38 通過条件
ルナットが言っていたことは本当だった。
どの部屋にもついている怪しげなレバーは引いた途端、目のマークが黄色くなり、次の移動時間を経て扉の一つが出口と繋がった。
つまり、答えがわかったらこのレバーを引いてすぐに脱出できるという親切設計だったというわけだ。
前面から伸びてくる眩しく白い外の光。
ロズカは、出口に向かって歩いていく。
宝箱はヒントを与えるシステムで、中に宝自体は入っていない。そのことを察し始め、はじめに立てた仮説は「隠し扉や隠し宝箱」などの隠し要素による隠蔽が施されているという説。
しかし、ルナットと話をした部屋の宝箱のヒントにより、どうやらそうではなさそうだということになった。
そこでロズカは別の仮説を立てた。
宝は宝箱にない。部屋のあちこちを探しても見当たらない。しかし、探していない場所はただ一つある。
それは、 " 参加者の懐 " である。
参加者に紛れて20人のスタッフがそれぞれ、宝を隠し持っていて、彼らから奪うことで合格ができるということだ。参加者同士の攻撃や奪い合いを禁止事項に入れなかったのは、それが理由だと考えると納得がいく。
公平をきすために、はじめに振り分けた10部屋にそれぞれ2人ずつ振り分けて配置していると考えるのが妥当だろう。
しかし、その場合で考えると、10部屋に52人を5人と6人に振り分けたわけなので、元々の52人の中に二次試験のスタッフが紛れていたことになる。仕掛けが大それているが、まだ完全に否定はできない。
だが、仕掛けが分かったところで結局宝を持っている人間を見つけることができないのであれば、片っ端から参加者を襲っていく必要があり、「思考力」をコンセプトにおいた試験とは趣旨がズレてくる。
あるいは、スタートの時点で宝を持ったスタッフは別の部屋からスタートし、何食わぬ顔をして参加者に紛れているという可能性もあり得る。
だが、その可能性は低いとロズカは考えていた。実はロズカは1次試験を突破した人間の顔と簡単な情報に一度目を通している。
ペトリカーナには『強力な情報源』がついている。ペトリカーナの命令で、ライバルである参加者の情報は軽くでも見ておくようにとペトリカーナ派は全員命令されているのだ。
なので、参加者全員の顔を完全に覚えているわけではないが、20人も新しい人間が増えたら流石に気づくはずだ。
出口から外に出る。
外では数人のスタッフと、試験官のニース・アンナイが待ち構えていた。
「金剛水晶をお持ちですか?」と問うアンナイ。
ロズカは首を横に振った。
「では、二次試験を辞退されに出てきたのですか?」
「禁止事項に「ダンジョンからでてはいけない」というルールはなかったはず」
「ええ、その通りです。では何をされに出てこられたのですか?」
「だって中にいても、 " 時間の無駄 " だから」
宝箱の中のヒントの一つ、《箱の中に宝はない》というのは、当たり前のことのようでいて、実はとても大きなヒントであった。これを狭く解釈すると「この宝箱の中に宝がない」という当たり前のことのように見える。しかし、広く解釈すれば「宝は宝箱以外の別の場所にある」とも読み取れる。しかし、そんなことはロズカの予想を裏付けるだけでそれほど大きな意味はない。もっと広くとらえるとどうなるか。
今まで見てきたヒントは、
《宝箱の中身は変化しない》
《宝箱は部屋に必ず一つ》
《隠し宝箱、隠し通路、隠し扉、隠し部屋はこのダンジョン内に存在しない》
全て、「宝箱」という書き方をしている。
《「箱」の中に宝はない》の「箱」は果たして、宝箱を指しているのだろうか?
そうでないとすると、一体何を指しているのか。
部屋は全て直方体の内装をしていて、移動をしている。
この部屋そのものが「 箱のような作り 」であることを踏まえれば、その指すところは明白となる。
思い返してみると、ルール説明の時から小さな違和感はあった。
この試験の合格条件は、
①この金剛水晶を入手すること、
②ダンジョンの外に出て我々に見せること、
この2つを満たせばクリア
と言っていた。
表現が少し回りくどい条件の出し方だ。普通は「金剛水晶を手に入れたまま、ダンジョンの外に出ればクリア」という言い方をするのではないか?
しかし、そこに理由があると考えると説明がつく。クリア条件を2つに分けて説明したのは、条件を満たす順番が必ずしも列挙した順とは限らない。
______つまり、本当は
①ダンジョンの外に出る
②金剛水晶を手に入れる
というのが正しい手順だったのだ。
この試験の仕掛けは実にシンプルで、意地が悪い。
「 " このダンジョンの中には宝は存在しない " そうでしょ?」
「…………」
試験官アンナイは無言で笑顔を作る。まだ、先を聞きたいという顔だ。
存在しない宝を見つけることなど不可能だ。では、考え方を変えてみる。
「宝が存在するのはどこなのか」?
