全天観測員(2)
「なぁに~。また変なところさわったんでしょ」
やっと逃避先から職場に戻ってきたナンシー輩先が警報鳴り止まないモニターを覗き込む。
・・・椅子に座らず机の前で腰を曲げたポーズでそう言われると、なんとなくくるモノがある。具体的に何がきたのかは答えられないが。
「どこか設定するとこさわった?」
「いいや、全然。設定どころか、キーボードもマウスも一切さわっておりません!」
「それはそれで問題ね・・・」
おっとっと。巧みな誘導尋問により、仕事してないのがバレちまったぜ。
「まばたきもせず、画面を凝視しなさい、とまでは言わないけど、たまには余計なページを消したり、デスクトップを見やすくしたりぐらいはやりなさいよ。って、あら? 止まらないわね? そもそもこれなんのアラーム?」
カチカチ、カチ。
何枚も開っきっぱなしのウインドウをよけたりしていたナンシー先輩のマウスにそえられた指が止まった。
バッ! と振り向いた顔は蒼白で、よく頭の回転が遅い、止まってる、そもそも回る物が入っってるのか? ───いや、よくよくよく考えると、みんなひどい─── 的なことを言われる俺でも、何か良くない、ひじょーに良くないことが起こっているのがわかった。
「ナンシー先輩。もしかして・・・」
「そうよ。たぶんあなたの考えていることが正解」
「そうですか。やっぱり・・・。修理の人を呼ばなきゃですね」
「・・・あなた何言ってるの?」
「え? コンピューター壊れたンっすよね?」
「違うわ。これは壊れてない。そして前言を撤回するわ!」
「えっ? え? 壊れてないのを撤回するってことは、本当は壊れてるってことで、やっぱり修理の」
「撤回したのはあなたの考えを正解ってしちゃったところよ! そして呼ぶのは修理の人じゃなくてボスよ!」
いきなりキレて指でむねをつつくのはやめてほしいっス。・・・いや、やめなくていいかも。
それにしてもボスって────
────コンピューターの修理できたンっスね。
「お前は何を言ってるんだ」
誉めたら、なんか呆れられたっス。
ボスが自分のIDとパスワードを入れたらアラームが止まったんで「さすが! 修理もおてのもんですね!」 って言っただけなンっスが。
「この端末がなんの為にあるか言ってみろ」
さらになっかこうびきっ! と。こめかみ辺りに血管が浮いているような?
「はい。この端末はプラネタリーデフェンス、俗に言う全天監視システムの出力先です。ハワイ、チリ、南アフリカの四ヶ所の望遠鏡で毎晩全天をスキャンし、移動型天体を自動検出してその移動先をこれまた自動計算、その中で地球の軌道と重なる物を検出した場合通報する機能があります」
「そうだ・・・」
「小惑星地球衝突最終警報システムって名前っスけど本当に警報がなるだけのシステムっス。検出距離は百メートルクラスで四千万キロ、十メートルクラスで四百万キロ、これはせいぜい数週間、数日前にわかるってレベルっスからわかったところで何もできないって、・・・何でそんな怖い顔してるンっスか?」
途中までは感心したような、意外な物を見たような顔だったンっスけどね?
一旦沈んだ血管も、再度浮かんで、っていうか浮力が増しているような?
「そうだな。そのとおりだ」
ここで部下に当たり散らしても、隕石衝突回避の為の予算が増えるわけではない。
それよりも優先すべきは今、ここに示された危機だろう。
くるりと椅子を回しモニターに向き合う。
・・・左右の肩ごしに部下二人の視線が注がれるが気にしない。
検出された天体に名前がないのは、お初からだろう。
まずはどれだけ余裕があるか、だ。
忌々しいことに部下の説明は正しい。・・・正しいからといってそれを指摘されてすんなりと受け入れられるわけでもないが。
「太陽方面からじゃなくてよか・・・」
ブルーライトをカットするためにかけたメガネを外し、眉間を揉む。
再び画面を見て、メガネを外し、裸眼で見る。
スーツポケットから老眼鏡を取り出しモニターに向きなおる。
老眼鏡を外し、ポケットから取り出した目薬をさす。
「ジャパンのカートゥーンのブルーキャットみたいっスね」
右肩の意見は無視だ、無視。
「どうやら私の目はおかしくなってしまったようだ。ナンシー君、衝突予想を読んでくれたまえ」
「はい。はいぃぃぃぃぃっ?!」
・・・私の目が変になったわけではないようだな。
「ん? years laterって、ずいぶん・・・」
どうやら彼にも事の重大さがわかったようだ。
小惑星地球衝突最終警報システムでは大きい天体ほど事前に検出できる。
自動表記調整の表示が時間でも日でも週間でも月間でもないということは・・・。
「ち、ちょっと待ってくださいっス! これいったいなんメートル? いやキロあるっスか?! いや、そんな大きさの天体が今までっ、て !!」
画面の中の小さな変化は十センチにも満たないが、彼の喉をつまらせるには十分な大きさだった。
小惑星地球衝突最終警報システムでピックアップされた天体は監視され適宜情報が更新される。移動方向、位置の変化、それによって導きだされる速度と到達予定時間。
「け、桁・・・。桁が減ったっスよ!」
「減ったわね」
へなへなペタン、と。ナンシーが床に腰を落とした。
「待て、まだまだ慌てる時間じゃあない」
ボスが起動したのは落下地点予想ソフト。
まだ記号しかついてない隕石、いや、もはや小惑星、なんなら “小” すらいらない固有名詞をコピーアンドペースト。
これでどこに衝突するか予想できる。
画面内に水色の円が描かれる。
「・・・何でこんなにかくかくしたレトロ調なンっスかね?」
「シッ」
自分もそう思うが重要なのはそこではない。・・・たぶん予算の関係だろう。
余計なことを考えているうちにもとりあえずの計算結果がピンクの円で表示され始める。
「あれ? 直撃じゃあないンっスね」
なんでお前はちょっと残念そうなんだ。
巨大サイズの天体が通過しただけでも地球の環境に影響を及ぼすのに。
「いいぞ。そうだ。上手いぞ。グッドボーイ、そのまま、そのまま・・・」
観測結果が更新されるたびにほんのわずかだが、確実にピンクの円が水色から離れていく。
「グッボーイ、いいぞそのまま・・・バッボォォォォイ!」
ピッ! という音は望遠鏡の切り替えの合図だ。いうまでもなく地球は自転しており、望遠鏡のある地は永遠に夜ではない。
二ヶ所目の望遠鏡、つまり三角観測を可能にした更新データは紫の円を作り出しボスの頭を抱えさせ、本日二人目の行動不能者を産み出した。
「あららっス、ね」
この部屋には備え付けの固定電話がある。
昔懐かしい形の。
ダイヤルも。
プッシュボタンもないその通話先は───
───「もしもしホワイトハウスっス、じゃなかった、ホワイトハウスですか? 大統領はいるっス、じゃなかった、いますですか?」
・・・どうやら残り一人も行動不能とまではいかないまでも大ダメージを受けているようだ。




