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第四話 傷は癒えていく

「あら、お茶が切れているわ」

「本当だ」

 湯飲みを持ち上げた優奈はそう声を上げる。

 どうやら二人とも夢中で話し込んでいたようだ。

「片付けようか」

 大方の作業は終えたので、後はゲンさんが迎えに来る時刻まで駄弁っているだけ。

 だから湯飲みを片そうとするのだけど。

「康介君、もう一杯頂戴」

 ニコニコと笑う優奈は湯飲みを僕に差し出してきた。

「急須の中は空だけど」

「知っているわ」

「……」

 強行突破された僕はなんと返していいのか分からず黙り込む。

「さあ、早く煎れて」

「……今から沸かすのは時間が足りない」

 生徒会室にあるお茶は何故か高級茶葉の玉露で、適温六十度に持っていくには相当なコツと時間が必要だった。

 その事実に優奈も気付いているに違いない。

 が、そうにも関わらず彼女が笑っているのは。

「大丈夫よ。魔法を使えばあっという間に湧かせるわ」

「それが狙いか」

 僕の魔法によって不可能が可能になると知っていたからだった。

「ったく」

 僕は一つ舌打ちして急須を掴む。

 そしてそれに水を注いだ僕は急須の底を掴んで集中した。

 すぐに水に変化が現れ、表面が泡立ち始める。

「これぐらいで良いかな?」

 一分ほど念じた後、僕は一息を吐いた。

 そして玉露を入れて数分経つと。

「この高貴な香り、やはり康介君はプロ顔負けよ」

「嬉しいお世辞をありがとう」

 優奈は感動を大仰に表す癖があるので、額面通り受け取らない方が良い。

 調子に乗って隙を作るわけにはいかないからね。

「康介君、あなたは本当に劣等生だったの?」

 出されたお茶を楽しみながら優奈は上機嫌にそう漏らす。

「私から見れば十分魔法使いなのだけど」

「お生憎様、機械や手で代用出来る程度の魔法を扱える程度では魔法使いと呼ばない」

 優奈の疑問に僕は肩を竦めながら。

「ただの水をワインやお茶に変える事が出来て始めて魔法と呼ばれる」

「何時も思うのだけど、それって奇跡の部類よね」

「まあね。だから欧州では魔法を"奇跡"と呼び、中国では“仙術”と呼び方は様々だ」

 日本ではこの魔法を“忍術”と名付けようとする動きがあったけど、当時日本最強の魔法使いと評された夢宮学園創立者の夢宮翼がこの力を魔法と断じたために日本では“魔法”と呼ばれている。

「ちなみに正式な訓練を受けた魔法使いは五秒もあればこの部屋をお茶で満たすことができる」

「……それってもう人間のなせる所業じゃないわよ」

「そう、それが本物の魔法使い。核やウイルス兵器によって荒廃した大地を蘇らせ、第三次世界大戦を終わらせた者の実力さ」

 優奈の呆れ声に対して僕は続けて。

「今でこそ世界は平穏だが、その陰では魔法使いとそれを滅しようとする一派との勢力争いが行われている」

 魔法使いは第三次世界大戦頃から登場した種類。

 それ以前から存在していた既成勢力からすれば己の地位を脅かす厄介者でしかないのだろう。

「魔女狩りや宗教裁判が平然と行われている世界の情勢から考えると日本は随分と平和ね」

「まあ、日本人は元々戦闘的な民族でないことに加えて夢宮翼の存在が大きいな。彼女が存在し続けている限り日本に住む魔法使いは大人しい」

「魔法使いだけでなく政治家でさえ彼女の邪魔はできない――まさしく日本最強ね」

「日本最強どころか世界屈指だよ」

 魔法界や政財界問わず、彼女と肩を並べられることのできる人物なんていないだろうね。

「そんな化け物が作った夢宮学園は魔法に目を向けられがちだけど、併設されている非魔法使いが通う普通科の一般能力も他校より抜きん出ている。高校版全国模試など夢宮学園生の名が幾つも連なっているから日本の業界は夢宮学園生抜きに語れないほど各界に浸透しているし」

「正真正銘の有名校。で、どうして康介君は劣等生になってしまったの?」

 お茶で喉を潤した優奈が僕に尋ねる。

「中学時代――将来犯罪を犯すであろう人物ランキング、思考が理解できない危険度ランキングそして魔法使いに相応しい人格破綻者ランキングの三冠を達成した康介君がどうして――」

「黒歴史をほじくり返すのは止めて欲しいんだけどねえ!?」

 過去、優奈がネタで行った企画の結果を聞かされた僕は思わず叫ぶ。

 あれのおかげで僕はしばらく立華や響からからかわれ続けたんだぞ?

