24 一次通過おめでとう!!
現代の、一次審査の後からです!
ガウスマンは一人用のソファーにもたれ掛かりながら、資料を眺めている。暖炉の灯りが部屋を温かい色で照らしている。先ほどまで一人で試験官を行っていたとは思えないほど、整然とした様子に、コリスは改めて感心していた。これから夜には通過者を交えたガウスマン主催の食事会を行うというのだから、体力の底が見えない。
コリスがガウスマンの部下となって4年以上の月日が流れた。
家族が切り捨てられたあの日の後、コリスはろくな挨拶もなくジョティーヌの元を去った。ガウスマンが手続きに手を回し、あっという間に国家騎士ではなくなった。
ほとんど奴隷のような形で男の所有物となったわけだが、待遇は意外に悪くなかった。
こき使われるわけでもなく、借金のことがあったので多くはなかったが報酬ももらえた。プライベートな時間もあり、一定の自由もある。
一部の仕事については、はじめは非常に抵抗があったが、4年もあれば慣れてくる。
家族を殺したことへの憎しみはあった。いくら自分から「殺したい」と言ったのだとしても、自分を捨てた親であっても、後から考えればやはり生きていてほしかった。
逆らわなかったのは、初めは男への恐怖だった。けれど、男の元にいるうちに復讐をすることよりも、家族のことを心の奥へしまい込んで固く錠をかけておき、忠実な部下として働くことの方が合理的だと考えるようになっていった。
ガウスマンは徹底して論理的で合理的な男だった。お膳立てをして、盤石の形を作る。感情を排し、先の先まで想定して動く。だから、凡人ではなしえないような目標を、普通ではない期間で達成してみせる。コリスはガウスマンの非凡さをすぐ横で見続けてきた。
そして、彼のように動くことこそが、何かを成す上で最も優れた在り方なのだと思うようになった。家族の復讐をすることではなく、この男の部下として役に立ち続けることにしたのだ。
ガウスマンは約束した。コリスが功績を残し続ければ、褒美としてコリスの求めるものを与えてくれると。コリスの目的はずっと「ホズに会うこと」だ。【神の子】となったホズはアグラ神殿にいる。アグラ神殿に入れるのは【魔戦競技】優勝者、そして3名の付き人のみ。
ガウスマンの目的は自分が支持しているクロードを後継者にすること。そのためには、クロードが『代理人』に指名した人間が、【魔戦競技】に優勝することが必要なのである。ガウスマンが目的を叶えた時、連動してコリスの目的も叶う。
一蓮托生。
この選抜自体、ガウスマンの手があちこちに張り巡らされているのだ。
「一次審査は概ね予定通りといったところか」
「ええ。ペトリカーナ陣営も早速こちらの人数を削りにきました」
ガウスマンが眺めていた資料、それは一次試験の前に死亡した参加者のリストだった。
そのうち数人はガウスマンが部下に命じて暗殺した者である。そして、おそらく残りはペトリカーナ陣営の仕業だろう。
ガウスマンにとって、この選抜大会は実質的にペトリカーナとの戦いである。他の二人の兄弟、次男テオファルドと次女シェリアンヌは戦力、知力、財力どれをとっても大した脅威にはなり得ない。ペトリカーナ陣営のうちの奇襲できそうな何人かを狙い撃ちさせた。
同様に考えたペトリカーナも、クロード陣営の人員を暗殺しようとすることは、想定通りだった。
「感情にムラのあるあの娘の場合、動きが読みにくい。慎重に様子を見る可能性もあると思ったが、やはり先手を取りに来たか」
「こちらの主軸が削られなければ問題ありません。しかし、それはむこうも同じ」
殺すか殺されるか。そんな状況にも今のコリスは動じていない。
心を殺し、目的だけを見定める。そのことが年月とともに板についてきたのだ。
ガウスマンが部下を使って狙い撃たせたのは、ペトリカーナ側が勧誘していた数人の有力そうな参加者数名。つまり、事実上はそうだが、まだペトリカーナ陣営というわけではない者たちである。
明からさまにペトリカーナ派閥である人間を避けることによって、参加者多数からクロード陣営の画策だということをカモフラージュしようということだ。
