20 試験官のおじさんもびっくり!
終わってみればなんてことでしょう。
顔色の悪い、ヒョロ長オトコが『風魔法』使って、ロズカたちは勝利という感じだ。
あのヒョロ長、ヒヤヒヤさせおって。もったいぶらずに早く使えばいいものを……。
試合の決着がついたとき、すぐ横で執事さんが「まさか……ミタマツキ……」と呟いた。
何のこっちゃ。
エビィー・イェーモのペアはロズカの試合よりも前に、さすがの起動力でガウスマンを翻弄し、すぐに合格をもらっていた。ロズカも通過した。
昼休憩を挟みつつも挑戦者の振り分けが進んでゆき、次は俺たちの番となった。
階段に一歩ずつ踏み出す。
執事さんと二人で壇上に上がる。
うおー。たくさんの人を高いところから見下ろすのはいい眺めだ。
剣を構える試験官。この人、このまま試験官してて大丈夫なのか?
「ルナット・バルニコル。魔力測定値7069。運営側の間で噂になっているよ君のことは。前例のない天災級の魔力放出が可能な人材か、あるいは装置の誤作動か」
「あはは……」
試験官にまで注目されてるとは……。何ともバツが悪い。
あれは違うんですと言いたいけれど、それで再検査なんてなったらたまったもんじゃない。
適当に笑って誤魔化しとこ。
「セルドリッツェ。君も誰かの差金でその青年を見極めようと近づいたということか?」
執事さんはギルファス家の執事さんだから、知り合いなんだ。
しかし、ただの試験官にしては、やたら偉そうなおじさんだ。
「いえ。私の独断です」
「そうか。アレにそこまで考える頭はないか……。おっと、失礼。今のは失言だった」
何やらようわからん話をしているけど、俺の興味はそんなことより……。
「試験官のおじさん。ロズカとの試合で怪我してたけど、大丈夫なんですか?」
初め目を丸くする試験官。それから、不思議そうな表情で問う。
「問題ない。見ていたと思うがギルファス家専属の有能な医療士に『回復魔法』を受けているからだ。青年。なぜ私の怪我が気になる? 怪我や疲労によって合格しやすくなったと思っているのなら見込みちがいだが」
それを聞いて安心した。
なんで怪我の様子が気になるってそりゃ……
「よかった。じゃあ、思いっきり突き飛ばしても、大丈夫ってことだね」
怪我人相手に暴行を加えて、傷口が開き、出血多量で死んでしまいました、なんてことになったら取り返しがつかない。
次のニュースです。本日、ギルファス家選抜試験の最中、被疑者ルナットバルニコル(15歳 独身)が試験官を殺害。被疑者は「うっかりしていました。次は気をつけます」などと供述しており……。
とっ、とっ。変な妄想をしてしまった。
「いきがいい青年だ。いいだろう。少し気合を入れて相手をして差し上げるとしよう」
試験官のおじさんはそういうと、「はぁあ……!」と低い声を出しながら、剣にエネルギーを込め始めた。……ような感じがする。
実際エネルギーが込められてるかはよくわからない。「魔力を感じる!」みたいな能力は俺にはないんだよ。
おじさんの変わった形の剣に真っ赤な炎が纏い付く。気合が入っているぶん、炎の勢いは今までの試験での比ではない。そして格好良く構える。
「さて、始めようか。どこからでもくるがいい」
合図と共に、執事さんが少し離れたところに走り、地面に手をつく。
トラップ魔法、生成開始だ!
俺は、メイさんとの一番大事な約束を思い出していた。
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「一番大事なこと?」
アウスサーダ家の屋敷にまだいた時、メイさんから絶対に守ってほしいことがあると言われた。
もちろんメイさんにそんな頼まれたら、大抵のことはきくに決まってる。いや、大抵でないことも、頑張って、きく。
「選抜に参加したらルナット様は参加者同士や、試験官と、魔法を使った戦闘をすることになります。その時に、必ずまず初めにやってもらいたいことがあるのです」
やってもらいたいこと……。
「それは、相手が魔法を使ってきたら________してください」
何だか不思議な約束な気がした。だって、メイさんたちの目的は、ギルファス家の情報収集なんだかから、俺が一番気をつけるべきことは、スパイだってバレないように選抜で勝ち続けることのはずだから。
その奇妙な感じが、約束を印象深いものしてくれた。
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「『スキャニング』」
魔法陣がすごい速度で試験官を通過する。警戒して試験官のおじさんも避けようとするが、人が避けられる速度じゃない。
『スキャニング』をすれば、相手の魔法がどんなものかよくわかる。確かにこれなら戦いやすくなる。
実はさっきの3人組にもこっそり『スキャニング』してあったのだ。
へ〜。この剣が燃えてるやつ、燃焼状態の魔力を「帯化」させてるんだ。
何をされたかわかっていない試験官は、より警戒心を強めているのがわかった。
「今の所、体に不自然な感じはないが、感知系の魔法か? 何にせよ……
偉そうなおじさんは、絶賛トラップ作成中の執事さんに遠距離から炎の球を放つ。魔法を発動する前に倒してしまおうという算段だろう。
まずい、俺じゃ守り切れない!
