25 ギルファス家の会議
今度は少しだけ過去(数ヶ月前)のお話になります。
選抜戦がどうやって決まったかという内容です。
党首ジニアオルガから、家族に向けて今後のギルファス家のことについて大事な話があるから会議室に集まるようにと召集がかかった。
オーマンはそんな中、娘のシェリアンヌを探していた。引っ込み思案で人と関わるのが苦手なのに、急にどこかへと行ってしまう癖がある。オーマンにとってたった一人の娘。他の3人のギルファス家の子供は、無理に自分の子供だと思おうなどとは、この時点では考えていなかった。それどころか、自分と大事な娘を脅かす脅威だと思っていた。
もうじき会議の時間だというのに、ギルファスの屋敷は広く、走り回って探しても見つからない。
焦りを募らせるうちに、廊下の奥の方から泣き声らしきものが聞こえてきた。
嫌な予感がする。
オーマンは声のする方へと駆け出した。
廊下の突き当たりを曲がったところにいたのは、間違いなく自分の娘。顔中を涙やらなんやらでぬらし、焦点の合わない瞳には絶望の色が浮かんでいる。泣き声は明らかに弱々しく、憔悴しきっていた。
急いで彼女を抱き抱える。少しでも安心させるために。
けれどオーマンはかける言葉を失っていた。
「あらあら〜。可哀想なシェリアンヌちゃん。悪い夢でも見たのかしら? クスクス……」
悪意に満ち満ちた声の主は、確認するまでもなく誰だか分かる。
長女ペトリカーナ。
兄弟達の中で、最も性根が腐っていて、これまでにもオーマンとシェリアンヌに嫌がらせをしきている。たった今、シェリアンヌが世界の終わりのような顔で泣いている原因は、ほぼ間違いなくこの悪辣な長女のイジメを受けていたからだ。
後妻の自分と、そのお腹から生まれた子供が気に入らないのだろう。
だからといって、こんな罪のない小さな子供が絶望を浮かべるほどの仕打ちをするなど、頭のネジが外れている。
敵意が顔に出ていたのか、向こうが勝手に読み取ったのか、ペトリカーナは不服そうに言った。
「なーに? アタシがそこの子供に何かしたって言うのかしら? 言い掛かりよね?」
「いいえ。何も言ってないわ」
ペトリカーナは狡猾だ。
証拠もないのに、憶測で責めてはかえって事態は悪くなる。濡れ衣を着せられたと息巻いて、オーマンたちの立場を悪くするように動く。例え、ほぼ確実な黒だとしても、証拠がなければ白なのだ。
「はぁ〜。いい加減耳障りな騒音ね。たかが怖い夢を見たくらいで夜泣きするなんて、中身は赤ん坊なのかしら? ギルファス家の恥だわ」
黙ってやり過ごすのがいいに決まっている。
しかし、このペトリカーナは大事な娘をこれだけ傷つけておいて、好き放題言っている。
オーマンは我慢できず、口を開いてしまう。
「夜泣きじゃないわ……この子は誰かに酷い目に合わされたのよ。じゃなきゃこんな……」
「あら。そうだったの。ぶたれたの? それとも刃物で切り付けられたの? ねぇ、体に傷がどこかにあるのかしら?」
確認してみるまでもない。
あるわけがない。そのことをこの女はよく知っている。ペトリカーナの得意な精神干渉系の魔法『ナイトメア』は、肉体的な外傷を作らない。
これが、オーマンとシェリアンヌの現実だ。
何もできない。ただ、被害に遭わないよう、身を小さくしていることしかできないのだ。
立場の弱い彼女達は、ペトリカーナのさらなる横暴を防ぐ手立てはない。
そこへ、別の場所から声がした。
「何を話している。会議はじきに始まる。こんなところで油を売っている暇はない。ジニアオルガ氏も、私も多忙なのは分かっているだろ」
長女は小さく舌打ちをした。
彼女が毛嫌いしているもう一人、ガウスマンだった。
「叔父様。ちょっと妹が癇癪を起こしたみたいで、宥めていたところだったのです」
「そうか。だが、お前はあまり子供をあやすのに向いていない性格なのだと自覚するといい。いいから会議室に向かえ」
意地悪な長女は、必要もないのにわざわざオーマンを手で壁際にどかして、そのままいなくなった。
「あの……ありがとうございます」
あのままではペトリカーナにどんな難癖をつけられていたか分からなかった。
ペトリカーナも党首ジニアオルガの右腕ともいえる、財務大臣のガウスマンには、状況が悪いなかでまで無理に突っかかることはしない。内心ではかなり不快に思っているのだろうが。
