姉が美人だから?
「またラソファール伯爵令嬢が首席だったそうですわ」
「容姿端麗、頭脳明晰ときて、ダンスもお上手で性格も明るく親切。ラソファール伯爵令嬢は神様に愛されておいでですわね」
ふふん、そうでしょ? 自慢の姉様なの!
あたしが姉様を観察するために開発した監視用の魔術具を、空中で操作する。まだ学園のパーティーに出席できない年齢だけど、出席できるようになったら姉様の一番近くで、姉様を見守るんだから!
「ラソファール伯爵令嬢、色気すごいな」
三時の方向に、姉様を見て鼻の下を伸ばす不届者を発見! デストローイ!
あたしが新しく開発した攻撃用の魔術具で不届者を成敗しようとした瞬間、姉様の鈴を転がすような美しいお声が響いた。
「シーファ? 何をしているの?」
「あ、姉様!」
監視用魔術具を覗き込む姉様。慌てふためいてとりあえず攻撃を中止する。
「姉様が心配で!」
あたしが慌てて言い訳すると、姉様は優しく笑って言った。
「シーファ、いつも姉様を心配してくれるのは嬉しいわ。でも、人を傷つけてはダメでしょう?」
「はい、姉様……」
「いい子ね。帰ったら頭を撫でてあげるわ。見ているだけなら社交界の勉強になりますもの。お父様とお母様にだまっててあげるから、元に戻りなさい?」
いつのまにか姉様が解いていたステルスモードを再び起動させ、会場の上空に戻る。
「姉様を守るために、クソ男を弾く魔術具を作った方が建設的かな? いやでも、姉様を見て下心を抱かない男なんていないから、判別の設定が難しいよね……」
ぶつぶつと新しい設計図をかきあげながら、あたしは姉様を見守る。
「あ、第一王子!」
姉様をダンスに誘う第一王子。あたしの姉様が! 悔しさのあまり、ハンカチをぎりりと噛み締めながらその様子を見守る。
「ここで皆に知らせたいことがある」
姉様とのダンスが終わり、会場もひと段落ついたところで、第一王子が姉様をエスコートしたまま声を上げた。
「あー発表って今日だったっけ?」
どんな姉様も見逃さないための記録用の魔術具を使って、あたしは録画を開始する。
「ずっと空席であった私の婚約者が正式に決定された。ここにいるラソファール伯爵令嬢ラーラレリア嬢だ。そして、昨日私が正式に王太子として発表された。若輩者の二人だが、我が王国を盛り立てるために努力していくつもりだ。皆、私たちを支えてほしい」
穏やかな第一王子の謙虚な発言に会場は湧いた。
「姉様が嬉しそうだからいいけど、泣かせたら容赦しないからね?」
あたしはそう言って、ずっと背にまたがっていた使い魔であるベアーに森を駆けるように指示した。
「兄上はずるいです! こんなにも美しい妃を手に入れて!」
王城の一角。王族の居住区で行われる晩餐の最中、第二王子リチャードの癇癪がいつものように始まった。
「落ち着け、リチャード」
第一王子が必死に宥めるが、落ち着かない。ふと顔を上げて、リチャードが第一王子に問いかけた。
「……確か、ラソファール伯爵家にはもう一人、歳の離れた妹がいましたよね?」
「あぁ、ラーラからとても優秀な妹だと聞いているが」
「僕の妃はその子でいいです!」
「いや、しかし、派閥のバランスを考えてだな」
国王も宥めようと話に加わる。しかし、落ち着くことのない第二王子は、王妃に縋った。
「母上! 兄上ばかり好きな女性と婚約してずるいです!」
「そうね。かわいいリーだって自由に恋愛させてあげたいわ」
そう言いながら第二王子の頭を撫で、王妃は言う。
「あなた。家同士のバランスなんてあなたがなんとかすればいいじゃない。リーも好きな相手と結婚させてあげればいいでしょう?」
「いや、しかし、」
「母上、せめてラーラの妹君が社交界デビューしてリチャードと顔を合わせ、相性を確認してからの方がいいのではないでしょうか?」
「あなたには聞いてないわ、フェリックス。リー、お母様がなんでも叶えてあげますからね?」
「ありがとう! 母上! 大好き!」
「シーファの婚約者が決定した」
「ふぁ!?」
あたしに注目が集まる中、口いっぱいに頬張ったパンをなんとか飲み込み、父様に問いかける。
「誰? 隣の領地のルカルド?」
「いや……第二王子であられるリチャード殿下だ」
「は!?」
「ラーラが王太子妃として内定している中、一伯爵家でしかない我が家から王子妃が出るなんて……パワーバランス的に難しいのではなくて?」
母様が父様に問いかける。まだ社交界デビューしていないあたしですら、同じ家から王子妃が何人も出るなんておかしいとわかる。
