総理大臣 24時間スーパーの店員 警備員
「ぁー。 あー。 あー! あぁぁぁっ!」
刺繍がふんだんに施された、座り心地が良いはずのソファーに座っているはずなのに頭を抱えて、徐々に音が大きくなる目覚ましのように声を上げているのは、この国初の女性総理だ。
ピタッ! と、ビクッ! と。
鳴っていればうるさいが、唐突に静かになればなったで、驚く。
姿勢は、天、というか天井を向いた状態だが、その目は何も映していないのが誰の目にも明らかだ。
なぜなら、両面を両手で覆っているから。
その、すべての情報を遮断するかのようなポーズは、百戦錬磨の国会議員をして、声をかけるのをためらわせる。
が、そうもいかない。
覆水盆に返らず。起こってしまったことは、元に戻せないという意味だが、盆と言われて、ものをのせて運ぶお盆を思い浮かべる日本人としては「何でお盆にお水を?」とか考えてしまうが、中国由来のことわざなのでこの場合の盆はボウル状の容器である。
とか考えて逃避しても事態がよくなるはずも───
「って、頭を抱えても仕方ないわね」
───あった。
「まさか、うちの国が一番とは、ね」
会議中に呼び出された時は「何事か!」と思ったものだが、くるものがきた、だけだった。
『徹底検証! 巷の都市伝説 !!』
番組タイトルはチェックされていたが、内容までは。
都市伝説といわれて人類滅亡が取り上げられるとは、普通思わないだろう。それでは地球伝説だ。
「・・・視聴率は?」
「概算ですが、十パーセント後半、二十に届くかもしれません」
くいっとメガネのブリッジを押して、位置を直した秘書の表情は読めない。
「五人に一人・・・」
オワコン、オールドメディアと揶揄されていても、大衆に情報を伝える点ではいまだにテレビは有効な手段だ。
集計方法によって誤差は生じるが、仮にその一パーセントが人口のそれに当たると仮定すれば百二十万人である。各局が数字をあげようと躍起になるのも当然だろう。
「途中、放送事故じみた出来事があり、それがネット、SNSで拡散された模様です」
「そう」
SNS=ソーシャル・ネットワーキング・サービス。
こちらは視聴率のように具体的な数字は持たないが、その伝播能力は凄まじい。特に即応性に優れ光速、文字通り光回線に乗った情報は秒速三十万キロメートルで世界を駆け巡る。・・・というのは言い過ぎだが。
様々な機器の経由やボトルネック、弱いwifi等を経由してしまえば、とたんにスピードは落ちる。
が、しかし。
「もう、地球の反対側まで伝わってるのでしょうね・・・」
「おそらく」
賽は投げられた。
後は、どの目が出るか、だ。
○≡
向かい、もしくは後ろから人が走ってくる。
一人ならどうだろう?
大抵の目撃者はこう思う。
「急いでるんだな」と。
二人。
「急いでいるか、ランニングかな」
三人。
「ランニング仲間かな」
五人。
「ら、ランニング仲間だな、きっと」
十人。
「え、何があったの?」
服装が揃っているか、いないか。
構成する人にばらつきはあるか。
五十人以上の集団でも、学校指定のジャージを着ていたり、同じ年頃の集団なら気にも止めないが、ぜんぜん共通点がない数人が、同じ方向から走ってきたらどうだろう?
「何事があった?」と足を止めるのではないか?
そして、次にすることは・・・。
○≡
ふっ、と。
照明が節電モードに切り替わって暗くなり、夕方シフトのメンバーが仕事から上がっていってしまえば、夜間シフトの始まりだ。
近くの駅の終電までは、会社帰りのお客さんが、電車が到着ごとに訪れるが、それも天辺を回ってしばらくすれば落ち着く。
後は朝まで、ちらり、ほらり、と。
三人やそこらの店員と。
一人の警備員で回せるぐらいのお客さん。
新規、飛び込みのお客さんはくるにはくるが、ほとんどは。名前こそ知らないが、顔馴染み、なんなら買っていく物さえ馴染みの相手の相手をしながら夜があけるのを待つ。
そんなのんびりとした時間が流れるのが二十四時間スーパーの夜勤で、あった。
そう、あった。
「きゃぁ!」
自他共に認めるおばちゃんなのに、年甲斐もなく、黄色がかった悲鳴を上げてしまったのも無理はないだろう。
びたん!
突然、自動ドアが開くのも、もどかしいと言わんばかりに、ガラス扉に張り付くように、お客さん? が現れれば。
だっっ!
体を横にして隙間を通り抜けるとそのままダッシュ! 警備員の目が光るが、ぶつかる人もいないほぼ無人の店内では「走らないで下さい」と声をかけるのが関の山だ。
がらっ! がらがらっ!
売り場に設置されていたカゴに陳列されたカップ麺がなだれおとされる。
ずいぶんと乱暴だけれど、まあ、買うなら、お金を払ってくれるなら、という感じだ。
と、見ている間にも。
え、ナニコレ? と目が点になるぐらいの勢いで、開きっぱなし=閉めるセンサーに仕事をさせないほどの人々が、店内は駆け込んでくる。
「走らないで、押さないで!」
血相を変えた警備員がそう言いながら駆け寄るカオス。
「ざ、在庫もうないの ?!」
「確認して参ります」
ホテルのホスピタリティーに感化されたマニュアルでは、一度───例え在庫がないとわかっていても───確認してお伝えすることになっていたが、完全に裏目に出たといえよう。
「入らないで! 関係者以外立入禁止です!」
そんな静止をものともせず。
店員にくっついて行った一人を目撃したお客さんがバックヤードなだれ込む。
カップ麺、パックご飯、お米、パスタ、ミネラルウォーター。
とにかく、日持ちする食品が次々と運び出されて行く。
「それは明日のセール品です! 勝手に持ち出さないで!」
「金はらうんだからいいだろ!」
少人数を想定したレジは列が伸びるばかりで、並んだお客さんの中にはちらり、チラリと開いたままの出入口を見、お客さんをやめようか考えているそぶりの人まで出てきている。
もはや手のつけようのないバックヤード入り口から移動してきた警備員さんが、スマホで会社に応援を要請しているが、どんどん声を大きくしているのは逆効果だろう。
「え? コンビニも? ですか?」
非常時に備え、待機していた人員はすべて出払ってしまっているようだ。
すっ、と。
さりげない風を装い、列から何人かが離れ始める。
店員用のマニュアルではお客さんに被害が及ばないようなら無理に静止はしなくてよい、とされているが・・・。
それならば、と。
狭い、いや、日常使いには十分な出入口にキャパを越えた人数が一斉に押し寄せたら・・・。
真っ青な店員さんにとって、夜明けは遥かに遠く。
しかも、明るくなったからといって、事態が収まるとも限らないのだった。




