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19 カラクリ人形と結界魔法


「 " それ " を使うな……」


 ことが始まる直前、男は独特のしわがれた声色でそう言った。

 ロズカは真意を理解することができなかった。


 相方の男、ヘルメッセンの指差すものは、ロズカの背中に背負われている彼女の【魔法器具】《第六神奏器(フレマー)》である。《第六神奏器(フレマー)》はオーボエのような形状の杖で、防御に特化した『結界魔法』を扱うロズカにとって魔法攻撃の生命線である。


 それを使うな、ということは、実質的にロズカの「攻撃手段を放棄する」ことと同義である。


 ヘルメッセンがそのことを理解していないはずがない。


 この色の白い、不気味な男と長い付き合いというわけではない。しかし、あり得ないのだ。

 この男が、そんな基本的な情報を、知らないなどということ自体が、考えられないことなのである。


「つまり、アタシが防御に徹して、あなたが攻撃をする、という作戦?」


 ヘルメッセンは肯定するでも否定するでもなく、曖昧に薄笑いを浮かべた。


 作戦にしては抽象的すぎる。それでもヘルメッセンにそれ以上説明をする様子はない。



 本当に正しい選択なのか?

 


 自分達の番が回ってくるまでの間、ヘルメッセンと順番待ちをしながら、壇上で先に行われている2対1の魔法戦を眺めていた。


 これだけの人数いるにしてはガウスマンに挑戦するペアは合否の決まった者も含めて、現時点でわずか27組と少なかった。

 一次審査を受けないということは、チャレンジすらせずに合格を放棄するという意味だ。わざわざ選抜のために集まってきたにも関わらず、数百人と集まっている一次審査で半分以上が審査を受けることに尻込みしている。


 それもそのはず。

 下手なチャレンジャーは体を炎の剣で切り裂かれて、重傷になってしまっていたからだ。


 ガウスマン・ロジロヘイム、あの男の魔法剣士としての実力は間違いなく【魔戦競技(マジナピック)】で準優勝を勝ち取ったという称号にふさわしいものだ。あの素早い踏み込みと剣撃速度に対応するには、悠長に魔法を練っている時間はない。まずは、『結界魔法』で守りを固める、という作戦自体は間違っていないとロズカも思った。


 しかし……。

 あのとき感じた不安は正しかったようだった。


 もう少し作戦を話し合っておくべきだったと、今まさに後悔していた。


 ガウスマンの鋭い剣が容赦無くロズカたちを囲う結界に打ち込まれる。


「我慢比べか。確かに非常にいい精度の『結界魔法』だ。ただ……時間の問題だということに気がついているかな?」


 男の言うことは正しい。まさに時間の問題だ。

 結界の耐久度には限界があるのだから。


 『結界魔法』の耐久力は【打撃】、【斬撃】、【変質】の三種のダメージに対する耐性を調節することで作り上げられている。


 【打撃】とは殴打、『土魔法』などによる鈍く重い攻撃。

 【斬撃】とは刃物や『風魔法』などによる切り傷を作るような鋭い攻撃。

 そして、【変質】とは『炎魔法』や『雷魔法』、薬品などによる物質を変化させるような攻撃。


 例えば相手が『炎魔法』のみを使ってくるのであれば、結界の耐性を【変質】に偏らせればより強固な結界となる。しかし、ガウスマンの攻撃は炎を纏った剣なので、【斬撃】、【変質】の両方に対応しなくてはならない。魔力(リソース)が分散すれば、一つの項目に対するの耐性の強度は下がる。


 つまり、この結界は長くは持たないということだ。


 風を切るような鋭い音。

 ヘルメッセンの手の動きに合わせて、【魔法器具】ユキノワタゲバチのカラクリ人形《ゼヴァ》が、腹部から突き出た短剣を、ガウスマン目掛けて差し込む。


 寸前で、攻撃は弾き飛ばされる。

 まただ。

 この攻撃だけでは見切られてしまう。


 最初に行われたクロードとコリスの戦闘は、ガウスマンと互角以上のものだった。攻撃の手数を増やし、ガウスマンに息つく暇を与えなかったことが効いていたのだ。勝ちを目指すのであれば、リスクが増えてでももう少し攻撃に力を割くべきだということは明白だ。


「ヘルメッセン……。やっぱり《第六神奏器(フレマー)》を……」


 この一次審査は、ガウスマンにとって実に都合のいいものなのだ。


 圧倒的に戦闘の実力がある者は通過するようにできている。しかし、そこそこの実力の者については不自然にならない程度にガウスマンが、さじ加減を変えることで合否を決めてしまうことができるのだ。