「リチャード殿下が臣籍降下し、我が家に入るという方向だそうだ」
眉間の間を揉みほぐす父様にあたしは問いかける。
「え、でも兄様は?」
ラーラ姉様が優秀すぎて、影が薄く感じるが、我が家には優秀な跡取りである兄様がいる。
「……我がラソファール伯爵家は長男が継ぐことになっていると表明するつもりだ。リチャード殿下のお考えを通すのなら、何かしらの爵位を叙勲することになるのではないだろうか?」
「よかったー兄様が今から婚約者探しとか、優良株の令嬢はもう残ってないから心配したぁ!」
「シーファ、兄のことを心配している場合ではない。あのリチャード殿下とこのシーファだぞ? うまくいくはずがないだろう?」
「そもそもなんで、あたしなの? 姉様が美しすぎて、期待された?」
「そんなまさか! 王子妃をそんな理由で決めるはずなかろう!」
家族全員で首を傾げつつも、王家からの命令では拒絶できない。父様や母様への周囲からの圧力も相当なものになるだろう。ラソファール伯爵家一同、重いため息を吐いた。
社交界デビューする前にリチャード殿下と謁見を、交流を深めさせたいと願い出る両親に対し、リチャード殿下は「めんどくさい」と返答し、最低限の手紙での交流しかなさなかった。
そのため、あたしとリチャード殿下の初めての対面は、あたしの社交界デビューとなった。
「今日はラソファール伯爵家の末の妹君の社交界デビューですわね」
「王太子妃の妹君ですもの。とても優秀なんでしょう?」
「王太子妃のようにきっと美しいのでしょうね」
「お聞きになった? 最近開発された魔術具の開発者は末の妹君だそうですわよ」
「だから、王家は優秀な妹君を囲い込みたかったのでしょうね」
「ラソファール伯爵家の皆様が到着なさいました」
会場にその声が響き、注目が集まります。
美しい伯爵夫妻に着いて、兄にエスコートされて会場に入ったシーファに否応なく視線が集まった。
美しい滑らかな金髪に華やかなピンク色の瞳、すらっとした筋肉質な肉体。
ただ、絶対零度の無表情に冷めた目と、淑女らしからぬ肌荒れと日焼けをしているせいで美人には見えない。
「…意外と姉上には似ていらっしゃらないのですね」
「肌荒れと日焼けがなければ、美しさは姉上と同じくらいではなくて?」
こそこそと、がっかりしたような話し声が響く。まだ会場に入ってないリチャード殿下の耳には入っていないようだ。
まったく。みんな好き勝手あたしのこと言ってるわね。
「シーファ、大丈夫か?」
「ええ、兄様。全く問題ないわ!」
「そうか」
あたしは兄様とそんな会話を交わしながら、会場を見渡す。
「あれがリチャード殿下のお気に入りね?」
「あぁ、シーファの耳にも入っているのか」
豊満な肉体を惜しげもなく露出する露出狂女をみて、あたしは心の中でため息を吐いた。
「あたしが集められない情報があると思ってる?」
兄様たちが、リチャード殿下の噂をあたしの耳に届かないようにしてくれていたのは、気づいていた。でも、姉様のストーカー行為に勤しんでいたあたしには、全て聞こえてきたのだった。
「はーあ。さっさと婚約解消でもしてくれないかな?」
「シーファ!」
小声のあたしの言葉を、兄上が窘める。
「ごめんなさーい」
舌を出して謝罪していると、王族が入ってくると知らされた。
「王太子夫妻のご登場です」
王族が会場に入り終わるまでカーテシーの姿勢を維持する。姉様、姉様はどこだ!? 久しぶりの再会にあたしは姉様の気配を全身で探る。
王族が全員入り終えて顔を上げた瞬間、あたしのことを見ていたリチャード殿下と目が合った。
「あ」
あたしの顔を見たリチャード殿下の表情は一気に曇り、これはまずいとあたしの頭が警告を鳴らす。思わず、小さく声を落としたあたしに、ちらりと視線を向けた両親と兄様の表情も曇る。
微笑みを浮かべてこっそりとこちらを見ていた様子の姉様の顔も凍りつく。もちろん、姉様の表情の変化に気がついたのはあたしと王太子くらいだ。
「なんでこんなに不細工なんだ!!! 聞いてない! 聞いてないぞ! 兄上の妃があんなに美人だったらその妹も綺麗だと思うに決まっているだろう!?」
王の挨拶の言葉を遮り、リチャード殿下が叫び出した。今まで上手く隠してたリチャード殿下の癇癪癖。全員の前でこれだけ晒して仕舞えば、もうどうしようもない。王妃も顔色を悪くし、国王が頭を抑えた。
「婚約破棄だ! 騙しやがって!」
あたしを指差し、そう叫ぶリチャード殿下。
国王が近衛に指示を出す前に、あたしが声を上げる。
「許可を得ず、発言することをお許しください」
