完璧な少年が手に入れた物
嫉妬の視線。取り入ろうとする下心。俺の周りには黑い感情が渦巻いていた。
三雲凪哉は小さい頃から「完璧」だと言われ続けてきた。運動も勉強も難なくこなす事ができたし、顔も世間一般に言われているイケメンという部類だった。そんな自分を親は自慢し、友達は褒めてくれた。自分自身この環境に文句はなかったし、持つはずもなかった。
中学生にもなるとみんな思春期になり、異性にも興味を持ち出すようになる。その中でも俺は顔もよく、勉強も運動も出来たので当然持てた。結構な頻度で告白を受けたし、バレンタインにもらったチョコは数え切れないほどだ。しかし、それと同時に嫌がらせを受けるようになったりや今まで面識の無かった人が急に擦り寄ってくるようになったのだ。
そこで、俺は漸く気づいたのだ。気づいてしまったのだ。「完璧」というものについてまわる代償に。みんなは「俺」ではなく「完璧」を見ていたのだ。
それを理解した時、俺の背中に何かが重くのしかかった気がした。
中学を卒業した後は、県外の進学校に進学した。県内の学校では同級生に会う可能性があったからだ。もうあの体験はしたくない、そう思った俺は自分を隠すことに決めた。同級生に見つかればまたあの時のようになってしまうかも知れない。そう思い、県外に逃げたのだ。
高校では、マスクと眼鏡をかけ、なるべく地味でいるようにした。運動はできないように見せ、勉強は進学に関わるので良い成績は取るが、誰にも見せないようにした。
しかし、そうしていても関わってくる人がいた。
「凪哉くん、また一人でいるの?友達とかいないの?」
彼女は楠梨華。クラス委員長である。成績優秀、容姿端麗であり、正義感が強く、困っている人は放っておけない性格をしている。そんな楠は、俺を困っている人と見て助けようとしているのだ。
「クラスの話し合いにも参加しないし……誰かと関わって見たら?自分で無理なら手伝ってあげましょうか?」
「あ、ありがとう楠さん……でも大丈夫だよ。あんまり人と関わりたくないんだ……」
「そう。でも関わることも大切よ。手伝って欲しかったら言ってね。私、クラス委員長だから!」
俺のおどおどした演技にそう言うと楠は立ち去っていった。世話を焼いてくれる楠には悪いが生憎誰かと関わる気はないんでね。……でも人によって対応を変えることがないのは嬉しかったな。そう思うと、次の授業の準備を始めた。
あんなことになるとは夢にも思わず。
二週間後、俺はいつも通り登校していた。この二週間の間も楠は俺に話しかけては、「友達を紹介してあげる」や勉強ができないと思っているのか「勉強でわからないところはない?」など熱心に接してきた。どれも丁寧に断ったがちゃんと感謝も伝えた。楠は善意でやってくれているから断るのはとても心苦しかったが、友達なんて作ったらいつかバレてしまう。そんなリスクを冒してまで友達を作ろうとは思えなかった。
そうこうしているうちに学校に着き、教室の扉に手をかけた時だった。中から騒ぎ立てる声が聞こえてきた。何かと思い、急いで入ってみると、クラスメイトが楠に詰め寄っている様子が目に飛び込んできた。
「あなたが盗んだんでしょ!」
「わ、私は盗みなんかしてないわ!」
盗みの犯人として楠が疑われていたのだ。相手のクラスメイトは津久見咲里。カーストの一軍でクラスの女子の中心ともいえる奴だ。その二人が、どういう経緯かはわからないが、とても緊迫した様子で言い争っていた。
「でも貴方の鞄の中から私のスマホが出てきたのは事実でしょ!どう言い逃れするのよ。」
「で、でも盗んでもないし、そんな物鞄に入れた覚えもないわよ!第一に何でそんなことを私がやる必要があるのよ!」
「そんなの関係ないわ。ここに貴方が盗みをした。その証拠があるだけで十分でしょ!」
楠は証拠に対して強く反論するが、それで否定できるほど現実はそんなに甘くは無かった。
「委員長ってそんなことするんだな……俺、失望したわ」
「あんな綺麗な顔して裏ではやばいことやってんだろ」
「信用、地に落ちたな。委員長」
周りの野次馬たちは、軽蔑の眼差しを楠に向け、遠慮なんて要らないとばかりに罵りの言葉を浴びせていく。
「そ、そんな……何で誰も信じてくれないの?」
楠は涙を浮かべ、声を震わせながら悲痛な呟きをするが、ほとんどの人は耳も貸さず楠を罵っていく。
そんな楠を見てしまった俺は、楠が犯人ではない、と分かっていながらも、そこから動けないでいた。
推測するに、犯人はあいつだろう。証拠もあるし、楠を助けるのは容易だ。だけど……
『凪哉ぁ。誰か、彼女紹介してくれよ~』
『三雲君。次の大会も期待しているよ。もっとこの高校を有名にしてもらわなとな。よろしく頼むよ』
中学生時代の嫌な思い出が思いおこされる。完璧にしか目を向けられなくなる、あの頃に戻ることを考えれば合理的に考えて、ここは見てみぬふりをするのが正しいのだろう。だけど、それと同時に、ここで楠を見捨てたら絶対後悔するという確信もある。何より楠は、こんな俺に熱心に話しかけてくれた。助けるべきだと、俺の中の人情が言う。
俺は今、「合理」か「人情」どちらを選ぶべきなのか、苦渋の選択を迫られていた。
そんなとき思い起こされたのは楠のひとつの言葉だった。
『――私クラス委員長だから!』
楠はすごいよな。クラス委員長だからって理由だけで他人を助けるんだから。
それに比べて俺はどうだ?
