16 開会式
ギルファスといえば、かつての王家の名前である。今でこそ王族という呼ばれ方はしないものの、最も高貴な名家だという認識をする人間は多くいる。
そのギルファス家のお抱えになるということは、すなわち国家秩序の象徴たる国家騎士とほぼ同等の名誉、ステータスを得ることだと考えられている。
本来、相応の身分やコネクション、あるいは特別な運を持っている人間でなければその選定の土俵にすら立つことを許されない。
しかし、今回の【魔戦競技】選抜では、能力さえあればギルファス家に雇われるきっかけをもらえるという、いわば異例のイベントなのだ。
もうじき始まる、現当主ジニアオルガ・リ・ギルファスによる開会の挨拶を聞くため、そしてそのまま始まる一次試験を受けるため、参加者は中央ホールに集まっている。無論、ロズカもその中の一人だ。参加者の数の多さを改めて目視すると、この選抜がいかに大規模なものなのかが、そして勝ち抜くことがいかに難しいかがよくわかる。
参加者の中には、最後まで勝ち抜くことを目的としている者だけではなく、何かしらの形でギルファス家の目に留まり、お抱えとなることを狙っている者もいる。
ただ、ロズカはそのどちらでもない。
「やあ子猫ちゃん。よく眠れたかい? 緊張であまりよく眠れなかったんじゃないか?」
鼻につく優男の声。ハグリオ・チェビオーニが、いかにも余裕がありそうに話しかけてきた。
「別に」
絡まれるのが面倒だったので、できるだけ短く答えたのが間違いだった。
ハグリオはロズカが緊張して口数が少なくなっていると勘違いしたようで、余計な気遣いを始めた。
「大丈夫だよ。まだたかが一次試験、ほんの小手調べみたいなものさ。昨日の測定で僕らは魔力値300台を出している。いきなりふるい落とされるようなことはないんじゃないかな?」
「わざわざつまらない気休めを言いに来るなんて、気楽なのね」
「歳上の男性として、緊張をほぐしてあげなくてはと思っただけさ。僕らは同じペトリカーナ様のお抱えな訳だし」
ハグリオの手には、昨日まで持っていなかった、いかにも高性能そうな三つの宝石のついた杖が握られていた。円形の宝石のサイズは同じくらいで、色はそれぞれ赤、緑、黄色をしている。他の参加者とは一線を画する高度なデザインの【魔法器具】だ。
初めて彼と会った時にもハグリオはその杖を持っていた。
赤は【紅玉】。硬度の高い宝石で、『炎魔法』の威力強化および炎の形状の収束という効果を持つ。ただし、狙いはブレやすくなる欠点がある。
緑は【翡翠】。『風魔法』の威力強化、および魔法の射出速度を上げ、軌道補正を行う。
黄は【黄水晶】。黄色の水晶で、『雷魔法』の威力強化。【黄水晶】には圧力がかかると電気を発生させる性質があり、非常に威力が高くなる。
それぞれをはめ込んだ杖は珍しくはないが、別の属性を三つ揃えたこの杖はハグリオの特注なのだと以前本人が言っていた。
5大属性のうち、3つを上級まで扱える人間はそう多くない。それらを扱えるハグリオは、侮れない相手であることは間違いない。
もうじき式が始まりそうな雰囲気になってきた時に、もう一人ロズカに話しかけてくる人物が現れた。
「昨日は歓談の邪魔してごめんね。ロズカ・スピルツさん」
泣きぼくろが特徴的な女の人。それから横には赤髪の当主候補のギルファス家長男のクロードがいた。
きちんと名乗った記憶はないが、どうやらこちらのことを調べてきたようだ。ギルファス家側には参加する際に一通りの個人情報を提出しているので、運営側と繋がりがあれば知ることは可能だ。大事な代表役のクロードと接触していた人間の素性を調べておくのは当然だろう。
この女性の方の名前は確か……。
「私の名前はコリス・アルラ。こちらのクロード様の秘書みたいなものかしら?」
自己紹介が疑問系なのはどうかと思ったが、ハグリオのような不快感はない。爽やかな印象の人だ。
