女子アナ
○≡ ──少し前──
「あんまり端に行くなよ、危ねーから」
「はぁい」
この場を仕切っている、ちょっと歳のいったADに注意された入社一年目の女子アナ丸真瑠は声が背中側からきたのをいいことに唇を尖らせた。
少しでも星が見やすいようにと、選ばれた場所は局の屋上で、周囲にはぐるりと柵が巡らされているが、ヘリポートの安全を確保するため可動式なのは知っている。
つまりは引っ込められる=落下の危険性があるのだが、今日はヘリが着陸する予定もないし、柵が出ているのは明るいうちに確認済みだ。
つまりは、危険はほとんど無いのに注意されたわけで、まだまだ若い女子アナが、ちょっとすねるのも理解できる。
・・・星が見えやすい=全体的に暗いところで事故に注意するADの苦労も。
「それ、なにやっているんですか?」
こっちにきたらきたでうるさい。安積野の顔がしかめられたが、前にいる丸真瑠からはやっぱり見えない。
「これ? これはね」
そして、となりに女子アナがしゃがみこんだ技術さんの鼻の下がいまにも伸びそうである。
「自動追尾する目的を入力してるの。ほら太陽もそうだけど、星って基本、東から登って西に沈むの。だから望遠鏡もそれに合わせて動かさないと、なんだけど、これみたいに大口径で倍率が大きいのは見える範囲がせまいから、手でやるとすぐずれちゃうワケ。だから機械で自動的に追いかけてもらうんだよ」
「そうなんですね! すごーい」
技術さんに限らず、メカいじりが好きな男子は、総じて説明好きである。
しかも、その後言って欲しいセリフ上位まで言われた日には、鼻の下が伸びたとしても仕方ないだろう。
「もう、のぞいてもいいんですか?」
「一応、設定は・・・いま終わったけど」
ノートパソコンのエンターキーが押されると同時に、ウィーンとモーターが動き、望遠鏡が空の一点を見つめだした。
「後で」
後ろからかけられた声に、屈められようとしていた腰が止まった。
「後で、まったく同じリアクションが、嘘っぽくならないんならいいんじゃないか? いま見てしまっても」
タムタムタムっ、と。片足で屋上を踏みつつ、両手を組んで答えたのは安積野だ。
「あー。そうですね。・・・やめとこうかなー」
そろそろそろーっと、望遠鏡から距離をとる、丸真璃。別にのぞかなければいいだけで、離れる必要はまったくないのだが。
対象が見えたとき、見えなかった時。ふたパターンとも、あらかじめ台本におこされているが、その通りに読めばいいというわけでもない。この場に入社してまだ一年も経っていない女子アナが配置されたのには理由があり、それは多分に “フレッシュさ” が関係しているのは本人が一番理解している。
「だ、台本確認しておきますね」
都市部とはいえ、3月の夜はまだ肌寒い。モコモコとした上着の後ろをめくって取り出した台本は───
「読めないんですけど」
───暗闇に沈んでしまっている。
○≡
「騒がしいな」
「はいっ! すいません!」
屋内なのをいいことに内緒でタバコを吹かしていた安積野が、「暗くてみえない」「撮影用のライトなら」「・・・明るすぎて読めない」とかやってる女子アナと技術さんをぶった切った。
「おめーじゃ、ねーよ」
・・・ふりをした。
「スタジオの方が・・・ちょっと、おかしい。こりゃあくるかもな」
携帯型灰皿に吸殻を入れ、証拠を隠滅。
イヤホンを片手で覆ったADは、カメラマンに一つうなずくと、望遠鏡の最終確認を終えた技術さんの位置に新人アナを立たせ、手を差しのべた。
「・・・?」
おずおずとその手に自分の手を重ねる丸真瑠。
「お手! じゃねーよ! 本! 台本! 持ったまま映る気か?」
「ああっ! はい! いいえ!」
あたふたあたっ、と。丸真瑠が反対側の手に持った台本とマイクを交換すると同時に。
ばぁん! と。社内に通じるドアが鳴った。
「す、スタンバイ、い、急いでください。ち、ちゅうけい、はやまる、かのうせ、いが」
息も絶え絶えに伝えたのは、アドちゃん。有名な歌い手ではなく、食べるのが好き───ぽっちゃり系なのに動けると評判───なADである。
そんな彼女が息を切らせているのにはワケがある。テレビ局特有の。
テロ対策、という都市伝説がある。
いつの間にか増えてる、という怪談がある。
つまりは、なんかこう複雑にいり組んで、乱雑に物があふれているのがテレビ局の廊下であり、急ぐのにはまったく向いていない。
「おう。こっちはいつでもいけるぜ」
「「えええっ!?」」
「・・・なんだよ。いけるだろ?」
カメラよし、アナウンサーよし、ついでに天候もよし。
これで声が上がる理由が安積野にはわからない。いや、半分はわかる。
・・・息を整える時間、欲しかったんだよな。正直すまん。仕事ができて。
よろよろときた道を引き返す背中に安積野はそっと手を合わせた。
○≡
「中継入ります! ごー、よん、・・・」
万が一にも、声が入るのを防ぐため無言で曲げられていく指がなくなる。
「はひっ! こちら屋上の丸真瑠でしゅっ!」
「・・・」
「・・・」
「・・・ ・・・」
第一声がカミカミでも、台本と違っていてもツッコメないのが本場である。
いや、唯一MCならワンチャンツッコミを入れられるが、いま、彼はそれどころでは無い。
「今、私は、今」
「屋上でしょ! そこら辺はいいから早く!」
「はい、はいいぃぃっ?」
MCの無茶振りは天然、わざと、たまーにあるが、今回はどちらでも無いような気がする。
それが何かをきっちり読み損ねて、女子アナは急かされるまま望遠鏡の接眼レンズをのぞいて。
言った。
言ってしまった。
そのものズバリを。
「あー。きれいに見えますね!」
それがどういう結果をもたらすか考える間、も無く。
「・・・ ・・・ 見えるんですかか?」
「はい! バッチリです!」
台本にはこう書いてあった。
『見える、見えないに関わらず、とにかく明るく』と。
「カメラ切り替えますね」
望遠鏡は二台あり、一台はカメラがついていた。
まあるく切り取られた黒の中心は、まだまだ距離が遠いのだろう。
ぼやけていた。
しかし、確かにあった。
白く、いや、まだ色ははっきりとしないが。
太陽の光を反射して輝く天体が。
小さく、真ん中に。
「・・・ ・・・見えますね」
スタジオのモニターにも同じものが映されている。
「はいっ! あ、拡大できるそうです!」
それは、とどめだった。
ある特定の人にとっては。
拡大する=迫ってくるように見える映像、は。
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!」
「くぇrちゅいおぱ!」
ゲスト席とコメンテーター席から絶叫が聞こえたのと同時に、ガタガタン! と椅子が倒れた。
「どこ行くの?」
「離して、はーなーしてぇ」
駆け出そうとするメンバーの腰にすがり付く女性アイドル。
そんな友人のいないコメンテーターは、もうスタジオの扉をくぐっている。
ばんっ!
機材に駆け寄ったディレクターが禁断のスイッチを押す。
それは伝説を召喚するボタン。
『そのまましばらくお待ちください』画面。
放送事故確定のお知らせ、を。
放送終了時間まで、表示させたのだった。




