水商売
『水商売』と言われたあなたはどのような仕事を連想するだろうか? キャバクラ、ラウンジ、スナック。それにホストクラブ。
俗に夜のお仕事を思い浮かべる方が多いだろうし、それは間違いない。
お客様の入りによって収入が上下するさまを水に例えたのが語源の一説であり、古くは相撲・歌舞伎・演劇・芸能・歌謡ショー・プロレスなどスポーツの試合もまたそう呼ばれていた、らしい。
だがしかし、それだけが水商売だろうか?
いや、違う。
世の中には水商売中の水商売があるのだ。
古くは、ことわざにその痕跡を残すその仕事は・・・。
○≡
「なぜ目標を達成できないのかね !?」
そう言って、こめかみに青筋を浮かべる上司に、「水道水が飲めるからです」と答えたのは何回目だろう。
まあ、実際に声にしたのは最初から二回目だけだし、説教時間が倍になったので、それ以降は頭のなかで思うだけにしているので、言われたこっちが覚えていても、言った上司が忘れている可能性は十分にある。
現にこうして、代わり映えの無いお説教を、壊れたテープレコーダーように繰り返しているわけだし。
とある国で成功したビジネスモデルを、そのまま他の国へ。
もしくは、他の国を見習って、自国で。
一回成功している上に、ノウハウもある。
まさか失敗するとは思わないだろう。
・・・大前提が崩れていなければ。
そりゃあ、水道からでる水が掃除洗濯シャワーにトイレぐらいにしか使えない───いや、それだけ使えればものすごく便利───なら、ウォーターサーバービジネスは大成功を納めるだろう。
元々買った水を飲む習慣が根付いている国だからこそ、重いPETボトルやガラス瓶を運ぶ手間が省け、決まった間隔で届けてくれるサービスにお金を払うのだ。
蛇口のハンドルを回して出てきた水がごくごく飲める、実際何種類もの水質基準を満たし、なんなら汲み置きしても三日はもつ、水道がある国で水が飛ぶように売れると考えているなら、それは間違いだ、と言ってやりたい。
・・・地方も地方の営業所勤めでは社長、いやCEOだかに会う機会はないだろうが。
「あっ、すげー! 色がかわったすよ!」
「・・・」
まともな人間、もしくは家族、親戚、知り合いにウォーターサーバーを買ってもらった人から、やめていく会社だ。
塩素に反応する薬品に興奮するこの新人も、ググれば一発で判明する事実=日本の基準では残留濃度0・1mg/リットル以上と定められていて、色が変わらない方が問題だと、お客様に強めに指摘されれば、空気の抜けた風船のようにショボーンとするのだろう。
かっての自分のように。
「PFASってなんっスかね?」
「有機フッ素化合物だ」
「その有機なんちゃら、ってのは?」
「フライパンのくっつかなくなるヤツだ」
「あー、なるほど! ・・・なるほど?」
じーっ、と。新人が目で訴えてくる。
水の危険はくどいほど説明するのに、フライパンはいいのかと。
「フライパンは、コーティングが剥がれるか、三百六十度以上で空焚きしてガスがでなければOKで、水に混ざっているのを毎日飲む方がヤバい」
「なるほどっス! ・・・なるほど?」
もちろん、PFASが入ってない水道水もある、いや入ってない水道水の方がはるかに多い。大騒ぎになっていないのは国が定めた基準値を超えてないからだ。
とはいえ。
「ほら。うち、水屋さんでフライパン売って無いから」
「なるほどっス」
・・・それでいいのか新人。
どうやら今度の同僚とは長い付き合いになりそうだ。
○≡
私は水売りが嫌いだ。(個人的に)
あの、青いボトルを見ると虫酸が走る。
ましてや、それがトラックに規則正しく積まれた日には蟻走感も覚える。
倉庫に山積まれた日には膝から崩れ落ちそうだ。
テレビコマーシャルで「今だけサーバー無料」とか言ってる販売員は殴りたくなるし。
実際に小突いたこともある。(もちろん画面だが)
百歩譲ってサーバーが無料、までは許せる。
次に「初月水代無料」とか、「○○本まで無料!、何本頼めばいいか、お分かりですね」は許せない。絶対に、だ。
その結果、鳴り響くコールに対応するセンター員には同情を覚えざるをえない。
・・・なんだったら同類、だからだ。
「ふっざけんなよ!」
いきなり大声を上げた俺に、喧嘩腰で振り向いた作業員の顔が瞬く間に同情の色へとかわった。
会社名の入った作業着、そして四本ひとまとめ=よんじゅうはちきろの水のが搭載されたキャリアー。
高層マンションなら複数台あるエレベーターも、低層なら、というか十数階の建物でも一基しかないことが多く、しかも、今日この時に限って点検中ともなれば、大声をだすのも許容範囲と言えるだろう。
・・・お客様にさえ聞かれなければ。
最近は置き配───人一倍健康に気を使っているのに異物混入系犯罪には気を、とは思うが、言ったら言ったで「持ち帰って再配達」なんて特大の蛇(毒持ち)が藪から出てくるから言わない───も増えたが、ここの客は毎回部屋まで、なので大丈夫だろう。
・・・その分、確実に移動距離は伸びるが。
キャリアーから降ろす、階段を上る、踊場で降ろす、階段を下りる、キャリアーから降ろす、階段を上る、踊場で降ろす、階段を下りる、キャリアーから降ろす、階段を上る、踊場で降ろす、階段を下りる、キャリアーごと持ち上げる、階段を上る、階段を上る、キャリアーごと降ろす、階段を下りる、ボトルを持ち上げて階段を上る、階段を下りる、ボトルを持ち上げて階段を上る・・・、・・・。
くそったれって言っていいよな?
某、野菜の国の王子のように「くそったれっ!」って。
○≡
「えっ? 売れたの?」
「はいっス!」
休日のスーパーの特設会場の実演販売なぞ、仕事というより、修行、どちらかと言えば苦行よりの精神鍛練に近い。
のぼりを見るなりそそくさと早足になる人。
声をかけられたとたんに耳が遠くなるご婦人。
試供品のコップをひとくち飲む、またはのぞくなり、あからさまにがっかりするお子様(そりゃあ、中身が水、良くてお湯なんだから当たり前だ)。
「なんか、こう。無料期間二ヶ月って言ったらぱぱぱーって列が」
「列が・・・。二ヶ月ってなんかあるんだったか?」
「卒業、入学シーズンと、ゴールデンウィークぐらいっスかね?」
「だよなぁ」
いくら考えてもウォーターサーバー、もしくは水の需要の高まる要因はない。
「あ、あれかも知れないっスよ」
「?」
「契約してくれた人の住所、ほとんど隣近所だったっス。ほら、あの古い公営の」
「ああ、あの、エレベーターもついてない。・・・赤錆でも出たか?」
「そうかもっスね」
彼らは知らない。そこがとある国立施設の官舎だということを。
そして。
「くそったれがぁぁぁぁ!」
・・・売れれば売れただけ苦労する人がいることを。




