記者 タクシー運転手
「長い間続ける仕事じゃあ無いよ」とは誰の言葉だったか。
始めるにあたって頼った同じ学校の先輩だった気もするし、送別会で送り出した後輩だった気もする。それに加え、ほぼ同じ時期に業界に入った同僚も、口にこそ出さないが、表情でそう告げているとなれば、おそらく正しい意見なのだろう。
不規則な生活リズム。
対象の都合に合わせる為の夕方から夜中のアポイントメント。
付き合いで飲む酒、とタバコ。
それでいて、常識的な時間で規則的な締め切りは徹夜作業を強要してくる。(まあ、これはギリギリまでパソコンに向かわない自分も悪いのだが)
さらに締め切りに間に合ったとしても、だ。
スキャンダラスなタイトルの下は概ね、誰かの不幸だ。(たまに、ついに脱いだ○○ !! とかで本物、偽物問わずオオムネが載るときもあるが)
「人は皆、他人の不幸が大好きなんだよ」とは誰の言葉だったか。
長期間不動の人気を得ていたお笑いタレントと元アイドルグループのリーダーが同じように転落したのは記憶に新しい。
そして叩くのは高ければ高い方が喜ばしいようだ。
銭湯を巡る下積みを経て大晦日の歌番組に出場したすぐあとにDVが報じられた歌グループの一員、ようやくテレビの露出が増え始めたとたんに不倫報道された芸人。
無名だった頃には記事にすらならなかった出来事を、目を皿のようにして探す仕事は、真面目な顔をしながら内心ニヤつく読者と、どちらがまだましだろうか?
が。
なら、なぜこの仕事を選ぶ?
なら、なぜこの仕事を続ける?
なら、なぜこの仕事をやめない?
などと今まで考えなかった自分は、もしかしたらこの仕事に向いているのかもしれない。
とはいえ、歳も歳だ。
最後に一つ、一つだけ。
電車の吊り広告で一番でっかく書かれる記事が書けたなら。
そう思いつつ、もう何年も経つ・・・。
「何がやりたいんだろうな」
タクシーでタバコが吸えなくなってもう四半世紀がたった。
編集部のデスク、長距離移動の列車、果ては飛行機の中まで。どこかれ構わず咥えていた頃が懐かしい。
「ほんとにですよ。健康増進法でしたっけ? そんな法律作らんでも、バシッと禁止にしゃえばいいんでしょうけどね」
ハンドルを握りながら答えた運転手が、タバコを吸わなくなってからどれぐらいたつだろう?
「一本分けてくれないか?」に「子供が産まれるんで」と返された時の息子さんが結婚したと聞いたのは数年前だ。もしかしたらもう孫もいるかもしれない協力者にいつもの質問を。
「最近どうだい?」
タクシー運転手と小粋───かどうかは不明───な会話を楽しむ客は案外多い。
席に座ってシートベルトを締めて。
すぐ目を閉じない限りは、何かしらの会話をするだろう。
運転手、という立ち位置、いや、実際は座っているが、そのポジションもそうさせるのかもしれない。
顔は見えないが、きちんと相づちを打ってくれる、ただそこにいるだけの存在なんてのは、最近出てきたAIにも通じる話し相手としての気安さは確かにあるだろう。
・・・AIとの会話がビッグデータとして利用されるのと同じように、運転手の中にも記者に情報を流して小遣い稼ぎをするようなのがいるのだが。
ちょうど、今、前に座っている男のように。
「最近、うーん。最近ねー」
歌手の誰々とアイドルの誰々が仕事がらみじゃないのに、同じ建物から出てきて乗った。
ベテラン俳優と税理士が深刻な顔で乗ってきた上、ちょっと信じられない相談をしていた。
妻子のある俳優が若い女性と向かった先は・・・。
全て、この男からの情報である。
「ぱっとしたのはないねー。同僚に聞いても」
「そうかい」
まあ、これはいい。
というか、連絡がなければ週一で乗るこの車だが、毎回毎回、誌面を飾るネタが出てきてもそれはそれでこの国の将来が心配だ。
「市ヶ谷から出てきた団体さんの顔が真っ青だったとか、霞ヶ関の客の払いが気前良くなったとかぐらいかなー」
普通に聞けば、別々のとりとめの無い話しなのだろうが、何か引っ掛かる。
まるで浮かぶ二つの氷山が海中でつながっていて、自分はその真ん中を通りすぎてしまっているような・・・。
「・・・その話し、もっと詳しく」
彼は知るよしもなかった。
記者人生最後の特ダネに定めたネタが。
何の含みもなく、人生最後になろうとは。




