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36 厄災マグノリア

だいぶ遅くなってしまいましたが、先週分です…汗

[ガウスマン視点]


(……あの少年をどうにかすることはできなかったか) 


 ガウスマンは観戦室で映像盤越しにハグリオやマーボロンとの戦いを見ながら心の中でひとりごちた。やはり、異物であるあの少年が2次審査で振るい落とせると計画の障害が狂う可能性を消すことができてよかったのだが、そううまくはことは運ばない。


 敵にも味方にもなり得る存在だからこそ読みきれない。ギルファスの家に取り入ることが目的なら、あれだけの力を持っていてわざわざ弱小のシェリアンヌ派に入るはずもない。ただの情に流されやすい愚者。しかし、その力は愚かな少年が持っていていい範疇を超えている。


 昨日の夜に見せつけられた、およそ『フレイムショット』と呼ぶにふさわしくない高威力の魔法。それなりの実力者数人がかりでも組み伏せることができない戦闘能力。


 過去の封印していた記憶がガウスマンの頭をよぎる。


(いや……。ルナット少年といえど、流石にあの男ほどの力はないだろう……。そのはずだ)

 

 ガウスマンの目には、ルナット・バルニコルがペトリカーナ以上に煩わしい存在に映っていた。


 

 ____だが______。



  " ペトリカーナの強引なパフォーマンスのおかげで、シェリアンヌ派との協定はなかったことにする他ない。 "



 オーマンには泣きつかれるだろう。権力の後ろ盾が他にあるはずもない。しかし、たかだか口約束を交わしただけなのだから、都合が悪くなった現状、知らぬ存ぜぬを通すだけの話である。


(あの長女も余計なことをしてくれた)


 問題は、ルナットをコントロールする方法が、今のところないということだ。


 協定を組んでいれば、協力者として利益をちらつかせつつ誘導することもできただろう。何も考えていないであろうあの少年をこちらの思惑通り動かすことはしやすかったはずだ。



 思い通りにいかないといえば、ニース家もそうである。


 頭脳を試すというコンセプトのこの試験。 " タネ " がわかっていれば、通過は容易である。観戦室で映像を見ていた人間には、その答えがすでに明白だ。この " タネ " を昨日の時点で入手することができれば、自分の駒である参加者たち全員に入れ知恵しておくだけで今日の結果は思い通りの結果を得ることができた。


 ニース家の中で、取り入りやすい人間をあらかじめリストアップし、三人に接触を試みた。彼らには利益と裏切った際に被る損害を提示し、飴と鞭で情報を吸い出そうとした。


 ところが、情報を吸い出す前に、突然彼らは失踪した。


 一人ならまだしも、バラバラに接触した三人全員が同時にだ。

 神のような超越した存在が自分の行いを見ていて、彼らを神隠しにしたのではないかと考えたくなる。


 結局のところ、二次試験は情報を集めることは封じられ、手詰まりとなった。



 大勢に支障はない。

 ガウスマンがはじめに思い描いた絵図から大きく逸脱はしていない。


 ……していないはずだ。


 有能で几帳面な野心家の男は、奥歯が噛み合わない気持ち悪さを感じながら、沈黙を貫いていた。



 



 すでに二次審査開始から1時間半がすぎ、もうじき2時間になろうとしていたが、合格者は初めの方ででた4、5人から増えてはいなかった。


 かといって当初思っていたようなダンジョンのトラップなどがあるわけでもなく、脱落者もほとんど出ていない。


 このまま合格も脱落もしなければ、通過者が決まらないまま延々と時間だけが過ぎていく。あまりにも非合理的な作り。


 通過者は20人ちょうどと決まっていて、試験終了は合格者が20人出たとき……そして、もう一つの場合あった。


 脱落者が出て、合格者と二次試験の挑戦者の合計が20人になったとき。つまり参加者52人のうち、脱落者が32人出たときだ。



 突然、映像盤の写していたある一つの部屋の映像に、観戦室がざわつき始める。


 その映像には……「戦士マグノリア・ゴッドフォース」が映っていた。

 周りには4人の参加者。そして、彼らはたった今、マグノリアのハンマーによって頭から血を流し、その場に倒れていた。


 たった一瞬。マグノリアが交渉を行なって、彼らはそれを拒絶した。

 マグノリアの提案とは、降参するか、力尽くで試験を下ろされるかの二択の強要。


 瞬きをする間もなく、彼らは蹂躙された。

 マグノリアは参加者たちの耳から、参加資格となる【魔法器具】を取り外し、床に捨てた。

 

(どうやらマグノリアのやつ……ようやく気がついたようだな。この試験のもう一つのクリア方法に)


 積極的に脱落させるようなトラップもない、殺人自体が禁止事項に含まれていない、不合格にさえならなければ通過が可能。これらが示唆することは……「頭脳で答えに辿り着けないのであれば、参加者たちで脱落者を作れ」という意味だ。

