MC
「はい! 映像入りました!」
ハキハキとしたADさんの通知に、「はぁぁぁ」と、張り詰めた空気が抜ける音が聞こえた。
生放送にも色々種類があるが、ところどこるにVTR=ビデオテープレコーダー、いまは磁気テープなんか使われていないけれども、あらかじめ録画されていた映像が挟まる番組はありがたい。
カメラがに映らない場所に置いといたペットボトルの水で喉を潤す者、放送中にチェックしていたのか、慌てた様子で担当する出演者駆け寄るメイク担当。
かくいう私も、ばーっと駆け寄ってきたADさんが差し出したパイプ椅子に座り、自分の台本を開き、事前に引いておいた赤いラインを目でなぞる。
「ディレクターさんはなんて?」
「はい、特には」
なるほど、今までのまわしに不満はない、と。
若い頃はとにかく付けられまくっていた注文も、ある時を境にガクッと減った。
・・・自分ではスタイルを変えてないつもりなのに、ほとんどが「うるさい」「もっと他に喋らせろ」という内容のオーダーがなくなったのは若かりし頃のパワーが失くなったのか、言っても無駄だと諦められたのか。
一時期不安になったものの、何も言われないんだから「言うことなし」だろうとポジティブ変換した結果、MCの仕事は増えた。・・・一緒に舞台に立っていた相方の顔はとんと見なくなったが。
「ワイプ入りまーす」の声に慌ててメイクさんがステージから離れ、一足先に出演者の方に緊張が戻る。
自分が番組を見ている時にはほとんど注目しない小窓だが、あれは果たして見ている人はいるんだろうか?
「流れてる映像は事前に送ってもらったものと同じかな?」
「はい、変更ありません」
ほとんど流れてしまったこのタイミングで「じつは」とか言い出されても困るのだけれど。
「そろそろ」「うむ」
名残惜しいが、パイプ椅子から立ち上がって「うーん」と腰を伸ばす。・・・若かりし頃は断っていた椅子も、すっかり恋しくなり、「よっこいしょ」も自然と口から出るようになった。
・・・「しょーいち」とつけないだけまだましだろうか?
「どうしました?」
「いや・・・」
言ったとしても、キョトンとされるだけなんだろうな。自分ですら、御本人はテレビの中でしか見たことがないのだから。
「映像終わりそのままCMでーす!」
さて、仕事である。
残りも張り切ってまわすとしよう。
○≡
「はい、ワタシが生きている間だけでも、約三回世界が滅びると言われていました」
「千九百九十九年のノストラダムスの大予言、ニレムアム千年紀の終わり、マヤ暦の二千十二年ですね」
説明してくれている先生、大学の終末論研究者の人には悪いが、一生懸命なお話は、まったく皆の耳には届いていなかった。
彼に問題があるわけではない。「まあ、ワタシがここで生きている時点で、全部外れちゃっているワケなんですが」の下りなんかは鉄板の笑ポイントで、講義ならドッカンドッカン笑いがとれるところだろう。
「ノストラダムスに注目していたのは日本ぐらいで、自国フランス、はい、あの人フランス人なんですね。知りませんでした? 1999年、フランスで何が起こったかというと」
興味深いお話も、もっと興味を引かれてしまう出来事の前では無力だ。
○≡
みっ、紙とペンを下さいっ! 早くっ!」
・・・事故じゃねーか!
CMも開けきらない頃、いきなり立ち上がった女子アイドルが叫び出すとは、誰も思いもしなかっただろう。
「なにやってるの! 座って!」
となりの、同じグループのメンバーが、こちらもマイクお構い無しに叫びながら、衣装を引っ張っている。
その顔は焦りのままひきつり、この事態があらかじめ決められていたハプニングではないと無言で伝えていた。
ダダダダダっ!
