主婦、あるいは
「とっておきの人を紹介してあげるわ。私は会いたくないけど」
「え?」
「いえいえ、違う違う。いい人よ、気難しいとか、パワハラ気質もないし、けどねぇ・・・」
うん。まったく不安が晴れない、それどころか。
「何か分かったならアタクシにも教えてね」
そう話を終わらせて、占い師の太木先生が───反対側の目も閉じそうになっちゃった───ウインクを披露した相手は、私こと、月間 妙 新人編集者の占辺季子である。
即断即決、もしくは何気ない話しに異様な反応を示した新人編集者に気圧されたのか、スチャリとスマホを取り出した先生が、これまでのやり取りを───
───伝えない、だと ?!
「二日後の午後いらっしゃいって」
「はぁ。そう言われましても」
説明に時間がかかるかと、「貴女もどうぞ」と進められたおもたせのお菓子の包み紙を開ける暇もなく、こちらもスマホのスケジュール帳を開いた。
予定、あり。残念だがもう一度・・・。
「あの~、その日は、わっ!」てんてんとんかたりんのぱっぱっぱ。
言いかけた途中で初期設定のままのコール音がなった。
「ここで出ていいわよ。すぐすむ話しでしょうし」
「はい」
なんとなく、そうじゃないかと思っていた見知らぬ番号からの発信は、やはり二日後の予定をキャンセルする連絡だった。
それも、ひどく聞き取りづらい。
「・・・あの、赤ちゃんがものすごく泣いてますけど大丈夫ですか?」
「猫よ」
ぼそっと太木先生が呟いた言葉が、ゾゾッと背中を駆け上がるが、それよりも大事なのは取材である。
「え、赤ちゃんなんていない? 猫も? ・・・はぁ。リスケはこちらの都合のいい日時をメールしてそちらが選ぶ、でいいですか? え、聞こえないです! はい、で、いいんですね ?!!」
こちらもむこうも、最後は怒鳴り合うように通話を終えた。
はぁ、はぁ、はぁ。
通話自体は短かったが、すごく疲れた。
「廃屋探検もいいけど、勝手に物を持ち帰るのはノーグッドね」
「はい。そうですね」
どんな荒廃した建物にも持ち主がいる。
無断で物を持ち帰るのは窃盗以外の何者でもない。
「壁掛けの木製の猫型の鏡。鼻も髭も掘ってあるからわかりづらいでしょうけど、目の部分はガラスがはまっていたのよ。見えない状態で動かされたから、『もどせもどせ』って騒いでるんでしょうね」
「・・・」
占い師の仕事の中には、不幸の原因調査、なんてのもあるらしい。
「それ、頼んでいたらおいくらですか?」
『頼んでいたら』部分を強調して、聞いてみる。
・・・私の手持ちの現金は、おもたせのお菓子の詰め合わせ(三千二百四十円)で底が見えている。
「お気持ち、かしらね」
なるほど。そうやってこの豪邸を建てたと。
紙面に載せる占いはこれで良いだろう。並みの編集長なら「残りは」とか言い出す中途で切れた代物だが、“妙” なモノを取り扱っているうちの雑誌なら「ネタができた!」と喜ぶに違いない。
そして、そのネタを追うのは私である。
「それでは」
「気をつけてね。もうおそ・・・」
何気ない一言でも占い師の口から言われると、意味合いに深みがある。
その日は普段より慎重に編集部へ戻った。
何事もなく。
・・・ちなみに、菓子折りの領収書をもらってないのに気づいたのは、締め日の前だった。
ぶー。
古びた公営住宅の呼び鈴は、よくあるピンポンではなかった。
「はーい」
打ちっぱなしのコンクリートに鉄製の扉の奥から現れた小柄なお婆さんは。
どう見ても占いの大家には見えなかった。
「はいはい、どうぞ。はいどうぞ」
