ナンパ・オフ・パール
大体の場所まで近づくと、何人かの男がテントを囲んでいる。彼女が怪我でもして野次馬が集まっているのかと背筋が凍ったが、どうにもそういう雰囲気ではなさそうだ。
「……ナンパかよ」
さきほどまでの落差に、一層げんなりとした気分になった。
「めっちゃ可愛いやん~、向こうで一緒に遊ぼうよ」
「ちょ、まじで、普通に飯だけとかダメ?」
「つかインスタだけとりあえず教えてくんね?」
「あ、いや、その友達と来てて……」
「友達? 絶対レベル高いじゃん!! え、まじ、皆でご飯行こうよ」
「いいね。友達も呼んでさ。何なら一緒に探すよ。おいでおいで~」
「つか、めっちゃ胸デカいやん」
「マジでそれな~」
坊主頭の無神経な発言。
真城の体がびくりと震えて、少し伏し目がちになった。佑とナンパしていた時に相手から逆セクハラされたことを思い出す。
「男も女も変わんねぇってことか……」
深いため息を吐きながら、真城を囲う男たちに近づき、背後から声を掛ける。全員がチャラチャラとした見た目であり、髪色も随分と派手である。ピアスバチバチだし……ちょっと怖い。
「え、なんすか?」
「彼氏?」
「いや上すぎるだろ。誰っすか?」
おそらく20歳ぐらいの3人組。真城は少し安心したような顔を浮かべていたが、何と言って助け船を出すかを考えていなかった。
適当ななだめ方をして、彼女から距離を取ったまではいいが……。
「お兄さん誰っすか? ちょ、今話し中なんで邪魔しないで貰っていいっすか?」
「彼氏さんとか? お姉さん、お友達ってこの人~?」
「あーほら、怖がってるから離れて……」
「いや離れてとかいいか。アンタ誰なん?」
若さか数か。180cm超えのノッポに声を掛けられても全くひるむ様子が無い。
どうやら夏休みの時のようには上手くいかないらしい。
あの時は、人が多くて周りの目もあったからな~。
ちらちらと野次馬がこちらを見てくるのは感じていたが、関わりたくなさそうに一定の距離を保っている。
「まぁほら、無理なナンパは相手を怖がらせるだけだし、落ち着いて、ね?」
「いや横から邪魔してくる方がおかしくね? そこまで強引でもなかったっしょ」
「俺ら優しかったよね~」
「急にアンタが来たからビビってるだけでしょ」
「あの!! この人、いとこのお兄ちゃんなんです。私もこの人も、ちょっと口下手で……」
それはついさっき茜から聞いたばかりの言い訳。
彼女の時も思ったが、あまりにも外見が似ていないし、通るか微妙な言い訳だ。
「マジいとこ?」
「えーと、親戚と海来てますとか、その年じゃなくね?」
「さっきまでそんな雰囲気じゃなかったし、明らか嘘っしょ」
まぁ、やっぱり通るわけないか。
仕方ない、奥の手を使うか。……これ以上揉め事になりませんように!!
「あのさー、たとえ嘘だったとしても、ちょっと通りがかった男にいとこだって嘘つくぐらいには君らが拒否られてるの分かんねぇかな?」
「え、あ、いや」
「ちょ、こえぇからこっち来んなよ」
「ナンパは俺もするし、自由だと思うけどさ。相手は選ぼうぜ? そういう気分じゃない娘を無理やり連れてくのはルール違反だろ。ビーチをよく見りゃ待ちの子もいるんだからさ」
真城を後ろに隠して、男たちの方へとにじり寄る。
彼らと体が触れ合うギリギリで、顔を覗き込むように見下ろすと、3人は冷や汗を垂らしながらオズオズと後ろへと下がっていく。
「あと、この娘のいとこってのは確かに嘘だけどさ。この娘の友達のいとこだし、保護者として来てるからさ、こっちも揉め事起こしたくないんだよね。分かるだろ?