しかし、背中に背負ってある2メートルくらいある枯れ木のような歪な形状のそれが、非常に気になった。
今回の大会で使用するコリスの武器なのは間違いないが、あまりにも形が特殊すぎてどう使うのか検討もつかない。
ロズカはとりあえず、頭を軽く下げて会釈した。
クロードが嫌味のような訂正をする。
「秘書じゃなくて、監視役の間違いだろ」
「あら、連れない」
昨日のようにクロードから話しかけてくることはなかった。つまらなそうに遠くを見ているだけである。ロズカはすぐにその理由を察した。
なるほど、ギルファス家長男という立場はこんなにも人から注目を集めるのだ。これだけ周りの視線に晒されていては、迂闊なことも言えない。昨日ロズカのいたところにクロードが現れたように、どこか人の少ないところで息抜きをしたいと思うのは当然だ。なんの気も使わず、雑談をできそうな相手だと思って話しかけてきたのだろう。
ロズカにとってもあまり目立つのは避けたいことだった。ルナットに話しかけられれば、ペトリカーナの耳にも知り合いであることがバレてしまうからだ。彼女が知るのが早いか遅いかの違いだとしても、今はまだ避けるべきだ。
「クロード様。お初にお目にかかります。ハグリオ・チェビオーニと申します」
隣に居たハグリオがクロードに挨拶をした。クロードは一言「ああ」とだけ言った。
続いてハグリオがコリスに話しかける。
「それで? クロード様のお目付役のコリス・アルラさんは我々にどういったご用件で? もしかして有望株の僕らをスカウトにでもきたのかな?」
コリスは、「ふっ」と笑った。
「察しが良くて助かるわ。ペトリカーナ様陣営のあなたたちだけど、こちら側に来る気はないかしら? これはあなたたちのためでもあるのよ」
「僕たちのため? どういうことだい? まさか今の時点でそちらの陣営は勝ちを確信してるとでもいうのか?」
コリスは、またもや笑った。
「ええ。その通りよ。いい?確かにペトリカーナ様は頭もキレるし、勘の鋭さも尋常じゃない。けどね、いくらペトリカーナ様が頭がいいと言ってもまだ二十歳過ぎの若い女の子なのよ。こちらにはガウスマン様がいるの。あの人は、すごいわ。論理的な思考でありとあらゆることを見据えて手を打っている。この選抜だってそう。財務大臣を経験してるガウスマン様を相手にしてる時点でもう決着はついてるの」
ハグリオは感情を消した表情で尋ねた。
「確かに人気はすごいようだね。人数比でクロード様陣営がペトリカーナ様陣営の1.3倍くらいの人数なのは知っている。だけど、弱者が大勢集まろうと戦況には影響はないと思うのだけど? 君のプロモーションじゃあガウスマン氏がどれほどの人物なのか、僕らには伝わらないね。具体的にどのように優れているというんだい?」
値踏みをしている……ということなのだろうか。
それとも、情報を引き出している? 今のハグリオの表情からは何を考えているのか予想がつかない。
「残念だけど、それをここで教えることはできないわ。私だってそれほど多くを教えてもらえてるわけじゃないしね。けどね、きっと明日までにはガウスマン様が描いている絵図の一端が見えてくるはずよ。その時に改めて勧誘しにいくわ」
コリスが、ほとんど喋らないクロードと共に去ると同時に、開会式の合図である鐘の音が鳴った。
今のやりとりには、何か……違和感が、引っかかるものがあったような気がする。
どうでも良い些細な出来事のようにも思えるし、考えもしないような重大な見落としが隠れているようにも感じる。
ロズカにとっては無関係な、気が付かなくても支障がないようなことかもしれない。
だが、喉に引っかかった小骨のように、
……一つ思いついた。
なぜ、女好きのハグリオが「大人の色香を漂わせた女性であるコリスに対して、一切ちょっかいをかけなかったのか」?