しかし、ガウスマンが命じていない死者、つまりペトリカーナ側の差金であろう死者は、所属する派閥がかなりバラけていた。それどころか、派閥に全く属していない人間まで殺されている。
「刺客はあのヘルメッセンという男だろうが、他にもいるかもしれない。気になるのは、向こう側が殺した対象が、クロード陣営ばかりでないという点」
ペトリカーナとて、ガウスマン以外の相手は脅威に感じていないはず。
だというのに、この殺しは少し雑すぎではないだろうかということだ。
「怪しまれるのを避けたのでは? うちの陣営ばかりが狙われたのであれば、得をするペトリカーナ陣営が手を回していることは誰の目にも明らかになってしまいます」
死亡者リストを眺めながら、ガウスマンは眉間に皺を寄せる。
「いや。それにしてはばらけすぎている……。効率が悪い……。やはり読みづらい女だ」
そもそも、向こうにこちらほどの情報収集手段がなく、自分たちの仲間でないものを無差別に殺そうとしたとも考えられなくはないが……。ひどく合理性に欠ける。
「 " 彼 " に探らせるのはどうですか?」
コリスは提案した。リスクは承知だが、せっかく時間をかけて用意した「手段」も使わなければ無駄というものだ。
「理解が不足しているようだな、コリス。以前も説明しただろう。 " 彼 " を、いま動かせば、あの女は気が付く。仕込みが無駄となる。君はペトリカーナを少し聡いだけの、わがままな年下の女だと考えているのかもしれないが、あの女はああ見えて疑り深いのだ。 " 彼 " を使うのはもう少し先だ」
直感の鋭さというペトリカーナの武器を、ガウスマンは認めていなかった。論理思考を基盤としていた彼には、勘などというものは理解できないような物だった。しかし、代わりに彼の中でペトリカーナの直感を慎重さ、疑り深さと置き換えて理解していた。
ボスが言っているのなら、従うまでである。
ガウスマンはコリスにリストを渡す。先ほどの死亡者リストではない。載っているのは、まだ生きている者の名前である。
「返り討ちにあったのか、朝の間にこちらの暗殺者も殺されている。当然奇襲も警戒もしているだろう。中途半端な手は逆効果になる。コリス、次はお前が仕事をしろ」
コリスが慣れてしまった一部の仕事。それは、命じられた相手の暗殺。
コリスの手は数年で汚れていた。
「一次審査で戦績がなかった者たちの実力は私自身が直接試験官をすることで大体のところを把握できた。あのルナットとかいうのは、実力は得体はしれないが……バカそうだし、どうにかできるだろう」
「ペトリカーナ陣営に囲い込まれる心配はありませんか?」
「当面は心配なかろう。すでに接触しているが、その際にトラブルがあったようで、あの女のことを随分毛嫌いしているようだ。今はシェリアンヌのところに所属しているし問題ない。それより、まずはそこに乗っている人間を始末しろ」
リストに載っている名前に目を通す。
その中に " ロズカ・スピルツ " の名前もあった。
(ああ。あの学生っぽい女の子ね。まだ子供なのに可哀想に)
一次審査のときにこちらに乗り移る気がないかと誘っておいたのだが、ガウスマンはロズカを完全に計画を遂行する上でのノイズの一つと認識したようだった。
浮上した感情はすぐに消え、仕事をすることに意識が切り替わる。
(悪く思わないでね)
◆◆◆
「ほいやっほー! ほいやっほー! うんぱかぱっぱー!」
「うひょーw! うれしょん、うれしょんwww」
財務大臣が俺のことを「バカなので何とかなる」と言っていたその頃、俺とエビィーは一次試験を無事通過できたことを喜び、円を描くように踊りを踊っていた。
「ほいやっささーほいやささー」
「そいやwそいやwwそいやwwwそいやwwww」
円の中心にいるのは我らが代表シェリアンヌちゃん。2人の男に訳のわからない踊りで周りを回られながら、茫然自失で立ち尽くしている。
きっと彼女にも俺たちの喜びが伝わっていることだろう。
バチン、バチン!