」
わざとらしく白シャツを腕まくりして、彼らを睨みつける。
無言でコクコクと頷いた男たちは足をもつれさせながら砂浜を走ってどこかへと消え去った。
ナンパ男たちの姿が見えなくなり、ビーチテントで2人きりになると、お互いに顔を見合わせ安堵の表情で笑い合ってしまう。
「いやぁ、マジで怖かった~!! 俺より真城の方が怖かったと思うけどさ~!!」
「ありがとうございます、お兄さん!! こ、怖かったです……」
「途中からだったんだけど、俺が来る前に何かされたとかないよね? 無事だよね!?」
「おかげさまで……。お兄さんも怪我とかしてないですか?」
「俺も平気。喧嘩するのはさすがに怖いし……」
ちょっと体格がよくて筋トレが趣味なだけだ。……それだけ聞くと、めちゃくちゃ喧嘩する人みたいに聞こえるね。マジで違うから許して。
「そういえば、パーカー羽織ってなかったのか」
「ハイ……。お兄さんとクロエちゃんが戻ってきたら、もう1回泳ぎに行こうかなって思ってたので」
「そういうことか……。遅くなったせいでごめんな?」
「いえいえ!! お兄さんは悪くありませんよ」
パーカーとパレオを脱いだ真城は、雪のように白いビキニを着ており、モデルのように洗練された豊満なスタイルによく映えている。少女とは思えぬほどの色気をまとっており、佑を含めてナンパが寄りたくなる気持ちもわかる。
「ああっと、可愛い水着だけど、日焼けしちゃうだろうし、パーカーあったほうがいいんじゃないか?」
「あ、そ、そうですよね。は、恥ずかしいので、着ます……」
頬を赤く染めながら、ビーチテントの中に入ってパーカーとパレオを身に着ける。外で待っている俺は、なぜかドキドキと胸を高鳴らせていた。
……脱いでるわけじゃなくて着てるのにドキドキするっておかしいだろ!!
「あ、あの……。お兄さん、パレオの裾持っててもらえませんか?」
「え、え……!?」
「前で結びたいんですけど、ちょっと見づらくて」
恥ずかしそうにパレオの裾を抑えながら、小さな声で言う。なぜ見づらいのかは空気を読んで聞かなかったが、なるべく彼女の素肌から目を逸らしながら着替えを手伝う。
あー、すごい。肌が白い。ゲレンデかな? きめ細かいってこういうことか~。
なんかキラキラしてるのがみえるもん!!
「あ、ありがとうございます……。さっきと違う柄にしてみたんですけど、どうですか?」
上に羽織っているパーカーは先ほどと同じだが、パレオのデザインは変わっている。深海をイメージしているのか、深い青色であり小魚の模様がワンポイントを彩っていた。
「い、いいと思うよ。すごい似合ってる」
「わぁ。あ、ありがとうございます!! コレ、葵ちゃんがくれたんですよ!!」
「そ、そうなんだ。あの、すごい可愛くて良いと思います……」
「あ、ありがとうございます……」
互いに顔を逸らしているが、頬が紅潮しているのが分かる。ナンパを追い払ったときとは違う気まずさがテント内に流れており、かける言葉を見失っていた。
「ちょっとちょっと~。ボクが着替えてる間に、なーにイチャイチャしてるのさ!!」
「うお、クロエ!?」
テントの陰からいきなり現れたのは、シックな黒色の水着を着た少女だった。ワンピースのようなデザインになっているが細い腕や素足は出ていて、その幼さが可愛らしく見える。
「せっかく水着に着替えてお兄さんを悩殺しようと思ったのに、真城が先にやっちゃ勝てないよ~」
「え、えぇ……。わ、私が悪いの? ご、ごめんね?」
目を細めながらオロオロと謝りだしてしまう。慌てているのか、意味もなくクロエを抱きしめて、逆に嫌がられていた。
「いや、クロエ。めちゃくちゃ可愛いぞ」
