COO AD?
「『説明?』じゃあ、ありませんよ!」
なに余裕こいてんだ! とばかりに重役の疑問符を荒い鼻息(鼻毛付き)で、ふんっ! とばかりに吹き飛ばしたPは、そのままの勢いで立ち上がり、余裕のある態度、と自分では思っている、端から見ればただウロウロしたウォーキングを披露しながら自説を繰り出した。
「二十。正確には二十点一パーセントの視聴率を取ってんだよ、こっちは! この数字は近年マレに見る高視聴率のはずだ! そうでしょう?」
ここで、ちらっと重役の反応を伺うP。
微かに頷く様子からは否定はされていないようだ。
「それでなんでクビにならなきゃいけないんですか? 説明してくださいよ! おかしいでしょ? ねぇぇぇぇ!」
決まった、とばかりにサッカー選手並みに膝を曲げて上体を後ろに反らし、両腕を広げて言葉を絞り出してやっぱり重役の反応を伺う。
微かに首をふる様子からは否定の意志が見て取れる。
なんで? なんで、なんで、ナンデ?
Pの疑問はすぐに解消されることになる。
○≡
「キミはなぜ視聴率を上げなければいけないか、テレビ局がそこにこだわっているのか、わかっているかね?」
CEOの左どなりの男、昔は専務と呼ばれ、今はCOOの男が、キラーン! と神経質な声にふさわしい、上下の幅の狭いメガネを光らせた。
「そ、そりゃあ。・・・高い方がいいからでしょう」
Pが少しばかり考えた末に出した答えに、ため息こそ出なかったものの、落胆した雰囲気が室内に醸し出された。
典型的な上部しか理解していないタイプ。
この手の人間が厄介なのは、表面上、きちんと=様々な事柄を深く理解している人と区別がつかないからだ。
なんなら、深く理解しているタイプより考える事が少ない分、優秀に見えてしまうことすらある。
例えば、担当部署の節電で競ったりするとき。
深く理解しているタイプは自身の職場を見直し、余計な業務を廃止し、節電と共に仕事のやり方を改善したりする。
しかし、理解があっさいタイプは張り紙で済ます。
照明の横に『定時消灯』。
冷蔵庫に『使うな』。
電子レンジに『使用禁止』。
コピー機のコンセントを抜かれて「どうすりゃいいんですか?」と聞いてきた部下には「コンビニに行ってこい! 自分の金でな」とかどなり散らす。
これで、評価者も相当の間抜けだったり、遠地の事務所で目が行き届かなかったりした日には、あっさり表彰されたりしてしまうのだから、真面目にやってる人間が報われない。本当に。
「キミねぇ・・・」
よくこんなのが残っていたな。
しばし、言葉が出ないCOOである。
○≡
「あー。簡単に言うと、視聴率が高いとCMの効果が上がる。スポンサーの評価も、わかる?」
「ばかにしないで下さいよ! そのぐらいわかりますよ!」
いや、ならさっき答えろよ、とは誰も言わない。さっさとこの茶番を終わらせたいのだ。
「そのスポンサーが降りると言ってらっしゃる」
「へ?」
「キミは本当に・・・。伝えては、放送してはいけない事があるとは思わなかったのかね? 世界が終わる時に誰が車を買い換える? 引っ越す? 受け取れない保険に入る?」
「いや、それは・・・こう言っちゃ何ですが、テレビ番組ですよ?」
「そう。視聴率二十点一の高視聴率の、な。キミは単純計算で二千四百万人に対し世界が終わると伝えたわけだ。丁寧に! 証拠付きで! 反論の余地もなく!」
「だからそれは、よくある・・・」
「信じるか、信じないか、かね? 少し考えれば分かるだろう? 今回はそんな余地が微塵も無いことは!」
だん! と。両拳で叩かれた机がビクッ! とPの肩を震わせた。
「・・・起こしてしまったことは仕方ない」
「社長!」
「誰かが責任を取らなければ、な」
もはやことはすんだとばかりに立ち上がろうとするCEO。
「せ、責任なら、D、村藤に取らせます! あ、あの野郎がワテクシの、引き留めようとする指示を無視して・・・」
「彼からは私の部下に話がきていたよ。事前に。キミが。いつも通り話を聞いてくれないと、な。こちらの調査結果も同様だ」
COOのメガネの反射が尋常では無くなってきている。
「な、なら・・・。ば、番組の内容も。そ、そうだ! 止めなかったあんたらも悪い。あんたらのせいだ!」