「なんのことだ。私は単に急かしに来ただけだが。
……ただ、面倒な長女がまた何か言ってくるようなことがあれば、私に相談するがいいさ」
しらばっくれているが、彼がオーマン達に助け舟を出したのは明白だった。
味方の少ないギルファス家で、オーマンにとっての貴重で頼もしい味方。これまでも、なんだかんだでオーマンを支えてくれた。
子供達は新しい母親を受け入れなかった。党首ジニアオルガも政略結婚という割り切り方をしているのか、情というものを受けたことがない。
そんな中、ガウスマンは名実ともにオーマンの支えとなっていた。
◆◆◆
ギルファス家の党首は実質的に国の宰相のような立場にある。
御三家である、ドンソン家、そして新しく御三家となったアウスサーダ家も同等の権力を持ち合わせてはいる。しかし、ギルファス家ほど政に積極的ではないので、ギルファス家が先導し、それにドンソン、アウスサーダが賛否を表明するというのが今の国家運営の形である。
もっとも、ドンソン家はここのところ、政治への影響力を強めようと、そうしたことへのスペシャリストを集めつつあるようだったが……。
ゆえに、ギルファス邸にも仕事のための会議室がある。中央には大きな円形の机があり、その周りに大勢が座るようになっている。
オーマンたちが部屋に入ったときには、すでに長女ペトリカーナ、長男クロード、次男テオファルドがそろっていた。
どうやらだいぶ後の到着となってしまったようだが、党首ジニアオルガはまだのようで少し安堵した。
長女ペトリカーナはほとんど変わらない到着のはずなのに、あたかも長い間待っていたかのようなふてぶてしい表情をしていた。すぐ後ろには彼女の親衛隊隊長を名乗る大男、ラルゴ・トレビアンが直立不動で待機している。この長女の恐ろしいところは、気分や好き嫌いで動く幼稚さを持ち合わせているにも関わらず、大きな力を持っていることである。彼女は人を魅せる才能に長け、彼女の命令で動く強力な親衛隊がいる。知能にすぐれ、大人相手に交渉し、コネクションや財力を築いている。扱える魔法は先ほどシェリアンヌに使った『ナイトメア』のような戦闘向きではないが、とても強力な『精神干渉魔法』を使うことができるのでタチが悪い。
長男クロードはつまらなそうに頬杖をついている。オーマンと一緒に会議室に入ったガウスマンは、クロードの隣に座った。ガウスマンはクロードの剣の師匠でかなり入れ込んでいるようだった。本当はクロードとは仲良くできるのではないかと期待する心もあるのだが、彼が新しい母親と腹違いの娘と関わり合いになりたくないと思っているのは明らかだった。
かんの強いペトリカーナだけでなく、クロードまでオーマンを避けるのは、やはり子供達にとって新しい親を受け入れるというのは想像以上に難しいことなのだろうか。それとも、オーマンがニース家の政略結婚の道具としてこの家に来たことが関係しているのかもしれない。子供たちの拒絶が想像以上なことにオーマンは悲しみ以上に疑問を感じていた。
次男テオファルドは足を机の上に乗せてふんぞりかえっている。甘やかされて育った金持ちの典型のような青年で、ガサツで横柄、周りを見下した振る舞いが常だった。3人の子供の中で最も出来が悪いと使用人たちが陰口を言うのを聞くこともしばしば。彼が一定の敬意を持って接するのは父ジニアオルガ、長女ペトリカーナ、長男クロード、叔父ガウスマンの四人だけだ。
テオファルドは頭も悪く、性格も悪い。特別魔法の才能があるでもない。クロードのように剣の道を進むでもない。ただし、ペトリカーナのような狡猾さがないからか、執着心が薄いのか、オーマンやシェリアンヌに対して見下した態度はとってきても、陰湿な嫌がらせやイジメのようなことはしてこないのは助かっている。
定刻ちょうどに扉が開く。測ったように現れるギルファス党首。
「皆さん、集まっていますね」
部屋が揺れるのではないかと思うような低く威厳のある声。
家族が相手であってもジニアオルガの気が緩むことはない。
ただ、黙々とギルファス家党首としての役目を進めていくだけだ。
この集まりが何のために行われるかは知らされていない。
しかし、今後のギルファス家の方針についてのことなのだろう。
そして明かされた会議の目的は、想像していたより、ずっと重大なことだった……。