それが、少しだけ引っかかっていた。
ただ、だからなんだというのだろう。
それ以上のものがあるわけではない。ただ、気持ち悪い違和感だけが朧げに形として、ロズカの意識の中で見え隠れしていた。
周囲の注目が壇上の人物に集まっていた。
と共に、ざわめきはゆっくりと静まり返っていく。
この場で最も影響力のある、その男の言葉を耳を傾けるべく。
「諸君。集まってくれたこと、まずは感謝します。私がこの選抜の総責任者であり、ギルファスの長、ジニアオルガ・リ・ギルファスです」
作り物のようだ。
瞬きすらしない、感情のこもっていない顔面。ペトリカーナの父親というだけあり、整った顔をしているが、そのことが余計に男を人工物たらしめていた。
業務報告をするかのような口ぶりで、男はとんでもない発言をした。
「初めに、諸君に残念な報告をしなくてはなりません。すでに知っている諸君もいることでしょうが、今朝参加者の中から何人かの死者が出ました。参加者同士によるトラブルが原因と考えられます」
温度感が観衆に伝わるのに2、3秒。それから、静まり返っていた参加者たちが再びどよめく。
「まだ選抜は始まってすらいない中で数人の死人?」「トラブルってなんだよ」「この中に殺人鬼が紛れてるってこと?」
様々な言葉が飛び交う。
さらに衝撃的な内容だった。
「選抜は続行致します。予定の変更はありません」
「どういうことだ!?」「この事態への対策はどうするんだ!?」などの不安の声が飛びう中でも、党首は平然とした顔をしていた。
「我々ギルファス家としては、このことに対して一切対処しないということです」
喧騒が会場を覆い尽くす。人が死んだ、しかも一人ではなく数人の死者が出た、それなのにギルファス家は事を些事と捉えているかのような対応。
" 人の命を軽んじてはいけない。"
当然の道徳倫理。幼児でも知っているような事実。
多くの参加者とギルファス家の人間の間にある意識の溝が浮き彫りになった瞬間だった。
「 お黙りなさい 」
たった一言。
それも決して大きな声ではない。そのはずなのに、その場は静まり返った。
低く重い大岩のようなたった一言から、人々はジニアオルガの威厳を感じ取ったのだ。
「ギルファスはこの国で一番の力の象徴。言い換えればギルファスの関係者になるということは、常に敵から狙われることと隣り合うということです。覚悟がないのであれば、辞退していただいて構いません」
確かに契約書には、
「 本選抜試験にて死亡された場合、当家は一切の責任を負いかねるものとする。同意される場合は署名をここに 」
と書いてあり、参加者は全員その紙にサインをしている。
不慮の事故や自らの失態による怪我を指しているものと解釈していたが、今の事態にも適応される文言となっている。
「諸君もよく知っているでしょう。この選抜は【魔戦競技】への出場という意味だけにとどまらないことを。ギルファス家次世代への移行に際し、重責の一端を担うにたる新たな人材を取り入れるという目的があるということを。自らの身すら守ることすらできない者に資格はありません。あちらの正面口から帰りなさい」
苛烈な発言ではある。ただ、ロズカはこれまで身近な死を二度体験してきた。
一人は、出会ってからそれほど長くいたわけではないが、一緒にいられたら友達になれたであろう女の子。
そしてもう一人は、身近にいて、自分たちを支え続けてくれた学校の先生。ロズカを認めてくれた、そしてロズカが知りたかったことの手掛かりを知っていたかもしれない……。
死んでほしくなかった先生。
今更、リスクに怖気付いて尻尾を巻く気はない。
使用人の手で門が開かれる。
何人かの参加者が、不平不満を吐き捨てながら去っていく。