「で、実際問題どうなの?」

「ああ、それはな」

 真面目な表情に戻った優奈の質問に僕は口を開く。

「夢宮学園に入学した時から僕はあらゆることに対して力が入らなくなってしまった」

 始めは気のせいだと考えていた。

 歯車がかみ合わないような違和感を覚えていた僕だが、時間が経てば治るだろうと楽観的に捉えていた。

 しかし、時とともに症状は悪化し成績もスポーツも魔法も何もかもが弱体化していく。

 焦れば焦るほどドツボに嵌り込んでいくが、何もしなくとも沈んでいく焦燥感。

 自分が弱くなっていく原因が最後まで分からず、結果的に学園から不合格の烙印を押されてしまった。

「ごめんなさい」

 僕の顔を察した優奈は首を振って謝る。

「嫌な過去を思い出させてしまったわね」

「いや、良いよ」

 僕は天井を見上げながら制止させた。

「今思えば康介君は魔法使いとなることに興味が無かったわね」

「まあね」

 僕の現実乖離度の値は四十前半。

 一般的に見ると現実乖離度は高い方に部類する。

 しかし、僕は健全な社会生活が送れている以上、一般人として生きる道もあった。

「ごめんなさい」

 優奈は再度謝る。

「ドブネズミの暴走を止められる位置にあったのに私は何もしなかった。康介君が夢宮学園で辛い思いをしていると聞く度に私はこう考えるのよ『どうして私は康介君を送ってしまったのだろう』と」

