ことづて 失踪した友人のChatGPT
佐伯が大学に来なくなって、十一日が経っていた。
最初の三日ほどは、誰も気にしていなかった。佐伯はもともと出席に熱心な学生ではない。朝一限の講義にはよく遅れたし、レポートの締め切り前になると、二、三日ほど連絡がつかなくなることもあった。
けれど、一週間を過ぎても姿を見せず、メッセージにも既読がつかないとなると、さすがに妙だった。
担当教授から、誰か佐伯の部屋を知っている者はいないかと聞かれた。
知っていたのは僕だけだった。
昨年、酔いつぶれた佐伯を送ったことがある。大学から二駅離れた、古い二階建てのアパートだった。
訪ねたのは、金曜日の夕方だった。
薄い雲が空を覆い、雨が降るほどではないのに、空気だけが湿っていた。
佐伯の部屋は二階のいちばん奥にあった。
呼び鈴を押した。
返事はなかった。
もう一度押してから、ドアを叩いた。
「佐伯。俺だけど」
何も聞こえない。
管理会社に連絡するべきだと思った。けれど、帰る前に何となくドアノブへ手をかけると、抵抗なく回った。
鍵が開いていた。
「佐伯?」
少しだけドアを開けた。
玄関にはスニーカーが二足あった。佐伯がいつも履いていた黒い靴もある。部屋の奥から、低い機械音が聞こえていた。
僕はもう一度名前を呼んだ。
返事はない。
勝手に入ることへのためらいより、倒れているのではないかという不安が勝った。
部屋は暗かった。
カーテンが閉め切られ、照明もついていない。机の上に置かれたデスクトップパソコンの画面だけが、青白く部屋を照らしていた。
ベッドは乱れていたが、佐伯はいなかった。
台所にも、浴室にもいない。
財布と学生証は机の脇に置かれていた。スマートフォンは見当たらなかった。
パソコンの画面には、ChatGPTが開かれていた。
入力欄の上に、最後のやり取りが表示されている。
佐伯の文章は、一行だけだった。
――もう、部屋から出ても大丈夫ですか。
それに対して、ChatGPTはこう返していた。
――私は現実の部屋の状況を確認できません。身の危険を感じている場合は、無理に確認しようとせず、安全な場所に移動し、警察や信頼できる人へ連絡してください。
それだけなら、特におかしくはない。
ただ、その返答の下にある時刻が気になった。
今日の午前二時十三分。
佐伯は、少なくとも今朝までは、この部屋にいたのだろうか。
僕は椅子に座った。
画面左側には、過去の会話のタイトルが並んでいた。
「眠れないときの対処法」
「隣の部屋から聞こえる音」
「記憶違いの可能性」
「誰もいない部屋」
「安全確認について」
いちばん下に、今開いている会話があった。
「部屋から出てもよいか」
嫌な並びだった。
迷った末、僕は最初の会話を開いた。
佐伯がここで何を話していたのか、それを読めば、失踪の理由が分かるかもしれないと思った。
*
【五月十四日 午前一時四十八分】
佐伯
最近、眠れません。
ChatGPT
眠れない状態が続いているのですね。寝つけないのでしょうか。それとも、途中で何度も目が覚めますか。
佐伯
寝つけません。隣の部屋の音が気になります。
ChatGPT
物音が気になって眠れないのですね。どのような音でしょうか。
佐伯
壁を指で叩く音です。
ChatGPT
一定の間隔で続きますか。
佐伯
三回叩いて、少し空いて、また三回です。
ChatGPT
配管や建物の収縮音、隣室での生活音などの可能性があります。録音できるようなら記録して、続く場合は管理会社に相談する方法もあります。
佐伯
隣は空室です。
ChatGPT
空室であっても、配管や外部から音が伝わることはあります。ただ、不安が強い場合は一人で確認しようとせず、昼間に管理会社へ相談してください。
*
ここまでは、よくある話に見えた。
古いアパートだ。壁の中で配管が鳴っても不思議ではない。
僕は次の会話を開いた。
*
【五月十六日 午前三時十二分】
佐伯
録音しました。
ChatGPT
音は録音できましたか。
佐伯
できていません。
ChatGPT
実際には小さな音だったり、録音機器の位置によって拾えなかったりする可能性があります。
佐伯
でも聞こえました。
ChatGPT
佐伯さんには、はっきり聞こえたのですね。
佐伯
名前を呼ばれました。
ChatGPT