しかし、今の発言で最も重要なのは苛烈な発言内容ではない。
なんとなく噂されていたギルファスの次期党首への世代交代。これが近いことを党首本人が仄めかしたのだ。
この【魔戦競技】選抜。多くの短絡的な参加者にとってはお偉いさんの目に止まればラッキー程度のイベント。しかし、ギルファス家の人間にとって、自分達の家の繁栄かはたまた没落かを賭した一大行事なのである。
「では、残った諸君には選定の概要を説明します」
党首ジニアオルガが説明した内容は以下の通りだった。
試験は第1から第4までの全部で4回の試験を実施する。各試験の実施は4人の党首候補者である、長女ペトリカーナ、長男クロード、次男テオファルド、次女シェリアンヌの陣営が責任者として実施する。試験内容は毎回違うが当日まで参加者には教えられない。
そして、試験は全ての試験を終了した段階で残っていた者の中から、4人の党首候補が一人ずつ『代理人』を選ぶ。ギルファス家から【魔戦競技】への出場枠は全部で4枠。ちょうど4人の『代理人』がそれぞれ【魔戦競技】本戦に出場するということだ。
つまり【魔戦競技】に出場するためには、4つの試験をクリアするだけでなく、ギルファスの子供の誰かに選ばれる必要があるというのだ。
大胆不敵にも、この場で党首に向かって質問を投げかける人物がいた。
ヘラヘラとした態度の目が細く、肌の黒い民族装束を着た青年であった。
「もし同じ人物を選択した場合はどうすんだwww? 俺、4人全員から選ばれちまったらどうしよwwww」
党首はブレる事なく、答える。
「無論、選抜された『代理人』自身が誰の代理となるかを決めることができます。そしてその場合は、選ばれなかった党首候補が再度自分の『代理人』となる者を選び直すことになります。まず起こり得ないとは思いますが」
「どうかなww?」
似た格好の少女に取り押さえられるようにしていた青年は最後まで不敵な笑みを浮かべていた。
ギルファス家党首からの挨拶と説明が終わると、すぐに一次審査へと移行することとなった。
「ここからは彼に任せます」と言い残したジニアオルガが去ると、入れ替わりで壇上に別の男が登った。
ジニアオルガはいかにも厳かな名家の党首といった風貌だったが、こちらの男はシンプルで機能性を重視したスタイリッシュな格好をしている。
「一次審査はクロード・ブレル・ギルファスに任命され、代わりに私、ガウスマン・ロジロヘイムが責任者として運営する」
先ほどのような大きな声ではないが、周囲のあちこちで囁き声がする。
目の前の男のことを知っている者が何人かいるようである。
「何人かは私のことを知っているようだが……せっかくなので、簡単な自己紹介をしておこう。今は財務大臣としてジニアオルガ氏の仕事仲間といったところだろうか。今は亡きジニアオルガ氏の妻、ソーナは私の妹に当たる。これが私とジニアオルガ氏との関係である」
ガウスマンは一息つくと、一気に話をし出した。
「目的を持つことは素晴らしい。私は夢や目標を持つことに多大な価値を認める。しかし、夢想するだけの目標はただの妄想でしかない。目標を立てたら、次はそれに向かっていくための具体的な方法を考えなくてはならない。感情を排し、論理的に、合理的に動くことに徹すべきだ。プランはいくつか用意しておき、うまくいかなかった場合に別の手を打てるようにしておくのだ。その場しのぎの感情だけで即時的に動くことほど愚かなことはない。そして、時間をかけなくて済むことは短時間で済ませる。
さて、一次選抜は私が担当するわけだが、これだけの人数を一人一人判定していくことは実に時間がかかる。ギルファス家の求める人材を選定する方法として、 " 優秀な人材を " 、 " より少ない労力と時間で選別する " という2点を網羅した、最も合理的な手段、それは、提出された履歴書で『通過者を事前に決めておくことである』」
