42 旅は道連れ世は情け
これはギルファス家主催の選抜が始まる一月ほど前の話。
バルザック・ウォルス元支店長の企みによって引き起こされたいざこざが大きな騒動となったが、治ってみればコール街にはいつもの日常がもどってきていた。これまでと同じ、平穏な日常が。
いや、前より少し静かになった気がする。ルナットが学校にこなくなったからだ。そのことにロズカは少し物足りなさを感じていた。あの、お騒がせな青年のことを、見ているのは楽しかった。けれど、またいずれ戻ってくるだろう。
何はともあれ、本来の目的に戻ることができるとロズカは考えた。
「ホズという不思議な居候の捜索。」
ロズカにとって、自分に特別な魔法をくれた師匠のホズは、かけがえのない存在に思た。特別な事情のあるであろう彼のことを、ロズカは何も知らない。
知りたい。
何も手掛かりがなかった中で、やっと見つけた手掛かりを知っていそうな人物。モンドー先生は、バルザックの手によって亡きものとされてしまった。
モンドー先生の葬式は、騒動から数日して執り行われた。
学校の生徒が大勢参加した。親しかった者は涙を流し、特に接点の少なかった者は形式的に大人しくしているだけのようだった。
あの暴れ者だったグレイオスは……墓の前で何度も謝っていた。
詳しいことは知らないが、何か思うところがあるのだろう。
モンドーは独り身だったが、親族の人が式をとり行っていた。数名のモンドーを慕う生徒達とともに、ロズカは先生の家の遺品整理を申し出た。
親族はモンドーが慕われていることに喜び、申し出を快く受け入れた。純粋な気持ちで手伝おうとする生徒達の中で、自分だけが打算で動いていることに後ろめたさを感じた。
結果的に、彼の遺品からは何も情報を得ることはできなかった。ただ、写真立てに写っていた彼の兄とのツーショットが妙に印象に残った。
____となると、あとはメゾリック街へ行くしかない……。
ロズカにとって幸運だったのは、街の外から来た少女、シルファとの出会いだ。
ローディーの仕事の関係でシルファは家にきた。ローディーが準備でその場を外している間、ロズカがちょうどお茶を持ってきて、その時、初対面にも関わらず彼女の方からロズカに話しかけてきたのだ。
「ね、ね。あなた、新支店長の娘さん?」
「そう……だけど」
「アタシはシルファ! ねえ、確かロズカっていうんだよね? 何歳?」
「……」
「アタシはね、14歳! 見たところ同じくらいかしら?」
「いや、16歳だけど……」
「そうなんだ! よろしく!」
年下じゃない……。
元気の良く、距離感のおかしな少女だと思った。
しかし、こういったタイプの少女とは気が合うのかもしれない。あのおしゃべり好きのパニシエとも仲が良かったロズカは、シルファのことを嫌いには感じなかった。
シルファは、白銀の髪の色をした、褐色の肌色の少女だった。
身につけた獣の牙か爪のアクセサリーは、見慣れない形状をしている。
学校にいる生徒たちとはまるっきり別の世界の住人なのだと感じた。
ローディーが慌てた様子で戻ってきた。
「シルファ監査官、お待たせしました。それにしても、わざわざ仕事の話をするために、我が家にいらっしゃらなくても……」
「それは、だって、新しい支店長がどんな人かって、その人の住んでる家を見ておくのは大切でしょ? バルザックみたいにやらかしそうな人がまたトップになってもらったら困るし。単純に面白そうってだけじゃないんだから!」
「…………。
ロズカ……お茶、ありがとう。もう下がって大丈夫だ」
監査官……? どうやら、ドンソン商会本部から派遣されてきたのがこの年下の少女だということらしい。
ドンソン家の方針は徹底した実力至上主義だ。能力があれば少女だって監査官になるのだろう。しかし、それにしても、あのシルファという少女が父を監査する立場とは、なんともおかしな感じがする。
父、ローディーはバルザックの逮捕によって、副支店長から支店長へと就任した。出世といえば出世だ。他から支店長が来ることだってありえるのに、ローディーをトップにおいたのは本部から一定の評価を下されたからだ。しかし、ローディーは嬉しそうではなかった。
父は家で以前より遠慮がちになった。
ことあるごとに謝るようになった。なんとなくよそよそしい。
後ろめたい気持ちを感じながら、しかしそれでもどうしようもない、といった様子で。
ますます間に距離を感じるようになった。
ロズカがバルザックに誘拐されたことが自分のせいだと考えているのだろう。確かにローディーがバルザックと対立していたからこそその抑止力としてロズカは人質にされた。けれど、それはバルザックが悪い人物で、ローディーがそれと対峙していたからだ。そのことで引け目を感じられるのは心外だった。
ローディーはロズカに杖を渡した。
「本当は、大人になってから渡すつもりだった……。だが、今後また身を守る必要があるときが来た時、これがあれば力になってくれるはずだ」
とても綺麗な造形の、オーボエの形の杖。きめ細やかな模様の入った、美しいものだった。ロズカは一眼でそれを気に入った。
「これの名前は《第六神奏器》。ロズカの『結界魔法』の補助をしてくれる特別な【魔法器具】だ」
両親が用意していた、成人した際のお祝いのプレゼントだったのだろうか?