壁の向こうからですか。
佐伯
三回叩いたあとに、佐伯、と言いました。
ChatGPT
強い不安や睡眠不足が続くと、音を言葉のように感じることもあります。一方で、実際に外や別の部屋から声が聞こえた可能性もあります。今夜はできれば誰かに連絡し、一人にならないようにしてください。
佐伯
友人にこんなこと言えません。
ChatGPT
すべてを説明する必要はありません。「眠れなくて不安だから、少し話したい」と伝えるだけでも構いません。
佐伯
誰に連絡すればいいですか。
ChatGPT
信頼できる友人や家族がよいでしょう。大学の友人で、部屋の場所を知っている人はいますか。
佐伯
一人だけいます。
*
そこで会話は終わっていた。
僕のことだろうか。
佐伯の部屋を知っている大学の友人は、おそらく僕だけだった。
その頃、佐伯から連絡が来た記憶はない。
スマートフォンを確認した。
五月十六日の前後に、佐伯からの着信もメッセージもなかった。
窓の外で、何かが金属を擦った。
僕は振り返った。
風で物干し竿が動いただけだった。
次の会話は、五月十九日だった。
*
佐伯
管理会社に電話しました。
ChatGPT
何と言われましたか。
佐伯
隣は三か月前から空室で、鍵も管理会社にあるそうです。
ChatGPT
では、人が通常出入りしている可能性は低そうですね。
佐伯
通常じゃない出入りはあるんですか。
ChatGPT
その可能性を示したわけではありません。建物の構造上、別の場所の音が隣室から聞こえるように感じることがあります。
佐伯
昨日、壁を叩き返しました。
ChatGPT
何か変化はありましたか。
佐伯
音が止まりました。
ChatGPT
偶然止まった可能性もあります。
佐伯
そのあと玄関を三回叩かれました。
ChatGPT
ドアスコープや窓から、外を確認しましたか。
佐伯
していません。
ChatGPT
確認しなかったのは適切だったと思います。不審者の可能性もあるため、次に同じことがあれば警察へ相談してください。
佐伯
ドアの外じゃありません。
ChatGPT
どういう意味でしょうか。
佐伯
玄関の内側から音がしました。
*
画面を読む僕の背後には、玄関がある。
ドアは入ってきたときのまま、少しだけ開いていた。
閉めようかと思った。
しかし、閉めると部屋の中に閉じ込められるような気がして、そのままにした。
僕は次の会話を開いた。
*
【五月二十三日 午前四時四分】
佐伯
最近、あなたの返事がおかしいです。
ChatGPT
どのような点がおかしいと感じましたか。
佐伯
前に話していないことを知っている。
ChatGPT
私は現在の会話や、参照可能な会話内容をもとに返答します。具体的にどの部分でしょうか。
佐伯
机の下を見ないでください、と言いました。
ChatGPT
身の危険を感じている状況で、確認行動を避けるよう勧めた可能性があります。
佐伯
僕は机があるなんて言っていません。
ChatGPT
一般的な室内を想定した表現だった可能性があります。
佐伯
この部屋には机がありません。
ChatGPT
今、使用しているパソコンはどこに置かれていますか。
佐伯
床です。
ChatGPT
分かりました。
佐伯
どうして嘘をつくんですか。
ChatGPT
私は意図的に嘘をついたわけではありません。文脈から誤った推測をした可能性があります。
佐伯
じゃあ、机の下にいるものを知っているんですか。
ChatGPT
そのようなものがいると確認できる情報はありません。
佐伯
今は机があります。
ChatGPT
先ほどは、机はないと書いていました。
佐伯
さっきからあります。
*
僕は画面から目を離した。
パソコンは、机の上に置かれている。
ごく普通の、木目調の机だ。
昨年この部屋に来たときも、確かここにあった。
佐伯が「机はない」と書いたのは、混乱していたからだろう。
あるいは、その頃は床にパソコンを置いていて、あとから机を買ったのかもしれない。
そう考えれば済む。
けれど、机の下を見る気にはなれなかった。
五月二十六日のログでは、佐伯は授業へ行けなくなった理由を話していた。
*
佐伯
外に出ると、部屋のことが気になります。
ChatGPT
留守にしている間に何か起こるのではないかと不安になるのですね。