「優奈のせいじゃないよ」

 優奈の告白に僕は笑みを浮かべて宥める。

「最終的に決定をしたのは僕だ。もし僕が確かな意志を持って拒絶していれば今の様な惨状にならなかっただろうね」

 僕は元々三月娘と同じ高校に通う予定だった。

 しかし、十五歳の検査で四十三という結果を出してしまい、それに目を付けたネズミの策略によって僕はその道を断念した。

「あれは僕にとって大きな失敗だ。夢宮学園に入学してしまったから僕の時間は中学三年で止まった……いや、退行したという表現の方が正しいな」

 あの時は何とかなるだろうと変な楽観的思考で決めたが、そのツケは大きい。

 今の僕と昔の僕。

 成長したという実感が全くない。

 多少の魔法を扱えるようになったが、そのために支払った代償はあまりに大きかった。

「康介君、辛い?」

 僕を心配してか優奈が僕の顔を覗き込んでくる。

「まあ、辛いといえば辛いが今はそれほどでもない。何せ、ようやく僕は動き出したという実感があるからな」

 あの時に止まってしまった歯車。

 それが今、音を立てて動き出そうとしているのを感じ取っている。

「喪われた一年と少々。これから僕は取り戻すんだよ」

 こんなにも気持ちが満たされているのは生まれて初めてかもしれない。

 不安が無いといえば嘘になるが、それでも未来に対する希望の方が恐怖を優っていた。

「でも、康介君はしばらく今のままで良いと思うわよ」

 調子を取り戻した優奈は意地悪そうな笑みを浮かべながら。

「これ以上強くなると私が使いこなせなくなっちゃうから」

 そんなことを言ってきたので僕は苦笑する、

「あくまで僕は優奈の部下なんだな」

「不満?」

「うん」

「生意気」

 そう囁いた優奈は僕のおでこをコツンと突ついた。


「私だけ仲間外れは不公平です」

 ある日、僕が立華と優奈と一緒にいることを知った響がそう不満をぶつけてきた。

 響のことを忘れていた――と正直に言えば怒るのは明白なので響の追及を避けるために僕は響のみの時間を作った。

 学校から帰り、帰宅して夕飯を済ませた後から大体一、二時間程度の期間。

 その時間を僕は響のための時間に当てていた。

 で、その時間で何をしているかというと。

「け……康介さん。少し休ませて下さい」

「二次方程式を完全に理解したらな」

「私は理系じゃありません。だから数Ⅱなんてやっても意味がありません」

「意味がない、あるを響が決めるな。とにかく僕が出す問題を答えれば良い」

「ひえ~ん。助けて~」

 ノート額をへばりつかせた響がそう弱音を漏らした。

 響が大の苦手な勉強の予習・復習である。

 時刻は午後九時半。

 今日は八時半に家へ来たので、単純計算で一時間経っている。

 開始一時間で音を上げるのは世間的に見ると根気が足りないと揶揄されるが、いつも三十分程度で投げ出すことを鑑みると平均の倍も耐えたのは称賛に値する。

「康介さん、少し休憩しましょう。叔母さんは私達のためにおはぎを作っていますよ」

 食い物があったからか。

 僕の感動を返せ。

 と、咄嗟に出かかったが事実として一時間持ったのだから素直に褒めるべきだろう。

 が、それでも気になったのは。

「……何故分かる?」

 響が家に上がってから真っ直ぐに僕の自室へ移動したので、そんなことを知る機会は無かったはずなのだけど。

「台所にアンコそして夕飯が終わったのに炊飯器を動かしていましたから」

 響は自信満々にそう宣言した。

 目聡い、さすが響。

 移動中にちらりと見えた一瞬で全てを理解してしまうとは。

 本当に響は動物的直感に関しては右に出る者がいないな。

 そして、これを少しでも勉強に向けてくれればテスト直前に必死こいて勉強しなくて済むのに。

「康介さん? どうかしましたか?」

「いや、何でもない」

 どうやら少しばかり呆けていたようだ。

 対面上にいる響が首を傾げて尋ねてきた。

「で、休憩しますか?」

 響がそう目を輝かせて聞いてくる。

 何というか、響を見ていると娘を持つ父親になった心情を理解する。

 この愛らしい眼の前には全てを許してしまいそうになるが。

「響よ、嫌だと言えばどうする?」

 僕はあえて心を鬼にして突き放した。

 ここで甘い顔をしても響のためにならないからな。

「逃げます」

「どうぞ、ドアならそっちだ」

 だが、逃げるほど嫌なのならそこまで強制する必要はない。

「……その前におはぎを下さい」

「さてと、じゃあ続きを開始しようか」

「ふえ~ん」

 またも響は涙声でちゃぶ台に突っ伏し、そして。

「もう限界です~!」

 顔をノートに押し付けたまま手足をバタバタと動かして。

「おはぎおはぎおはぎー! おはぎが食べたいです~!」

 と、完全に投げ出してしまった。

「仕方ないな……」

 今の響は駄々をこねる子供と同じ。

 理論的な話など全く出来ないだろう。

「分かった響。こちらも譲歩しよう」

「本当ですか!」

 途端に顔を上げてパッと表情を明るくする響。

 その変貌具合に僕は内心舌を巻きながら。

「とりあえず一次方程式は完全に理解したかテストをする。それに妥当な結果が出れば休憩にするぞ」

「それも嫌です~!」

 僕としては精一杯譲歩したのに響はまたも駄々っ子に戻ってしまった。

 僕の対応が間違っていたのか?