「 本日集まってもらったのは、 " 次期党首となるべき者を近々決めていくため " です 」
空気が一気に張り詰める。
子供たちの間に緊張が走るのが感じられる。それはオーマンも同じだ。
「次期党首って……今から決めるのかよ!?」
空気を読めないバカは、こういう時に強い。
テオファルドはこの空気で叫ぶことができた。
ジニアオルガも次男の愚かさ加減には慣れているのか、別段気にする様子もない。
「先に言っておきます。次期党首の決め方について、私はすでに考えてあります。その方法とは……
【私、ジニアオルガを神に会わせること】です」
神に、会わせる……。
曖昧な表現をしているが、オーマンは人間が神に会う方法を一つしか思いつかなかった。
この地上に降り立った神、かつて国が二つに割れていた時に世界を調停した絶対的な力を持つ存在。神は、アグラ神殿にいる。【国家騎士】が厳重な警戒網を敷いているアグラ神殿。侵入することなど出来はしない。
しかし、神は容易には人に会わない。会うためには、たった一つの方法を取るしかない。
【魔戦競技】で優勝すること。
優勝者と、優勝者が認めた3名の付き添いは最大限の褒美として神に会うことを許される。そして、嘘か本当か、願いを一つ聞いてもらえるというのだ。
「方法はお任せします。皆さんで今から話し合い、ルールを設けてください。公平性を保って勝負をできるような内容であれば、党首として極力お手伝いもしましょう」
ガウスマンが律儀に挙手をした。
「発言を許可します」
「党首、一つ確認をしておきたいのですが、この党首候補というのは誰が含まれるのでしょうか?」
「ペトリカーナ、クロード、テオファルド、シェリアンヌ、私の4人の子供です」
「なるほど……」
ガウスマンは何を思ったのか、考えこむ。
代わりに発言をしたのはテオファルドだった。
「ちょっと待ってくれよ父様! ペトリカーナ姉様、クロード兄様、僕だけじゃなくて、このどこぞの馬の骨のガキも継承権を持つってことかよ!? 納得いかないぜ!」
自分が含まれていることをさも当然のように語っているのはズレているが、確かにオーマン絡みても幼いシェリアンヌを候補者としてふさわしいとは思えなかった。
「当然の権利をとして公平な勝負の場を用意しただけです。異論は認めません。シェリアンヌが劣っているというのであれば正々堂々打ち勝てば良いでしょう」
まるで取り合わないジニアオルガに対し、それ以上はテオファルドは唇を噛むだけだった。
しかし、オーマンが戦慄したのは、ペトリカーナがこちらを見て笑っているように見えたことである。「これで、攻撃をする大義名分を得た」と言わんばかりに。
「詳細はあとでセルドリッツェから聞きますので、存分に話し合って下さい。それでは私は」
ジニアオルガはそう言って、会議室を出て行った。党首の継承権の話を当人達に丸投げしてくるとは、あまりのことに皆が黙りこくる。
「つまり、お父様はルール作りからきちんと自分たちでやってみろと、そうおっしゃっているのよ。ねえセルドリッツェ。そうでしょ?」
何を考えているのかわからないジニアオルガが部屋を出て行ってから、最初に口を開いたのはペトリカーナだった。
ペトリカーナは髪をいじっていた。
「さすがはペトリカーナ様、状況判断が的確!」と親衛隊隊長のラルゴが調子良く持ち上げる。
対して、執事のセルドリッツェは黙って、頷いた。
テオファルドが珍しくまともな意見を言う。
「【神に会わせる】ってのは、【魔戦競技】優勝者を抱き込んで、父様に付き添いの権利を渡させろ、ってことかよ?」
「バカねえ。優勝者を交渉したら勝ちみたいなつまらないルールで党首を決めるなんて、そんなことお父様が望んでるはずないでしょ?」
ペトリカーナが意見を述べる。彼女のオーマンたちに対している時と比べ柔らかい口調に、兄弟への一定の愛情を確認した。やはり跡目争いの対立候補として敵対しても、血のつながった兄弟には情を持っているのだ。
補足するようにガウスマンが説明した。
「人材の鑑識眼と、取り込む力。そして選んだ人材が【魔戦競技】を勝ち抜く運。なるほど、ギルファス家から出場できる推薦枠は毎年4枠。ちょうど4兄弟が一人ずつ選ぶことができるというわけだ」
言われてみれば、確かに候補者は4人、ギルファスの推薦枠も4人。これは、それぞれが選んだ戦士を出場させるという意図をジニアオルガ自身持っている可能性が高い。