助けられる力を持っておきながら誰も助けられてない。
楠は、周りからうざかられたり、悪く言われたりしたこともあっただろう。けれど、どう思われたって他人を嫌な顔ひとつせず助けてきた。
なら今度は俺がたすけてやる番だろ!バレる、バレないは後々考えればいい。
「おい。ちょっと待てよ。」
「誰よ。貴方。何か用?見てわかる通り、今取り込み中なの。用があるなら後にしてちょうだい。」
「……凪哉くん?どうして……」
「あいつ誰?あんなやつクラスに居たっけ?」
「三雲凪哉じゃなかったか?俺もあんましよく知らないけど。」
「影が薄過ぎて誰にも覚えられてないとか、かわいそー」
「ていうか、何あいつしゃしゃり出てきてんの?陰キャは大人しく引っ込んでろよ!」
いきなり出てきた俺に対して、陰キャのくせにと思ったのか、遠慮なしに煽り文句を浴びせかけていく。
鬱陶しいな。少し静かにしてもらうか。
「……黙れ」
「……っ!?」
眼鏡を外し、鋭い眼光で威圧する。
完璧と言われてきたのだ。このぐらい簡単にできる。野次馬達は威圧による恐怖で顔を青ざめさせていた。
「さて、静かになったところで一ついいか?津久見咲里。」
「な、何よ……」
こちらも俺の威圧にあてられたのか震えている。
「そのスマホ――
動かないんじゃないのか?」
「っ!?な、何バカなこといってるの?動くわよ!」
「じゃあ電源入れてみろよ。」
「そ、それは……」
かなり動揺している。図星だな。もう此処で追い詰めるか。
「そのスマホ、十五年も前の機種だぜ?カースト一軍のお前がそんな古いスマホを使っているのか?」
「……」
「黙りかよ。まあいい。後言っておくと、カバーとスマホのボタンの位置が違うのも俺にはバレバレだぞ。大方、中古で壊れたスマホを買って側だけ新しいのに見せ掛けてたんだろ?」
「……」
「図星過ぎて反論も出来ないか。情けないな。」
津久見は顔を青ざめさせ、唇を震わせていた。視線は泳ぎ、言い訳を必死に考えているようだった。この様子を見た野次馬達はまたざわめき始める。
「なんだ、津久見の自作自演かよ。」
「俺は最初から、委員長じゃないと思ってたぜ。」
「それよりもさ、三雲くん……だっけ?意外とかっこよくない?」
「そうだよね!眼鏡外した時の目も怖かったけど、かっこよかったし~」
何を喋り始めるのかと思えば、身勝手な話ばかり。誰も自分は悪くない、関係ない。悪いのは津久見だと思っているのだろう。こいつらは人の不幸を見て楽しめるようなクズなのだ。腑が煮えくりかえりそうになる。
「楠さん。一旦外に出よう。ここは気分が悪い。」
「お、凪哉くん……ち、ちょっと待って!?」
俺は楠の手を引き、逃げるように教室を飛び出した。そのまま校舎の外に出ると足を止め、楠と向き合った。
「お、凪哉くん……ありがとう。助けてくれて。」
「別にいいよ。自分が助けたくて助けたんだから。」
「でも、どうしてあんなに凄いのに、どうして隠していたの?貴方なら沢山友達が作れたと思うのだけど……」
「それは……」
俺は今までのことを全て話した。自分が「完璧」と言われていたことからそれを隠すようになった経緯までを残すことなく聞いてもらった。自分自身誰かに自分の苦しみを知って欲しいという思いもあったのだろう。楠は俺の話を何も言わず真剣に聞いてくれた。
「このままだったら多分俺はあの頃みたいに息苦しい生活をすることになると思う。だけど、後悔はないんだ。あのまま見過ごしていたら、それこそ罪悪感に苛まれたかも知れない。だから楠さんも気にしなくていいよ。」
「させない。」
「え?」
「そんなふうには私がさせない。凪哉くんが今までどれだけ悩んできたか、今の話を聞いてわかった。助けてもらった恩を返すつもりで、貴方のことを守るよ。」
俺はその強い心意気に驚いてしまった。またそれと同時に、胸を打たれたのだ。
「ありがとう。これからもよろしく。楠さん。」
「うん!」
楠は満面の笑みで笑った。後ろに太陽が綺麗に輝いている。