ガウスマンは手を振り上げる。
すると、折りたたまれていた巨大な浮遊式掲示板が広がり、30名ほどの名前が表示される。
「履歴書を見れば、これまでの成果や実績、家柄が載っている。なので、それをもとに、通過者を事前に決めておいたというわけだ。ここに載っているのが、二次試験に進むことができる者だ。おめでとう」
ひとりでに拍手をするガウスマン。
雰囲気に飲まれ、固まっていた聴衆。数百人の人が一斉に見られるほど大きく表示された文字を、各々で確認していく。
ロズカも自分の名前を探して、目で追っていく。
浮遊式掲示板に載っている名前で自分が知っているのは、ギルファス家内で戦闘能力の高さが既にガウスマンに知れているラルゴ・トレビアン。そして、以前どこかの大会で実績を残したと言っていたハグリオ・チェビオーニ。
ロズカの名前や、ルナットの名前は載っていなかった。
次第に通過者の中に自分の名前がないことを認識した人々が抗議の声をあげ出す。
「反対意見が出るのもご最も。このやり方では書類上からでは見つけられない、才能を掘り起こすことができない。その上、選ばれなかった者はどう足掻いても " 目標を達成する " チャンスすら得ることができないのは正しい試験の形とは言えない。なので、私は先ほど発表した通過者以外に、私に挑戦して実力を示すことができた者は一次審査を通過とする、これなら問題なかろう?」
参加者たちはチャンスがまだあると聞いて、少しヒートダウンしたが、困惑の色は未だ消えない。
そのチャンスなるものが、具体的に何を指すのか、分からないからだ。
「実際に見てもらうと早かろう。手始めに、党首候補者の1人であるにも関わらず、腕試しにこの選抜に参加ている変わり者の私の甥であるクロードに実戦してもらうことにしよう。
私は彼を支持する1人である。だからこそ、贔屓などあってはならないと思っているし、彼が出場者の資格があるのかを皆に見定めてほしい」
合図に合わせて壇上にクロードとコリスが上がる。事前に打ち合わせしていたのだろう。
「ルールは簡単。2人1組となって、私に挑んでくればいい。2人とも場外へ出たり、降参すれば失格。逆に私を壇上から弾き出すか、力を認めさせればその時点で合格となる。ようは、2対1の模擬戦だ。何も難しいことではないだろう」
ガウスマンとクロードは同時に背中の剣を抜く。二つの剣はよく似ている。中央に穴の空いた不思議な形状。
そして、コリスもまた、背負っていた不思議な模様の描かれている枝のような塊を地面に置く。
「さあ、どこからでもかかってくるといい」
ガウスマンの声に反応し、コリスは呪文を唱える。
『水魔法』特有の魔法陣が枝の内部に現れる。
「オーミル・アグラ・ヒルデ。再び息を吹き返しなさい。《氷骨珊瑚のミイラ》」
枯れた枝のようなそれは、水を得ることで膨張し、一気に内部の水分を氷漬けにする。
そう。コリスの持っていた武器は寒冷な海に生息する特殊な生物、【氷骨珊瑚】の骨格を乾燥させたものである。【氷骨珊瑚】は周囲の水を魔力で無理矢理凝固し、氷の擬似骨格を作る。これによって、実際の体より何倍も大きな体を得る。そして、氷の擬似骨格は生成速度の速さから、時に外敵を串刺しにする槍ともなる。
既にミイラとなり、生きてはいない珊瑚だが、コリスの『水魔法』によって周囲に水を付与することで、生前の珊瑚の持つ性質を再現されているのだ。
氷は目にも止まらぬ速度で枝のように伸びていき、枝分かれしていく。何本もの氷の枝は、生き物のように伸びていき、ガウスマンへと無数の弾丸の如く降り注いでいく。