「あいてぇ」
「うはっww」
イェーモからの理不尽な暴力が俺とエビィーを襲った。
「シェリアンヌ様、放心しちゃってるでしょうが!!」
同時に叩かれた頭をさする俺とエビィー。
踊りが中断されたと見るや、シェリアンヌちゃんは母の元へと走り出した。
娘が膝あたりにしがみつくのを宥めながら、苦笑いを顔に貼り付けているオーマンさん。
ありゃ、驚かせちゃってたみたい。
「と、とりあえず、一次予選通過おめでとう。厳しい試験だったみたいだけど、3人とも残ってくれて頼もしいわ」
実際試験はかなりの人数を篩い落とした。数百人の中から合格を言い渡されて残った、たったの52名の中に入ったのは、シェリアンヌ派閥の中では俺とエビィー、イェーモを除くとたった5人。俺たちがいる、シェリアンヌ派のための建物の中はすっかりガランとしてしまった。
「まw。最初から他の奴らは当てにできなさそうだったしww」
「もともと戦力差があることわ分かってたし、戦力外が減って自体がわかりやすくなっただけだね」
兄妹は楽観的というか、淡白というか、同じ派閥の人間が減ってもどうということもなさそうだった。
「ただ…………オーマン様、本格的に協定を決めてしまった方がいい頃合いです」
イェーモが真剣な口ぶりで言った。
協定……?
よく分かっていないのは俺だけだったようで、オーマンさんは俯いて考えている。
「テオファルドの坊ちゃんですらペトリカーナ様の建物に出入りしてるって聞いたぜw。今のとこあんま相手にされてないっぽいけどwwww」
「それってつまり……」
「十中八九、テオファルド様がペトリカーナ様のところに協定を結ぼうとしているってことでしょ。実質的に党首になる権利を捨ててでも、力の強いところの子分みたいになって最低限の地位を保証してもらう方がいいっていう考え」
お漏らし少年テオファルドが、そんな政治みたいなことを考えてるとはびっくりだ。誰かの入れ知恵だろうか?
オーマンさんが俺と後ろで控えてるメイさんに申し訳なさそうに告げた。
「実は私も以前からイェーモさんたちが、クロード派と協定を結ぶことを提案してくれていたの。それで、すでに何度かガウスマンさんとところに話をしに行ったわ。私たちのもとに来てくれているルナットさんたちには申し訳ないけど、やっぱり、この子に党首継承は現実的じゃないわ……」
とりあえずクロード派とペトリカーナ派が強いことは、俺も認知していた。
こちらとしては全然構わない。ペトリカーナ派と手を組むのでないなら、それでいいとも。
「話に行ってはいるけど、ガウスマンさんには断られてるわ……」
「軽く話をしに行くだけじゃダメですよ! 何かこちらの本気を、相手にメリットを感じさせるような交渉をしないと」
イェーモが熱をこめて訴えかける。
どうやら、クロード派の仲間に加えてもらうためにどうするべきかという方針になりそうだ。
って、ガウスマン? 確か今日の試験官をしていた、ギルファス家の親戚で、【魔戦競技】準優勝、その上財務大臣とかいうハイスペックおじさんよね?
なんでそこで親戚のおじさんが出てくるんだ?
「今話してるのってクロード派との協定っていう話だよね? なんでガウスマンおじさんが出てくるの?」
「ルナットはそういうの全然しらねぇのなwwww」
「ガウスマン様はクロード様の剣の師匠で、後見人なんだよ。政治的なことがあまり好きでないクロード様の代わりに、クロード派のブレインとして動いているんだ」
え、そうなの!?
さりげなくメイさんの顔を見た。微妙な笑顔になっていた。
俺は覚えていなかったけど、きっとどこかで説明されていたのだろう。
「え、じゃあ、今日の試験ってクロード派が断然有利ってことじゃん!!」
部屋には「今更……」という空気が満ちる。
「今更かよwwwwww」
エビィーは口に出す。
「一次から四次まである選抜試験は、各派閥が1回ずつ責任者となってるのは開会式で言ってたよね? それってつまり、責任者になっている回の試験では、ある程度試験内容に干渉できるってこと。あからさまな贔屓はできないけど、当然ある程度自分の派閥が有利になるようにしようという意図は働くよ」
「現党首様が選抜中は目を光らせてるから、自分の派閥以外全員落とす、みたいな露骨なことは出来ねぇwww。じゃなきゃ俺たち全員一次で落ちてるだろwww」
それもそうか。
シェリアンヌ派の運営する回では俺たちが有利になったりするわけだし、そこはある意味公平なのか。
「ん? 待てよ……?