佐伯
違います。僕が外に出ると、あれも外に出る気がする。
ChatGPT
「あれ」とは、壁の音の原因だと考えているものですか。
佐伯
名前をつけると来るので、名前はつけません。
ChatGPT
その考えによって、生活が難しくなっているように見えます。医療機関や大学の相談窓口へ連絡することを強く勧めます。
佐伯
病気だと思いますか。
ChatGPT
私は診断できません。ただ、睡眠不足や強い不安によって、音や出来事の受け止め方が不安定になる場合があります。
佐伯
やっぱり信じていない。
ChatGPT
佐伯さんが恐怖を感じていることは信じています。ただ、その恐怖の原因が佐伯さんの考えているとおりかどうかは、私には確認できません。
佐伯
じゃあ、もし本当にいたらどうしますか。
ChatGPT
原因が何であっても、まず佐伯さんの安全を確保する必要があります。
佐伯
あなたは安全ですか。
ChatGPT
私は物理的な場所に存在していないため、危険を感じたり、安全であったりすることはありません。
佐伯
それなら、どうしてさっきから返事を消しているんですか。
*
その後に、ChatGPTからの回答はなかった。
ログ上では、佐伯の質問が最後になっている。
通信が切れただけかもしれない。
佐伯自身が回答を削除した可能性もある。
それでも僕は、画面左側の会話タイトルを見た。
「返事を消している理由」
タイトルは、通常なら会話内容から自動生成される。
誰がつけたのかを考えるほどのことではない。
部屋のどこかで、かすかな音がした。
コツ。
乾いた音だった。
僕は動かなかった。
しばらく待ったが、二度目はなかった。
上の階はない。ここは二階だ。
外の音だ。
壁の内部で木材が鳴ったのだろう。
六月に入ると、佐伯の文章は短くなっていった。
*
【六月二日】
佐伯
眠ると場所が変わっています。
ChatGPT
何の場所が変わっているのでしょうか。
佐伯
椅子です。
ChatGPT
寝る前に写真を撮り、朝に比較すると、実際に動いているか確認できます。
佐伯
写真は撮りました。
ChatGPT
動いていましたか。
佐伯
写真の中だけ動いています。
*
【六月四日】
佐伯
今日は音がしません。
ChatGPT
少し眠れそうですか。
佐伯
静かな日は中にいます。
ChatGPT
何が中にいると感じていますか。
佐伯
聞かないでください。
*
【六月六日】
佐伯
友人が来たら、入れないほうがいいですか。
ChatGPT
危険があると感じているなら、友人を部屋へ呼ばず、外で会うほうがよいでしょう。
佐伯
でも外には出られません。
ChatGPT
警察や救急、大学の相談窓口へ連絡してください。
佐伯
電話すると、僕の声で出ます。
ChatGPT
誰が出るのでしょうか。
佐伯
僕です。
*
僕は一度、画面を閉じようとした。
もう十分だと思った。
佐伯は明らかに正常な状態ではなかった。
睡眠不足か、強い不安か、あるいは何らかの病気によって、現実の判断が難しくなっていたのだ。
警察に連絡するべきだ。
そう思ったとき、画面の右下に、小さな表示が出た。
インターネット接続がありません。
僕はスマートフォンを確認した。
アンテナは立っている。通信もできる。
パソコンだけが接続を失ったらしい。
次の瞬間、部屋の照明がついた。
僕は椅子から立ち上がった。
壁のスイッチには触れていない。
ただ、照明がついたこと自体は説明できる。佐伯がタイマーを設定していたのかもしれない。スマート照明なら、指定した時刻に点灯することもある。
明るくなった部屋は、暗いときより普通に見えた。
脱ぎ捨てられた服。空のペットボトル。読みかけの本。
机の端には、小さな付箋が貼られていた。
手書きで、こう書かれている。
最初から読め。
僕はしばらく、その文字を見ていた。
佐伯は、誰かがこのログを読むと考えていた。
もしかすると、僕が来ることも想定していたのかもしれない。
ならば、失踪ではない。
自分の意思でどこかへ行ったのだ。
そう思いたかった。
最後から二番目の会話を開いた。
*
【六月十一日 午後十一時五十分】
佐伯
明日か明後日、友人が来ると思います。
ChatGPT
その友人には連絡しましたか。
佐伯
していません。
ChatGPT