玄関先での名刺交換 ───むこうはなかったので自己紹介─── もそこそこに入ったすぐ先の醤油の香りが立ち込める、ダイニングキッチン、よりかは台所と呼ぶのがふさわしい、フローリング、よりかは板張りの床に置かれた、昭和レトロ風、よりかは六十年前から現役です! と主張しているテーブルの上には、スーパーで売ってそうなショートケーキと、ティーバッグの浸かった紅茶が二セット置かれていた。
「最近はねぇ。お弟子にくる人も、修行が終わると、すぅぐこなくなっちゃうのよ」
取材はそんな愚痴と共に、ぐるぐるとかき回される紅茶で始まった。
「そうなんですか。では、まず先生ことからいいですか?」
「まあ、先生だなんて! いいわよ」
苺は最後に取っておく性格なので三角形の鋭角をフォークできる。
「私は占い師ではなくて預言者なの」
「その違いは?」
「私はふぁーっと未来が降りてくる感じ、それと夢ね」
「ふんふん。普通の夢との違いは? それとも見ない感じですか?」
苺を口に放り込むと、甘さより酸味が勝った。
「予知夢はねぇ。いつまでも忘れないのよ。それと」
「それと?」
「少しだけ自分の意志で動けるの。例えばこれは! って思ったら新聞の日付とか、時計をみたり出きるのよ」
なるほど。砂糖たっぷりの紅茶と共に内容が腑に落ちていく。
「でもそれだと教える、ってのはできないのでは? 占いとは別物ですよね?」
チョコケーキはちょっと良いやつのようだ。表面のコーティングとクリームにちゃんと苦味がある。
「そうね。これは個人の意見なんだけど、元々は私みたいのがいたんだと思うわ。それを真似、というか、結果だけでも再現しようとして試行錯誤の末生まれたのが、占い、なのではなくて?」
「なるほど」
少し、熱をおび始めた喉に冷たいミルクティーが心地よい。
手相・人相は未来予知と言うよりかは統計学に近いのはよく知られているが、他の占いが研究の末生まれた物という説は新しい。
「その代わり制約? っぽいものがあるのね。それを生業にしちゃうととたんにずれ始めるの。意識しないとしても都合のいいモノをどんどん引き寄せちゃうんでしょうねぇ」
「なるほど」
ミルクレープの層のクリームのようかもしれない。
この中に一枚、隠されたママレードを感じ取れても、それがどこにはさまれていたかはわからないように、真実の預言が分からなくなるのだろうか?
「話をお弟子さんに戻すわね。私のところにくる人は、もう素人ではないのよ。みんなそこそこを過ぎて一家言を持てるようになった人が、自分の占いがどれぐらい当たるか確認にくるのよ」
「そうなんですか」
黄色い黄色いクリームの上の栗の食感が心地良い。
近々の結果なら、“事” が起きれば答え合わせができるが、年単位先ではそうもいかないだろう。隠されて表に出ないことだってある。
「それで、五月の件だったわね?」
「はい」
バリっと噛み砕いた海苔巻きの煎餅には、熱い緑茶がよくあった。
「ホロスコープ、星座占い、占星術系が全滅。手相、人相系に変化無し。それ以外は針の穴からのぞくように先が見えないっと」
「はい、っぷ!」
太木先生への返事がおかしくなったのは、詰めに詰め込んだお腹から空気が押し出されたからだ。
「・・・こうなることわかってましたね?」
「あの方ね。いい人なんだけど、薦め上手すぎるのよね~」
ショートケーキ、チョコケーキ、ミルクレープにモンブラン、煎餅。ついでに煮込まれていた豚の角煮でご飯とみそ汁。冷蔵庫から出てきた作り置きの惣菜に関しては品数さえ覚えていない。
「食べられるタイミングと量がわかっているから避けられないのよね。・・・体重計乗ったらなんキロになるか聞きたい?」
「・・・いえ」
「思わず叫ぶとだけ伝えておくわ」
「・・・」
そう、人には知らない方が幸せな事がある。
今回の取材結果のように。
「ダイエットは成功するわよ」
「はい、しばらく何も喉を通らな、うっぷ!」
決してお腹が一杯すぎるからではなく・・・。