 しかも、わざわざ「合格の直接条件のみ共有禁止」とするあたり、協力することも是としている。


 実にニース家らしい忖度なシステムだ。


 考えてみれば、この選抜というものは本来【魔戦競技(マジナピック)】のギルファス家側の推薦出場者を決めるためのもの。圧倒的戦闘力さえあれば、合格できるような勝ち筋を作っておくのは、ギルファス家の求めるところに即している。


 そして、これらの条件で群を抜いた実力を発揮するのが、マグノリアという男に他ならない。


 ガウスマンはマグノリアのことを知っていた。

 マグノリアは、かつてガウスマンが準優勝した年の【魔戦競技(マジナピック)】に参加していた。


 当時、ガウスマンは悟った。この男には真っ向勝負では勝てないのだと。

 剣術を鍛え抜き、世界の【魔戦競技(マジナピック)】でも十分勝ち抜ける実力をつけていると自負していたガウスマンにとって、そのことを認めるのは屈辱的なことではあった。しかし、冷静な判断能力が彼の武器であった。


 だから……………………。



 あの年の【魔戦競技(マジナピック)】のことは、男にとって、決して世間で言われているような輝かしいだけの記録ではなかった……。




◆◆◆



[ロズカ視点]


 嫌な予感はロズカにもあった。急激に増え始めた脱落者の名を告げる放送。

 ロズカがその原因を知ることになるのは割とすぐのことであった。


 事が起こる少し前、ロズカは新しい部屋で次の宝箱を探しながら、頭の中でここまで得られたヒントを整理していた。


 さっきルナットと別れてから、新しく見つけた宝箱を開き、重要そうなヒントを見つけた。


《部屋は無人となると、環境が変化する》

 というものだ。


(環境が変化する……? 例えば最初の砂漠の部屋は、今は全く別の、例えば森の部屋、みたいに変わってるってこと……?)


 部屋の四隅に必ずあるクリスタル。これらが部屋の環境を変えている装置だろう。

 つまり、同じ部屋でも次にきた時には全く別の部屋のような外見になっているということになる。



 今はさらに別の部屋に移動していて、霧と沼の部屋にいた。湿度が高く、周りが見渡しづらい。


 記憶を整理する。役に立ちそうなヒントは他にこれくらいだろうか。


《部屋番号は意味をなさない》

《それぞれの部屋の接続は同様に確からしい。ただしレバーを引いた部屋を除く》

《宝箱の中身は変化しない》

《宝箱は部屋に必ず一つ》

《隠し宝箱、隠し通路、隠し扉、隠し部屋はこのダンジョン内に存在しない》


 さて、宝があるとしたらどんなところだろうか?

 各部屋のそもそも宝が「宝箱以外」のどこかに宝が存在していて、巧妙なカモフラージュで隠されているというのはどうだろう。


 隠すとしたらどこに?

 気が付きにくい、探されにくいような、そんなところ……。


 やはり、宝箱のヒントをもっと集めるしかないのかもしれない。


 足元は特に煙がひどい。


 それなりの大きさの岩が転がっていて、それらをかき分けながら、足元に宝箱を探していたところで、ようやく目当てのものを見つける。


 上蓋を開く。宝箱の中に何かヒントがあることを期待して。

 もちろん、中には何もなく、底に文字が書かれているだけ。しかし、その文字にロズカは期待をしていた。


 だというのに……。



《箱の中に宝はない》


「は?」


 ロズカはイラついて思わず宝箱を踏みつけた。

 「見れば分かるし」と。


 実は、この文章に出会ったのはこれで3度目だった。なんのヒントにもならない当たり前すぎる文章。これなら、初めから何も書いていない方がマシだと思った。


 

「何が書いてあったんだ?」


 声をかけてきたのは、さっきから同じ部屋で捜索をしていたクロード。昨日軽く言い合いになったあとだったので気まずいし、よく一緒にいたコリスの死に対して表面上にせよ無頓着な態度をとっていたことが消化できずにいた。実際にはコリスは死んでいないと知っているのは、ロズカとメイレーンだけなのだから。


「自分で確かめたら?」

「そうすることにする」


 クロードは、宝箱の中身を覗いた。中に書いてある文章を見て渋い顔をした。


 定期的に開く扉がまた開く。

 別の部屋から、誰かがやってきた。霧のせいで見づらかったが、近づいてきたのは時々見かけるギルファス家の執事だ。


「おお、クロード様。ここにいらっしゃいましたか」

「セルドリッツェ。何か俺に用か?」

「……ここでは、少々……」


 ロズカに聞かれることを気にしていると見える。

 その様子を眺めながら、いい加減感じ始めていた違和感に向き合おうとしていた。


 人が多すぎる。


 初めの部屋では参加者が10の入り口に振り分けられて、ロズカのいた部屋には6人がいた。

 これは不自然なことではない。


 部屋の扉が開き、移動が可能になると、参加者は各々思うがままに部屋を移動していった。仮に、彼らが部屋ごとの特徴を無視してランダムに部屋を移動したとして、部屋の中の人口密度はおよそ一定になるはずである。


 しかし、ロズカの記憶を辿ると、瞳形のマークが赤色になり部屋の行き来ができなくなった時にロズカと一緒にいた人数は思い出すと6人、3人、2人、0人……確か4人、1人、0人……2人、1人。平均した時に、少なく見積もっても1人以上とは同じ部屋にいることになる。


 参加者は52人。そこから数名の合格者と脱落者を出しているので実質約40人。


 仮に部屋の数が80部屋としておくとすると、1部屋に1人いる可能性は50%となる。

 1部屋に平均1人いるような状態になるのは、部屋の数と人の数が同数の場合、つまり40人いるとしたら部屋の数が40である場合となる。実際はもっと部屋数は少ないのではないだろうか?


