27 素晴らしい演劇
[マーボロン・ギョス視点]
自分の名前はマーボロン・ギョス。ギョス家の五男としてこの世に生を受け、現在齢10歳にして、魔法の道を極めんとしている最中である。
ギョス家というのは自分でいうのもなんだが、いや、こういう時に遠慮するのは正しくないのだろう、かなり大きな家柄だ。何せ、ニース家、トレビアン家と並び、一部では準御三家などと持ち上げられるほどなのだから。
ギョス家は宝石を媒介とした魔法を扱う家系で、宝石の知識や加工技術でここまでの名家と成り上がった。宝石の種類によって魔法に効果を付与できることを最初に発見した家なのだ。
高級な【魔法器具】には宝石を埋め込むのが今でこそ主流となっているが、その生成技術については【魔法器具】の名家ニース家ですら知らない。宝石が魔法の威力を上げる触媒としての働きをするようになるためには特別な魔法加工技術を用いて宝石に効果を付与する必要があるのだ。
5大属性と呼ばれる魔法の属性を強化する目的で使われることが多い宝石。赤は『炎』、青は『水』、緑は『風』、黄は『雷』、紫は『土』、そしてそれ以外の色は5大属性とは無関係の効果がある。
……というのが、一般的な認識だ。しかし、これらは全くのデタラメ。宝石にはそれぞれ種類別の特性はあるが、属性に偏っているのは加工段階でギョス家がそういった効果を後付けで付与しているからに他ならない。つまり、宝石の色と効果のある属性との間には本来関係性はない。
属性による色分けをすることで一般市場でわかりやすくする目的もあったが、何より効果を制限することでより多くの宝石が売られるようにしようという先代の小賢しい嘘を、今更公表できないでいるというのが真実だ。ギョス家が守らなければならない秘密である。
次は自分自身について語ろう。
早熟で要領の良かった自分は、習い事などをそつなく器用にこなしてはいたが、やはり生まれてきた順番が悪かった。五男では跡取りにはなることはできない。
そんな自分にも、幸運なことに尊敬すべき主人がいる。
自分のことをよく知らない人間であればテオファルド・ヴォン・ギルファスのことを言っていると思うだろう。
あんな、何も考えていない、ボンボンの次男のことではない。
自分が真に敬愛し、お役に立ちたいと思っている人物、それはガウスマン・ロジロヘイム様である。五男であり、名家ギョス家の出身とはいえ、なかなか見てもらえる機会に恵まれなかった自分を発掘し、力を必要としてくれたのはガウスマン様その人である。そして、この素晴らしい食事会を開いていらっしゃるお方でもある。
では、なぜガウスマン様でなく、テオファルドの派閥に入り、彼を支えようとをしているのか?
無論、これがガウスマン様の作戦の一環だからである。
自分はガウスマン様の命令で、テオファルド陣営を裏から誘導してガウスマン様が思い描いている方向にできるだけ導く、いわば内通者の役割をしているのだ。
潜入はあっけなくうまくいった。今では、テオファルドは自分のことを右腕のように考え、献身的に尽くしてきた執事のセルドリッツェよりも重用されるくらいだ。自分がしていたことといえば、テオファルドが気に入りそうなことを言って持ち上げ、周りに横柄な態度でテオファルドのために動くように命令していただけだというのに。
あまりにも上手くいっていて、任務とはいえ、真面目に尽くしてきているセルドリッツェ氏には申し訳なくすら思えてくる。
しかしだ。潜入自体は拍子抜けするほど簡単だったが、問題はそのあと。この男、その場の思いつきで行動するからコントロールがまったくきかないのだ。本人なりに焦ってなのか知らないが、自分に何の相談もなくペトリカーナの建物に単身で赴き、同盟の交渉を持ちかけて玉砕してきたという。
何をやっているのやら。
こちらから何度か進言じみたことを試みたが、言う通りに動いたためしがない。ガウスマン様からの命令は今のところ、テオファルドの懐に入り気に入られることなので問題ないのだが、万が一テオファルドに誘導をかけることになったとき、上手く動かせる気がしない。
