天文台職員
「星なんか見て何の役に立つの?」とは、この職についてから、よく聞かれる質問だ。
最初の頃は、「古くは暦を・・・」などと精一杯、一生懸命答えていたが、ある時ふと月の裏側が見えた。
そう、どれだけ真剣に説明してもそういう質問をしてくる人は「ふーん」と鼻息一つで終わらせる事に。
つまりは、だ。彼らは質問などしていないのだ。決して地球からは見えない面に書かれている本音はこう。「国立? 人が納めた税金で夜空を見てるだけなんていいご身分ですね」。
それがわかってからは「何の役にも立ちませんよ」と答えるようにしている。もちろんそのあとに「お前のような人間にはなぁぁぁ!」と心の中だけで付け加えて。
天文台職員。それは宇宙という果てしない深淵を覗き込み、“未知” を “既知” にかえるお仕事なのである!
と、意気込んではみたものの。
「何でワタシら昼に論文書いてるんですかねぇ?」
「夜は星を見てるからだろ?」
そんなわかりきったことを今さらか、と呆れ顔をしているのは同期のみほし君である。
見る星と書いて見星。まさに天文台に勤めるために生まれてきたような名字を持つ男であるが、それもそのはず。先祖を逆登れば、陰陽師にまで行き着くという、天体観測に愛され、天体観測をするために存在するような一族の末裔なのである。
・・・初代が平安人なら、かれこれ千年は夜空を見上げているわけで。よくまあ、見飽きない物だという感想はこの際月の裏に置いておこう。うん。
「夜、星、見てる」
「ああ」
「昼、論文、書いてる」
「今まさにな」
「ワタシ、いつ、寝る?」
「そりゃあ、って! お前、徹夜か?!」
ちっ、ちっ、ち。
「三徹」
「よし、寝ろ」
ぼふっ、と。めんどくさそうにこちらに投げつけてきたのは、クリーニングの袋のまま机の下に押し込んでいた毛布である。
「やめれ、その攻撃は、ワタシに、ぐぅ」
おかしい、突っ返そうとした手が薄手のビニールを破り、椅子を並べ、その上に毛布を広げ、てしまえば吸い込まれるように身体が横に、ヨコに、よこに・・・。
「やれやれ」
幸いにしてキャスター付きだった椅子達を上に乗った物を落とさないようゆっくりと動かし、手が届くようになった机の上のノートパソコンの書きかけの論文を新規保存し、パタリと閉じる。
「なにもリアルタイムで観察しなくてもなぁ」
同期のひなうえ、日に生に上は縦書きにすると前の二文字が表すように、星を見るために生まれてきたような女である。都会から星が消えて久しい。いや、実際には星自体は変わらず輝いているのだが、街灯、電灯、蛍光灯、地上が明るすぎて書き消されてしまっている。空一面の星を見るためには都市部から移動する必要があるが、学校の春休みにお泊まりした親の実家のある田舎で見た星に感動して天文台職員にまでなるのはさすがに珍しい。
雲一つない空の星が、風一つない田んぼの水面に反射してもう宇宙、だったらしい。
なにそれみたい。
咳ばらい。
とはいえ職員になってみたら、あんまり肉眼で星を見ないというのは皮肉な話だ。
自分で磨いたレンズで作った望遠鏡で、なんて話も今は昔。
電波やら赤外線やら重力線なんてのは肉眼では見えないし、可視光の星もコンピューター制御による自動追尾や画像処理され、遠隔地のデータもパソコンやダブレット、スマホでも受け取れる時代である。
・・・時差のせいで遠隔地のデータが日中に受け取れ、日本のデータが夜間になるのは当たり前なのだが、ちょっと笑える。
さて。
「何でそっちの仕事を手伝わなきゃいけないんですかねぇ」
ぐっすり眠りに落ちたところで起こされたせいか、日生上の目がじとーっと座っていた。
「毛布貸してやったろ」
「返したじゃないですか」
「ヨダレべったりつけてな」
「なっ?!」
やぶ蛇であった。
「御褒美じゃあないですか」と口にするのは容易いが、「どこが」とか返されると二匹目がやぶから出てきてしまう。
ここは沈黙が正解だろう。
ちなみに毛布は “洗濯” とマジックで書かれた段ボールに無造作に突っ込まれている。
「それで? なにすればいいんですか? 珍しくスポンサーからの依頼なんですよね?」
「ああ。あちらさん曰く、簡単な仕事だそうだ。○月○日の○時に赤経○時○分、赤緯○度に天体があるかどうか二人以上で確認してほしいとさ」
「何ですかそれ? そこまで細かくわかってるんなら楽の勝ですよね?」
「位置情報は複写厳禁。報告後、この件は口外せず、できれば忘れろとも言われてる」
「うわ! 一気に胡散臭くなりました、よっ! と!」
「ありましたね」
「・・・あるな」
縮尺そのままではわからないが、拡大すると、ぼんやりなにかあるのがわかる。
「恒星じゃない・・・。彗星で今頃接近するのあったっけ?」
「いや、なかったはず・・・」
「じゃあ、新発見 !? 発表すれば、名前を、って、おおっ?!」
星見が目の前の髪の分け目に手刀を落とした。
「落ち着け。位置を指定されてる時点で見つけたヤツは他にいるだろ」
「それは、そうか。でもせっかくだから、軌道を計算して、って! 何でウインドウ閉じるの!」
「そこまで頼まれてないからだよ。それに」
「それに?」
「胡散臭いって自分で言ってだろうが。こういうのには深く首を突っ込まないのが正解なんだよ」
「うう・・・、肉眼で見れたかも知れないのに」
ふう。
まだ残念そうに、それでいていそいそと帰り支度を始めた日生上を目の端にとらえながら見星はため息をついた。
スポンサー=日本政府の依頼はここだけではないだろう。日時指定がその根拠だ。
少し考えれば、複数の時間のデータを持ちよった時に明らかになる情報は想像がつくし、求めることは難しくない。日生上が思いついたように。
が。
それをしてしまった者の末路もだ。
「電気消すよー」
「ちょっとぐらい待てよ」
明日会う予定の人物に手帳の一ページを返して、「ありました」と伝える。
それが ───さすがに今の世の中、先祖の何人かのように殺されはしないだろうが─── 長生きするコツだろう。
今、確認した天体が肉眼で見えるようになるどころか。
長生きにまで関係してくるとは。
思ってもいない星見であった。
「はい、消したー」
パチン。
真っ暗になった室内に四角く差し込む廊下の光。
その中に人影が一つ ───。




