43 街の外は危険
ロズカは馬車に長いこと揺られていたせいで、むずむずしてき始めていた。
頼んだのは自分である手前、大人しくしていたが、シルファや部下の人たちはどうなのだろう?
移動に慣れているから、なんともないのだろうか……。あの自由本坊なシルファが文句を言わないので、意地でも我慢しようというこだわりが生じていた。
「あー、お腹すいた! ここら辺でご飯にしよ!」
やっとシルファが言い出して、馬車から降りて休憩となった。木々の生い茂った、人の手の入っていない自然の中で食べるご飯を食べるのは気持ちがよさそうだ。
ただ、一つ気がかりなことが……。
「あの馬車、なーんかやっぱ怪しいよね」
「うん」
そう、街を出てからずっと同じルートに後ろをついてくる別の馬車があったのだ。
この辺りを抜けるにあたり整備されている街道を通ろうとすると同じルートになるので、おかしなことではないとも言えるが、こちらが休憩をとるタイミングに向こうも停車したのは流石にこちらを意識しているとしか考えられない。
警戒しながら馬車を見ていると、中から一人……男性が顔を出す。
「やあ。可愛らしい子猫ちゃんたち。馬車から降りて休憩かい?」
男性は、物腰柔らかそうな笑顔を向けながら話しかけてくる。
鼻につくイケメン。ロズカが感じた第一印象であり、その印象は間違っていなかったと後からも思うことになる。
赤と緑と黄色の3色の大きな宝石をつけた大層な杖を持っている。道具に見合った実力があるとすれば、魔法の腕は確かなのだろう。
シルファの部下の一人が先に話を聞こうとしたのをシルファが制する。
「こんにちは。お昼にしようと思って。あなたも?」
「ああ、僕もちょうどそう思っていたところさ。奇遇だね。僕たちは気が合いそうだ」
(昼飯時なのだから当たり前だ。なんだこいつ)とロズカは思った。
「僕はハグリオ・チェビオーニ。君たちの名前を聞いても?」
「アタシはシルファ・ルネロー!」
ロズカは名乗る代わりに問いを投げつける。
「行き先は……どこ?」
反応を伺う。もしこちらのことをつけてきているのでなければ、行き先を言うことができるはずだ。
「どこって?」
「馬車でどこに向かってるかってこと」
少し青年は黙って考えた。
警戒を強めた方がいい、と思ったところで青年の口は開く。
「ああ、僕を怪しいと思ってるのか。ごめんごめん。そりゃあそうだよね。ずっと後ろをついてきて、停車したら同じように停車したんだから」
男には動揺したそぶりはない。
「僕はメゾリック街に行こうと思ってるんだ。君たちと同じペースで移動してるのは、この辺りで魔物や盗賊なんかに襲われた時、固まって動いてた方が安全だろうって思ってペースを合わせただけだよ。不安がらせて悪かったね」
筋は通ってる。目的地が同じメゾリック街ということならルートもかぶるだろう。というか、尾行ならこんな風に話しかけてくることはしないかもしれない。
「よかったら一緒に食事でも……
男が言いかけたところでシルファの目が鋭くなる。
ナンパな発言に気を悪くしたのだろうか。確かに胡散臭いしウザいが。いや、そういった様子ではない。
シルファは右に、左にと視線を回す。
腰にある、ネジのように螺旋状の刃をした投げナイフを両手に持つ。
「みんな、周囲に気を配りながら馬車の近くへ。急いで」
初めて見る真剣なシルファ。ただ事ではないことは察せられた。
青年と部下たちもロズカたちが乗ってきた馬車に早足で集まる。
「大気の加護よ、我が一撃を音よりも早く運び導きたまえ『エア・レール』」
風を纏ったナイフは物理的にありえない加速をして、木の奥にある標的に当たった。
「あっ……」
少し離れたところで、小さな断末魔が聞こえ、転倒音がした。
「殺気が漏れてるよ。悪者さん。ほら、出てきなよ」
取り囲むように現れる大勢の人間。手にはそれぞれ違った武器が握られている。
その外見から、真っ当な連中でないことは確かそうだ。
「おいおい、やってくれたなぁ、お嬢ちゃんよ。容赦ねえな。俺たちは何もやってねえのに、仲間の一人を殺しちまって」
「害意がある相手は殺られる前に殺る。悪者さんも大好きな弱肉強食だよ」
「はは、俺たちはただ通りがかっただけなのにとんだ勘違いだよなあ。なあそうだろお前ら!」
下卑た笑い声と同意があちこちから上がる。
