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警察官

「はい。わかりました。すぐむかいます」

 通話が終わったスマホは、黒い鏡となり、やや憮然(ぶぜん)とした若い男性の顔を映し出した。

 警察学校時代は取り上げられていたスマホで今は普通に呼び出される。

 これは矛盾じゃなかろうか? 


 まあ、いいか。


 交番勤務を終え、非番から公休へと切り替わろうかという時間に呼び出され。

 移動しながら考えてた、そんなことは。

 駆けつけた警察署を一目見た瞬間に消え失せた。


 ヒト、ひと、人。


 すわ! 何事が? 暴動か?


 いや、そうではない。


 つきものの怒声はあがらないし、制服を着た仲間は、まったく相手にしていない。

 良く見ればちらり、ほらりと見知った顔が混ざり、特に混乱もなく、建物の奥へと吸い込まれていく。


 ・・・同僚、なのだ。


「な、何が?」

 大地が揺れたときでさえ、震度に合わせて出勤する人員が決まっている職場だ。

 それがとにかく、人を集めている。

 その事実に少し顔から血の気を引きつつ、自分は、ロッカーへとむかった。


  ○≡


 消防士ほどではないが、制服へと迅速に着替え、その上から防刃ベストを装備し、手錠、警棒、リボルバーを身に付けると、毎回精神が一段引き締まった感覚を覚える。

 特に指示がなかったので、いつもの部屋、普段、朝礼がおこなわれる場所に行ったら当たり前だが、廊下にまで人が溢れていた。


「お前、何か聞いてるか?」

 背後から肩を叩いて聞いてきたのは、同じ交番勤務の先輩だった。歳が近いせいもあり、出動時はほとんどペアになる、頼れる人が自分に何か聞いてくるのは、少し変な感じだ。


「いえ。何があったんですかね?」

 これだけ集められているのだから大事件はずなのだが、手早くチラ見したスマホのキャリアの名前を後ろに着けたニュースアプリは、いつもどおり、それ、急いで知らせる必要があるのか? という、読者の体験を元にしましたと但し書きついたの短編小説や家族、職場のトラブルをマンガにしたものをトップページに載せて、必要な情報は何もくれはしないのだった。


 ○≡


 自分の知らないところでナニカが決まったのだろう。年配の、経験豊かそうな上司が仕切り始めると、あっと言う間、よりかは時間がかかったが、混沌とした状況は、呼び出され、並ばされ、移動させられ、秩序に従わされた。


「状況を説明する」

 こんなときでさえ、いや、こんなときだからこそ厳しめに、装備品、携帯品の点検を受けたのち、今回の呼び出しの理由が説明された。


 時間が惜しいので質問したりはしないが、個人的には、まさかまさかという感想だ。


「テレビ番組ひとつでそんなんなるかな?」

 パトカーのとなりでシートベルトを締めた先輩もそんなことを言っていたので、誰しも感じて想うことなのだろう。


 百聞は一見に如かず。


 そう思い知ったのは、次の瞬間だったが。


「マジかよ・・・」

 ポツリと口からこぼしたのは先輩だったが、目を見開いたのは自分も同じだった。

 警察署近くのコンビニ、『警察官立寄所』と看板を掲げつつ、本当によく立ち寄る光の箱に群がっている。人が。

 こんなの見たことない、と言いたいところだが、ある場所の、ある時期のコンビニでは目撃できる光景だ。ただ違うのは、コミケ中のコンビニはそれに合わせた仕入れをするが、近くのコンビニにとっては完全不意打ちだった点だろう。

 

「もう。もう食料品はありませーん!」

 すれ違う一瞬に聞こえた叫びで、空になった棚の様子が容易に想像できる。


「これが、市内全域で?」

 やっぱり呟いたのは先輩だったが、自分の背筋も同じように冷たくなっている。

 近くのコンビニはいい。通報を受けた警察署の人員が我先にと駆けつけたのだから。

 ほかのコンビニや、深夜も店を開けているスーパーは・・・。


 とたんに心がきゅーっと絞られた。


 署にはあんなに仲間がいたのに。


 ○≡ ── 二十四時間スーパーにて ──


 さっきから、ちらり、ちらりと入り口に吊り下げられた防犯カメラを、見られてると感じるのは気のせいではないだろう。


 そういう意図があったと考えたくはないし、むこうもそんなつもりはぜんぜんなかっただろうが、パーカーにはフードがついている。・・・ついてしまっている。

 そんな服装の若い男性が何人か。

 目配せできる範囲でレジに並んだのも偶然だろう。

 たぶん、今日、この場で、初めて出会った男の間に、生まれちゃいけない連帯感が芽生える。


 ぴりぴりぴり。


 格闘技なんかに、欠片も縁のなかったスーパーの店員のおばちゃんにもわかる緊張感はフードを深く被った様子からもたらされたものか。


 くる。


 となりの、年配の、警備員が。


 おとなしい万引き犯ならなんとかなるけど、包丁を持った強盗はどうかな? な警備員さんが。


 それでも、対応しようと腰を落とし。


 誰ともなく、うなずきあう、三人の若者。


 腰に吊っている伸びる警棒をどうしようか迷う警備員。


 巻き添えを避けるべきか、足を引っ掻けるか思案する、若者の横に並んでいるおっさん。


 レジを通す、バーコードをスキャンするのに精一杯の男性の手元で。


 ぴっ! と。


 まるで何かの合図、いや、紛れもなく『読み込みました』の合図がなった瞬間。


 弾けるように、迷うように、つられたように。


 列から三人が一歩。


 踏み出してしまった、瞬間。



 赤いリボンを着けたパンダ、色味からするとむしろバクが、サイレンを鳴らさず店の前に滑るように現れ。

 後部座席のドアから警官二人を吐き出すと、次の現場へと走り出した。


「あー。バックヤードはねー。立ち入り禁止なの。構造物侵入罪の証拠になるよ? その箱」

 一時はどうなるものかと思ったが、警察の。国家権力(制服、装備)は、まだ(・・)有効だった。


「はい」「わかりました」「・・・」

 店員オンリーでは無視一択、もしくは大声で自己の主張のみ訴えていたバックヤード侵入者達も、憮然(ぶぜん)、しぶしぶ、口を尖らせて、買える物が無いならと、店舗を後にしていく。


『日持ちする食料品売り切れ』

 そんな段ボール製のお札を貼れば、ようやく自分の機能を思い出した自動ドアが閉まっていく。


「本当に。ほんとーうに助かりました!」

「いえ、いえ。何事にもならなくてよかったです」

 スーパーの店員さんの笑顔に、警官になってよかったと改めて実感する。


 こんな笑顔を守っていけたなら。


 そんな思いはこの先・・・。

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