数日間近くで見ていて、テオファルドは本当に残念な男だった。仮初とはいえ、主人があまりにもしっかりしていないのは少し困る。困るのは自分の自尊心の問題だ。主人が優れていないと、その部下まで軽んじられる。
まあ、自分の自尊心の問題はこの際、作戦のために我慢できる。何せ、これはガウスマン様のお役に立つための行動なのだから。
残念な仮初の主人テオファルドは、本人が周りからどう思われているのか、全く理解できてない。
裏で使用人たちにまで嘲りと共に陰口を叩かれていることに気がついていないようだった。
上二人のペトリカーナとクロードが、それぞれ別の分野で才覚を表している中で、この男はギルファス本家の次男という地位に甘えてあぐらをかいている。
しかし、なんの気まぐれか党首ジニアオルガ氏はこの男や末の娘のシェリアンヌにも継承のチャンスを設けた。継承権が発生する限り、テオファルドを無視することはできない。ガウスマン様がクロードにしているように、神輿としての価値を見出した第三者が利用しようと考える可能性がでてくるからだ。だからこそ、自分がテオファルドの一番の信頼を得ておくことで、その芽を摘んでおく必要がある。
果たして、ガウスマン様が実質的なギルファスの長となったとき、無能なこの男をどう扱うだろうか。徹底した合理主義のガウスマン様が、利用価値のなくなったテオファルドを、情けや同情でいい暮らしをさせてやるとは考えにくい。
そんなことをこちらが考えているとはこれっぽっちも思っていないであろうテオファルドは、今も目の前で能天気にラザニラを不機嫌丸出しで貪り食べている。ガウスマン様が用意してくださった食事を、食い散らかされることに正直嫌な気分はしたが、我慢だ。
「おい! 水がなくなったぞ! 気がきかねぇ!」
暴君そのもののテオファルド。ペトリカーナに協定を断られたことが癪に触ったようだ。
内心やれやれと思いつつも、自分もそれに乗って周りの取り巻きに命令をだす。
「テオファルド様がおっしゃる前に用意しておくべきだろう! ほら、そこの。ぼさっとしてないで水もらってこい!」
テオファルドの体につけている無駄に動きづらそうな金色の装飾が邪魔で食べづらそうだ。荒々しい挙動と相まって、ラザニアを上手くすくえずにこぼしたりしている。そこまでしてこの趣味の悪い装飾を外さないのは、なんという無駄なこだわりだろう。
一方で……自分の本当の主人ガウスマン様の方を見る。優雅に気品を持って参加者と話している。食事会の開催者として参加者と会話していっているのだ。
食事会は場にいる人々を飽きさせないよう、時間を空けて出し物が開催される。ダンス、彫刻の展示、音楽、どれも一級品だ。
一流の食事会を行うガウスマン様が一流であるということは誰の目にも明らかだろう。
自分のことのように誇らしく感じた。
これでペトリカーナとガウスマン様、どちらの派閥に入るべきかと迷っている者も、気持ちが決まるだろう。
それこそが、ガウスマン様の狙いだ。なんなら、この食事会で趨勢は決まるかもしれない。
おっと、次の演目が始まったようだ。
演目が張り出される。
今度は演劇のようだった。きっとガウスマン様が用意されたものなのだから、これも一級品なのだろう、と胸を躍らせていたのだが……。
……しかし、今までと何かが違っていた。
演目は「モモタ・ロー Ⅲ」と書いてあった。
周囲が暗くなり、ショーが始まる。
ナレーションの声が会場に響く。
「「これまでのあらすじ。
むかーし、むかし。あるところに、おじいさんとおばあさんがいました」」
そりゃ、おじいさんやおばあさんは、昔からいるだろう。
雲行きが本格的に怪しいと自分が感じ始めたのはこの辺りだった。「これまでのあらすじ」というのは、今までに話があり、その続編をやる場合につく接頭語だ。
もしかして「モモタ・ロー Ⅲ」についていた「 Ⅲ」というのは1や2があり、その続編ということだったのだろうか……?
「「おばあさんがふとした好奇心で川で拾った巨大な桃。
それが全ての始まり。全ての元凶。
巨大な桃の内部から産まれ落ちるという数奇な出生を果たしたモモタは、おじいさんとおばあさんの養子として、名門ロー家に引き取られることとなった」」
は?
川で拾った巨大な桃……?