しかし、そうではないことを次の一言から知る。
「ホズが、お前に渡してくれ、といって置いていったんだ。書き置きもある」
あのホズが、自分にプレゼントを残してくれた。
それだけで胸が熱くなる。
" ロズカちゃんへ。
ヤッホー! プレゼント、喜んでくれたかーい? 《第六神奏器》は僕が大事にしてた相棒なんだ。けど、こいつは君に託そう! これを読んでるときには僕はもう君の前からいなくなってるだろう。けど、大丈夫。だっていずれ会えるさ。君が再会を望むならね。それまで、僕の相棒を君が預かっていて欲しいんだ。『結界魔法』を扱える君なら、うん。うまく使いこなせるさ! 使い方は______
お気楽な文章。大した感傷の言葉もなく。
後には新しくロズカの物になった杖の使い方が書いてある。
けれど、ホズが託してくれた【魔法器具】を、ロズカはより一層強く握りしめた。
" また会える " その言葉を信じて。
頼るのは、前にあった怪しい男「ドーマ」。歴史に出てくる【悪魔】と言うのは情報屋のことだということを男は言っていた。そしてその謎の情報組織は現存していて、彼はその一員なのだという。
だとすれば、ドーマであればロズカでは到底調べられないようなことを教えてくれるのかもしれない。
旅立ちを目標に、その日からロズカは《第六神奏器》の使い方を訓練し始めたのだった。
シルファとも何度か会う機会があり、すっかり打ち解けていた。
全てロズカにとって、順調に事が運んでいた。
ロズカには計画があった。メゾリック街に行くという計画が。
殴り書きのしてあるメモ紙は、無くさずに大切に持っている。
行くためには馬車に乗る必要がある。歩きでの移動はあまりに無謀だ。
しかし、未成年のロズカが一人で街の外まで長旅をするのは怪しまれるし、詮索された時に困る。大人がいない状態で馬車に乗せてもらうのはなかなか困難だ。
それに門番には上司であるローディーの娘として顔を知られている可能性がある。
だから、仲良くなったシルファにロズカは外に連れ出してくれるようにお願いした。
「どうしてそこに行きたいの?」
シルファは尋ねた。
「そこに行けば、アタシの探してる人に近づける……と思うから」
途中まででいいから馬車に乗せて欲しいと頼んだ。
「いいよ! メゾリック街! アタシもついてく! あそこはドンソン家管轄外だけど、ちょうどうちの職員が店を出せないかって交渉してるんだ! 寄り道する時間もあるし、よーし決めた!」
拍子抜けするほどに容易く承諾してくれた。幼い見た目でも立派な役職についてるシルファは、少しはロズカの無鉄砲な行動を訝しんだり、咎めたりすると思ったのに。
なので、ロズカは聞いてみることにした。
「反対はしないの?」
「なんで?」
「子供が親の許可なく遠くの街に行くなんて、しかも理由だってちゃんと話してないのに……」
シルファはあっけらかんとした表情でいる。
まるで違う。自分とはやはり同じ世界の人ではないと、その時シルファに異質感を感じた。
「決めたことなんでしょ? なら、いいんじゃない? 誰にも止める権利なんかないってアタシは考えちゃうな!
例えその結果で " 命がなくなったとしても後悔はない " って思えるなら」
おどしでもなんでもなく、シルファの目には純粋な輝きだけが映っていた。輝きの中に、ロズカは大自然をなぜか感じ取った。
彼女の内面は普通の人よりも獣に近いのかもしれない。
その日が来て、ロズカはシルファと約束していた場所に行った。
シルファがコール街でしなくてはならない目的が完了しなくてはならなかったので、約束をした日から数日が経っていたが、その分だけロズカは杖の使い方を訓練する暇があった。
街の外は、魔物や野党がいる。
自分の身は自分で守らなくてはならない。
ロズカには身を守るための《結界魔法》があるが、そのほかの魔法については「学生にしてはよくできる」止まりである。攻撃手段として《第六神奏器》の扱いが必須だ。
まだまだ完全ではないが、一応使いこなせるようになってきていた。
旅の持ち物も準備した。お金は、パニシエの家で時々手伝いをしてためたお金がある。
家に置き手紙を置いて、出発した。
馬車での移動はシルファだけでなく、その部下の大人が数人乗っていた。
シルファのおかげで、彼らに遠出について聞かれることはなかった。
「ほら! 顔を出して外を見て!」
窓から身を乗り出すと、コール街はもう遠く小さく映っているだけだった。
「こんなに街から離れたのは初めて……」
「新たなる旅路の始まりだよ!」
どこまでもまっすぐな彼女に、ロズカのちょっとした不安が和らいでいくのが感じられた。




