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8 登校前に寄るべきところ

本格的に学園編始動です!


挿絵(By みてみん)







 薄っぺらで、品性に欠ける。


 この男の口にする何もかもに興味がない。

 男の存在に興味がない。


 だというのに、無視して通り過ぎようとしてもしつこく話しかけてくる。


 いい加減にしてほしい。


 ロズカ・スピルツはすぐ横のよく喋る男に冷たい視線を送る。向けられた視線を勘違いしたのか、男は下卑た笑みを浮かべ、両の手を広げ、さも自分の話していることが価値があるかのように言葉を続ける。


 さっきから横で捲し立てている言葉が、たかってくる小虫のように耳障りだ。


「なぁ、アンタ! 人を探してんだろ? おいって。こっち向けよ、なあ!」


 一体どこで聞いたのか。ロズカが人を探していることは友達にも家族にも話していない。


 男に対しての印象が、薄っぺらで、品性が乏しいに付け加えて、気味が悪いが追加された。


 廊下を早足で歩いて行くと、近くの生徒たちが注目してくる。派手な見た目で大きな声の " 虫 " にたかられている女子生徒。それはそれは注目の的になることだろう。


 男もそのことに気がついたのか、周囲の生徒に向かって吠えた。


「あん!? テメェら何ジロジロ見てんだ!?」


 ツバを飛ばして一層大声で威嚇する男。

 周りは視線をそらして離れようと動き出す。


 このままでは埒が開かない。

 ロズカはため息をついて、立ち止まった。


「君がさ、アタシの探し人のことを何か教えてくれるっていうの?」

「俺はよく知らねえけど、詳しく知ってるって人のことなら紹介できるんだぜ? 一度会ってみたいだろう……って、ちょっと待てって!」 


 話にならない。

 何を知ってるものか。


「口からでまかせでしょ? 話しかけないで。うるさいから」


 そろそろ男のちっぽけなプライドが傷つけられて、ロズカに手を出すかもしれないと思った。



 触れらせるものか。魔法戦で叶うはずがない。



 しかし、男は苛立ちを見せるよりも、必死にロズカに取り入る姿勢を崩さなかった。


 わかっているのだ。力尽くではどう足掻いてもロズカに勝てないことを。短慮な衝動に身を任せることは、わずかなチャンスを逃すだけでなく、返り討ちにあうという形で自尊心を傷つけられる結果に繋がっていることに。


 代わりに男は、切り札と言わんばかりにある言葉を発した。



「【悪魔(ゾーヤル)】って何か知ってるか?」



 男の言葉を聞いて、ロズカは再び立ち止まった。今度は、男を直視して。不愉快でまともに聞いていなかった言葉に、異色の煌めきを感じ取ったからだ。


 子供向けの話に出てくる怪物の名前。

 誰もが知ってる有名なバケモノ。


 なぜ、そんな単語が、今、この場で、男の口から発されたのか、少しばかりの好奇心をくすぐられた。


 馬鹿馬鹿しい。アタシが本当に知りたい「世界から隠されてしまった秘密」の先端を、こんな安っぽい男が知っているはずがない。

 だというのに、ロズカは男の話に耳を傾け始めてしまう。


「何? 御伽話でも始める気?」


 明らかに裏のありそうな、詐欺師のような笑み。

 男の名前はルナット・バルニコル。



 ____このときのルナットは、物語の主人公としてあまりにもふさわしくない、小悪党であった。



◆◆◆



 朝早く起きた俺は、一家団欒の朝食を早々に済ませた後、急いで支度をしていた。



 昨日は寝る前にカーソルと8つの項目を使った魔法の検証も試してみた。視界に常にこれらが映ってるのはまだ慣れないけど、試せば試すほど面白いことができて夢中になってしまった。


 山下りしてきたというのに、なかなか元気でタフな身体だ。こりゃヤンキーにもなれますわ。



 朝食中、今日もピンクに包まれているミアは「やっぱり、アンタがちゃんと家族一緒に食事するとか、違和感しかないんだけど」と相変わらずの舌足らずな憎まれ口を叩いた。


 「あらあら、ミーちゃんはお兄ちゃんがいなくて寂しかったんでちゅかねぇ」とあやしたら、動揺しながら引き攣った顔で椅子を離された。

 母には、「ミアはもう9才よ」と注意された。小さい子供とはあまり接する機会がなかったから、接し方が違ったらしい。


 支度を終えると、母からは学校と、そしてその前に寄らなくてはいけない"ある場所"の記してある地図を受け取った。


 結局俺が押し切って学校に行かせてもらえることになった。教会は休みの日に行かされそうだけど。


 「行ってきます!」と元気よく飛び出した。母はやはり心配性なようで、心配そうな顔で見送っていた。



 そう、俺には学校の前にどうしても寄らなくては行けないところがある。それは…………パン屋だ!