これほどまでの人間に囲まれていたとは、全く気が付かなかった。
「あんたらドンソン家のもんだろ? 何もしてない相手に人殺ししたって国家騎士様に報告に行ってもいいんだぜ?」
「襲う気満々だったくせに。
まあ、なんでもいいけどね。
だって、あなたたち、ここで全員死ぬんだから 」
鋭利なナイフのような眼光。とても普段の好奇心旺盛な人懐っこい少女と同一とは思えない。
けれど、戦闘体勢に入っても彼女の持つ無邪気さだけは薄れない。残酷なことを平気な顔してできる人間への恐怖を、ロズカは感じてしまっていた。
相手の人数は20人は超えている。シルファと彼女の部下が4人、先ほどの青年、そしてロズカ。
シルファは目を賊から離さずに後ろに語りかける。
「気配の消し方うまかったし、そこそこ強い相手だと思う。戦える人以外は、馬車の中へ。ちょっとアタシ一人だと守り切れるか自信ないから、頑張ってね」
シルファの部下は一人が戦闘のサポートに残り、二人は馬車へと逃げ込む。もう一人は馬車の入り口で二人を守るように身構える。ドンソン家の職員が必ずしも戦闘に長けているかというと当然ながらそうではない。優れた能力があればドンソンで重宝されるが、それが必ずしも魔法による戦闘能力につながっているとは限らない。
ロズカは、本来自分の出る幕ではないのだろうと理解していた。戦闘訓練をきちんと受けてきたわけではない。学校で、模擬戦闘訓練をしたことと、バルザックと戦ったくらい。
ただ……
「流石に女の子に戦わせて自分は守られてるだけってのは、僕には無理そうだ」
格好をつけるハグリオを見て、イラっとする。
「さあお前ら! フォーメーションでやるぞ! 取り掛かれ!!」
頭目と思しき賊が合図をすると、彼らは一斉に魔法の詠唱を始める。
近距離武器を持った敵が輪を狭めるようにジリジリと滲み寄ってくる。
「盗賊のくせに用心深いのね。ううん、肝が小さいんだ」
「浅い挑発だな。俺はガキだからって油断はしないぜ。あんたが相当やるってことは、さっきの一撃でよーくわかった。だからじっくり痛ぶってやる」
挑発するシルファの額には汗が滲んでいた。
その理由をロズカは察した。彼らはこちらを侮るではなく、ウィークポイントである背後の馬車に狙いを定めて、全方位から攻撃しようとしている。いくらシルファが強くても、360度全ての敵を一度に倒すことは不可能だ。
「なかなかいやらしいね」
杖を構えるハグリオは冷静そうに言った。この男にしてみれば、背後の人間たちは出会ったばかりの他人で犠牲になってしまっても、気の毒程度にしか思わないのだろう。
ロズカのやるべきことは明白だった。
「結界魔法 第四の型『球』」
馬車と自分を囲うように球体の結界を作り出す。戦闘の手助けをすることより、シルファたちに存分に戦ってもらえるようにすること。これが、ロズカの得意なことであったし、やるべきことだ。
「な、なんだあの膜みたいのは!?」「防御の魔法か? 壊しちまえ!」
『結界魔法』は有名な魔法ではない。使い手が少ないからだ。守りのための魔法は他にもあるが、防御に特化した『結界魔法』の硬さを彼らは知らない。
結界を破壊するべく、『炎魔法』『土魔法』『風魔法』を放ってくる。
「こ、壊れねえ! くそ!」
怒涛の魔法と飛び道具のラッシュ。
それらを弾く大きな半透明の球体。
ロズカが背後の安全を確保したと確認するやいなや、シルファは凄まじい加速で敵の懐に飛び込んでナイフで首をズブリと刺していく。
「やるね! ロズカ! これなら安心して攻められるよ!」
すでに4人ほど屠った賊の返り血で赤くなった笑顔。
シルファは余裕そうだ。しかし、こちらは結界を馬車を守るほどの大きさにしている上、あらゆる攻撃に耐えられるように三耐性(打撃、斬撃、変質)の中で偏りを作ることができないので、強度がそれほど高くない。
もう一度結界を張り直す隙に、攻撃をされたらおしまいだ。
「このペースだと20秒くらいしかもたない……早くして」
「任せて!」
シルファだけでなく、もう1人の部下も地味ではあるが、淡々と魔法を使って敵を減らしていく。
「高貴なる雷撃よ、獣の爪と化して目の前の敵を斬りさけ『サンダーファング・エッジ』」
ハグリオは3本の雷の斬撃を飛ばす。
威力より、相手に当たりやすくしていることを重視しているようで、見た目の派手さほどのダメージはない。
