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不快オーカー

 あれから2週間ほど経った。

 夏真っ盛りの時期ではあるが、うちの会社では秋から発売する新商品のアレコレで大忙しだった。ひとまずは大きな仕事も終えて、落ち着いたといったところか。


 頑張った甲斐があったのか、部長の計らいで少し長めのお盆休みを貰えることになった。実家に帰ることも考えたが、同僚の不破(ふわ) (たすく)に誘われて遊びに行くことになった。


「……で、なんで海なんだ?」

「ずっとオフィスにこもりきりだったろ? パーッと泳いですっきりしようぜ!!」


 少し引き締まった体を太陽の下にさらしながら、有名なブランドのロゴが入った海パンを履いてサムズアップする佑。遊びに行こうと言われた時から嫌な予感はしていたが、まさか本当に海に来るとは……。


「そういえば、去年もお前に連れ出されたな」

「多少強引じゃないと守は外に出たがらないからな」


 去年だけではなく、その前の年もどこかに行った覚えがある。たしか、当時彼がはまっていた謎解き脱出ゲームに巻き込まれたのが最初だ。


「海に来たのはいいけど、俺は水着も何も持ってきてないぜ?」

「どうせまともに泳がないからいいんだよ。男2人で海に来たといえば、ナンパだろ」

「ナンパ? お前、前にインスタで合コンに行ったって言ってただろ?」

「俺たち23だぜ? 彼女の1人や2人欲しくもなるだろ。会社で出会いなんてねぇし」


「彼女が2人居たら浮気だろ……」


 ただ、ナンパという発想自体は悪くない。この2週間、茜たちからも連絡はなかったし、前までやっていたマッチングアプリをもう1度始めようと思っていたところだ。

 ちょっと良くない寄り道をしていたせいで彼女を作ることを忘れていたけれど。


「せっかくだし、俺も水着借りてくるわ。ついでに飲み物買ってくる」

「じゃあ、俺のも頼むわ。先にナンパしてるから適当に合流してくれ」

「シレっとパシリにするなよ……」


 海の家近くにある自販機に向かい、飲み物を買うために財布を出す。目の前に海があるとはいえ、夏の暑さにやられて行列が出来ていた。


 3台並んだ自販機の前に立って、適当なスポーツドリンクのボタンを押そうとする。不破のためにコーラを買ってやろうとして、彼が好きなメーカーの物ではないことに気づいた。