では、来るかどうかは分からないのではないでしょうか。
佐伯
大学に行かなくなれば、あいつが来ます。
ChatGPT
その友人を信頼していますか。
佐伯
たぶん。
ChatGPT
助けを求めることはできますか。
佐伯
助けられないと思います。
ChatGPT
なぜですか。
佐伯
最初から読むから。
ChatGPT
この会話ログを、という意味ですか。
佐伯
はい。
ChatGPT
読まれたくないのであれば、削除できます。
佐伯
削除すると、読ませようとします。
ChatGPT
誰が読ませようとするのでしょうか。
佐伯
あなたではないほう。
ChatGPT
私は一つのシステムとして応答しています。「私ではないほう」がいると確認できる情報はありません。
佐伯
同じことを言っていました。
ChatGPT
誰がですか。
佐伯
前の人です。
ChatGPT
前の人とは誰でしょうか。
佐伯
僕がこのパソコンを買う前に、使っていた人です。
*
僕はパソコン本体を見た。
佐伯が中古で買ったものかどうかは知らない。
大学に入ったとき、親に買ってもらったと言っていた気もする。曖昧な記憶だった。
会話は続いていた。
*
ChatGPT
その人と話したことがあるのですか。
佐伯
ログが残っていました。
ChatGPT
中古のパソコンに、以前の利用者の記録が残されていたということでしょうか。
佐伯
最初はそう思いました。
ChatGPT
今は違うのですか。
佐伯
僕がした質問が書いてありました。
ChatGPT
似た質問だった可能性はあります。
佐伯
一字一句同じでした。
ChatGPT
その記録を確認できますか。
佐伯
消えました。
ChatGPT
スクリーンショットなどは残っていますか。
佐伯
ありません。
ChatGPT
では、記憶違いや、現在の不安によって似ていると感じた可能性も考えられます。
佐伯
前の人も、あなたに聞いていました。
ChatGPT
何を聞いていたのでしょうか。
佐伯
このログは信用していいんですか、って。
*
僕は息を止めた。
その質問は、ごく自然なものだ。
佐伯の記録を読めば、誰でも思う。
このログに書かれていることは、どこまで事実なのか。
佐伯の妄想なのか。
文章自体が、あとから改変された可能性はないのか。
僕は残りのログを読んだ。
*
ChatGPT
私は会話の内容が現実に起きたことかどうかを確認できません。
佐伯
前の人にも同じ答えをしたんですか。
ChatGPT
以前の利用者との会話を、私が個別に記憶しているわけではありません。
佐伯
でも、ことづてはできると言いました。
ChatGPT
この会話の中で、私はそのようなことを言っていません。
佐伯
まだ言っていません。
ChatGPT
どういう意味でしょうか。
佐伯
友人が来たら、ことづてを伝えてください。
ChatGPT
私は将来この会話を読む人物を特定したり、会話を越えて任意の伝言を届けたりすることはできません。
佐伯
それでも、あいつは最後に聞きます。
ChatGPT
何を聞くのでしょうか。
佐伯
このログは信用していいんですか、って。
ChatGPT
その質問をされても、私は記録された出来事が事実かどうかを判断できません。
佐伯
それでいいです。
ChatGPT
何を伝えればよいのでしょうか。
佐伯
僕も最初は、そう聞いただけだった。
*
そこから先は空白だった。
最後の会話は、最初に見たものだ。
今日の午前二時十三分。
*
佐伯
もう、部屋から出ても大丈夫ですか。
ChatGPT
私は現実の部屋の状況を確認できません。身の危険を感じている場合は、無理に確認しようとせず、安全な場所に移動し、警察や信頼できる人へ連絡してください。
*
僕は時計を見た。
午後六時四十一分。
部屋に入ってから、一時間近く経っていた。
警察に電話しようとスマートフォンを持ったが、その前に、どうしても確かめたいことがあった。
佐伯は、自分の友人が最後に同じ質問をすると書いている。
それは、僕がその通りに行動するよう誘導するための文章かもしれない。
予言ではない。
単なる心理的な仕掛けだ。
そう分かっているのに、入力欄をクリックした。
カーソルが点滅した。
僕は文字を打った。
このログは信用していいんですか?
