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編集長

 奇跡、と呼ばれるものは、めったにおこらないと考えられていて、それは間違いではないが、正しくもない。

 例えば、舗装のアスファルトと電柱の隙間からトマトが生えていれば、奇跡のど根性トマトとして、もしかしたらちょっとしたバズりを投稿者にもたらすかも知れないが、田舎に行けば、歩道をイタドリが侵食して、アスファルト部分をぼっこぼっこの穴だらけ、どころか「えっ? そこ舗装されてたんですか?」と言われちゃうほど自然に帰す光景が珍しくもない。


 要は気づくかどうかなのだ。


 もちろん “奇跡” とまで称されるのだから、人知が及ばないこともあるが。


「「あー。ダメだダメだ。のせられるわけないだろ! こんなの」」

 同日、同時、同分。

 まったく別の場所で、別の人物が、何らかの連絡手段も、事前の打ち合わせも無しにまったく同じ言葉を口にしたのは、確率からすれば、奇跡と呼んでも差し支えないだろう。


 まあ。当事者達がそれに気づく事はないのだが・・・。


 ○≡


「何でダメなんですか!」

 そう机越しに勢いよく詰めよったのは月間妙、新人記者件編集者の占辺季子であり、若人(わこうど)の新鮮なパワーに仰け反ったのは六代目編集長、三下(みした)梅雲(うめくも)だった。


「うちはなぁ・・・、(クエスチョンマーク)がつかない記事は要らないんだよ!」

 スポッとノートパソコンから抜いたメモリーをポイっと作者本人に投げかえす。


 ガガーン!


 コミックなら背景に稲妻が走り、言われた人物の目から瞳が消えるところだろう。


 現に占部も白目こそ剥かなかったが、ショックを受けたかのように、二三歩後ずさった。


「ま、まさか・・・。真実を必要としない月刊誌があったなんて」

「いやいや、あるだろう。小説主体の雑誌とか」

「あれはちゃんと巻末か巻頭に『この本に載ってる内容はフィクションです』って書いてあるじゃないですか、うちと違って」

「巻頭、巻末にフィクションって書いたオカルト本か・・・新しいけど、誰が買うんだそんなの」

 ゆえにつくのが “?” マークである。これさえつけて置けば、だいたいOKである。


 曰く「南極で氷付けのカッパ発見!!?」

 ・・・写真はちゃんと透明な氷の中のカッパである。雨具の。

 曰く「UFOを呼ぶ男、今夜も!!?」

 ・・・今時珍しいぐらい画素の荒い写真に矢印。

 曰く「伝統的暦消失は世界の終わりか!!?」

 ・・・後継者不在のカレンダー屋さんが引退を決めただけである。


「そんな中に『スクープ! 巨大天体地球に衝突! 木っ端微塵!』で、実際にその星のくっきりした写真に、矛盾のない軌道計算、目元に太い黒線こそ入っているが、見る人が見れば分かる有名な教授なんて記事が載ったらどうなる?」

「・・・誰も信じないんじゃないですかね? うち()なら」

「・・・まあ、さんざ『滅びる、滅びるかも』ゆうてきたからなぁ」

 HAHAHA、と。

 乾いた笑いが編集部の視線を集めた。


「なら、載せちゃっても」

「ダメに決まっているだろ!」

「なぜですか!」


 (以後、ループ)


 ○≡


「あー。ダメだダメだ。のせられるわけないだろ! こんなの」

「だろうな」

 若い頃なら「なんでだ! コノ野郎!!」と詰めよったていたに違いないが、世界一般に定年と言われる歳も過ぎ、ガツンガツンとぶつかっていた角も丸くなれば、自分が書いた記事がバサリと机に投げ出されても、そう、腹も立たなくなる。


「少なくても、今は、な」

 最終的にどれを載せる、載せないか。

 どの取材を許可し、どのネタを没にするか。

 常に丁々発止やりあっている編集長をして、優しい言葉を吐かせるほどに内容が衝撃的だったのだろう。

 記事を読む前よりいくぶんか老けた彼が老眼鏡を外した眉間を詰まんで揉みほぐした。


「これ、マジか?」

「ああ」

 最初は小さな引っ掛かりだった。

 防衛省から出てきた団体───定員ごとに分散してのった───客、が紙みたいな顔色で新幹線の駅までタクシーチケットを使った。

 一部の官僚の金づかいが良く、どころか荒い、どころか破滅的になっている。まるで使えるうちに使いきってしまおうとするように。

 最初は戦争かと思ったが、どうやらそうではないらしい。

 取材先がロケットベンチャーに差し掛かった辺りで、宇宙から(・・・・)と閃いたのは長年の取材経験の賜物かもしれないが、その足で向かった天文台の職員を尾行して、友人との会話を盗み聞けたのは僥倖(ぎょうこう)としか言い表せないだろう。

 いや、奇禍(きか)だったかもしれない。


 ハイ(・・)ボールとノン(・・)アルコールビール。

 暗号にもなってない言葉遊びで告げられていた内容は、運ばれてきた一品料理や、酒の味を分からなくするには十分な、内容だった。

 バクンバクンと不整脈を疑わせる挙動をし始める、心臓を押さえ裏ドリに。


 なぜかUFO研究家に紹介されたという、月間妙の女性記者と、いく先々、民間天文台やアマチュア数学者宅ですれ違ったが、彼女も同じネタを追っていたのだろうか?


 いやいや、最初のとっかかりが大事だとエジソンも言っていたではないか。


 まさか、五月半ばからの占いが出てないなどと知らない老記者であった。


「もうそろそろ、あと二三日、遅くとも一週間後には個人所有の望遠鏡でも見えるようになるそうだ」

「おいおい」

 そう編集長が声をあげたのは、老記者の告げた真実がもたらす結果を思って、からではなく。


「ばっか、おま、それ。なんかあった時のとっておき・・・」

 背後の棚から取り出され封を切られた、Vとか、Sとか、Oとか、Pとかボトルに加工のされた高級酒に対してだった。


「・・・正解かもな」

 いつ空になったかわからない二つの湯飲みに、注がれた琥珀色の液体に浮いた老記者が持ち込んだ溶けかけの氷が。


「世界最後の特ダネに」

「出世した末の気苦労に」


 カラン! と音を立てていた。

 


 

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