AD
「どうだった?」
そう、亜立、上からアダッチーと呼ばれているAD=アシスタントディレクターが問い掛けたのは、仮眠室につながる共有空間へと歩いてきた同僚に対してだった。
「うーんって感じかな」
喫煙室にあるのと同じ自販機、寝タバコ防止のためか、タバコの代わりにカップ麺のそれがあるラインナップを眺めながら答えたのは鯵井、アヂーと呼ばれているこちらもADである。
「お、おまえらこれから?」
いかにも寝起きです! スタイル。
仮眠室側から現れたダブダブのスエットに寝癖つきの頭、目ヤニこそこすったものの、どこかぼんやりしながら、本当のヤニを補充するべくポケットをあさり出したのは安積野。やっぱりADで他の二人よりは歴が長い。
「ここ禁煙ですよ」
「わかってるよ」
携帯型の灰皿、というか耐火、耐熱のポーチは、灰、吸殻をその辺に落とさないマナーを創造したけれども、逆にそうすればどこでも吸っていい、なんて空気をもたらした。
「ホントにやめてよね。髪に臭いがつくと勘違いされるんだから!」
「だーから! わかったって」
安積野とは反対、女性専用! と張り紙された壁を背にしているのは、湯上がりの雰囲気を漂わせた蛙出山、女性ADである。
シャワールームが社内にあるのはどうなのか? さっぱりした気分で仕事にとりかかる環境を整えているのは一見ホワイトだけれど、その一枚下には、「家に帰る隙はあたえまへんでー」などというウルトラブラックが隠れている、と考えてしまうのは過ぎた思考だろうか?
「って、それ? なんで?」
「えっ? ダメじゃないよね?」
タバコの臭いを防いだ蛙出山の鼻に、アヂーの背後から別の強力な香りが寄ってくる。良い時代になったものだ。カレーライスがお湯を入れるだけで食べられるようになったのだから。
「しかも両手って!」
「一個じゃ足りないんだよ」
そう言ってテーブルについたのはアドちゃん、と呼ばれているアシスタントディレクターだ。・・・超有名な歌い手とはアクセントが違い、さらに “ちゃん” をつけることで差別化されている、らしい。
・・・まあ、幸せそうにカレーのスプーンを次々に口に運ぶ彼女の姿からは、たとえむこうが顔出しNGを貫こうとも、万が一にも御本人と勘違いされない要素があるのだが。
・・・人間、シルエットを簡単に太くはできても、細めるのは難しい。
「そろっちゃったな」
「そうだね」
「なんの話だ?」
「このメンバーならあれでしょ?」
「・・・」
つまりは、そういうことだった。
○≡
「んじゃ、改めて。どーよ?」
アダッチーが同僚に砕けた調子で問いかける。
喫煙習慣のない若いADの集合場所としては、喫煙室より、こちらが好まれる。・・・今回は約一名、喫煙者がいるが。
別に他人が煙草を吸っていても気にならない ───というかまだまだ、年配の取材対象者には喫煙者が多く、嫌な顔なんかできない─── といえども、受動喫煙は避けるにこしたことはない。
・・・たとえ別の理由で、がしがしと寿命を削っていたとしても。
「うーんって感じかな? さっきもいったけど」
アヂーの意見にうんうんとうなずく、残り三名。
「なんなんだろうな? あの用件を言った時の感じ」
「電話越しでも伝わるのよね。うわっ? はっ? こう、驚いているというか」
「うん。『えーっ』って雰囲気だよね。実際には言わないけどさ」
オカルト現象をその道の権威に聞くという企画上、出演交渉相手はそれなりに歳を重ねている。「えーっ」と言える若い感性を維持しているかもしれないが、はっきり電話口では言わないだろう。
・・・もし言ったならぜひとも出演頂きたいが。
「数撃ちゃ当たるだから、断られるのはあたりまえなんだけど」
「違和感あるよな?」
「そうね。テレビだからってよりか」
「感じる。別の理由を」
単純に研究が忙しいから、テレビ等の出演はやってません、と。にべもなく断られることは日常茶飯事だ。
ただ。
「なんか、こう、なんていうか?」
「そうなんだよ」
「ガチャ切りとは違っていて・・・」
「逆に、熟考のすえ?」
「「「「「「それだ!」」」」」」
三人寄れば文殊の知恵なることわざがあるが、ここには五人。個々では気がつかなかった事にも気づける。
「なるほどな、熟考のすえか!」
「普段は断られるか、『検討します』だからわかんなかった」
「・・・どんだけ軽く扱わてれんだよ、俺ら」
「言わないで、悲しくなるわ」
原因が判明して嬉しい、反面、悲しい。
寝不足及び寝起きのこともあって、感情の浮き沈みも激しい。
「んで。アポ取れて取材に行っても最終的には、なんだよね」
「ああ、最初はなんか引くぐらい真剣なんだけどな」
「後半にいくにつれ、尻すぼみ、っていうか?」
「私はあれが気になる。山積みになってる・・・」
普段は訪問予定こそ取れないまでも、カメラを向けさえしてしまえば、取れ高は押さえられる。
そうならないのは、たまーにはあるが、大抵は取材対象の上から声がかかったりと、本人以外から横やりが入るのがほとんどであり、取材中に「やっぱり」なんてのは珍しい。
「食料品の段ボールと」
「水な」
「あれ、なんなのかしらね?」
「ひょっとして・・・」
重い沈黙が五人にのしかかる。
それはまるで気づいてはいけない真実が、五人の座る丸テーブルを取り囲み、人の姿を、焚き火に照らされた歪みのある人影になって、グルグル、グルグルと、怪しい踊りを踊っているかのような・・・。
「ま、まあ、俺らは言われたとおり仕事するだけだしな!」
「そうだね! 責任は責任者が取るんだし!」
「下っ端、万歳!」
「それが嫌で、昇進を断ってる人が言うと説得力あるわね!」
「・・・もう一個。食べられる時に食べておく」
時折、あることだ。
実行前にイヤな予感がする、なんてことは。
それは、分析してみれば、準備不足だったり、想定すべき内容がすっぽりと抜け落ちていたり、重大な事実を見てみぬふりをしていたり。
そう。
円になって背後で踊る影は。
顔さえ上げれば、用意に見えてしまうのだ。




