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内閣総理大臣(2)

 国会議事堂には中庭がある。

 分刻みのスケージュールをこなす為、少しでも移動時間を短縮するなら斜めに横切れば、と考えるのはよくあるアイデアではあるが、そこには落とし穴がある。

 ・・・、実際にあるのは池?───にしては実用的すぎる形の角丸長方形─── なのだが。

 馬車時代、馬の水呑場だった場所には今、錦鯉、たぶんきっとお高い鯉が泳いでいるが、ゆっくりと魚影を追う余裕も、パンパンと手を叩いた後にまく餌もない彼女にとっては、単なる邪魔物である。


 突っ切れれば楽なのに、と思うがまさか総理大臣が靴と靴下を脱いでズボンをたくしあげて、じゃぶじゃぶと池に入るわけにも行かないだろう。結局余計に時間がかかるし、何しろ今は三月だし、水で遊ぶには早すぎるし。


 何よりこちらに向かって歩いてくるのは・・・。


 すっ、と。

 片方の手のひらを見せただけで、声が聞こえないところまで下がるのは、さすが総理秘書官と言えるだろう。彼らは自分が聞くべきこと、聞かずべきことを(わきま)え───もしくは聞いちゃって余計な仕事や心労が増えるのを恐れ───ている。


「これだけ?」

 A4用紙の半分しか埋まってないリストに目を通したにしては、長すぎる沈黙があったのはその短さゆえ、だろう。


「なにぶん、期間が」

 癖なのだろう。表情を隠すようにメガネのブリッジを押し上げた男にしてはすらっとした手の、わきからのぞく顔には諦めと、少しの悔しさがにじんでいた。


「ま、組合せ次第では即席のアレ(・・)になるわけだしね・・・」

「さようでございますね」

 言葉こそ(にご)しているが、どちらもアレがナニかはわかっている。

 それが国内にゴロンゴロンしていたらどうなるかも。


「ある意味胸をはれる結果とも言えるわね。わかりました。これで提出してください」

「かしこまりました」

 見慣れない秘書? が中庭を抜けた先で総理と別れ、廊下を別方向に去っていくのと同時に下がっていたいつもの秘書官が定位置に戻る。


「次の会議の概要は」

「こちらがと主張しなければいけない意見は」

「最低限、守るべきラインは」

 カツカツ、カツ。革靴では鳴らないヒールの音が厳めしい廊下に響いていく。

 どこかむなしく。

 今後の会議の結果のように。



 アラームも、起こしてくれる人もない状態で、決めた時間に起きるのは難しい。ほぼ不可能とさえ言ってもいいだろう。常人なら。

 ただし眠りが浅く、定期的に起きる人間なら、そう難しくはない。

 近い時間に起きたら、そのまま寝なければ良いだけだ。


 寝室同じでベッドは別。

 夫が機密に触れられるなら共用するが、違うなら、説明できないなら寝かせておくのが正解だろう。

 パジャマはさすがに。新型コロナで一気に普及したビデオ会議では、上半身しか映らないため、上だけしか着替えない人もいたらしいが、総理という身分では許されないだろう。

 ・・・思わず立ち上がる可能性はなきにしもあらずなのだから。

 下が楽だからという理由で愛用しているだるんだるんのパジャマでは、各国首脳も苦笑いするしかなくなるだろう。


 執務室に入り、パソコンをオン。

 貴族の間では身分が下の者から、なんてルールがあるらしいが、この際そんな面子はどうでもいいだろう。

 細かく区切られた画面内容にはオンラインの人物がちらほら。時差の為、この会議を常識的な時間に参加できる人も、非常識な時間に参加しなければいけない人もいるが、日中のはずの国がまだで、夜間の国から接続されているのが少し面白い。たぶん寝坊防止のためだろう。

 いずれも国家の首脳や、この件(・・・)に関し全権を委任された人物だ。

 国家どころか地球の命運がかかっているような、いないような(・・・・・・)、この会議、「持ち帰って検討します」なんて時間がないのは皆わかっているだろう。


「時間前だが、全員そろっているから始めよう。構わないね?」

 画面が細かすぎてわかりづらいが、反対する人物はいないようだ。


「知らせた天体については、各国で確認してもらえたと考えていいだろうか?」

 タイガー大統領の確認にこれまたほとんどの人がうなずく。天体観測設備のない国でも、同盟国や最適な環境にある施設からデータは得られる。今回はパスワードによる政府関係者かの確認は行われたようであるが。

 

「では、次。ここにあるのが天体に関する最新データ。こちら側の兵器、もちろん供出国は匿名。輸送に使えそうなロケット。将来的時系列。これも今すぐ共有。各国でシュミレーションして最適解を導きだす」

 ここで、「そんなものがあればだけどね」と付け足さないのが彼のリーダーとしても素質のひとつだろう。

 今、世界最大の軍事国家の最高司令官が彼で良かったとしか思えない。これがいきなり他国の大統領を自国に拉致したり、交渉途中で相手の国の最高指導者を殺害するような人物だったなら、世界はなんの抵抗もできず破壊されていただろう。


「Xデーに関しては、自然にまかせるよ。『人の口に戸はつけられない』と、いうしね」

「ことがことだけに、気づく人はもう気づいているだろうが、そういう人は高らかに声をあげたりしないだろう」

「観測が容易になったときにやっと、真偽が問われ始め、肉眼で見えるようになったらパニック」

「そこで、この計画を発表。・・・できるだけこの世界を、理知的な社会を維持する」

「・・・映画でよくあるように、一部の真実だけ小出しにしてね」

 賛成とも、反対ともつかない沈黙。

 言うこと無し、は日本だと褒め言葉だが、海外でもそうなのだろうか?


「反対意見は? 無さそうだね。今は。もしもっと良い意見があったら次の会議で。よろしく。あー、次の仕事意味ねーのにめんどくせー」

 ・・・最後に入った内容に、画面の全員がうなずいたのは、今回の事態を正確に認識しているからだろう。

 プツンとすぐに画面から彼が消えたのは、アメリカはまだ午前中でまだまだ仕事があるからに違いない。

 二ヶ月少しの後には、ほんの一部を除いて全く意味のなくなる、それでいて放り投げてしまうと日常の前に “非” がついていることを気取られれしまう仕事が。


「口の固い博士号持ちをリストアップ。資料提供と富岳の空きスケジュールをすべて割り当て、っと」

 夜間メールでどこかの知事がパワハラしたのは知っているが、この際仕方ないだろう。

 日中遅れるメールではないのだから。


「それにしても見事な会議だったわ。ふぁーあ」

 まだ寝る時間は十分にある。


 ベッドに横になった彼女は夢にも思わない。


 翌朝、起こしにきた夫に。


「なんでスーツでねてるの?」と問われ。


 返答に窮することを。



 

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