ロケットベンチャー
カウントダウンの案内もないまま、突如として吹き出した爆煙と閃光。ゆっくりと持ち上がり始めたロケット本体に音速の計算式に従って遅れて届く爆音。
徐々にスピード感、いやこの場合 “感” は不要か。・・・最近はなんでもかんでも “感” がつきすぎる。
今まさに実況しているアナウンサーが「期待感がふくらみます」などとコメントしているが、そこは期待でいいだろう。
背後の地上の風景二つに分け、そして蒼穹をつらぬいて延びゆく白煙。
「あーっ!」
「うわぁ」
「あちゃー」
そして、プロジェクターが用意された会議室に満ち満ちる、悲鳴とも、嘆息ともとれる叫び。
実況アナは「経過時間的には一段ロケットが切り離される予定が過ぎ、正常飛行してるかどうかが」とかいっているが、たぶん彼は状況を見ていないか、用意されたモニターがよほど小さいのだろう。
こちらに写し出された画像では明らかに白煙はきりもみを描いている。
「さあ間もなく、間もなく正常に飛行しているのかどうかの審判が下されます!」ロケット打ち上げの非日常に、心のそこから興奮しているのか、職業柄、否が応でも盛り上げなければいけないのか。
いずれにしろ、彼に良い知らせは届かないだろう。いや、成功、不成功に直接関係の無い報道関係者にとってみれば、ロケットがどうなろうとやることは変わらない。成功すれば喜べばいいし、失敗したなら悲しめば良いだけだ。
「どっちにしても必要なのは、大きめの坊さんの衣装だな」
「?」
「その心は?」
「大袈裟」
HAHAHA。
打ち上げに向けての激務開けの社内に乾いた笑いが満ちる。
がくっ!
その行動で力尽きたようにうなだれた社員の元に───今回は音速の法則に関係なく───ようやく打ち上げ失敗の一報が届いた。
「我々は今回のことを失敗だとは思っておりません。我々の業態に失敗はありません」
引き続きスクリーンに映し出された中で、社員にはお馴染みの顔が今回の件に介してコメントしている。
「しゃっちょー、バカなこと言ってるよ」
「あれが失敗じゃなくてなんなんだ?」
「あれじゃないか? ほら。成功するまで続ければ失敗も失敗じゃないって」
「えー。それって、とんだブラックじゃん」
成功するまで云々は、経営の神様と呼ばれた松下幸之助の言葉であるが、重要なのは、失敗したところでやめたら失敗で終わりだから成功するまで続けようね、であり、「成功するまでやれ!」と押し付けていつ訳ではない。というか彼の生きていた頃はインターネットなんてものは影も形もなく、試行錯誤がまだ生きており、失敗するのは当たり前だった。
今のように成功例をデータの海からすくい合わせて組み立てて一発成功なんてのは望めない時代だったのだ。
「まあ、社長も本気で言っているわけじゃないだろうけど」
「株主か、お偉方むけかねー」
社長、と言えば一番偉いと思われがちだが、実際には上には上がいる。子会社や出資会社なら親会社や出資元の幹部、株式会社なら当然株主。失敗を失敗と言えない理由はそんなところか。
まあ。
「あれでごまかせるんかね?」
「むりっしょ」
「言った本人、言われた対象、聞いてた非関係者、誰一人そう思って無いのに、誰もが納得したふりしてるのってなんなんだろうな・・・」
会議室のスクリーンにリピート再生されている映像は。
そういった彼の背後で。
また空に駆け上がっていくロケットが爆発した。
「率直に聞こう。何が原因と思うかね?」
目の下で二頭のクマを飼育し始めた社長が、顎の前あたりで指を組んでいる。
某アニメの某キャラクターのポーズであるが、ちょっとそうはツッコめ無い雰囲気である。
しかし、そうとはいえ詳しいデータ分析は終わっていないので、今回はラフな意見を率直に、ということだろう。
「はいはい、はーい! 名前がまず悪いと思いまーす」
おま、よくこんな空気の中、そんなテンションで行けたなーと他の二人を引かせたのは、ノリの良い一番の若手社員だ。
「やっぱり、表しているのがチャンスとか一瞬の好機とかよくないんでは? なんかこう、普段使いとか、ごく普通とかの方が良いのでは? ググって出てくる神様の髪もなんだかな、だし」
「キミは『普段使い』や『ごく普通』なんて名前のロケットに株主や親会社の・・・いや、それはここで言うことではないな。今さら名前は変えられないだろうが、何かしら話をそらすには使えるかもしれん。ありがとう。他の二人は?」
「そりゃあまあ。予算と」「余裕ですかね・・・」
スペースシャトルが百十三回打ち上げて重大な失敗は二回で九十パーセント以上の成功率なわりに、民間ロケットが失敗続きのは、国会プロジェクトと民間事業の違いもあるだろうが、もっとも大きな点は二人が上げた二つ、というかほぼ同じだから一点だろう。
「・・・ギリギリの重量、ギリギリの燃料、ギリギリの搭載量、か」
社長の座る椅子がくるくる回る。
彼をのせたまま、彼の頭の中のように。
JAXAのH3ロケットでさえコストカットを考える時代だ。
それより低予算の民間ロケットが高い冗長性を持てるわけがない。
天気が悪いから打ち上げ中止、風が思った通りじゃないからヤメなんてのは、すべてそれらを、乗り越えるほどの性能を持たせられないからだ。
ギリギリ宇宙に届くか届かないか、いや、そこは届くように設計はしているのだが、メイン、サブ、さらに着陸船までエンジンを吹かし、圧倒的なパワーで宇宙へと駆け上がる存在と比べれば色々とギリギリであるのは否めない。
「そこも、まあ、どうしようも無いな」
配られたカードで勝負するしかないのさ、とは有名な犬のキャラクターの有名なセリフだが、打ち上げを仮にポーカーに例えるなら、強い役ができるまで五枚というカードを根気強く交換するしかないだろう。
「それで、だ」
回ってた社長の椅子がピタリと止まった。
「今組み立てられるだけのロケットを、言い値で買うっていう話があるんだが、皆どう思う」
「「「サギ!」だ!」です !!」
そこにいた社員の声前半はハモったが。
幸か不幸か。
それは詐欺でもなく、もっと深刻な話しの一部だった。