 無意味に大きな数字の記してある部屋番号、無人になると姿を変える部屋のギミック。



 これらの存在意義は、『 部屋の数が、想像以上に少ない 』という事実を隠すためのものなのではないだろうか?


 考えているうちに扉が閉まる音がした。すでに宝箱を見つけたこの部屋からはさっさと移動をしておけばと後悔したが、どうしようもない。また5分待たなくてはならない。



 ____そして、事が起きた。





「今、この部屋にいるのは、そこにいる3人で全員か?」



 霧の中から、斧を持った大男が姿を現す。

 男の名は確か、マグノリア。一眼で強者だとわかる。


 そして、男がロズカたちに話しかけてきた理由と、先ほど放送された急激な脱落の告知と、無関係ではなさそうだった。

 


「俺はあまり頭が良くない。謎解きが苦手だ。だから、正攻法でのクリアは諦めた。

 そこで、提案がある。気がついたのだが、脱落者が増えていけば残っている人間は合格となるのだろう?


 お前たち、二次審査、降りてくれないか?」



 クロードは剣を抜いた。斧を持った男から明確な敵意を感じたからだ。


「断れば力尽くで、か?」


「力比べなら自信があるんでな」


 洗練された闘気というものを、ロズカは初めて感じた。これが、戦いのために積み上げてきた者の出す空気なのだろう。


 気を抜けば気圧されそうになる。

 クロードは確かめるようにロズカとセルドリッツェの顔を見た。


 返事は決まっている。こんなところで何もせず終わるなど、できるはずがない。


 総意を汲み取ったクロードが代表して返事をする。


「答えは、ノーだ」


「……そうか」


 そして、男は大きな体をバネのように縮め、躍動した。


「クロード様!!」


 執事はクロードが吹き飛ぶほど強く押した。

 老体のどこにそれほどの力があるのかというほど思い切り。全ては、強烈な一撃から彼を守ろうとする気持ちからの行動であった。


 庇った結果、セルドリッツェが代わりにマグノリアが横に振り払った巨大なハンマーをもろに喰らってしまう。

 トップギアで背後の壁まで弾き飛ばされ、背を打ちつける。


「セルドリッツェ!!」


 早い……。

 あの巨体から繰り出される動きがここまで俊敏だとは、思わなかったせいで反応が遅れた。


 派閥がどうとか、気持ちがどうとか、今は言っていられる状況ではない。


 三人で協力してこの大男からの猛攻をどうにかしなくてはならなかったのだ。


 執事は立ちあがろうとするが、うまく力が入らずにいる。


「前途ある若者を傷つけるのも、ご老人を痛ぶるのも、本当に気が引ける。だが、俺は何としても二次審査を通過しなくてはならないのでな」


「お前!!」


 若き剣士クロードは、刃に炎を纏わせ、即座に大男に斬りかかる。

 さすがは、一次試験であれだけのパフォーマンスをやってのけただけあり、圧倒的な力を持つマグノリア相手に劣勢に見えつつも致命傷を喰らわずに斬り合っている。


 クロードとマグノリアが戦闘している間、ロズカは冷静に状況を見ようと努めていた。


 ハンマー?


 ロズカは、もう一度、マグノリアの手にある武器を確認する。


 初めは斧だった。クロードと斬り合っている今も斧の形状をしている。しかし、先ほど執事を吹き飛ばしたときは確かにハンマーであった。


 だが、武器が姿を変えるというのは、ロズカにとって決して初めて見る光景ではない。


「ルナットの武器と同じ……」


 持ち手の部分の金色の金属は斧の時も、ハンマーの時も、形が変わっていなかったように思う。変形したのは銀色の刃に当たる部分だけ。となると、ルナットのように武器そのものの形を変形しているわけではないのだろう。


 相手を打ち倒すことだけに神経を研ぎ澄ませた、戦士対戦士のひりつくような攻防。


 その戦闘を彼らが止めたのは、この場に場違いな " 美しいメロディー " が流れてきたからだった。


 音はロズカの手に握られていたオーボエのような形状の【魔法器具】から流れていた。魔力(マナ)が神々しさを感じさせる装飾の楽器の中を流れ、自然と風が内部を通り抜けてメロディーとなる。




 選抜が開始され、この時初めてロズカは《第六神奏器(フレマー)》を抜いた。






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