P
テレビ局の廊下を、弾むように進む男がいる。実はスキップしたいのに過去何度試してもできないので、エセスキップ、とでも呼ぶような進みかたになっている。
格好はラフだ。チノパンに色つきのシャツ。普段よく腰に結ばれている上着の袖はは今回、首に巻かれており、跳び跳ねるたび、ひらり、ひらりとまるでマントのように翻っている。
と、本人は思っている。
実際には小さな子供がやるヒーローごっこ、───それも今時めったに見ないようなヤツ───を大の大人がやっているようで、いたたまれない。
「うわっ」「え?」「・・・」
進路方向にいる局員が視線を下げ、自分のために道を開けるのも男の気分をよくするのに一役かっていた。
Pの発する大物オーラにやられ、考えるまでもなく自然とそのような行動をとってしまう、なんてわけでは無く。
避けているだけである。かかわっちゃなんねい人を。
隠しているだけである。吹き出しそうな自分の顔を。
「ふぅ」
一仕事終えて? 額の汗を拭ったPは、その指でエレベーターのボタンを、自分では栄光の掛橋と想像している、黄金のハシゴを呼び出す(機械的な仕組みによって)光輝くボタンを押した。
背後では顔をしかめた女性社員達がひそひそしている。
・・・けど大丈夫。アレ以来消毒液のボトルを探すのは、そう難しくはないのだから。
○≡
「ようし、よしよし、よーし!」
車の社内、トイレの個室、そしてなぜかよく一人になるエレベーターの箱。
Pはそんな場所では一人言を言うタイプだ。
「視聴率、し・ちょ・う・り・つ、二十パーセントごえ、ふぅ~!」
一人言というかもはや一人叫びである。
ボタンを押すのに間に合わなかった人が、通過するエレベーターから聞こえる奇声にビクッ! となった。
「これは、これは! 見えてきたんじゃないのぉぅ? エ・グ・ゼ・ク・ティ・ブ・プロデューサーへの道が!」
「・・・長かった」
ぐっと右手の拳を握りしめ、閉じた両眼の端、から涙を、・・・ついでに左の鼻の穴から、つーっと液体を流す。
「バブル時代までの先輩が生まれた時期がよかっただけでどんどん出世するのに氷河期滑り込みのこっちはまるでペンギン歩き」
「後輩が入ってこないもんだからいつまでもいつまでもいつまでもいつまでも下っ端仕事をさせられ」
「ようやく入ってきた後輩はゆとり経験者」
「自分と同じようにやらせたらすぐすねるし、最近はパワハラ、ハラハラうっせーし!」
「蹴落としても蹴落としても蹴落としても! 出世できないってどういうことなのぉぉぉぉ?!」
・・・そういうことである。一部同情の余地はあるが。
やっぱりボタンを押すのが間に合わなかった人がビクッ! と通過するエレベーターの箱から聞こえた怨嗟の叫びに体を震わせ「くわばらくわばら」と魔よけ、性格には雷よけの呪文を唱えながら階段へとむかった。
テレビ局。
そこは。
知られていない=自分で取り上げたりしないが。
普通に心霊番組が作れるぐらいのスポットであった・・・。
【聴くと呪われる叫びながら止まらないエレベーター】〈完〉
○≡
首で縛っていた上着の袖を、ほどいて着るとラフではあるが、それなりにきちんとした格好になる。
シワシワ、ヨレヨレのAD、Dとは違うのだよ!
と。さすがに重役の部屋の扉の前で叫ぶわけにはいかず、心の中でいい気になったPは、鏡を取り出し、お気に入りの櫛───ボタンを押すとナイフみたいに飛び出すタイプ───で髪を直した。
・・・女性ADが、後ろでひそひそするほど匂う大、量の整髪料でぎっちぎちに固められた表面を。
眉毛、よし。
鼻毛、・・・、よし。
飛び出していた何本かを小指で押し込め、その指は立てたまま、リップクリームをややすぼめた唇にこれでもか! と塗りまくる。
「んーーー、ぱ!」
・・・それが許されるのは、マリリンモンロークラスの人だろう。
こんこんこん。
許されざる行為に及んだPは。
それでも少し緊張して、役員のいる部屋へと足を踏み入れた。
○≡
「座りたまえ」
自分を除けば一番の下っ端、それでも役職付きの許可を得て、Pは用意されたパイプ椅子に腰をおろした。
模様入りの毛足の長い絨毯。
収納も兼ねた重厚な、簡単に言うと暗めな色調の、木目を合わせた壁。
高く。四角く細かく。組み合わされた天井のひとつひとつには金箔、銀箔だろうか?
キラリキラリと反射し、本体は見えない間接照明の光を床へ落としている。
そして。
この部屋でなんと言っても一番なのは、長机───よくある折り畳みじゃなくて据え付けのどっしりしたタイプ───に座った重役を逆光にしている窓? だろう。
上から下、右から左まで透明なそれはもはや壁。近寄るのが怖いほどの透明度を誇る窓の眺めは一言で言うなら空、だ。
つまりはまわりに比肩するほど高い建物がないわけで、ある意味このテレビ局が積み重ねてきた成功の高さを象徴しているのかもしれない。 ・・・もしくは建設費の高さを。
どきどきどきどき。
Pは思い浮かべる。
もう何年前か、指折り数えないとわからない入社面接を。
エグゼクティブプロデューサー。
エグゼクティブ=高級な、特別なと役職の前につけて向こう側に座る自分の姿を。
「~~君。キミを───」
「はっ、はいぃぃぃ」
鼻の前で、手を重ねる社長、最近はCEOとか呼ぶ彼に内心「無駄に間をとるんじゃないよ! さっさと言えよこのノロマ!」とか思いつつも体は正直で、どくどくどくどくと心臓が高鳴るP。
「クビにする」
「ありがとうございます! ワタクシこれからも御社に対し心から忠誠を誓い粉骨砕身与えられた役職に見合うよう努力を・・・へっ?」
考えに考え抜いた、ほんとはAIに秒で考えさせた就任の言葉は、途中で立ち消えになった。・・・もうほとんど言っちゃっていたが。
「クビにする」
自分の言ったことが伝わらなかったようなので社長が同じ言葉を繰り返した。
「な、何で?」
敬語を忘れて問い掛ける。
思わず立ち上がっていた姿勢のまま、ずるっと上着の片側が肩からずり落ちた。
鼻の穴からは飛び出す鼻毛。
こちらはピシッ! と形を保ったまま全体が少し傾いた髪。
その下の脳ミソが思い当たる節を高速検索する。
Dの持ってきたアイデアを盗用いやあれは誰でもやってるしパワハラいやADの扱いなんてあんなものだろうセクハラいや尻に手が当たるなんてのも普通せまいところじゃなくて広々としたスタジオでもあることでまままさか不倫がばれたのかいや家族の間の出来事に何で会社が若い女子タレに出演を材料に迫ったのがいけなかったのかいやそれだってみんなはやってないがやってもばれたらクビにオレは大丈夫口止めできるネタは十分あるし良い時代になったもんだぜ写真にするのに現像に出さなくてよくなったんだからな金カネか水増し架空どっちだいやどっちでもバレるわけがないなんてったって相手もぐるなんだしもう年単位の付き合いだし・・・。
ふんっ!
鼻毛を吸い込み、肩で上着を直し、何事もなかったように髪全体を微調整する。
「どういうことですかな? 御説明いただきたい」
座ったがいいが、大げさに足を組んだのは失敗だったか?
「説明?」
内心、文字通り心臓バックバックのPに対し、口を開いたのは社長のとなりの人物だった。