そこから産まれた子?
いや名門ロー家ってなんだよ?
次々に生じる自分の疑問などお構いなしにナレーションは進行していく。
理解が追いつかない。
「「時は過ぎ去り、紆余曲折へて着々と力を蓄えたモモタ・ローは、獣の軍勢を引き連れオーガ島へと攻め入ったのであった」」
獣の軍勢?
オーガ島?
あのガウスマン様が用意された演目のなかにあって、あまりにも異質だ。
自分は思わずガウスマン様の方を振り向く。すると……ガウスマン様も様子がおかしい。なんというか、まるで焦っているときのような、余裕のない強張った表情で係の人と話をしている。
何が……起こっているんだ?
「「今、決戦の火蓋が切られた!!」」
勢い任せのナレーションは元気よく劇の開始を告げた。
溌剌とした少女の声からは「どうにでもなれ」というような気概を感じたのは気のせいだろうか……?
「俺はモモタ・ロー様が側近のキジww。お前がこの島のボスだなwww?」
作り物の翼を背中に携えた怪しげな格好の、目の細い、茶色い肌の男がヘラヘラと登場した。
冒頭から視聴者を置いてきぼりにするナレーションに、即興で作ったような衣装。言葉を選ばずに言えば、子供のお遊戯会のようにちゃちなのだ。
頭をフル回転させて理解しようとする。
つまり……? このキジというのは、先ほどの獣の軍勢の一味で、島にいるリーダーに決戦を挑もうとしているのだろうか?
「よくぞまいった。我こそがこの島のオーガである!」
今度は上半身裸のパンツ一丁に、パーマヘアのつもりであろう綿の塊と塊ツノのような棒を紐で頭に巻きつけた男が登場した。オーガ、つまり鬼のつもりなのだろうか。しかし、なんと場違いな格好なのだろう……。ガウスマン様がこんな演劇を所望するはずもないので、何か手違いがあったに違いなかった。
いや……待てよ……?あの顔、どこかで最近見たような……。
そこで自分は思い当たってしまった。
そんなはずは、しかし……。あの顔は紛れもなく、今日の一次審査で怪しげな技を使い、ガウスマン様の目にも止まったルナットとかいう男だ!
一体何がどうなって……。
しかし手違いだろうと、ガウスマン様の食事会の一環を軽んじるわけにもいかない。一生懸命に話について行こうと試みる。
モモタというのが主役のようだから、この上裸男はいわゆる悪役なのだろう。
そう思っていたのだが……
「ケケケww!! 大将首はこのキジ様がいただいてくぜwwww。モモタ様に目をつけられたのが運の尽きだったなぁww。今日からこの島は俺たちが支配するぜぇwwひゃあはははああああwwwwwwwwww」
おもいっきし侵略者!!
完全にモモタ側が悪である。
「降参するなら命だけは見逃してやるぜぃw?一生奴隷としてこき使ってやるけどなぁwwwwwふぎぃええええwwww」
「……モモタ・ローが側近、キジよ。何故我らを脅かす……。我らは誰にも迷惑をかけず、慎ましやかに暮らしていただけだというのに……」
「わりぃなwww。一度味わったらよぉ……忘れられねぇんだよw! あのキビダンゴの味がヨォwww!! キビダンゴのためなら、いくらでもこの翼を血で染めてやるぜぇwwwwww」
「哀れな……」
素人同然の茶番劇。何を見せられているのだと戸惑う視聴者。
そこから唐突に始まる戦闘シーン。
大砲のような躍動で繰り広げられるキジの蹴りを、曲芸のごとき早業でさばく半裸。
半裸も守ってばかりではいない。
小道具の剣を振るって、コンマ数秒前までキジ男のいたところに叩きつける。拍子に剣は鈍い音で少し歪んだ。
今し方までただのお遊戯だったところから一変、急な本気の戦闘。あれがルナットだとしたら、本職は戦闘なのだから水を得た魚だろう。相手側もそういえば見覚えがある。格好こそ変えているが、今日の一次審査に出ていた男だったはずだ。
あっけに取られる視聴者。自分も、口を開けて見ているほかなかった。
あのガウスマン様ですら、口をぽかんと開けて見ていた。
上半身裸のルナットは小道具の剣を本気で振り回し、風切り音がこちらまで届く。