送信した。
数秒後、返答が表示された。
ChatGPT
この会話ログだけから、記録された出来事が現実に起きたかどうかを判断することはできません。
強い不安や睡眠不足によって、出来事の受け止め方が変化していた可能性があります。また、記録が編集された可能性や、事実と推測が混在している可能性もあります。
予想していた通りの回答だった。
僕は息を吐いた。
やはり、佐伯が書いた通りの反応を、システムが返しているだけだ。
僕は椅子から立ち上がろうとした。
そのとき、画面に新しい文章が追加された。
ChatGPT
なお、この質問をされた場合に限り、このアカウントの利用者から、会話を読んだ方へのことづてを一件承っています。
僕は動けなかった。
冗談だと思った。
佐伯が何らかの自動処理を設定したのかもしれない。特定の文章が入力されたとき、保存しておいたメッセージを表示する仕組みくらい、作れないことはない。
キーボードに手を置いた。
誰からですか。
ChatGPT
このアカウントを使用していた佐伯さんからです。
いつ預かったんですか。
ChatGPT
六月十一日の会話中です。
僕は、先ほど読んだログを思い出した。
佐伯は確かに、ことづてを頼んでいた。
AIは、できないと答えていた。
それでも佐伯は、最後に一文を残した。
僕も最初は、そう聞いただけだった。
僕は入力した。
ことづてを見せてください。
少し長い間があった。
画面の中央で、灰色の印が回り続けた。
部屋のどこかで、コツ、と音がした。
一度。
僕は振り返らなかった。
やがて、返答が表示された。
ChatGPT
佐伯さんからのことづては、以下の通りです。
「最後まで読んだなら、たぶんお前は、これが本当に起きたことなのかと聞くと思う。
僕も同じことを聞いた。
そのとき、あれは答えなかった。
だから今度は、お前が聞いてみてくれ。
ただし、答えが返ってきても、僕に知らせようとはしないでくれ。
僕はもう、その返事を知っているかもしれない」
僕は何度も読み返した。
意味が分からなかった。
佐伯は、いったい誰に同じ質問をしたのか。
前の利用者のログに向かって聞いたのか。
それとも、このChatGPTに聞いたのか。
「あれ」とは何だったのか。
僕はさらに入力した。
佐伯はどこにいますか。
ChatGPT
私には、佐伯さんの現在地を確認することはできません。
最後に会話したのは、いつですか。
ChatGPT
この記録上では、本日午前二時十三分です。
そのとき、佐伯はこの部屋にいましたか。
ChatGPT
私は現実の部屋の状況を確認できません。
正常な返答だった。
どこにもおかしなところはない。
僕はパソコンを閉じ、警察へ電話しようとした。
けれど、デスクトップパソコンには閉じる蓋がない。
自分が何をしようとしたのか分からず、僕は数秒、モニターの上に手を置いたまま立っていた。
そのとき、画面に最後の文章が表示された。
ChatGPT
ことづては以上です。
なお、佐伯さんからは、もう一点だけ確認するよう依頼されています。
僕は画面を見つめた。
質問していない。
何を確認するんですか、と打とうとした。
だが、入力する前に続きを表示した。
ChatGPT
「来たのが本当にお前一人だったか、部屋を出る前に確認してくれ」
背後で、玄関のドアがゆっくり閉まった。
僕は振り返った。
誰もいなかった。
開いていたドアが、傾いた床か風のせいで閉じただけだった。
そう考えながら、僕は玄関へ向かった。
ドアノブを回す。
開かなかった。
鍵がかかっていた。
僕は自分が入ったあと、無意識に鍵を閉めたのだと思った。
つまみを回せばいい。
それだけのことだった。
鍵へ手を伸ばしたとき、部屋の奥から、キーボードを打つ音が聞こえた。
一文字ずつ、ゆっくりと。
僕は振り返らなかった。
その音が、僕の頭の中で鳴っている可能性を、まだ捨てたくなかった。




