チューバー、入ってみた
・・・なんか持っていくか。
二十分。
なにかに集中していればすぐに溶ける時間であるが、なにもせずに待つなら長いと感じるぐらいの時間。
近所のコンビニに行って、なにかしら買って帰ってくれば、ちょうどいいかもしれない。
きちんとご挨拶するなら、ちゃんとした菓子折りでも用意するところではあるが、昨今、近所付き合いも希薄になっており、入居の際も別段、特別なことをしていない。
パソコン入手後もそれ以上の付き合いをするつもりもないなら改まった品物はかえって、だろう。
そのままエントランスからとなりの部屋にアクセスできるし。
ナイスアイデア───
だと、
───思っていた頃もありました。
○≡
「はーい」
どたどたとた。
・・・遠ざかって行く。足音が。
オートロックは解除されず、集合インターフォンからは、がちゃり!と鍵の開ける音と、「あれっ?」という声がかすかに聞こえてくる。
うん。さっきはドアホンだったからね。
自分の部屋のカギでオートロックを開けて階段を駆け上がる。
なんとなく感じてはいたが。
お隣さんとは会わない、いや、合わない気がする。
「仲野一士です」
「・・・フランソワ・ヒンデンブルグ・・・です」
・・・ほらな。
そうか。チューバー同士はキャラ名で自己紹介するのか。・・・おもいっきり本名を言ってしまったんだが。
さて。
気を取り直して、お隣さんを一言で表すなら、ご? ゴスロリ、だろうか?
なんというか、フリル! リボン !! レース !!! なんてかけ声とともに変身するようなドレスに身を包んだ上、黒のシャドウと口紅が目立つ顔も、ナチュラルのようで綿密に計算されているのか、素顔がちっともわからない。
さらに名乗られた「フランソワ」は男性名であるが、着用しているのはスカート。パニエいっぱいの。
つまりは性別さえ不明であり、白いTシャツにGパンに無精髭のこちらが恥ずかしくさえなってくる。
「・・・」「・・・」
ガラスのテーブルを挟んで座ってしまったのは、失敗だったか。
しばらく人と話していない人間と、どうやら元々口数の少ない人間がそろった事で、もたらされる沈黙はけっして心地好いものではなく、なんなら居心地の悪さまで感じる。
「それで、頂けるパソコンというのは?」
ここはもらえる物だけもらって。
「・・・はい。そこの・・・」
本当はわざわざ確認する必要さえない。
カーテンの閉めきられた窓際に一式そろったパソコンはこの部屋唯一の家電と言ってもいいし、その他に置かれているものが、壁際のハンガーラックに吊るされた多数のドレスと化粧品の置かれたアンティーク風の鏡台しかないのでは。
そこだけ場違いな現代的な机の上にモニター、キーボード、マウス、カメラにマイクとシンプルだが、下に置かれた本体はごっつい。
透明な側板越しに見えるカラフルなLEDに照らされた内部は、夜寝るのに不便、ではなく、底知れぬスペックを体現しているようだ。
脳内見積りではン十万円、確実に三十はこえている。
後で「かえせ」と言われないかな?