 自分の派閥の者、派閥に入りそうな者をより多く通し、他の派閥、特に勢力の強いペトリカーナの派閥の人員を削ることができる。


 ガウスマンはペトリカーナ陣営のロズカたちを落としたいのだ。半端なことをしていたら払い落とされる。


 依然として、ヘルメッセンの骸骨のような顔には汗はない。無表情に傍観し、二つの(まなこ)だけを動かしてロズカを視線で捉える。


「状況がわかってないのは……お前だ。これは試験だ……。ただし、ガウスマンがお前を試すんじゃない。俺がお前を試す……だ」


 ザラザラと耳に残る声。

 つまりは「使うな」という意味。


 もしかしたら、この男にとっては選抜自体の結果はどうでも良いのかもしれない。


 ロズカの目的も選抜の通過ではない。それでも、目的のための手段として選抜にはなるべく勝ち残らなくてはならない。


 見据える先の差が、両者の間に意識の違いを生み出している。


 組んだことを後悔した。いや、この男に認められなければ意味がない。


 結界が軋む。ヒビが入る。

 そして……


 最も目まぐるしい数分間が流れ出す。


 結界の破壊と同時に、ロズカとヘルメッセンはその場を退く。


 分断されたっ……!


 試験官の剣士の追撃はロズカへと向かう。

 情に流されやすい戦士であったなら、自分より二回りも年下の少女に刃物を向けることに躊躇し、無意識にヘルメッセンを狙うところだ。しかし、ガウスマンという男の頭は、迷いなく、合理的に回転する。『結界魔法』にて、再び守りを固められることこそ阻止すべきという判断。ロズカを無力化することこそ、最優先。


 ところが、ロズカの『結界魔法』の生成速度は並ではない。

 ガウスマンがロズカへと踏み込むわずか数秒の間に、次の『結界魔法』が生成される。


「これは想定外」


 炎を纏った剣は半透明で硬質な球体によって弾かれる。



 場外から高みの見物を決め込んでいたラルゴ。大男は選抜内で選ばれる最有力候補であり、ペトリカーナの一番の騎士。よって、すでに書類による一次通過を認められた30名のうちの1人に含まれている。いくらペトリカーナ派であっても、十分な実力と実績を持っているこの男については、ガウスマンも体裁上どうあっても落とすことができないのだ。

 ラルゴの扱う魔法は、ロズカと同じ『結界魔法』である。同種の魔法を扱う少女を見てつぶやく。


「ほー。天才的な魔法操作技術。あの速度で、あれだけ完璧に「第四の型(ファイナルモルド)『球』」を発動できるのか。あの年齢で技術だけなら私以上。末恐ろしい才能だ」



 打ち込んだ際に少女が咄嗟に作り出した結界が、その場しのぎの出来でないことを察知したガウスマン。

 機敏に身を翻し、もう1人の方へとターゲットを変更する。


 ヘルメッセンの腕の振りと連動して、【魔法器具】《ゼヴァ》が『風魔法』「ウィンドカッター」を繰り出すのを、視界の片隅に捉える。


「傀儡に魔法を使わせるか。芸としては器用なもの。だが、こんなもので私の虚をつけると思われたのでは心外だ」


 剣が容易に風の刃をいなす。

 それどころかガウスマンの進行をほぼ遅らせることすらできない。


 ロズカはヘルメッセンの援護に頭を切り替える。


 「結界魔法 第四の型(ファイナルモルド)『球』」は結界魔法の中で最高位の魔法である。球体という安定した形状を作ることで少ない魔力(マナ)で強固な守りを作ることができる。ただし、他の型が不要というわけではない。第四の型(ファイナルモルド)の弱点、それは自分の周囲にしか魔法を張ることができない点である。


 この状況でロズカが選択した魔法は……


「「結界魔法 第三の型(サードモルド)石垣(いしがき)』」」


 ガウスマンがヘルメッセンに切り掛かる前に、両者の直線上の地点を塞ぐべく、巨大な直方体の結界を生成。巨大な壁、まさに半透明な石垣である。


 しかし必要な魔力量(マナ)が多いこの技では、強度にエネルギーをさく余力はない。持って数秒。


 とにかく合流だ。近くにいれば再び「第四の型(ファイナルモルド)『球』」で時間を稼ぐことができる。石垣状の結界の壁に沿ってガウスマンから離れる方向に走り出すヘルメッセン。ロズカも自分の周りの球状結界を解除し、ヘルメッセンの走り出した方向に駆ける。


「「レッドカーペット」」


 ガウスマンは剣にまとう炎を一直線に放出し、地面に燃え続ける火炎の赤い道を作る。

 人の立ち入ることのできない、炎の一本道である。熱風に煽られて「第三の型(サードモルド)石垣(いしがき)』」が消失する。


 ロズカたちが合流を考えているのは明白。ならば、炎の壁で道を塞いでおけばいいだけである。


 ヘルメッセンに近づくためには、一旦ガウスマンのいる方に行き、炎の壁を回り込むしかない。距離的にも速度的にもどう考えてもガウスマンがヘルメッセンに切り掛かる方が早い。実質的に合流の可能性を断たれたということだ。