「え!? きゅ、急にどうしたのさお兄さん!! ちょ、そんなに見られると……」
真正面から褒められるとは思っていなかったのか、その場にしゃがみこんで体を隠してしまう。
耳を真っ赤にしながら、ちらちらとこちらの反応を窺ってくるので、その都度可愛いと呟き続けた。
「ボク、本当に可愛い?」
「マジで可愛いよ。すごく似合ってる」
「うぅ……。こんな効くとは思ってなかった。意図せず特攻装備だよぉ……」
「良かったね、クロエちゃん」
「……真城も可愛かったぞ? 私は関係ないみたいな顔してるけど」
「え、え!? いや、わ、私には言わなくていいですよ……!!」
照れているクロエの頭を撫でる彼女に、何の気なしに呟いてみる。
思ったよりも驚いてくれてなによりだ。
「……ボク以外にも可愛いって言うんだね。お兄さんの浮気者」
「いや付き合ってないんだから浮気じゃねぇよ」
「そんな、酷い!!」
「修羅場茶番を始めるつもりなら、茜呼んできて止めてもらうぞ~」
「それは禁止カードでしょ~。ズルいって!!」
「アンタたち、何大きな声で騒いでるのよ」
俺たちがふざけ合ってると、腰に手を当てて深いため息を吐く茜の姿があった。
その後ろには、長い綺麗い藍髪をゴムでまとめている葵もいる。
「戻ったんだ」
「2人とも満足したのか?」
「うん。いっぱい泳いだ。満足」
「付き合わされるのも大変よ。後半はずっと見てるだけだったわ」
「で? 私たちの水着も褒めてくれるんでしょうね」
「き、聞いてたんだ……」
茜はこの日差しにも負けないぐらいに明るく輝く赤いビキニを着ており、モデルのようにスレンダーな体型と合わせて、おもわず目が惹かれるほどに美しい。
逆に葵は、ぴっちりとした競泳水着で、体の露出こそ少ないものの、普段の運動で引き締まった体が浮き出ていて、色気とクールさを併せ持っている。
「茜も葵も可愛いよ」
「どっちの方がかわいい?」
まさかの葵からのキラーパス。
返答に困っていると、茜が彼女の耳を引っ張って、俺から遠ざけた。
「葵とビーチバレーやりたいって話になってるんだけど、皆は参加する?」
「あ、私もやりたいかな」
「ボクはパス~。代わりにお兄さん出てよ」
「……いろいろと条件悪くね? いいの?」
「まぁ、いいんじゃない。クロエ、審判やってね。テント近くで遊べるから、荷物も大丈夫だし」
「え、えぇ~。まぁそのぐらいなら……」
「じゃあ、私とお兄さんでボール借りに行ってくるわ。葵と真城は大体でいいから砂浜にせん引くなり目印置くなりしてもらえる?」
「「わかった~」」
2人の返事が揃ったことに少し笑みをこぼしながら、茜と並んで海の家に行く。
「熱中症、大丈夫なの?」
「ああ、とりあえずは平気かな。逆にそっちは泳ぎ疲れてたりしないの?」
「葵は現役で部活やってるから平気そうね。むしろ足りないなんて言うんじゃないかしら」
ああ、ガチの運動部って、練習の段階で結構追い込んでるもんね。万年文化部の俺には分からない世界だけど。
「私ももともと運動やってたから、ひさしぶりに体力動かせて良かったわ」
「受験のストレスってヤツ? 俺は2年制の大学だったし、あんまり苦労は分かんねぇけど」
「短大? 受験が無いわけじゃないでしょ?」
「うーん、それなりに勉強はした記憶があるけど、仕事して3年もたつとそんな苦労は忘れちまうんだよ」
「そういうものなの?」
「そ~」
「やっぱり大人って大変なのね。そういえば、一緒に来てたお友達の人は?」
「さっき連絡来てたけど、ナンパ中だって。彼氏持ちの女に声かけそうになって逃げてるらしい」
「なにそれ。面白いお友達なのね」
「そういえば、元々運動やってたって、何部なんだ?」
「あれ、言ってなかった? バレー部よ!!」