「本当にもらっていいんですか?」
譲り受け前が、予想外に近すぎたせいで不安になったので念を押した俺に、彼女? 彼? はポツリポツリと理由を話し始めた。
・・・買ってきたちょっとお高めのプリン二つを空にしながら。
○≡
「あー、なるほど。姉妹でデビューをたくらんだお姉さんが、あなたに無断で事務所に書類を送ったものの面接直前で『やっぱ、やーめた』っと」
「はい・・・」
「それで、断るのも気が引けて、一人で受けたら受かっちゃった、っと」
「・・・なぜだか」
「デビューしたはいいけど、数字が思うように増えず、どうしようかと思っていた矢先に・・・」
「はい・・・、じ、事務所の社長、専務、マネージャーが捕まっちゃって」
役職はそれなりに聞こえるが、実際には夫婦に息子の家族経営の事務所だったようだ。
脱税、というのも故意、というよりかは、良くわかっていなかった、のが実際だろう。
「『もうやーめた』とか、い、言われて。最後の給料は振り込まれなくて、げ、現物支給だって・・・」
「・・・」
送られてきたという封書を読む限り、懲りてない、のではなく、追徴金とかで払うお金がもうなかったようだ。
レンタルだった機器一式、アバターとアカウントの権利をそのまま譲るのは、苦肉の策だったようだが、端から見れば十分な対価と言えるのかもしれない。
・・・やられてしまった方はたまったもんではないが。
「こんなのもらってもどうしようもないし配信はマネージャーさんが考えた内容をそのままだったから自分じゃできないしお金はどんどん減っちゃうし親に話したら『帰ってこい』としか言わないし」
「田舎でこんな格好してたら、し、視線が、ががが。そもそも町内全員顔見知りみたいなものだからどんなにメイクしても消去法でばれちゃうしその前にお、お姉ちゃんがとなりにいる時点で、ああ、あぁぁぁぁぁっ!」
・・・なるほど、これは。
もらっている場合じゃあない。
そしてプリンは二つ食べていい・・・。
元々キミの為に─── 一個は自分にくれるかなーと思いながら ───買ってきたのだとしても。
○≡
ぱっ、と。
マウスの動きに反応して、待機状態だったモニターが復旧する。
「あ、アバターは男女兼用で。髪とか、し、下をいじれば、ほら」
・・・下をいじる。
こう、美少女? の口から出ると、なんかクル言葉ではあるが、いまはどうでもいい。
シンプルに作られたクラッシック調の背景の中、こちらもゴスロリなキャラの長かった髪が短く、スカートがズボンになると、美少女が美少年に───
なったか?
───たぶん、なったような?
男装した美少女にも十分見えるが。
「い、色もほら」
元が黒だったから白、というのは、ちょっと安直ではなかろうか?
そしてなぜ髪は紫なんだ? いや、元が白だから色味が欲しいのはわかるんだが・・・。
「おおっ ?!」
「わかります! お、面白いですよね! ふひっ!」
キャラクター設定を終え、フランソワさんがカメラから離れると、対象を捉えたトラッキングソフトが俺の動きに合わせて画面内のアバターを動かす。
腕や指もすごいが、驚いた表情まで再現するのには、画面内の俺? もびっくりだ。
「こ、このまま、い、いっちゃいましょう!」
あ、待て、こら!
気分が盛り上がっちゃったフランソワさんが配信用デスクに 身を隠しながらカチカチとマウスを操作した。
画面上の隅に『LIVE』と表示されるのは切り忘れ防止か。
『やたっ! 配信再開 ?!』
『いきとったんか? われぇ!』
『心配してたよーーー』
などと。
少しして、コメントが流れ始めたのはなんらかの設定による、なんらかの通知によるものか。
『?』
『あれっ?』
『雰囲気が・・・』
事務所崩壊から止まっていた配信が再開されたと思ったら、キャラが違う。
いや、顔と上半身は同じだから違わないのだが。ちなみにスカートからズボンの変更は上半分しか映ってないのであまり意味がなかった。
「あのー」
『!!!』
『誰?』
『声が?』
『いや、ホント誰だよ?』
『ふひ子は? 俺らのふひ子は?』
『いやぁぁぁぁ!』
・・・一声発しただけでこの騒ぎ。
阿鼻叫喚である。
「ふ、ふひっ ?!」
この騒ぎを招いた張本人はパニック状態である。あたふたと手を動かしても、なにも解決しない。
『おとこ?』
『こえが?』
『なん、だと?』
『まさか まさか』
『うそ だろー!』
『いや、もともとふひ子はフランソワだし、ワンチャン ぐふふ』
手をこまねいている間にも、状況は悪化する一方だ。・・・約一名、なんか違う食い付きをしているが。
「き、今日は、お、おしまいっ! また明日!」
「あっ!」
限界に達したフランソワさんが、止める間も無くカメラの撮影範囲に入って、キーボードを操作した。
『えっ?』
『本
LIVEの表示が消え、中途半端にコメントもとまった。
・・・どうしよう。
事故である。まぎれもない。
チューバー歴の浅い、極浅の俺でもわかる。
幻のガソリンに幻の火が投げ込まれようとしているのが。
「えーと。ふひ子って呼ばれてるんですね」
「はい。なぜかはわかりませんが。ふひっ」
・・・フランソワ ヒンデンブルグだから、としておこう。
逃避はいけないかもしれないが。
世の中には「逃げるが勝ち」という言葉もある。