 そんな思いにくれながら途方に暮れている僕だったけど、ここに救いの女神が現れる。

「響ちゃん、康介。休憩にしましょう」

「母上」

「叔母さん!」

 お盆を持ち、柔和な笑みを浮かべた母上がドアを開いて現れた。

「さあさ、今日はおはぎを作ったの。口に合わなかったらごめんね」

 お盆の上にあるのは湯気の立っている茶碗二口とおはぎが二つ乗った小皿が二枚。

 作り立てらしく、表面のあんこがフワッとしていた。

「いえ! 叔母さんの作ったおはぎは世界クラスです。文句を言うような輩は私が許しません!」

「まあまあ。響ちゃんありがとう」

 拳を握ってそう力説する響に母上はフフフと微笑んだ。

 そして僕はというと。

「そう思うのなら準備をして欲しいのだけどな」

 ちゃぶ台の上にある勉強道具を一ヶ所に集めて勉強机の一角に置き、お盆の上に合った台拭きで手早くちゃぶ台を拭いていた。

「おお! さすが康介さん。準備が良いですね」

 響がそう称賛してくれるのは嬉しいが。

「さては私よりも楽しみにしていたんじゃないですか?」

「……」

 ニヤリと意地悪い笑みを浮かべて小突いてきたので僕は無表情で睥睨すると。

「ごめんなさい」

 響はペコリと頭を下げた。

 こうされるとこちらはこれ以上強く怒れないんだよな。

 聞くところによると響は中学でも皆から可愛がられていたという。

 やれやれ、本当に響は得な性格だ。

「康介さんどうしま――わ、わ、わ~!」

 僕はあらゆる感情を込めて響の頭をぐしゃぐしゃにかき乱した。


「んむんむ……やはり叔母さんの作ったモノは全て絶品ですねぇ」

 おはぎを口にいれた響は桃源郷を歩いているかのような表情を作る。

「そりゃどうも」

 母親を褒められて喜ばない息子はいない。

 しかし、僕としては気恥ずかしかったので肩を竦める仕草をした。

「素っ気ないですね、康介さん」

 案の定、響は顔を顰める。

「康介さんは気付いていないかもしれませんが、叔母さんの様な心優しい人は滅多にいませんよ。だから康介さんは誇るべきです」

 そんなことは言われずとも分かっている。

 僕はそう叫びたかったのを必死で抑えた。

 響は知らないかもしれないが、夢宮学園や在学中、劣等生として苦しんでいた自分を、愚痴や泣き言を電話で喚こうとも文句一つ言わなかった。

 あの時はそのことに気付かなかったけど、今振り返ると母上に相当な負担をかけていたと反省している。

 だからこれから先僕は母上に迷惑をかけたくなかった。

「康介さん、もう要らないんですか」

 その言葉で僕は現実に戻される。

「それなら私が貰っても良いですか?」

 見ると響の下にある小皿はすでに空っぽ、アンコ一欠片すらない。

 フォークを上下に動かし、素敵な笑顔を浮かべてそう尋ねてくる響。

「お前なぁ……」

 そんな様子に僕は溜め息を吐いてしまう。

「そんなに食べると太るぞ」

 女性とって天敵とも言える言葉で諌めるのだけど。

「その分だけ動けば良いんです。問題ありません」

 真正面から突破されてしまった。

「……」

 まさか間髪いれずに切り返してくるとは予想していなかったので固まってしまう。

「だから貰っても良いですか?」

 僕の沈黙を肯定と受け取ったのだろう。

 響はフォークを伸ばしてくるけど。

「ダメだ」

 僕は小皿を上に持ち上げた。

「んもう、ケチです康介さん」

 響は顔を膨らませ、膝立ちになって手を伸ばしてくる。

「下さい?」

「だからダメだって」

 おはぎを取られそうになったので小皿を頭より上に持ってくる。

「魔法で作れば良いじゃないですか」

「僕はそんな魔法など使えない」

「出来る、出来ないを康介さんが決めないで下さい」

「そこでそう返してくるか!?」

 先刻の言葉をそっくり返された僕は思わず怒鳴った。

「とにかく下さい?」

「ええい、くそ!」

 こうなればやけだ。

 食べられる前に食べてしまえば良い。

 母上のおはぎをゆっくりと味わえないのは残念だが背に腹は抱えられない。

 僕はそう決意しておはぎに手を伸ばしたその時。

「あらあら、仲が良いわねぇ」

 ドアが静かに開き、そんな声音が頭上から響く。

「おはぎのお代わりを持って来たのだけど、要らないかしら?」

 片手を頬にあててそう聞いてくる母上。

 何というタイミング。

 神がかりと言っても過言じゃないな。