「アイツ、コカ・コーラの方が好きって言ってたんだよな……」


 そっちで買いなおそうと思って、後ろに並んでる人に声を掛けるために振り返った。


 赤い花柄の水着を着た少女が立っており、耳には赤いピアスをつけて可愛らしい薄紅色の財布を片手に持っている。


「……茜?」

「ま、守さん!?」


 向こうも俺を覚えていたようで、目を丸くしていた。

 考えてみれば、同じ祭りに行くほど近所に住んでいるのだから、同じ海で出会ってもおかしくはない話だ。


「……なんか、久しぶりだね」

「そう、だな。……あ、他の人の邪魔になるし、飲み物、買うんだろ?」

「うん。あのさ、ちょっと話したいから待っててくれない?」


 茜は可愛らしい財布からお札を取り出して、4本の飲み物を買う。もちろん1人で4つ飲むわけではなく、他の少女たちの分も買っているのだろう。


「ちょっと持とうか?」

「ありがとう。1本だけお願いしていい?」


 腕一杯に飲み物を抱えながら、器用に1本だけを差し出してくる。さすがに手渡しできる状況ではないため、早く取ってくれと言わんばかりの表情だ。


「え、大丈夫か?」

「この態勢キツいんだから早くしてよ」


 いや、その状態で飲み物を取ろうと思ったら胸に手が当たると思うんですけど。と指摘するのも良くない気がして手をこまねいていると、茜は少し睨んで催促する。


「じゃあ、失礼して……」

「どうせ変なこと考えてたんでしょ」


 ええ、おっしゃる通りです……。

 なるべく茜の肌に触れないように、差し出された飲み物を取る。思わず、可愛らしい花柄の水着に見とれていると、残りのペットボトルを抱き寄せて胸元を隠してしまう。


「さすがに見すぎ」

「あ、いや、ごめん……。そういうつもりじゃなくて!!」

「わかってるよ。ちょっとからかっただけ」


「それより、向こうで葵達が待ってるんだよね。久しぶりに会いたいって言ってたし、一緒に遊ぼうよ」


 あまりにピュアな誘い文句。

 うっかりついていきたくなるが、葵の誕生日の帰りに彼女たちと関わりを持つのはやめようと決めたことを思い出す。


 彼女たちと過ごした半月はとても楽しかったが、俺は大人で彼女たちは高校生だ。

 長く一緒に居れば不都合が生まれることだってある。俺だって捕まるのは御免だし、なにより受験生である彼女たちに迷惑が掛かってしまうだろう。


「今日は友達と来てるから……。また、今度誘ってくれ」


 また今度。その今度は来ることはない。

 俺をじっと見つめる茜。彼女の表情を窺うことすらできず明後日の方向を向く。綺麗に輝く海に反射して、自分の醜い言い訳がひどく汚れて見えた。


「そっか、じゃあ、また今度だね」


 悲しそうな茜の声。

 聡い彼女のことだから、俺の考えていることを理解しているのだろう。先ほど受け取ったばかりの飲み物を取られて、どこかへと歩いて行ってしまった。


 何か声を掛けようと手を伸ばしたが、空を掴むだけで終わる。

 仕方ない。俺と彼女たちとでは、年齢も立場も違うのだから。


 すっかりナンパ気分も失せたが、誘ってくれた佑を置いていくわけには行かない。自分が上手くいくかどうかは最早どうでもいいが、彼のナンパの手助けはしてやろうと思って、佑を探す。

 メッセージを送ってみたが返事がない。たぶん、ナンパ中だ。


「あ、見つけた」

「おお、守じゃん。さっき話してた俺の連れってコイツ!! めっちゃ背デカいでしょ」

「えぇホントだ~!! どのくらいあるの~?」


 海の家からすぐ近く。

 派手な黄色のパラソルの下で寝そべっていた女性2人をナンパ中だったらしい。どちらも派手な金髪につばの大きな帽子をかぶっており、胸元にサングラスをひっかけている。


 水着で双子コーデっておしゃれのレベル高いな……。


「えっと、一応、181ぐらいっす」

「え、やば。めっちゃでかいじゃん!!」

「私なんか見上げても顔見えないんだけど~」


「LINE交換してるからさ。あとで夜に飲みに行く予定」


 2人と話しながら、佑が状況を教えてくれる。

 どうやら俺が居ない間になかなか上手くいっているらしい。


「てか、それだけデカいってことは、ちんこもでかいの?」

「……え」

「ちょ、いきなり変なこと聞きすぎ~。でも、体格もいいし、セックス上手そう~」

「ちょいちょい、2人って結構むっつりなの~? まぁでも実際デカいよな?」


 下品。不愉快。気持ちが悪い。

 前まで何とも思っていなかったはずの言葉だ。正直、言われ慣れている。

 身長はいくつだ、あそこも大きいのか、指がちんこみたい。


 今までの合コンやマッチングアプリでは幾度となく聞いてきた言葉だ。

 それなのに、どうしてここまで不快に感じるのだろう。


「あはは、どうかな~」


 乾いた愛想笑いしか出てこなかった。

 俺の異変に気付いた佑は、俺を庇うようにしながら2人を盛り上げていた。なんのアシストもできないことが歯がゆいと感じながらも、幾度となく繰り返されるセクハラにウンザリしていた。