と思ったら、執事さん。手に持っているカギのようなものを地面に挿して回す。随分小さいがあのカギが登録した【魔法器具】のようだ。
2メートルくらいの正方形の石畳が地面から生えてきて執事さん目掛けて飛んでいった炎の攻撃を防ぐ。
試験官は感傷もなくつぶやく。
「時間がかかればセルドリッツェに魔法を完成させてしまう。長期戦はまずいか」
知り合いっていうくらいだからそうかと思ったけど、どうやら執事さんの魔法がどんなかも良く知っているみたいだ。
「無視しないで下さいよ。「形状その1」」
《杖》を伸ばして、ツキの牽制。
紅蓮の炎を纏った剣は軽やかにそれをいなし、俺に切り掛かる。
《杖》を元の形に戻し、攻撃を受ける。
「そうだな。さっさと君を倒すというのが正解だろう。セルドリッツェが仕掛けをしている間、戦えるのは君一人なのだから」
勢いのある連撃。言ってた通り、今までの試験では本気でなかったようで、速さがこれまでの比ではない。というか、剣が燃えてて、近くにいるだけで熱い!!
攻撃は見切って受けられているが、受けるたびに金属製の《杖》は持っていて熱くなる。そして熱を持って柔らかくなっていく。
「こんなにも私の剣を完璧に受けられるとは、何という反射神経……!」
いや、壇上で他の参加者との試合を見てたんだから、攻撃の予測はある程度できるさ。
キシムとの修行で俺が培ったのは、体の使い方と、相手の動きの癖をパターン化して次の予測に繋げる目。
そろそろくるか?
隙を見つけたと言わんばかりの試験官は豪快な横振りで一気に決着をつけにくる。
『移動』→《自由移動》
『身体起動』を発動し、背後へ飛び退く。しかし、予想以上の速さと切れ味。《杖》は最後の横振りを受けたとき、真っ二つになっていた。
「すまない。武器を壊してしまった。棄権するか?」
余裕を見せつけるおじさん。
『物質』→《合成》→「接着面の接合」
つなぎ目は魔法を使えば簡単に戻るんだよなぁ。あとは……
『仕事量』→《熱》→「放出」
《杖》に溜まっていた熱を外に放出。
よしリセット完了。
「はい、元通りっと。攻撃やめてよかったの? 全然まだまだやれるけど」
「それは楽しめそうだ。フレアショット」
炎の塊が次々飛んでくる。今度は遠距離攻撃か。
『身体起動』でひょいひょい避けていく。
一つ一つの攻撃は大したスピードでもないが、球数がすごい。
「フレイムショット×5」
ははは。完全に油断してるっ。棒立ちになって魔法の詠唱に専念する試験官。
俺は《杖》を炎の塊5つに向け、あえて正面から突進していく。
「形状その2!!」
《杖》の先端が傘の形に広がる。
広がった面に、『生地』→《面の貼り付け》で「引数」を耐熱、酸化耐性を上げられるだけ上げて。
傘状に変形した《杖》は安易と『炎魔法』を弾く。
一直線に突っ込んできたことで、慌てて剣を構え直すおじさん。
一旦《杖》を元の形に戻し、試験官の前にポンと放る。
「「形状その5」!!」
棒状だったものが突然巨大に膨らんだように見えたことだろう。
名前の通り、風呂敷を広げたものを、型として『スキャニング』したのだ。
実際に体積は変わっていないが、薄く広がった平面状の金属が視覚を遮るのに一役買っている。
試験官は最速で攻撃を届かせることができる、ツキで刺そうとする。
金属とは言えど薄く広がった状態では強度は大したことない。当然炎を纏った剣で貫かれればひとたまりもない。
けど、その間に方向転換して、体勢を低くしたままおじさんの足元に出る。
『身体起動』で勢いを上乗せして、
「キーック!!!!」
試験官のおじさんは見事に吹っ飛んだ。
我ながら、いいのが決まったぜ。
いやぁ! これで一次審査合格でしょ! ラッキー!