 もらった地図のおかげで、迷わずにパン屋に到着することができた。


 パン屋に入ると、俺と同じくらいの年であろう三つ編みを肩から下ろしている少女が店員をしていた。


「いらっしゃいま__


 俺の顔を見た途端、三つ編み少女の顔は「げっ」という顔になった。このことから、パン屋の少女も俺のことを知っていて、かつ、あまりいい印象は持っていないということを察した。あるいは、たまたま俺が現れた瞬間に、表情筋のストレッチを行なっていたという可能性も……ないか。


 しかし、さすがは接客業。すぐに営業スマイルに戻った少女は俺に話しかけてきた。


「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」

「いやどうも。君、俺のこと知ってるの?」

「は、はぁ……もちろん存じ上げておりますが……」

「やっぱり! 俺さ、ルナットっていうんだって」

「そうですね……知ってますよ。あの、何か買いに来たのでは……」

「あ、そうだ! 大事なものを買いに来たんだった。フランスパンある?」


 少女は貼り付けた笑顔のまま、言い淀んでいた。いっけね、フランスって地名だから、こっちじゃ通じないんだ。

 多分以前の俺と、今の俺との違いに困惑していたところに、謎の単語が現れていよいよどう対応すればいいのか分からなくなったのだ。妹も俺に対して似た反応をしていたので、そういうことだろう。


 いかんな、やっぱりもっとヤンキーっぽくしないと。素の俺で行っては相手をビックリさせてしまう。


「だからよぉ。こーゆー形した、かったくて、ながーいパン、あるかい?」


 ちょっと低い声でドスを効かせてみた。そして、フランスパンの形をジェスチャーで伝えた。


「な、ながいパンでしたらそちらに……」


 恐る恐る指した少女の指の先には……


 おお! まさにこれぞ求めていた理想のパン!! 運命の出会いを果たした俺はニヤリとほくそ笑んだ。


「あらいらっしゃい」


 パンを購入していると、店のおばちゃんが現れた。髪の色とか雰囲気とか、多分この女の子のお母さんだろう。


 前世では親戚のおばちゃんが俺のことをすごく可愛がってくれたので、おばちゃんという存在にいい印象が強い。


「こんにちは!」

「元気がいいね! パニシエの学校の友達かい?」


 この子はパニシエっていうらしい。


「そうです! いつも俺がお世話になってます!」

「面白い子だね焼きたてのパン、1個サービスしとくよ」

「わーいありがとう。おばちゃん、べっぴんさん!」

「調子のいいこと言って〜」


 パニシエがボソッと「いや友達じゃないでしょ……」と呟いた。

 それを聞き逃さないおばちゃん。


「もしかして…………そういうことかい!? いやだあ、先に言ってちょうだいよ〜〜」

「ちょっとお母さん!? 何か勘違いしてる!?」


 よくわからないが、何かを勘違いしているらしい。元気のいいお母さんだ。


「トモダチじゃなくて、カ・レ・シってこと〜〜? もう〜〜そうならそうって言ってよね〜」

「断じて違うわ! ほら、あなたからも否定してよぉ!」


 記憶のない俺には、何が何だかわからないので、言われるまま否定してみる。


「おばちゃん。俺はどうやらカレシではなく、トモダチらしいです」

「あら! パニシエ!! あなた、彼とは遊びだって言いたいの!? 浮気なの!?」

「ちがーーう!!!!」


 パニシエはお母さんの背中を押してカウンターの奥の厨房のありそうな部屋に追いやった。


「終わったわ……。あーもう! しばらくは噂されるじゃない! おばさんネットワークであることないことあっという間に広まっていくわ……」


 絶望しきった表情をのパニシエに「ドンマイ」とひっそりと声をかけて、そそくさとパン屋を立ち去った。


 

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