……ってことは、不利な試験を通過した俺たちって…………すごいってこと?」
「おw? おw? やっちゃうかww? いっちょ、やっちゃうかwww?」
俺とエビィーは目配せをした。
そして始まる! 狂乱の宴!!
オーマンさん、シェリアンヌちゃんを中心とした俺たちによる舞が再び始まるのだ!
「うんぱかぱっぱ! うんぱかぱっぱ! どんちゃっ、どんちゃっ、そいやっ、そいやっ!!」
「えんだっwえんだっwといなっwふぉいなっww!
おwれwたwちwS・A・I・K・Y・Owwww!!!!」
バチン、バチン!
イェーモの容赦のない手刀が、俺たちの頭部を揺さぶる。
「オーマン様とシェリアンヌ様の周りを奇声をあげながら回るの禁止!!」
シェリアンヌちゃんは黄金色の目を回していた。
「反省します」
「悪い悪いww」
はぁ、と息をつくイェーモ。
「とにかく、今大事なのは、派閥としてどうやってクロード派と協定を結ぶか。
でもこれはエビィーたちがいても役に立たなそうだから、裏でボクたちが話し合っておくとして」
なんと、さりげなく戦力外通告をされてるではないか。
エビィーの肩を叩き「ドンマイ!」と言ったら、「お前もなww」といい顔で返してきた。
イェーモの咳払い。
「今、ボクたちが共有しておくべきは明日の二次審査について。オーマン様、次の担当はシェリアンヌ派ですよね?」
お! つまり今日クロード派が有利だったように、明日の試験は俺たちが少し有利ってことか!
しかし、物事はそう甘くはなかった……。
「ごめんなさい。あまり役に立てるような情報はないの……」
暗い顔でいうオーマンさん。
「明日の試験は、頭を使う試験っていうこと。これは私が提案したことで、決まっているわ」
「頭を使う」というと、もしかしてペーパーテストでも行うのだろうか?
理系科目なら任せてほしいが、科目によっては壊滅する気しかしない……。
「ただ、試験の中身自体はわからないの……」
「どんなニュアンスのものかってこともですか? 例えば国語なのか数学なのか道徳なのか保健体育なのか人間学なのか……」
「多分そういう学問的なものじゃないと思う。あくまで【魔戦競技】の選抜が主目的だから」
「そうね。おそらくその場での機転や判断力を試すようなもののはず……。試験の詳細を決めているのは、私の出身、ニース家なの。私はあくまでニース家がギルファス家と繋がるための楔にすぎないわ」
しがらみがあれこれあるのだろう。
良家は大変だ。
「ニース家にヒントをもらうとかはできないのかw? シェリアンヌ様が党首になるのはむこうさんも望むところだろうよw」
「いいえ。残念だけど、ニース家としてはシェリに党首になる可能性にかけるより、試験の公平性にこだわっているの。
家は元々この子に党首になることを期待なんかしていないわ。万が一不正がバレた場合、ギルファス家の信頼を裏切ることになる。それだけは御三家とのつながりを最優先に考えてるニース家からしたら、絶対に避けなければならないの」
頭を使うテストか……。
ま、パズルっぽいのなら何とかなるっしょ!
呑気な俺と裏腹に、オーマンさんは申し訳なさそうなままだった。
「……ごめんなさい。私がもっとしっかりしていれば、あなたたちに有利な提案ができたでしょうに……」
現党首ジニアオルガが「兄弟の中で条件をクリアした者にギルファス家の家督を譲る」と言い出した、会議のことをオーマンさんは思い出していたのだった。
次、苦労人お母さんオーマンによるギルファス家会議の過去回想です!