今夜は祝杯だヤッホーイ!!
………………と思ったんだけど、試験官は立ち上がり、体についたホコリを払う。なかなかタフなおじさんだ。
「攻撃の引き出しが多いな。だが、魔力測定値の高さとは全く別の強さだ。私は君を未だに図りかねる」
剣の先に刺さっていた《杖》だったもの……今はひしゃげた大きな折り紙みたいになってる金属の薄い板を、試験官は取り外し、場外へと投げ捨てた。
「だが武器を手放したのは悪手だ。これでかなり攻め手は失われ……
投げ捨てられた《杖》にカーソルを刺し、素早くコマンドを入力。
『移動』→《ターゲット指定》 対象は自分
空中で不自然なUターンをして、《杖》は俺の手元に戻ってくる。
『形状』→《対象物を変化》「 "設計図" は《杖》」
《杖》は元の形に戻る。
「はい、これで元通りっと」
「…………」
さっきまでの余裕はなく、押し黙ってしまったおじさん。
さらに事態は一変する。
巨人の片手のようなものが現れ、俺の体を掬い上げる。
「ルナット様! 準備ができました!」
壇上の端から叫ぶ執事さん。
いよいよこっちの攻撃ターンか。
執事さんの魔法は、作り上げた魔法のカラクリを彼の持つカギのような【魔法器具】《ヨビサマシのマキネジ》で起動して動かすのだそうだ。
地面からはいつの間にか台のようなものが盛り上がっていて、執事さんの片腕を覆っている。
多分、今俺を掬い上げた大きな岩石の手は執事さんの手の動きと連動しているのだ。
巨大な腕はどんどん上まで俺を持ち上げる。
そして、執事さんは今度は腕を、岩石でできた操作台から引き抜く。
俺は高いところに持ち上げられたまま、動かない腕状の石像に乗ったまま取り残された。
「ガウスマン様。ご容赦ください」
今度は《ヨビサマシのマキネジ》を地面にある別の鍵穴にさす。
さあ、ここから執事さんの攻撃が……
そう思っていたのだが、なんとなんと。
執事さんの周りを残し、戦いのフィールドとなっていた壇上そのものがゴゴゴゴと地響きを立てながら、真っ二つに割れたではないですか。
結構な広さの場所なのだが、割れた二つのフィールドは垂直に起き上がる。まるで前世で映画を見た「モーセの海割り」のようだ。
めっちゃすごい…………。
けど、思ってたのと全然違った……。
足場が90度回転してしまっては、試験官のおじさんも流石に諦めたようで、自分から場外へと飛び退いた。
これで誰がなんと言おうと決着だ。
わーいわーい、と喜んでもいい場面。
けど、試合に勝ったことよりも、目の前で起こってた出来事の凄さに呆気にとられる俺だった。
「ルナット、セルドリッツェ。ともに合格とする。それとセルドリッツェ。舞台は元の状態に戻しておくように」
◆◆◆
「お疲れ様です。まずは一次試験クリアですね!」
試験が無事終了し、解散となってすぐ待ち合わせの場所に向かってメイさんと合流した。
メイさんはニコニコ顔で一次通過を労ってくれた。
「まあ、流石に試験官のおじさん相手に2対1で戦えばそりゃね」
試験官のおじさんはずっと一人で相手してて大変だったろうに、頑張ってたよなぁ……。
「むしろ、あの試験官のおじさんこそお疲れ様って感じだよ。何試合も一人でこなしてよく最後まで持ったよね。試験官を他にも雇ったらよかったのに」
「あら。聞いていなかったのですか? あの方はガウスマン・ロジロへイムといって、ギルファス家のご親戚で【魔戦競技】準優勝経験者なのですよ。しかも財務大臣。きっとご自分の目で選手を見極めたかったのでしょう」
なんと!!
どおりで偉そうなわけだ。なんか色々すごそうな称号を持ってるわけね。
最終的に試験の合格は巨大な掲示板に載っていた30名と、追加で合格した22名の合計52名となった。というか、掲示板に載ってた人は無条件合格だったんかーい。ずるい。
52名というと、数字だけ見るとかなり多いように思えるが、最初は数百といた中から絞られたことを考えるとすごい減りようだ。
敗退が決まった数百名は早々に荷物をまとめて会場を後にしていたが、数名はなんとかギルファス家の人に取り入ろうと話しかけたりしているようだった。
「ガウスマン様の食事会までは、まだ時間があるので一旦部屋に戻りましょうか」
食事会……?