「叔母さん!」

 そんな僕の戦慄を余所に響が目を輝かせる。

「ありがとうございます! 本当に嬉しいです!」

「あらあら、ウフフ」

 そんな響の様子を母上は愛しいモノを見つめる視線を向けた後。

「響ちゃん、私のおはぎが美味しいのは嬉しいけど。人の物を取ろうとする態度はちょっと頂けないわよ」

 柔らかくも芯の通った声音で響をそう諭す。

「正直なのは良いこと。けどね、それがどんな時でも通用するわけじゃない。時と場合によっては本心を押し隠すのが美徳とされるのよ」

「……はい」

 響は母上を尊敬しており、母に逆らうことなどありえない。

 だから響は真剣な表情で頷いた。



「大分康介も立ち直ってきたわね」

 右隣に座っている立華は満足気に鼻を鳴らす。

 朝。

 ゲンさんの車の中。

 僕の左に優奈、右に立華そして膝の上に響という位置に違和感がなくなってしまった今日。

「一時はどうなるかと思ったけど、それが杞憂に終わって何よりだわ」

「僕もそう思う」

 あれから一ヶ月経ち、僕は大分回復した。

 週二回しか参加出来ないまでも効果は確実にあり、普段の生活においても動揺することが少なくなった。

 クラスメイトからは相変わらず邪険扱いされているものの、以前より風当たりが柔らかくなっている。

「そして一回戦突破が目標だった剣道部が県大会を狙える位置にいる……本当に嬉しいわぁ」

 両手を組み、夢見る乙女のポーズを取る立華。

 立華の一年間の苦労を僕は知る由もないが、普段の練習に付き合っていた際にその苦労がチラホラ見えた。

 ヤル気のない部員達を叱咤激励するのは本当に大変なんだと部外者の立場からそう感じる。

「お疲れ様、立華」

 だからこそ僕は立華を労う。

「立華のおかげで僕も部も立ち直ることが出来た……ありがとう」

「何言ってるのよ、むしろ私がお礼を言いたいぐらい。康介が部員の相手をしてくれたおかげで彼等は県大会レベルまで引き上げることが出来たのよ」

 そう。

 実は立華がマネージャーを務める剣道部は一回戦どころか三回戦を勝ち抜き、後一勝すれば県大会出場を確実としていた。

「僕は何もしていない。強くなったのは彼等の努力の賜物だ」

 僕は週二回しか顔を出さない分彼等の実力が上がっているのが目に見えて分かっていた。

 立華によると自主的に朝練と昼練も行っているらしい。

 立華が「参加できないのが心苦しいわ」と嬉しそうに呟いていたのが印象に残っていた。

「嘘、康介は部員達の気持ちを削がないけど白けさせない絶妙な手加減をしていたわ」

「……何故分かった?」

「わたしとあんたは何年一緒にいると思ってんの? 康介の言動ぐらいすぐに分かるわよ」

「あらら」

 迷いなくそう言い切れられたので、僕としては肩を竦める以外無かった。

 そんな僕を見ながら最後に立華はこう締めくくった。

「私としては元の康介を取り戻してくれて何よりよ」

「ありがとう」

 そう真正面から宣言されると顔が赤面しても仕方ない。

 だから僕は言葉少なくそう答えておいた。

「私も康介君に感謝ね」

 左隣の優奈が僕にそう微笑みかけたのでそちらに目を向ける。

 すると優奈は長いストレートヘアーを流しながら。

「今も昔も康介君の事務能力は変わっていないわ。康介君のおかげで来週の地域祭りは面白くなりそう」

「ああ、それか。しかし、よくもまあ地域が高校生の参加を認めたものだ」

 実はこの地域祭りにおいて個人や部でなく、学校そのものが参加をするなんていうことは前代未聞である。

 保守派の実力者からの反対は勿論のこと生徒内に漂う空気も賛成と言い難い、孤立無援も良い所の状況からよくもまあここまで持っていったものだ。

 今では生徒は勿論のこと教師も参加し、さらに大会のない部活動を縮小してまで学校一丸として動いていた。

「発案者は優奈だろ。だから別に僕がいなくても可能だった気がするけど」

 発案から説得まで全てをこなしたのは優奈である。

 僕は優奈が動きやすいよう環境を整えただけだ。

「いいえ、康介君のおかげよ。入学式一つでさえ生徒会役員達はマニュアルから外れると右往左往する脳なしだから全然役に立たないわ」

「……おい優奈。以前今回の生徒会役員は優秀だと言っていただろう」

 一か月前と百八十度違う優奈の言葉に僕は片眉を上げるけど。

「世間的に見れば優秀。だけど私の求めるレベルには達していなかったわ」