当たった、周辺に雷の影響で火の粉が散っている。
「可憐なる炎の花よ、醜悪な汚物を包み込み浄化したまえ『ロートス』」
周囲の炎が大きく燃え上がり、地面から吹き出す炎の花びらが、痺れて動けなくなっている男にトドメを刺す。
「ウェルダン」
いちいち、発言がキザったらしい。おまけに、自分にうっとりと酔いしれているようだ。
だが、このハグリオという男。『雷魔法』『炎魔法』ともに洗練されている。
前方で外敵を倒していくシルファは楽しそうだ。
実に楽しそうに……人を殺している……。
「ねえねえ、ロズカ! 見てよ! こんなこともできるんだよ!」
いつになく昂った声で話しかけてくる彼女の足元には、血まみれの死体。
風に持ち上げられ、シルファの体は宙に浮いていた。
体の急な加速。空中浮遊。
ロズカはそれに見覚えがあった。
ルナットのそれとは少し動きの感じが違うが、おそらく同じものだろうとロズカは判断した。
「…………『身体起動』でしょ……?」
「えー、知ってるの?」
「…………うちの学校に多分同じ魔法使ってる人、いたから」
ふーん、とつまらなそうな声を出して、またすぐに次の標的につっこんでいく。
ロズカの結界を過信しているのか、シルファは先ほどよりも余裕がありそうな様子である。
賊との攻防戦は、どうにかこちらが押している。
攻めの3人の火力が高いので、ロズカが守りを固めていれば勝負はつく。
まだ決着はついていないが、無理して維持していた結界が壊れる。
慣れている自分を包み込むくらいの大きさの結界と勝手が違う。思いの外消耗する。
だいぶ人数が減ってきたので、もう一度結界を張り直す隙はあるはず。
……そうこちらが考えるのを待ち構えていた男が一人いたのだった。
「隙を見せたな!」
飛び込んできた男の手には長剣が握られている。
シルファほどの技術ではないが、『風魔法』によって加速して、一気に距離を詰めてくる。
「 ロズカ!! 」
シルファが気づいて叫び、急いで戻ろうとするが、取り囲まれてすぐにはこちらへ来れない。
ロズカは手に持っていた《第六神奏器》をその相手に向け、突き出す。その吹き出し口に人間の頭ほどの球体の結界が張り付いている。
「結界装填『火の玉』」
球体が破裂した瞬間、ロズカの目の前で凄まじい炎が爆散する。
「なんだ!?」
勢いよく突っ込んできた男も、さすがにこれには怯み、後退する。
しかし、炎はすぐに消えた。
結界の玉の中に込めた『炎魔法』はその瞬間に周囲にある【魔力】と酸素で燃焼を起こす。そのため、見た目こそ派手だが、高威力の『炎魔法』と違い、酸素がなくなるとすぐに鎮火してしまうため、直撃しても軽い火傷程度の威力しかない。
しかし、ロズカが欲しかったのは、敵が立ち止まる一瞬だった。
「結界装填『風の玉』」
男が飛び退いたところにはロズカがあらかじめ設置しておいた、罠があった。
同じくロズカが《第六神奏器》で作り出した、人の頭くらいの大きさの浮遊する球体。
それが、男の背に触れ、弾けた瞬間、
「ぐあぁああああ!!」
四方八方に風の刃が飛び出して男の背面を切り裂く。
男は倒れた。
人に当てたのは初めてだったので、動揺しかけるが、すぐに結界を張り直すことを思い出す。
慌てて、次の結界を構築しようとするが、なんと万策尽きたのか、賊の頭らしき男が撤収を呼びかける。
「 お前ら! これは無理だ! 退散するぞぉ!! 」
脱兎の如き、逃げ足。
「逃がさないよぉ!!」
狩りの本能に囚われたシルファは逃げゆく賊に向かって「『エア・レール』」ナイフを飛ばす。
3本のうち、2本が命中し、賊の頭に向けたものだけが外れた。
追いかけていくのではないかと、心配して見ていたが、部下の一人に声をかけられ我に返ったようだった。
「おっとと、いけないいけない。とりあえず、ここから離れようか。いい景色が血と死体で台無しだよ」
ロズカは血に塗れたシルファの獰猛な獣のような姿を見て、言葉を返せずにいた。部下たちはある程度見慣れている様子だったが。しかし、さっきと変わらない様子の男がもう一人。
「せっかくの可愛らしいお顔が汚れてしまっているね。僕らの団欒の時間を邪魔されてしまったけど、どこか別の場所で食事でもどうだい?」
キザなセリフでハンカチを使い、シルファの顔を拭うハグリオ。
こいつのブレなさも相当なものだな、と呆れるロズカだった。