「……許そう」
国王の許可を得て、あたしは一歩前へと進み出て、リチャード殿下に向かって頭を下げた。
「……殿下のご期待に添えず申し訳ございません。謹んで、婚約破棄を承ります」
そう言うと、暴れていたリチャード殿下は、叫び出した。
「当然だ! この俺の横に並び立つのがお前のような女とは認められるわけないだろう! 臣下ならさっさと慰謝料を払え! ……全く、リリ、早くこっちにこい」
お気に入りの少女を呼び出し腰を抱き、退場しようとするリチャード殿下のあまりの横暴さに、貴族たちは言葉を失った。あたしは婚約を解消できることに満面の笑みを抑えきれない。
「……ラソファール伯爵、後ほど話をさせてくれ。近衛たちは、リチャードを私室から出さぬように」
頭を抱えたまま国王がそう言い、父様が了承した。
なんとか会を始められ、あたしは姉様に挨拶できた上に国王陛下夫妻への挨拶も終え、父様の袖を引いた。
「ねぇ、父様。今日の役目はもう終わったし、リチャード殿下に婚約破棄された件は家同士の問題だから父様に任せればいいし、もう行ってもいい?」
「……はぁ、仕方ない。娘は傷心のため帰宅したということにするから、できる限り悲しそうに行きなさい。……一人で帰れるか?」
心配した表情の父様に、あたしは胸を張って答える。
「もちろん! ベアーに跨って帰っていい?」
「いいわけあるか! 仕方ない、もう行け」
父様に言われ、肩を落とした様子に見えるように注意しながら会場を後にしようとする。後ろから、誰か走ってくる音がした。
「シーファ!」
「あ、ルカルド? 久しぶり!」
「……その、大丈夫か?」
「え? あ、うん、大丈夫、ありがと」
心配したように声をかけてきたのは隣の領地の幼馴染、ルカルドだった。少しめんどくさそうに対応していると、馬車までエスコートしてくれた。
「シーファ、もしかしてまた森に行くのか?」
馬車の周りには流石に誰もいない。こそっと問いかけてくるルカルドに答える。
「あったりまえじゃーん。また来る?」
「シーファは変わらないな。また、お邪魔させてもらうよ」
そう言ったルカルドに手を振り、あたしはさっさと家に帰った。姉様と会話もできないし、やりたいことがあったんだよね。
早く帰宅したあたしの姿に動揺したメイドたちに事情を軽く説明して、ベアーを呼び出す。
「じゃ、森の方にいるから! 用事があったら笛で呼び出して」
ドレスを脱ぎ捨て動きやすい服に着替え、あたしはベアーに跨り森に駆け出した。
「ベアー、行くよ! 昨日仕掛けた罠には何かかかっているかな?」
走りながら魔術具を使って、鹿を撃ち落とし、担ぎながらあたしの城へと向かう。
一から自力で作り上げたあたしの小屋だ。
「この鹿を解体して、罠の調整をしたら、燻製でも作ろっかなーそれとも」
「シーファ! 第三王子がリチャード殿下の件で謝罪をしたいといらした!」
「へ!?」
笛で呼び出され、ベアーに跨りながら骨付き肉に貪りついていたあたしは目を丸くする。思わず、姉様へ通信用の魔術具を作動させてしまう。
「姉様! 第三王子殿下がなんでうちにくるの!?」
「あら、シーファ。私のかわいいシーファを傷つけたのですもの。王家でも責任をという話になってね? なにより、第三王子殿下がシーファの笑顔に惚れたらしいのよ」
笑顔を浮かべる姉様は相変わらず美しい。
「って、そうじゃなくて! 王族とか無理なんだけど!?」
「シーファ……ルカルド君からも婚約の申し込みが届いている」
「は!? なんで!? あたし、婚約破棄されたら山奥で一人悠々自適に自給自足生活するつもりだったんだけど!?」
あたしが頭を抱えていると、姉様が満面の笑みで伝えてきた。
「ちなみに、リチャード殿下は、北の塔に幽閉することになったわ。王妃も療養なさるそうよ? そうそう。手続きが終わってから、シーファの本当の絵姿を見せて差し上げたのだけれど、とても悔しがっておいでだったわ」
微笑む姉様につっこんでしまう。
「そんなのどうでもいいんだけど!??」
ちなみに、帰宅してから森の中で美容効果のある葉っぱを顔を塗ったあたしの顔はつるつるで、日焼けの跡もなく、兄様には黙っていれば可愛らしいと評価される程度まで回復している。
結局森まで第三王子殿下とルカルドが追いかけてきて、あたしは念のために護衛を雇った。よくわからないがいつもその三人でピリピリしているおかげで、あたしは念願のスローライフを手にしたのだった。
「姉が美しいからって、妹まで完璧淑女だと思うなよー?! あぁ、肉が旨い」