キジの男の翼は男の動きの風圧に耐えきれず、容易くもげる。そこそこの重量の翼は、食事のあるテーブルまで飛んできて、料理をひっくり返す。
二人の飛び跳ねるような戦闘は、観客などお構いなしに、通路、テーブルの上、と位置を変えていく。ついにはシャンデリアに飛び移り、衝撃で装飾が取れる。
流石に事態のおかしさに気がついてきた他の観客たちも「うわあ!」と声を上げる。
このままでは会場が荒れてしまう。しかし、これが演目でないということになれば、それはそれで主催者のガウスマン様に皺寄せが……。と、思っていたところで、ナレーションが再び。
「「はい! 二人ともそこまでにして!! キジはオーガをやっつけました! 倒れて!!」」
ナレーションの叫び声で我に返った演者二人の衣装は、過剰な運動量に耐えきれず、すでにあちこち破れたり取れたりしていた。
オーガは、ルナットは、突然大根演技で倒れ出す。
「ぐふっ……やるな、お主……」
「お前もなww」
倒れたオーガの元に近づくキジ。
そして、キジはよくわからないが、突然オーガを抱き抱える。
「キジよ……最後にお主に言っておかなくてはならないことがある……」
「なんだww?」
「お主、両親とは幼い頃に別れて孤児院で育ったと言っていたな……」
「それがなんだよww」
ここにきて、またもや意味のわからない設定が追加された。
もう好きにしてくれいう気持ちだ。
「……ま、まさか…………w」
「そう。俺はお前の………………父親だったのだ」
「父すわぁあんwwww!!」
抱きつくキジ。ぐったりと息を引き取るオーガ。
……は? 何これ?
ライトが暗くなり、オーガを抱えたキジがはけていく。
「「かくして、オーガ島はモモタ・ロー家によって征服され、その支配下に置かれることとなりました。めでたしめでたし」」
静まりかえる会場。一体全体我々は何を見せられたのだろうか……。
それがこの場にいる全員の共通して思っていることだった。
…………いや、たった一名、この杜撰すぎる芝居を大いに気に入って、大笑いをしている人物が会場にいた。
ペトリカーナ……。ガウスマン様の宿敵の女である。
◆◆◆
周りが凄然とした空気の中、ペトリカーナはお構いなしに腹を抱えて声を出しながら笑っていた。
「ねえ、ラルゴ。退屈なパーティーだと思ってたけど、叔父様もなかなか素敵な舞台を用意してくれるじゃない? あー笑った。なんでルナットが芝居やってんのよ。しかも内容めちゃくちゃじゃない」
「いやはや、実に愉快なショーでしたな。なんなら、次はこのラルゴが自慢の歌を披露致しましょうか。ラァララァ〜〜」
無邪気な少女のような笑みの中に、必ず悪意の棘が含んであるのがこの長女の性質である。
「ガウスマンの固まった表情見たかしら。何もかも自分のプラン通りにうまく行ってるような余裕綽々な態度が、わけわかんないお芝居が始まって内心冷や汗だったのよ、あれ」
ペトリカーナの周囲にいる、彼女の派閥の人間達は劇の意味不明さに我を忘れていたが、ペトリカーナの話に賛同するように意地の悪い笑いを浮かべた。
その中に無表情に下を向いているロズカが混じっていることにペトリカーナは気がついた。濡れた衣服と髪。ついさっきまで雨の降っている中、外に出ていたのだろう。合流したのは今しがたか。
何も言わず、虚な瞳で床を見つめるロズカ。元々表情の読みづらい彼女の様子がいつもと違うことに気がつくことができたのは、ペトリカーナの直感力にも起因する感覚の鋭さあってのことだった。
「ロズカ。アタシに何か言いたいことがあるのかしら」
ペトリカーナは少女の瞳に闇を見た。
何かある。彼女にとって、ただ事ではない何かが。
ロズカは中々言い出さない。取り巻きが視線をロズカに寄せるので、言い出しづらいようだ。
何でもいいけど、さっさと言ってほしいわ。
少し苛立ちを覚え始めたところで、ロズカはそっとペトリカーナに耳打ちした。
「 コリス・アルラが……死にました 」




