53 生命エネルギー
生きること、それすなわち他の命を奪うこと。
命を奪うことは悪ではない。人が生物として生まれてきたからには、命を奪い、自分の命を繋いでいくことが使命だからだ。それがテウター兄妹の考え方だ。
相手の命を奪うことが、直接血肉を喰らうためとは限らない。
その本質は変わらない。自分たちが生きていく上で、相手の命が障害となるのであれば、取り払うように動くべきだ。
しかし、他の動物と人の違いは、個体への強い固執だ。
親族、友人、恩師。それらに対しては同種であっても大事に思い、時には自分の命より優先されることがある。また、恨みや嫌悪、憎しみを持った相手には、執拗にその命を奪ううとに取り憑かれることがある。
これは人という種の持つ異質さだ。
彼らはそれを「人という生物種の持つ欠陥」だと考える。
他人の命、名誉や誇り、そういったものを自らの命より重要視する人間は、この世界でも少数派ではない。
だが、エビィーたちは、その考えを認めない。自分が感じる感情というものは、自分の命より優先されるべきものではないのだ。
その命を繋いでくれた恩のあるガウスマンに対し、自分たちの感情ごときのために、背くような真似はしない。
" ルナット・バルニコルの暗殺 " は確定事項だ。
「あれ、なんか怪我してるじゃん」
ルナットがエビィーの膝の辺りを気にする。
いつもと変わらない調子で答えることを意識しながら返事をする。
「んおwww。さっきのゴリラ軍団と戦った時かw。大した傷じゃねえよwwwww。ほっときゃ治るw」
「まあまあ。とりあえず、『回復魔法』かけとくよ」
ルナットの見つめる先、エビィーの足元に魔法陣が現れる。
暖かい光に包まれて、魔法陣が上昇し、エビィーの体を通過する。傷が塞がっていく。
「うーん、俺の魔法だと、カサブタにするくらいしかダメか」
「あんまさっきと変わんないなwwwwってかむしろ痒っww」
「あーあー。カサブタ引っ掻いちゃいけません」
くだらないやり取りをしながら、ずっとここ3日間こんな感じで楽しかったなと思いながら、それでもやることは変わらない。
「なあ、ルナット。【魔法陣】ってなんのためにあるか知ってるかww?」
考えたこともないといった様子だった。
「そもそも魔法ってどういう仕組みで発動するか知ってるかw?」
「え!? エビィーは知ってるの!?」
魔法を扱う人間にとっては常識なのだが、やはりというか、ルナットにとっては未知の知識だったようだ。
イェーモが説明する。
「うーんと、まずボクたち生き物の中には【生命エネルギー】っていうのがある。全ての生き物は【生命エネルギー】を持ってるんだ。それで、空気中にある魔法のもと……【魔力】ととても仲がいい。ボクたちの体の中には【魔力】が自然に溜まるんだけど、それは【生命エネルギー】に【魔力】が引き寄せられるからなんだ」
イェーモは説明を続ける。
魔法とは、【魔力】が他のエネルギーや現象へと変わることである。
【生命エネルギー】は【魔力】を引き寄せると同時に、別のものへと変わることを、魔法となることを阻害する。よって、魔法を発動するためには、【魔力】を体から放出し、【生命エネルギー】から引き剥がす必要がある。
「つまり【生命エネルギー】が【魔力】と仲良しなおかげで、ボクたちの体に魔力が集まってくれるけど、【生命エネルギー】が【魔力】と仲良しなせいで、生き物のすぐそばでは魔法が使えないってこと」
ルナットは「うーん」と唸っている。
「たとえば、『炎魔法』って、炎の塊を作ってから飛ばすだろw? けど、本当だったら相手の体を直接燃やすとかできたら避けられないし、確実だろww? 【生命エネルギー】があるからそれができねぇって話www」
今度はルナットはもう少しわかったような反応を見せた。
「けどさ。それじゃあ、『回復魔法』って一体……」
「そう。それが【魔法陣】の役割。発動に時間がかかるし、変換効率は落ちるけど、魔法を直接生命体に打つことができる。『回復魔法』、『転移魔法』、ボクたちが使ってる『強化魔法』」
「おw、気になるかww? 俺の魔法は、
一瞬イェーモがエビィーの顔を伺う。
これから殺す相手に自分たちの情報を教えるのは愚策ではないかという懸念だ。
しかし、エビィーはそれを無視した。彼には、目論見があった。
「俺の魔法は一点強化w。何か一つの能力だけを上げる、ただそれだけの能力だww。器用にあれこれできるイェーモと違って才能がないんだよなwwwwww」
「そんなこと……!」
イェーモは本心から否定した。
「本当だww。魔力出力が低いんだよなwww。初めの水晶の魔力出力チェックだって167、かなり鍛えてきたつもりだけど並みだよナミwww」
妹のイェーモは348であった。
「次はお前の番なwww」
エビィーに促され、イェーモも戸惑いながら説明する。
「ボクは体の運動能力を上げる基本の『強化魔法』の他に、『雷魔法』との複合で物体や自分に磁力をつける魔法を使ってるんだ。壁に張り付いたり、浮いたりとかかな。なんとなく見てて知ってると思うけど」
嘘も誤魔化しもない。
手札を隠せるほど、多くの魔法を持っているわけじゃないのだ。
エビィーが告げる。
「な。ルナット。俺たちにも、お前の魔法がどんなかを教えてくれよ」
以前にそれとなく聞いたこともあったが、ルナットは魔法を説明しなかった。ガウスマンにとって脅威になりえるルナットの情報は知っておきたいと思った。隠しているのか、他に理由があるのか、頑なに話そうとしなかったが。あまりしつこいと、疑いを持たれると思い、やめておいた。
だが、これだけお膳立てをすれば、少しは情報を話す気になるだろう。
多少強引でも、聞き出しておかなくてはならない。
これから殺す相手の、攻撃手段を。反撃手段を。
ルナットは、エビィーたちから見ても、それだけ脅威的であったのだから。
「いつも使ってる体の動きを速くしたり、浮かんだりする魔法も魔法陣がないから『強化魔法』じゃない」
「『身体起動』ってやつだよ」
「いや、『身体起動』は強い風を纏って機動力を上げる魔法だ。お前の魔法は体の周りに風が起きてない」
「えっと……」
イェーモも重ねる。
「それから、持ってるそのステッキを自在に変形させてるけど……さっきも言ったように、普通は人の体や、触れているものは魔法の影響を与えることができないんだよ」
「う、うん? 俺にもよく……」
武器を変形させて戦う戦い方は存在する。選抜で最強候補のマグノリアは斧の刃の部分を変形させる。
しかし、それは刃の部分と持ち手の部分を別の物質で作っていて、体から離れた刃の部分だけを変形する場合だ。
ルナットは武器そのものが同じ金属でできていて、持っている部分を含め、容易に変形している。
……それだけじゃない。
「確かに、魔法は特殊な環境や才能で習っていないものを使えるようになることもある。けど、普通は習ったものしか使えるようにならない。そして、さっきの『回復魔法』に謎の武器変形や『身体起動』もどき、『炎魔法』も使ってたな。極めつけは繊細な技術が必要と言われる『鑑定魔法』だ。お前の魔法のレパートリーは異常なんだよな」
物心ついた時点で魔法の英才教育を受け続けてきたというのならまだ理解できる。
しかし、そういった背景があるのであれば、何か大きな後ろ盾があるはずだ。
そう言った気配がまるでない。
「どうやって魔法を会得した?」