「初めから参加者全員が平等に知っている」
「気がつきさえすれば簡単にありかがわかる」
そんな宝箱のありかを、ロズカは思い至っている。
「あなたが試験の説明をしている時に見せたあの金剛水晶、あれ一つが唯一の宝なんじゃない? つまり、クリア条件は「あなたから宝を奪うこと」」
試験官は説明をしている時に、隠しもせず、皆が見えるように見せびらかしていたではないか。
ダンジョンに潜ることがまるで必要なように誘導していたが、答えは初めから目の前にあったのだ。
「おめでとうございます。よく気がつきましたね」
アンナイは手を叩く。
ポケットから、金色に輝く水晶を、細かく装飾のされた水晶を取り出して、そして、ロズカに手渡す。
「はい、これであなたも二次試験合格です。この試験では、ダンジョンに宝がないことを気が付くための情報処理能力と、そこから発想を逆転させて宝の場所を見定める柔軟さを測っていました」
それから試験官は顔を崩して苦笑気味に言った。
「そもそも、加工の難しい金剛水晶をこのレベルで加工したものを全く同じ造形で20個も用意するなど、物作りの名家を自負している我がニース家であっても不可能ですので。そこに気が付くことができる物作りを齧っている人間は有利だったかもしれませんね」
「お見事です」
試験官と戦うことも想定していたのだが、どうやらその必要もなさそうで安堵した。
体力も魔力も使っているので、若干の不安があったからだ。
ふう、と息を吐き、気を抜いたその時だった。
「 ええ!! そうだったの!? 」
背後から聞き慣れた声たした。
振り返るとルナットが驚きと困惑まじりの様子で立っていた。
しかし、驚きと困惑はルナット一人のものではなかった。すぐにそれを上回る驚嘆を含んだ声が二次試験の試験官アンナイの口から飛び出した。
「そんなバカな……!! あ、あなたは……一体それをどうやって……!!」
その手にはニース家ですら複製や量産が不可能だとアンナイが口にしていた、 " 完璧に複製された金剛水晶の「宝」 " が握られていた。
◆◆◆
いや本当、『スキャニング』って役立つなぁ。
宝は探しても見つからない。
だから、俺は宝を探すことを諦めた。
この試験のクリア条件は「宝を持って外に出ること」で、「宝を見つけること」はクリア条件じゃない。
宝が見つからない? だったら作ればいいのさ!
試験が始まる前、俺は念の為に試験官の人、確か名前はアンナイさんに頼んで、宝を手にとって確かめさせてもらった。
頭を使う試験らしいし、そのときは「偽物とかが紛れてたらいやだな〜」なんて気持ちで形と成分を『スキャニング』しておいたのだ。
結果的に、偽物と本物を見分けるどころか、それっぽい物は影も形も見当たらなかったわけだけど。
そこで、俺はやっと気がついた。
「宝がない? だったら作ればいいじゃない!」と。
材料集めは少し大変だけど、これだけ色々な環境の部屋があるから、探せば見つかる。
主成分は水晶と同じで二酸化ケイ素。二酸化ケイ素自体はそこら辺の石にもたくさん含まれている物質で珍しくも何ともない。砂のある部屋とかから抽出『物質』→《分離》→「構成材質の分離」で簡単にゲット。
しかし、これだけでは金色に輝く金剛水晶には決定的に足りない。
ルビーやサファイアはどちらも主成分が酸化アルミニウムでほぼ同じ物質だが、たった1%の不純物の混ざり方でどちらになるか決まるそうだ。
クロムという金属が混じるとルビー、鉄・チタンが混じるとサファイア。
同じように金剛水晶も微量の金属成分が加わることで美しい黄金色になるようだった。
『スキャニング』した成分表記は『書庫』でいつでも見ることができる。マグネシウム成分を少量練り込む必要があるようだ。
それも、岩石を一つ一つ丹念に『スキャニング』していって見つけて取り出すことができた。
あとは加工。
難しそうに思えるが、俺のスキルにとってはとても簡単なことだった。
『スキャニング』した情報は『書庫』に保存されてるのだ。
『書庫』→《物質》→ [0008]
名前リネームするの忘れてた。『スキャニング』された情報は数字で表されるから、名前を変えておかないとあとでなんだか分からなくなってしまう。でもそれ以降物質のスキャンはしてないからこれであってるはず……
できた!
綺麗な金剛水晶のかたまり!
あとはあのなんか無駄に細かい装飾を再現っと……
『書庫』→《形状》→ [0019]
完成! うん、我ながらそっくり!
こうして宝を完成させた俺は、意気揚々と外へとでたのだが……
「そんなバカな……!! あ、あなたは……一体それをどうやって……!!」
アンナイさんは俺の作った宝に大驚き。
こっちもびっくりだよ!
まさか宝は外にあるアンナイさんの持ってるそれ一つだったなんて! 合格条件は、その一つをゲットしに外に出てくることだったなんて!!
「あ、あの……作ったらダメだったりしますか?」
「ダメというか……そんな製造技術を、しかも試験が始まって2時間もたっていないのに……。少し見せてもらってもいいですか?」
「どうぞ……」
俺は手作りの宝を渡す。
アンナイさんは眉間に皺を寄せながらありとあらゆる角度から一生懸命に宝を見つめる。
「か……完璧だ…………しかし、こうした自体は想定していなかったというか……これはどうしたらよいものなのか……」
しどろもどろになる試験官。俺も困っちゃう。
え、まさか、正規の方法じゃないから不合格とかないよね……?
そこへ発言をしたのはロズカだった。
「ルナットは想定していたよりすごいことをした。だったら合格でいい」
なぜか試験側でないロズカが強気で言い切る。
フォローしてくれるのは嬉しいんだけど、なんでロズカが決めてるんだろ……?
「いや、しかし、一旦上の者に確認して……
「合格で、いい。アタシのあとに続いて、はい、「合格です」」
「……ご、合格です」
アンナイさんは、ロズカの押しに負けるような形でよく分からないまま合格宣言をした。