「そうですかい」

 全く迷いなく言い切った優奈を見た僕は肩を竦めた。

「私からすれば少し寂しいですけどねぇ」

 と、ここで僕の上に乗っている響が声をあげる。

「最近康介さんが厳しいように感じます」

「いや、だって響。そろそろ中間テストが近いだろう」

 テストが近付いてもなお普段通りの勉強で済ますのは準備を整えた優等生かそれとも諦めた馬鹿か。

 響を諦めさせるわけにはいかなかったので量と質を徐々に増やしていた。

「それを抜きにしてもです」

 プーっとむくれた響は続けて。

「怒られてばかりです。私は褒めたら伸びる子なんですよ?」

「あんたが出来ないのが悪いんでしょ。誰だって怒りたくないわよ」

 そんな響の文句に立華は呆れ声を出す。

「人並みの成績ならともかく、響は補欠合格で入学したのよ。普通通りやっていれば絶対に赤点を取るわね」

「何で立華さんはそう言い切れるのですか?」

「……響、あんた曜日を英語でなんて言ったと思う? SundayやMondayなど後ろに付くdayを全てderと自信満々に言い切った時、私は目の前が真っ暗になったわ」

「ああ、しかもそれが受験二週間前だったな。その報告を聞いた僕は思わず天を仰いだ」

「受験の時はさすがの私も皆と一緒に響ちゃんの合格を普段信じもしない神に祈ってしまいました」

 立華、僕そして優奈と響の伝説にウンウンと頷き合っていると。

「もう! 皆酷いです!」

「こら、痛いから暴れるな」

 顔を真っ赤にした響は僕の膝の上で暴れ始めた。

「良いです良いです」

 一通り僕の体にダメージを与えた響はブツブツ文句を垂れ始める。

「世の中は勉強だけじゃないんです。例えテストが〇点でも牛の世話は出来ますし田畑も耕せます」

「……響、あんたそれでどうやって社会で生きていくつもりなの? いくら実家が農家でも多少は学が無いとやっていけないわよ」

「大丈夫です、康介さんが頭脳労働で私が肉体労働と役割分担します。二人で実家を繁盛させましょう」

「おいこら響。勝手に人を永久就職させるなよ」

 決定事項と言わんばかりの響の言葉に僕は嘆息をこぼさずにはいられない。

「響ちゃん。康介君は皆のものよ」

 そんな響の頭を撫でながら優奈は優しい口調で続ける。

「だからそんな独り占めなんて駄目よ」

「……はい」

 尊敬する優奈から窘められた響はシュンとした表情で頷く。

 納得してくれたのは嬉しいが、釈然としないのは何故なんだろうな?

 と、まあここで終わってくれたのならため息だけで終わったのだけど。

「何で私も数に含まれているのよ!」

 聞き逃せないと言わんばかりに立華がいきり立ってしまった。

「康介はものじゃないわよ!」

 立華よ。

 その言葉は嬉しいが相手を考えような?

 この手のちょっかいは相手にすればするほど喜ぶのだからスルーするのが正しいんだ。

「あらまあ。じゃあ立華ちゃんは必要ないわね」

 早速優奈がコロコロと笑いながら言葉を紡ぐ。

「ちょっと待ちなさい! 私はそんな意味で言ったんじゃないわよ!」

 立華が血相を変えてそう叫ぶがもう遅い。

 優奈はすでに視線を響に変えている。

「良かったわね響ちゃん。立華ちゃんの分まで康介君を独占できるわよ」

「はい! 嬉しいです! ありがとうございます立華さん」

「話を聞きなさいー!!」

 立華は狭い車中でそう吠えた。

 もちろんその後に。

「うるせえぞ立華!」

 ゲンさんがそう怒鳴ったのは言うまでも無かった。

「……ふう」

 三月娘の姦しさを横に置いた僕は一息吐く。

 一ヶ月。

 こっちに戻ってからもうそれだけの月日が過ぎてしまった。

 けど、その期間は決して安穏と浪費した訳でなく、立ち直るために必要な時だった。

 僕は視線を三月娘に戻す。

 そこには相変わらず下らないやり取りで盛り上がっている立華、優奈そして響がいた。

 彼女達には感謝してもしきれない。

 多大な恩がある。

「康介、何笑っているの?」

 いつの間にか僕は笑んでいたらしい。

 眉根を寄せた立華にそう指摘される。

「いや、何でもない。ただ……」

 ずっとこの日が続けば良い。

 と、僕は言いかけて止める。

 流石の僕もそんな小っ恥ずかしいセリフを口に出来るほど強くはないさ。


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