そして、現党首の意志は、例えこの場にいなくとも、表明していなくとも、汲み取って実行するべきだというのがこの場での暗黙の了解となっていた。
ジニアオルガという存在は大きく、偉大で、彼の意向を無視するような方向に走ろうとすれば、簡単に権利を剥奪されるだろう。そう思わせる威圧感が党首にはあった。
「難しく考えすぎることはないわ。それぞれがどこかから選手として相応しい部下をスカウトしてきて、出場させればいいでしょう?」
ペトリカーナが意気揚々と発言する。真っ向勝負の場であれば、ペトリカーナは党首最有力候補であるクロードに勝てると踏んでいるのだ。党首は男性が継ぐという慣例さえなければ、知略に明るくないクロードより、自分がふさわしいと誰もが納得すると考えているのだ。
それはまずい。
オーマンは焦っていた。実際、コネクションや財力があるペトリカーナは間違いなく有利だろう。ガウスマンが自分たちの味方になってくれれば心強いことこの上ない。だが、きっと彼はクロードの後ろにつく。彼はクロードの師匠であり、クロードこそが次期党首に相応しいと考えているからだ。
物作りの名家、ニース家のコネクションでは、戦闘に自信のある人間を呼んでくることはおそらくできないだろう。
無論、初めから党首の座などはどうでもいいとまでは言わないが、現実的ではないと思っている。しかし、爪痕すら残せず指を咥えていることしかできなければ、党首からの評価は下がり、立場はますます危うくなるのではないだろうか……。
そして、ペトリカーナが党首となれば、いよいよ迫害されることだろう。
何か……何か発言をしなくては……。
オーマンは言葉を探していた。
そうしているうちに、ガウスマンが代弁してくれた。
「それだと、君のようにツテがある人間が有利になる。次女シェリアンヌはどうやってもチャンスを得ることが困難だ。2回だ。党首は「公平」という言葉を2回使った。そこに彼の意志がある」
「秀でた部分を活用するのの何が不公平なのかしら? それとも「公平性」にこだわる叔父様は皆んなでジャンケンをして党首を決めようとでも言うのですかねえ?」
「君は「公平」と「平等」を混同しているようだ。私はギルファスの未来を担うこの場に参加している者として、4人全員にチャンスがあるような条件を整えるつもりでいる。そして、そのために一番条件の厳しいシェリアンヌに一定の助力を送るつもりでいる。それが党首の意志だからだ。
それとも誰もにチャンスがある「公平」を望んでいる党首の意向に背いて、条件が揃っているだけの「平等」な、勝敗の見えている出来レースを実行して、我々全員で党首の失望を買おうとでも言うのか?」
ガウスマンはオーマンたちを支援しようと言ってくれていることにオーマンは胸の辺りが暖かくなるのを感じた。
「…………そうね。おっしゃる通り、アタシが間違っていましたわ。叔父様の言うとおり、「公平」な場を設ける必要がありますね。
それじゃあ……こんなのはどうかしら? ドンソン家がしているように、選抜戦を行うの。そして、その候補者に試験を行い、篩い分ける。何日かに分けて試験を行い、その間にアタシたち党首候補は選抜を受けている候補者たちにコンタクトを取り、陣営に引き込むことができる。最終日に自分の陣営の中から一番可能性の高そうな選手を選んで出場させる。これなら少しは「公平」になったんじゃない?」
一瞬だけ不満げな顔をしたが、すぐに切り替えてこれだけのルールを話しながら設定してしまう。なんという頭の回転の速い娘なのだろう。
いや本当は、最初からこうなることを考慮していたが、自分が有利になりそうな条件を通るか試していただけかもしれない。
とにかく、簡単にペトリカーナの天下になるようなことは避けられたのだろうか。
「……驚いた。私が想像していたのとほぼ同じ内容だ。無論異論はない。この方法なら有能そうな人材は【魔戦競技】に関係なく、部下として採用することにも繋がり、ギルファス家の発展にもつながる」
発言の強い二人があっけなく同意見となった。
そこに、おずおずと口を挟む親衛隊隊長ラルゴ。
「待ってください。それだと……その……身分が低い者がギルファスの家に入り込むのでは……」