 しばらく話していると、変に甘ったるい声で「そろそろ泳ごうかな~」なんて話し始めた。俺も一緒に行こうとするが、佑が引き留めて後で合流すると伝えていた。


 2人がどこかへ行ってから、砂浜に座った佑が心配そうに俺の顔を覗き込む。


「……お前、大丈夫か?」

「ああ、いや、ちょっと、熱中症っぽいかな……」


 形容出来ない不快感を吐露するわけにもいかず、適当な誤魔化し方をしてしまう。


「にしても、このビーチってレベル高いよな。さっきもめっちゃおっぱいデカい女の子が居てさ~」

「へぇ、そうなのか……」

「見た感じ高校生っぽいから、さすがに声かけなかったけどな」

「……え?」


「そりゃそうだろ。おっぱい大きいから声かけようかなと思って顔見たら、どうみても高校生なんだもん。一応聞いてみたけどやっぱり高校生だったし。女子大生ならともかく、女子高生(JK)()()だろ」


 ぐうの音も出ないほどにその通りだ。

 自分の方がもっと気持ちが悪いことをしてるのに、どうして他人に嫌悪感を抱ける。今更ながらこの不快感の正体が自己嫌悪であることに気づいた。


 本当に今更だ。

 彼女たちと半月を過ごし、交流し、関わり、仲良くなったと錯覚していた。今更遠ざけたところで、自分の行いは倫理的に反している。


 さっきの2人より、よっぽど不純だ。

 不純で汚れている。


「とりあえず、今日の夜はさっきのお姉さんたちと飲みに行くとして、それまでの時間をどこでつぶす? もう何人か連絡先交換したいんだけどな」

「……ああ、そうしよう。もう大丈夫だよ。行ける」

「……熱中症なんだろ? もう少し安静にしておいた方がいいんじゃ?」


 せっかく誘ってくれたのに、これ以上台無しにするわけには行かない。それに不快感の正体に気づいてしまえば、思ったよりすっきり飲み込める。


「じゃあ、もう少しあっちの方に行ってみるか」


 海の家から離れて、泳いでる人や波打ち際で遊んでいる人が多い方へと向かう。

 さっきまでの場所より、心なしか年齢層が若い気がする。あちこちで聞こえる声も、大学生っぽい様子が増えていた。


「うお、めっちゃ背が高い美人!!」


 佑が指さす方向を見てみれば、深海のように鮮やかな藍色に染めた長身の女性が居た。青いラインの入った競泳水着を着ており、大人顔負けの色気を醸し出している。


「……葵?」

「あれ、お兄さんじゃん。おひさ~」


 ひらひらと手を振る彼女は、夏空のようなヘアピンが太陽に照らされ輝いていた。


「え、知り合い?」

「葵ちゃん、どうしたの?」

「なにしてんの、葵?」


 さらに背後から現れたのは、パーカーとパレオを羽織りながらも豊満なスタイルが隠しきれていない真城と、陽だまりのように暖かい色をした花柄のビキニを着た茜だった。


「あれ、守お兄さん。……そういえばさっきお友達と来てるって言ってたもんね」

「あ、さっき声かけてくれた人、守さんのお友達だったんですね」


 佑がさっきナンパしそうになったと言っていた巨乳の女子高生とは真城のことだったのだろう。そして2人ともバツの悪そうな顔をしていた。


「お前、この娘たち、どういう知り合いなんだよ。名前まで知ってるし」

「あ、いや、なんていうか」


 説明に困ってしどろもどろになっていると、何かを察した茜が俺たちの前に出てくる。


「はじめまして。私、守さんの従妹の茜って言います。こっちの2人は私の友達で、遊びに行くときに車を出してもらったりしてたんです~」


 前半はともかく、後半は嘘ではない。

 気を利かせてくれた茜に、心の中で感謝しつつ、嘘をつく彼女に合わせるように後ろの2人も軽く頭を下げた。葵だけは少し怪訝な目をしていたが。

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