「人を指差すものじゃぁないよ。そうだね。責任を取らなくてはね。いやあザンネンだ。キミのような優秀な人材を手放すことになろうとはね」
今まで存在感がなかったCEOの右隣の男、太めの身体をきっちりスーツに収め、潔く、頭の地肌をさらしたCOO、日本語だと専務と常務は区別できるがアルファベットだと一緒な元常務のCOOが微塵も気持ちのこもっていない声で続ける。
「世界発のスクープ。どうなるかと見守らせて頂いたが、こうなってしまうとはね。世界が終わると言えども、それまで画面が砂嵐、・・・今は単純に黒い画面になるのだったか。どちらでもいいが、それではつまらないだろう? スポンサーには溜飲を下げ、今まで通り、お金を出してもらわねば、ね」
パチリ! と。
無駄に愛嬌のあるウインクが、社長を挟んで反対側で光るメガネ並んで恐ろしい。
「あ、あんたら、全部わかって、いやどうなってもいいように・・・! ふざけるな! こんなことでやめてたまるか !!」
「なら、こちらでは、どうです?」
はらりはらり、と。
床に手をついたPの前に舞い降りたのは領収書のコピーだ。同じような書式に、なぜか違う金額が書かれているのが上下セットで一枚に印刷されたモノが幾枚も幾枚も幾枚も───いや、多すぎじゃね?───というぐらいに降ってくる。
「こ、これがが、どど、どうした」
「声が震えてますよ。わかるでしょう? あなたの水増し、架空請求のしょ・う・こ、ですよ。バレていないとでも思っていましたか? ・・・女性関係でもいいのですが、会社の醜聞にもなりますからね」
「解雇した、という事実があれば、あとはどうとでもなるのだよ。スポンサーはわざわざ理由まで調べんだろうからな」
泳がされていた。生け簀の中を。
自分は大海で泳いでいたつもりが、実はいつでも網で掬って料理できる───。
ハッ!
「あ、あの女、あの女もグルなんだな !? わざと隙を見せて。そうなんだな !?」
「ご想像にお任せしますが、ひとつ忠告を」
「出所のわかっているリベンジポルノなんざ慰謝料の積み増しにしかならんぞ」
「奥様からの請求も発生しますし、ね。今回の事を含め、本、ネットでの暴露もお辞めになった方がよろしいかと」
どうやって光っていたか不明なメガネの輝きが収まった。
重厚な外見に見合わず、主人達が退出した扉は驚くほど静かに閉じられた。
P、いや元Pはよろよろと立ち上がると。
CEOの座っていた椅子に尻をのせ。
仕掛けられていた画鋲に飛び上がった。
○≡
「・・・最近なんか仕事がスムーズだな」
「Pがいなくなったからな」
独り言に返事をされた村藤は、目を剥きながら振り返った。
「気づいてなかったのか? 段ボール一箱に私物をまとめて、抱えて、よろよろと。惨めだったらしいぜ」
喫煙所の扉を咥えタバコで開けた安積野が、灰皿に一本目を押し付けると二本目に火をつけた。
「いつの間に・・・」
「まあ、いてもいなくてもってヤツだな。繋がってた人脈も下請けも最近は、ってなのばっかだったし」
ふーっと吐き出された煙が、あっという間に空気清浄機に吸い込まれて消えた。
「なら、次のプロデューサーは?」
そんなことを聞いてくるDに安積野は黙って指をさした。
「オレ? いやオレはディレクターでじゅ・・・」
「また、変なのがくるかもよ」
「やらせて下さい!」
ベテランADの指摘で意見が百八十度、ほんとは百六十度ぐらい変わる。
実はちょっとやって見たかったDである。
「勤まるかな」
「まあ、大丈夫だろ。あんたは部下のアイデアを盗用どころかネットで拾ったネタをそのまま使わないし、パワハラ、セクハラとは無縁だし、金づかいもきれいだ」
「いや、それぐらい当たり前だし、そんなヤツいたらヤバイだろ」
ふーっ。
返事代わりの紫煙は、やはりすぐに吸い込まれて消えた。
知らなくていい。元Pが請求を、怪しい請求を誰にやらせていたのか、なんてのは。
「次のディレクターは? やっぱり?」
「いや、俺は・・・、アダッチーでいいんじゃないか? なんだかんだ言ってアイツも真面目だし」
火のついたタバコで指されたADは、口に出さず言葉を続けた。
下手に出世するとやりづらいからな、俺の、もうひとつの仕事は、と。