血筋を重んじるギルファス家はこれまで、名家の中から力のある者しか側近を選んでこなかった。しかし、大々的に宣伝して色々な身分の人間を集めて選抜すると言うことは、血筋に関係なく力のある人間を採用するということである。これは、今までの方向性とはまるで違った試みである。
「バカラルゴ。血統主義なんて過去の " 汚物 " なのよ。何となく慣例で続いてるけど、「悪臭」のする「悪習」でしかないわ」
「過去の " 汚物 " ではなく " 遺物 " だが、それ以外は同意見だ。昔は身分が高い者ほど高い教育を受けられた。ゆえに血筋が能力のあるなしの指標として機能していたのは確かだ。しかし、平和な世が続き、一定以上の教育を誰でも受けられるようになったこのご時世に、血統などもはや飾りでしかない。
ドンソン家を見てみるがいい。身分など気にせず、才ある人間を雇い入れて今やギルファスを脅かさんとする勢いだ。このまま、過去の栄光になるのを待つなど、愚かだ」
ペトリカーナの攻撃性から発生したわざとであろう言い間違えを律儀に訂正しつつ、持論を展開するガウスマン。
実力至上主義のドンソン家の急激な成長によって、ここ数年の【魔戦競技】優勝はドンソン家が独占していた。そのことを党首自身が憂慮しているのは確かだ。家としての方向性を変えることに党首がいい反応を示すかは不明だが、今後のことを考えれば新しい一歩を踏み出すことも必要なのだろう。
ラルゴも食い下がることはしなかった。
「そうそう。叔父様もいらっしゃるし、選抜の参加者には誓約書を書いてもらうようにしてはどうかしら。
『選抜中万が一死亡しても責任は一切おわない』っていうような内容で」
ガウスマンは今までにないほど冷たい視線を長女に向ける。
「それはどういう意味だ?」
「叔父様の周りではなぜだか人死にが多いみたいですから。クス」
「…………とんでもない言いがかりだ。だが、誓約書は万が一の場合を考慮して、ギルファス家の責任を追及されないよう、容易しておくのがいいだろう」
ガウスマンが続けて場を仕切る。
「それでは試験の内容について決めていきたいと思う。試験は一次審査から四次審査までの計4回行い、それぞれの陣営が責任者となるというのでいかがだろうか?」
「異論ない」という声がちらほら上がる。
「同じような内容の試験を4回行なっても意味がない。そこで、それぞれの陣営には違ったテーマ、コンセプトを持って試験を考えていってほしいと考えている。詳細は各々持ち帰って考えるとして、このテーマについては今決めてしまいたい」
驚いたことに、こうしたことに積極的ではないクロードが一番に挙手をした。今まで沈黙を貫いていたのに、推し量ったようなタイミングだ。
「俺は純粋な[戦闘能力]を測るコンセプトの試験にしたいです。俺は剣しか能がない。だから、俺の陣営から試験をするというのなら、これしかないと思ってます」
まるで、最初から考えてきているような周到さ。
ガウスマンは呼応する。まるで台本の決まった劇のように。
「ふむ。[戦闘能力]は【魔戦競技】出場という本来の名目に沿うならば、最も求められる能力だ。だから、そこがなければ話にならない。なので、初めに持ってくるべきだろう」
「偏りのない立場から審判でき、[戦闘能力]において右に出る人はいない人物。叔父様に審査をお願いしたいと思ってる」
ペトリカーナは鼻で笑う。しかし、異議を申し立てることはしなかった。
「さて、これから決めていくのは【魔戦競技】のギルファス家推薦選手であると同時に、今後のギルファス家を支えていく人材を見つける採用試験でもある。
曲がりなりにもギルファス家のメンバーとして、[戦闘能力]だけでは足りない。それでは、他に必要な素養とは一体なんだと思う? オーマンさん」
いきなり話を振られて、動揺を隠せない。
ガウスマンも自分がこういったことをあまり得意としていないのを察して、配慮してくれればいいのに……と考えたが、何か言わなくてはならない。
「その、えっと、[知能]……頭の良さ……かしら」
ペトリカーナとガウスマンの言葉のやり取りを見ていて率直にそう感じた。きっと、自分の頭がもっと良ければシェリアンヌにも苦労をかけずに済んでいたのではないか。要領よく振る舞えればペトリカーナに隙を見せずに済むのではないのか。そんなふうに考え、落ち込んでしまう。
「最もだ。力だけの愚者は自然災害のようなものだからな」