しかし、ガウスマンは怯むことはない。
手に持っている剣、《フラクタクル時計塔の「長針」》に鮮やかな色の炎を纏う。振るわれた剣は氷柱を目にもとまらぬ速度で砕き、蒸発させていく。
一見氷に相性のいい炎。
だが、切り落とされてもすぐに再生する氷の槍は、360度どこからでもガウスマンに襲い掛かる。
並大抵の腕では防ぎ切れるものだはない。
しかし、ガウスマンにはそれを凌ぎ切るだけの剣技があった。
そして、
「炎の付与」
クロードの剣に炎が付与される。そして、瞬きもする暇もなく、クロードの加速と共に間合いは一瞬で失われ、二人の剣は鍔迫り合う。
クロードの持つ《短針》、ガウスマンの持つ《長針》。炎を巻き上げ、金属のぶつかり合う音を立てる。
コリスの『氷魔法』がクロードの邪魔をしないように、援護をする。
剣技において、圧巻の実力を見せつけるガウスマンだが、そこに及ばないまでも、コリスのサポートによって拮抗するに至るクロード。
観衆は目を奪われていた。
目の前で行われている高度な魔法戦闘。技術と力の粋。
これが、ガウスマンの狙っていた状況だということにロズカは気がついていた。
圧倒的力を見せつけて、戦闘能力に自信のない者を自主的に辞退させるためのパフォーマンス。
そして、秀逸なのはもう一つ。他の人間にもチャンスがあることで目が行きにくいが、最初に通った30人というのはガウスマンが独断と偏見で決めたということだ。無論、審査するまでもなく優秀な経歴を持っている者も多くいるだろうが、彼のさじ加減によって自分の派閥の人間を増やすことなどいくらでも可能ということである。
「そこまで」
ガウスマンの掛け声と共に、3人の戦闘はぴたりと止まる。
「クロードとコリスは合格にして構わないと思うがいかがだったかな? 【魔戦競技】で準優勝をしたこともある私と、二人がかりとはいえこれだけ戦えるのだから」
【魔戦競技】で準優勝。それは国内指折りの戦闘能力を有しているということと同義である。
文句を言うものは誰もいない。
これだけの戦闘光景を見て、ケチをつけられる人間がどれほどいようか。
最後に仕上げだ。
「さあ、我こそはと思う者は2人1組になって壇上に上がりたまえ。すでに2対1というハンデをつけているのだ。無論私も手を抜くつもりはない。挑戦者には怪我や死もあり得るかもしれない。それでも挑戦する者は歓迎する」
静まり返ったままの会場。
" 怪我や死もあり得る " という言葉が、死人がすでに出ているこの状況で説得力を持っていた。
ロズカは静かに思案していた。
勝利するためには、実力のある参加者と手を組んであの強すぎる財務大臣に認められる、または場外に弾き出すしかない。
ハグリオやラルゴ。同じペトリカーナ派の実力者二人は既に合格を保証されている。
ペアを組んで参加する必要自体がないのだ。
2対1の戦闘。ロズカは、1ヶ月前の学校であったバルザックとの戦闘を思い出していた。
今回もルナットと手を組むべきだろうか?
彼なら、何か驚くようなことをしてくれそうだ。
あれから1ヶ月でロズカも以前よりも色々と成長を実感していた。もしルナットもそうだとしたら、きっと心強いことだろう。
しかし……。
決断をできずにいたところで、背後から低く冷たい声がして、思わず振り返る。
「俺と組むか……ロズカ・スピルツ」
青白い肌。落ち窪んだ目。妙に細長い手足。
片手に握られていた黄色い果実【リンゴスボリス】をかじるその男は、必要がなければ関わり合いになりたくないような雰囲気の人物だった。
しかし、ロズカは額に汗を浮かばせながらも、少しだけ口角を上げ、目の前の希望に手を伸ばした。
「組む。よろしく、ヘルメッセン」




