つある部屋の内一つの部屋で足を投げ出す。

「……本当に三人はここに住むつもりか?」

 運んだ家具の内何点かは見覚えがある。

 彼女達は宮倉町にある自分の私物をここへ運んでいた。

「ええ、昨日付けで夢宮学園普通科に編入。目が覚めて気が付けばそんな通告が来ました」

「優奈、それは本当か?」

 僕の問いかけに立華は頷いて。

「それも拒否権なしの強制転校。正直夢宮家がここまで強引だとは思わなかったわ」

「何ということを……」

 僕は頭を抱える。

 夢宮家を始めとした権力者達がこちらの道理を無視することは知っていたが、まさかここまで踏み込んで来るとは思わなかった。

 三月娘をここに留めておくのは僕に対する人質。

 何か変なことを起こしたら容赦無く制裁を加えるという意思表示だった。

 どうするべきか。

 僕は早くも学園に対する反逆の計画を考え始めたのだけど。

「康介君、難しく考え過ぎよ」

 後ろから茶目気の含んだ声によってかき消された。

「優奈……」

 僕は振り返って声の主を呼ぶと。

「はい、ご名答です」

 優奈はコロコロと笑った。

「隣は良いかしら」

「どうぞ」

 優奈が僕の右横に立ってそう聞いてきたので許可する。

 むしろ許可しない理由がないだろう。

「康介君は私達が夢宮学園に通うのは反対なのよね」

「まあな」

 つい先日、権力の闇の片鱗に触れた所だ。

 もし彼女達がそれに利用されようというのならば絶対に帰らせなければならない。

 橘という危険材料もいる以上、ここはあまりに危険すぎるのだが。

「大丈夫よ」

 しかし、優奈はウフフと笑って。

「康介君がいるから大丈夫。もしもの時はあの時の様に守ってね」

「……」

 そう笑顔で頼られては頷かざるを得ないだろう。

 若干の不安を残しながらも僕は許容することにした。


「何とか片付いたな」

 ソファに腰を下ろした僕は大きく息を吐く。

 大まかな荷物は全て各部屋へ運びこみ、細かな私物等は各々が行うまで進ませることが出来た。

「もう日暮れか」

 外見ると辺りは真っ暗。

 この家に来たのが朝の十時頃だということを鑑みると結構な時間が経っていたことになる。

「お疲れ様です康介さん」

「ああ、お疲れ響」

 上からひょっこりと顔をのぞかせた響に僕はそう答える。

「そろそろ晩御飯の支度を始めたいのですが、手伝ってもらえるでしょうか?」

 晩御飯。

 それを聞いただけで僕の腹はグーッと空腹を訴える。

 そういえば朝に食べたきりだったな。

 お腹が空いて当然か。

「よし、分かった手伝おう」

 僕はそう一息を入れて立ち上がる。

 意外だろうがこの四人の中で一番料理が上手いのが響でその次が僕。

 優奈と立華は論外なのでカウントしない。

 だから響が僕を誘ったのは当然だと言えよう。

「今日は簡単にすき焼きでもしましょうか」

「なるほどね」

 すき焼きならそれといった手間もかからず大量に作ることが出来る。

 響は良いチョイスをしたな。

 僕は響を心の中で褒めながら食材と調理器具の入った段ボールを探しに向かった。


「康介さん」

「ん? どうした響?」

 材料を切っている最中、響がそう声をかける。

「この状況――康介さんは不本意かもしれませんが、私はとても幸せですよ」

「どういう意味かな?」

 僕の問いかけに響はこちらに顔を向け、花を咲く様な笑顔を向けて。

「だってこうして四人で暮らすことが出来るからです」

 響は嬉しそうに言葉を続ける。

「宮倉町では実家が近いせいで別々に住んでいましたが、ここだと四六時中一緒にいることが出来ます」

 満面の笑みでそう宣言することから響は今の状況は心底嬉しいのだろう。

 その気持ちは痛いほど分かるため思わず同意しそうになるが。

「……今だけだ。時間が経てば故郷が恋しくなる」

 僕はあえて冷たく突き放した。

 何故なら、ここで頷くと響はこの場所を守ることに必死となり結果として居場所を壊してしまいそうだったから。

「けど、その時まではずっと一緒ですね」

 が、響は全く堪えた様子がない。

 何というか、永久機関の持ち主と言われた響のポジティブさを改めて実感する結果になった。

「しかし、よく親が許したな」

 故郷と言う単語を出したので、それに連想する形で両親のことを尋ねる。

「特にネズミは絶対に許さないと思うが」

 中央に対する貢物として優奈を大切に育ててきたネズミだ。

 こんな危険極まりない場所に優奈を住まわせることをよく許容したなと考えるが。

「ん~、何か夢宮家の名が出てくると二つ返事でOKしたそうですよ」

「あいつ……」

 僕は頭を抱えたくなる。

 長いものに巻かれる性根もここまでくると感動してしまうな。

 一体何を食べたらあんなけったいなモノが出来上がるのだろう。

 ネズミの嫌な信念を考察していた僕に。

「ああ! 火力が強すぎますよ」

「うわ! ごめん」

 そのことに集中しすぎて目の前の料理が疎かになってしまっていた。

 失敗失敗。

 次回から気を付けなければ。


「さて、全員が揃ったわね」

「立華ちゃん、さり気無く場を仕切っているわ」

「煩いわね優奈。私がやらなければ誰がやるの?」

「私とか」

「はいはい、勝手にやってなさい」

 グツグツと煮えたすき焼きの前でそんな口喧嘩を始める立華と優奈。

 やれやれ、本当に二人は元気だな。

 彼女達も僕と同じで食べていないはずなのに、そのエネルギーはどこから湧いてくるのか。

「んも~、早く食べましょうよ~」

 響が箸をカンカンと鳴らしたので僕も便乗して。

「響もそう言っているだろう。僕も腹ぺこだ、喧嘩はじゃれ合いは後にしてくれ」

「「何がじゃれ合いよ!!」」

 立華と優奈から怒られてしまった。

(仲が良いからじゃれ合いであっているだろう)

 その言葉はもちろん声に出さない。

 出すとややこしくなるのが明白だったから。

「とにかく……手を合わせましょう」

 早い所ご飯にあり付くため僕はそう号礼をかける。

「ちょ、ちょっと待ちなさい」

「そうです、まだ心の準備が」

 立華と優奈はそう抗議するけど聞かない。

 こちらも我慢の限界だからな。

「はい、合わせました」

 その中で唯一響が僕に従う。

「仕方ないわね」

「今回は康介君に譲りましょう」

 響の動きに二人も文句を言うのを止めて続く。

 全員が手を合わせ、一瞬の静寂後。

「おあがりなさい」

「「「いただきます」」」

 三人の声が唱和した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。