言ってから、人間性、人柄にしておけばよかったと後悔する。
能力があり、性格的に問題のあるペトリカーナのような人間ばかりが残ったらどうしよう……。
少ししてテオファルドが手を挙げる。
「じゃあ、僕はすっげえ派手な試験をやるぜ。参加者全員の度肝を抜かしてやるよ! ゲハハハ!」
「ふむ。予想外の事態に対処する[臨機応変]さといったところだろうか。よかろう。では、最後にペトリカーナ。君はどんなテーマでの試験を行うのか、この場で発表してくれるか」
ペトリカーナは面倒くさそうにしながら、少し考え、演技がかった声で言った。
「……じゃあ、[人間性]なんてどうかしら?」
その場にいた全員がペトリカーナの方を向く。
「いくら有能でも他人を思いやる心や誠実さ、モラルがなければギルファスの敷居を跨ぐのに相応しくないわ。そうは思わないかしら」
「……確かにそれも大事な要素に違いない」
皆、心の中で思っていた。
この中で最もそうした要素からかけ離れている人間が、まさかそんな試験の提案をするとは。
こうして具体的な試験の内容はそれぞれ持ち帰って考えることとなり、会議は終了した。
◆◆◆
会議が終わり、ペトリカーナは親衛隊隊長ラルゴを傍に侍らせて、自分の部屋へと戻ろうとしていた。
「随分あっさり会議が終わりましたね」
40分はかかったであろう会議だったが、ラルゴはもっと長引くと予想していたようだった。
ペトリカーナとガウスマンがその場にいて、議論をするのだから決着がつくのは途方もない時間がかかると思っていたのだろう。
「面倒だから早めに終わらせるように、アタシが進めてあげたのよ。どうせあの様子じゃあ、ガウスマンは初めから会議の内容をある程度知っていて、準備をしてきてるのだろうから対立しても不利。だから、向こうが考えそうな案を先に出して、無駄なやり取りを省いてあげただけ」
財務大臣という立場で仕事の内容で彼は党首ジニアオルガと対談をすることも多い。ガウスマン自身がジニアオルガに何か吹き込んだのかもしれないし、ガウスマンの密偵がジニアオルガの部下にいるのかもしれない。
クロードが試験のテーマを最初に発表し、試験官役をガウスマンにしたのは事前にガウスマンから入れ知恵をしていたからに他ならない。
「よろしかったのですか? ガウスマン氏が思い描いていた絵図に沿って話を進めると言うことは、ガウスマン氏にとって有利な条件で事が決まったということですよね?」
「別にいいわ。露骨すぎる内容ならケチのつけようもあるけど、あれくらいなら放っておくしかないし、どうとでもやりようはあるわ。叔父様の一番の狙いはルールの厳格化をして、不確定要素を排除すること。財務大臣様ですもの。政治の勝負なら自分は負けないと思っているのよ。アタシのこと、ちょっと気が強いだけのただのか弱い美少女と思ってるみたいだし」
「か、か弱い……。あ、痛っ。まだ何も言ってません。ええ、言いません」
ペトリカーナは従者の筋肉質なすねをゲシゲシと蹴飛ばす。
それから人差し指を立てて挑発的な笑みを浮かべる。
「クイズよラルゴ。この党首継承戦で勝ち抜くために一番重要になってくるのは何だと思う?」
「えっと……有能な人材を味方につけること、でしょうか?」
「そんなのは猿でも、道端の石ころでも、低脳シェリアンヌでも理解してる大大大前提よ。実質的にはガウスマン叔父様とアタシの対決、勝敗を決定するのは何かしら?」
ラルゴは主人の言いたいことがわからず、頭を悩ませる。
内心では、最愛の主人から問いを投げかけられていることに幸福感を覚えながら。
「3、2、1……
「あーー、あ、あ!!」
「うるさいわね。わかったの?」
「ええもちろんですとも! ズバリ、ご党首様のご機嫌をとることですな!」
「ブー。最低限お父様の意向に背かないことは必要だけれど、お父様は公平に勝負をしさえすれば誰が跡を継いでもいいと本気で思っているわ。釈然としないけど」
一息ついて、ペトリカーナは答えを明かす。
その答えこそがギルファス家選抜戦の本質であり、勝負の鍵となることをペトリカーナはいち早く察していた。
「正解は " 情報 " 。ガウスマンはさっきの会議で先んじて内容を知っていたから色々と手を打つ準備をしてあったのでしょうね。
…………最強の武器を手に入れにいくわよ。ふふふ」