「「フレイムショット」」


 ガウスマンが使ったのは、最も初歩的な『炎魔法』である。しかし、練度が高い者が使う初級魔法は比較にならないほど詠唱が早い。一度の詠唱時間内にロズカに1発、《ゼヴァ》に1発、そしてヘルメッセンに2発の炎の球が飛んで行く。


 ロズカは自分の周囲に「第四の型(ファイナルモルド)『球』」を展開し、《ゼヴァ》の操作に夢中で自分に向かってきている攻撃に無頓着な相方を守るべく、魔力消費の多い「第三の型(サードモルド)石垣(いしがき)』」を離れたところにいるヘルメッセンの眼前に繰り出す。


 何故なのか。

 何故これほど自分は必死に魔法を使い、ヘルメッセンのサポートまでしているのに、ヘルメッセンは大して有効でもないカラクリによる攻撃手段にこだわるのか。


 何故こんなにも、追い詰められて、ギリギリの状況になっているのに、《第六神奏器(フレマー)》を使ってはいけないのか。


 もう打つ手はない。


 ヘルメッセンのすぐ目の前には、無機質に見下ろす試験官が何の迷いもなく炎を纏った剣を振り上げるのが見える。


 ヘルメッセンの口がわずかに動いた。





「…………合格だ」



 独特の声色で、確かにそう呟いた。

 今の今までほとんど貢献してこなかった青白い男は、これほど追い詰められた状況で、どう考えても不釣り合いなセリフと吐いた。

 男の手は真っ直ぐガウスマンの方へと向けられる。


「「リッパーズサイス」」


 風の塊がヘルメッセンの手の中に収束していく。そして、巨大な鎌のような刃となってガウスマンへと襲い掛かるのだった。


 今までカラクリ頼りで一切自分からは攻撃を仕掛けてこなかった男が急に自分の手から魔法を放ったという事実。





 ガウスマンは、それを……………………予想していた。




 全てはこのためのブラフなのだと。

 操作者本人が非力な弱点であると見せかけることで狙わせ、接近して勝ちを確信したところでカラクリ人形ゼヴァの操作を放棄し、自らの攻撃へと転ずる。


 その作戦を、あまりにも不自然なヘルメッセンの人形操作への固執から、ガウスマンはとっくに察していた。


 予想している攻撃は、ガウスマンほどの剣士であれば、たとえ至近距離であっても避けることができる。



 そんな瞬きほどの出来事の最中、ロズカは信じ難い物を見ていた。


 ロズカは自分が ” 最後にしなくてはならないサポート ” に気がつく。



「「結界魔法 第一の型(ファーストモルド)塗装(とそう)』」



 物体の表面に性質を付与する役割の結界。

 ガウスマンが避けた先の床に粘度の高い結界の膜を貼る。着地したガウスマンの足がほんの一瞬床から離れなくなる。この結界は衝撃を与えれば簡単に壊れてしまうものだ。

 …………だがそれでいい。



 ヘルメッセンが操作を放棄したはずの【魔法器具】であるユキノワタゲバチのカラクリ人形《ゼヴァ》が、 ()()()()() 。



 ロズカはそのわずか数秒にしか満たない時間に、状況を正確に理解した。ヘルメッセンの手の動きはダミー。驚異的な操作精度で《ゼヴァ》を操り攻撃をさせている、それはミスリード。


 《ゼヴァ》は()()()()()()()()()()()()()()


 カラクリ人形の操作をやめて自身の風魔法で決着をつけにきたと思った瞬間、《ゼヴァ》の存在がガウスマンの意識から消える。


 だから……背後から何の予備動作もなく飛んでくる、《ゼヴァ》の鋭い一差しに気がつくことができない。



 さすがは【魔戦競技(マジナピック)】準優勝の経験を持つ男。死角からの攻撃であっても、風の音で危機を察知。それでも足は床に固定されている。針が突き刺さるほんのわずか前に体をひねる。しかし、カラクリの短剣は脇腹をえぐった。


「ぐぅ…………っ!!」


 腹を押さえながら、距離をとるガウスマン。


 大きな一撃。

 一次審査という形で強者との戦闘を行なっていたガウスマンだが、ここまでの深手を負う試合は初めてだった。


 わかりやすく多くの血を流しながら、試験官は冷静に宣言した。




「いいだろう。ロズカ、ヘルメッセンの2名を合格とする」




 剣の炎は魔法の解除と共に消え去り、鞘に収まる。


 ……終わった。

 ロズカは肩で息をしていた。


 すれ違い様に、ガウスマンはヘルメッセンに告げた。



「私を本気で殺すつもりだっただろう」


 ヘルメッセンは答えない。

 決着がつき、この場にいることに興味を無くした死神のような男は、相棒の《ゼヴァ》を肩に乗せて壇上を降りた。まるでスイッチが切れたような生気のない顔。死んだような目からは、何の感情も読み取れない。

 


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