これ以上の混乱を防ぐべく、意を決したADが駆け寄り、持っていたカンペ用のスケブと太めのマジックを与えると一応は収まった。
「さっきの! さっきの画面出して! 一時停止で! ホワイトボード!」
いや、もう一波乱あったが。
カメラ外でメイクさんがオロオロとするぐらいに、がしかしと頭をかきながら、ミキサーさんがカットするぐらいに、きゅーきゅー音をさせ、スケブをペラペラめくる女子アイドルが同じ空間に、いる。
そりゃあ、いくら面白い講義内容だろうと誰の目にも耳にも届かないだろう。
「はい、ありがとうございました! そうなんですね!」
大学教授のコーナーは時間も内容も完璧だった。
自分としては仕切り直し、CMを挟みたいところだが、カンペ、新しいヤツは『そのまま』で。
ADさんの顔がにがりきっているを見るに、製作陣としても検討はしてくれたのだろう。さっきのVTR開けがロングだったので、ここでまた、は、却下されたようだ。
頭を抱えているDの斜め後ろで、Pが満面の笑みを浮かべているのが対照的なのを見るに、他の理由もありそうだが。
「はい、○○くん、どうでしたか? お話を聞いて」
「えっ? あ、俺っすか?!」
お前以外に誰がいるのか? 今日の男性ゲストは、コメンテーターを除けば彼一人だ。
「あ、えーと。ヒジョウニ、キョウミブカイ オハナシ デシタ」
かろうじて台本の内容を思い出したようだが、棒、を通り越して丸太のような読みである。
さて、次は・・・。
「はぁうっ!」
なにやら数字と記号を書き上げたスケブをペラペラとめくり終えたと女性アイドルがバッ! と立ち上がり、真っ青な顔で頭を抱えたかと思うと、ペタン! と座った。床に。椅子もあるのに。
ぶんぶんぶんぶん、っと!
もう一人のアイドルが顔の前で縦にした手を振っている。振りまくっている。
うん。これではコメントは無理だろう。
・・・たとえ言えたとしても、無さすぎる。信用性が。
「では、巷にあふれる情報の中、どうフェイクを見破るのか? その専門家にお話をお伺いしたいと思います」
飛ばした女子アイドル二人のコメント分、話を長くしてくれるといいのだが。
なにやら様子がおかしい、じっと下を向いて、小刻みに震えている様子では難しいだろう。
いつもこんな時に呼ばれているオカルト専門家の面々が懐かしい。
彼らは───そういうスポットに行って色々経験しているせいか───ある意味肝が座っている。
こんな時は事前の打ち合わせを変更してでも、臨機応変に対応してくれるだろう、たぶん。
「か、彼女の、はん、反応は、た、正しいです! 人間誰しもああなるんです! 避けられない危機に瀕したときは !! あの後ろに映ったホワイトボードの数式はフェイクではなく、真実です! 地球の位置が正確なのは事前映像で確認致しました! あとは対象天体がですね、観測された位置、で、運動してれば、ぶつかるんです! これは、九十度、建物の角、を目指して同じ距離を! 同じスピードで直進する車! が!」
こんな風に。
ではなく・・・。
・・・もう! 誰だよ! アレ呼んだのは!
もう、まわす、回さないのお話ではない。
生放送のわるいところがこんなに出ることある?!
うわぁぁぁん!
向こうじゃ、泣き出しちゃったよ・・・。
「見えないけど! 確かに! ぶつかるんです! いま、ネットで流行りの天体衝突は起きるんです! ぜえぜえぜぇ、うっ・・・」
こっちは、言い切っちゃったよ・・・。
どうすんのこれ?
と。視界にぶんぶんと振られる白い天使の羽、いやスケッチブックという救いの紙、神が。
「それでは、実際に見てみましょう! 中継の丸真瑠さーん!」
MCやってて一番声が張れたとおもう。
「はーい!」
こちらの状況がわかってない女子アナの声がひたすら明るい。
場違いなまでに。