そういえば式の終わりで、通過者に向けて宣伝していたな。
今晩、試験官のおじさん主催の食事会があるので、是非とも参加するようにとのお達しだった。
御三家の食事会だなんて豪勢に決まっている! ただで食事パーティーに参加できるなんて素晴らしいではないか!!
ふと目を遠くにやると、見慣れた少女の姿が目に映る。
「おーい、ロズカー!」
俺とメイさんが駆け寄ると、ロズカはゆっくりと振り向いた。
「一次通過おめでとう!! というか、この選抜に参加してたんだね!」
「ああ……うん。あなたもね」
相変わらず、テンションが低い。
この感じ……非常にロズカらしくて、なんだか懐かしい。
「ルナットは……どこかの派閥に入ってる?」
「ハバツ? あー、オーマンさん……末っ子のシェリアンヌちゃんのところで力を貸すことにしたよ。ロズカは?」
もしかしたら今の彼女はどこの派閥にも入らず、野宿をしているのかもしれないと思った。部屋が割り当てられるのはどこかの派閥に入った人だけで、基本的には貸し出されたテントで野営するのが普通だそうだから。だとしたら可哀想だ。
それに、ロズカなら信用できるし頼りにもなる。仲間に欲しい!
ところが、彼女の返答は俺にとって驚くべきものだった。
「ペトリカーナ様のところ」
「おぇええ!? あの性悪陰湿腹黒女のところなのぉ!? やめた方がいいよ!!」
俺が叫ぶと、メイさんは急いで俺の口を塞いだ。
「あぁ……ごめん」
色々と問題発言でした。
「でも、なんでペトリカーナのとこなの? というか、なんでそもそも選抜に参加してるの?」
さっきまでのどこかよそよそしい雰囲気から一変、意を決したような眼差し。
「放っておいて。あなたと馴れ合うつもりはないから」
冷たい声。
ロズカの覚悟の強さを感じる。
それ以上は勧誘できなかった。だけど、これだけは伝えておかなくちゃ。
「今日の試合で組んでた相手……ヘルメッセン。あの人が今朝の人殺し事件の犯人だよ」
執事のセルドリッツェさんには口止めされたけど、この2人には伝えておかないとと思っていた。
ロズカの反応はない。
代わりに口を開いたのは、メイさんだった。
「ロズカ様。お久しぶりです。私のこと、覚えていらっしゃいますか?」
「…………」
ロズカは返答しない。
メイさんは続けた。
「メイレーンです。以前バルザック支店長と争っていたあなたとルナット様をお救いしたアウスサーダの娘です」
「……覚えてる。それで? 何が言いたい?」
雲行きが怪しい……。普段のメイさんじゃない。穏やかな仮面を被りながらも、内側に張り詰めた思考を巡らせているときの彼女だ。
もしかしてロズカを、 " 敵だと思っている " ?
「私、訳あってアウスサーダの娘であることを隠して選抜に参加しているのです。これがバレると困るのです。何が言いたいかお察しいただけますか?」
ロズカは非常につまらなそうに空を見ている。
「心配しなくてもわざわざ告げ口したりしない。アタシにとっては無関係なこと」
メイさんは薄らと見開いた目でロズカを見ている。何かを待っているように。
ロズカは言い直した。
「あのとき助けてくれたことの貸し、アタシが秘密を口外しないことでチャラ。これで満足でしょ」
「約束ですよ?」
メイさんは満足げに頭を下げた。
そして、殺伐とした空気の中、挨拶もなく、ロズカは立ち去ってしまった。
そうか。メイさんにとって、いや俺たちにとって、メイさんの身分がバレることは任務失敗に直結することなのだ。
ロズカが味方でいてくれない以上、メイさんがアウスサーダ家のご令嬢であることは絶対に口止めしておく必要があったのだろう。
だけど、仕方ないとはいえ、なんかこういうの悲しいよなぁ……。
そういえば、メイさんは参加者の1人である、『氷魔法』を使っていた女性とも知り合いだったと言っていた。
あっちに対しては、そもそもメイさんが見つからないようにしようということのようだ。
「メイさん、昼間見かけたとき、あの氷使いの女の人とは知り合いって言ってたよね?」
「ええ、コリス・アルラは元々【国家騎士】の一員でしたので」
【国家騎士】とは?
この世界でときどき聞いたことはあるけど、何をしているのか知らない人々。それがどう関係するのか、イマイチ俺には分かっていなかった。




