15 バビブベ三銃士さんジューシー
【 選抜 第1日目 開始 】
朝食をとって、トイレに行って、集合場所に向かった。エビィーたちを呼ぼうと思ったら、すでに部屋にはいなかった。集合時刻には少しまだ早かったけど、部屋にいても二度寝してしまいそうだし、メイさんと一緒に会場に向かった。
まだ低い太陽。
くすぐるような微風。
のどかな白い雲
喧騒とは無縁の爽やかな自然。
隣には美しいメイさん……なんちゃって。
なんだかいいことがありそうな朝だ。
「さーて、頑張るぞー」とせっかく意気込んでいたというのに……。
「待て、そこのお前! 見つけたぞ、ルナットだな!!」
そう言って指を突き立ててきたのは、やたらと化粧の濃い女だった。
化粧の濃い女、アフロのヒョロい男、太った男、の怪しげなコスチュームの3人組。いかにも悪者顔でゲヘゲヘと笑いながらこちらを伺っている。
一気に台無しだ。俺の素晴らしい朝を一瞬で台無しにしたこの3人は、どうやらただ単に目があったから絡んできたというわけではなく、俺のことを探していたようだった。
珍しくメイさんが先に返事をした。
「どなたか存じ上げませんが、人違いではありませんか? 私も主人もルナットという人物に心当たりはないですが」
まあ! メイさん……! なんて堂々と嘘をつくのでしょう。
確かに、こんな変人トリオに絡まれるのはごめんだ。知らない顔をしておいた方がいいに決まってる。
「そ、そうだそうだ! ルナットなる人物も、バルニコルなる人物も知らないぞ!」
すると3人組は顔を合わせて、堂々と作戦会議を始めた。
「おかしいわね……。ルナットってあんな顔じゃなかったかしら。メイドも連れているし、間違いないかと思ったんだけど……」
「オデもそう思ったんだけど人違いだったのかぁ?」
「いやいやバーバラ様、ブーデン。しっかりしてくださいよ! あいつがルナットに間違いありません。きっと俺たちにビビって嘘を言ってるんでさぁ」
ヒョロいアフロの男がちゃんと覚えていたようで、再びこちらに向き直る3人。
人差し指を突き立てる化粧の女。
「hahaha! 小賢しい真似しても無駄! そんな嘘、初めからお見通しなのよ! あんたが魔力測定7000なんぼのルナットでしょ?」
メイさんは諦めていないようだった。
「すみません、確かにこちらはルナット様です。しかし、魔力測定の数値は150ほどです。お探しの人物とは違うのではないでしょうか? 私聞いた話によりますと、ルナットという名前の参加者は他にも5人ほどいらっしゃるようですよ」
メイさん……顔色ひとつ変えずに、こんなにポンポン嘘が出てくるとは……。
再び即席作戦会議を始める3人。
「え……やっぱり人違いじゃないかしら? だって150って、アタシたちとあんま変わんないじゃない」
「いやいやいや、そんなことないですって! 資料で見た顔通りじゃないですか!」
「オデ、本当は最初からあいつがルナットって思ってた……」
「嘘おっしゃい!」
気を取り直して「ふふん」と自信満々にこちらを見下ろす女。
「騙そうったって、そうはいかないのよ、ボーイ。まずは自己紹介をしてあげるから耳の穴かっぽじってよーく聞きなさい!」
「そうだぞ! よく聞いとけ!」
「んだ! んだ!」
頼んでもないのに、ノリノリで自己紹介を始める3人組だった。
「バ! バラのように可憐な紅一点、バーバラ・エーヤン!」
「ビ! ビビっちゃいなよ、天才的な記憶力! ビロンチョス・ビーチョス!」
「ブ! ブルブルお腹の力自慢! ブーデン・シートベルト!」
「「「我ら3人、ペトリカーナ様親衛隊・バビブベ三銃士、ここに参上!!」」」
そして決めポーズ。
からのドヤ顔である。……朝から脂っこい肉料理を食べたかのような気分で、胃もたれを起こしそうだ。
ペトリカーナの親衛隊……。こいつらあの性悪長女の子分かぁ。確かあのラルゴとかいうゴリマッチョも親衛隊を名乗ってたっけ。
「何か質問は?」
あのハイテンションから急に真顔になる3人。もはや情緒が怖い……。
「じゃあ。どうして「バ」の人と、「ビ」の人と、「ブ」の人の3人なのに、バビブべ三銃士なの?」
「それはバビブ三銃士はちょっと語呂が悪いからよ」
そうですか……。
メイさんが学校の授業よろしく律儀に手をあげる。
「はい、そこのメイド。質問どうぞ」
「この後、御用がありますので、今すぐ立ち去ってもいいですか?」
「却下です」
却下されてしまった。
やれやれ。こんな派手な自己紹介されたら、仕方がないか。
俺はメイさんの方を向いた。
「メイさん、俺たちも何か派手な自己紹介でもやる?」
「やりません」
こちらも却下された。
「必要ないぜ! なぜなら、お前たちのことはすでにラルゴ隊長から聞いているのだからな!」
ヒョロいアフロ男が自信満々に述べる。
ペトリカーナの横にいた大男ラルゴは、こいつらの隊長なのか。
「いやいや、ビロンチョス。オマエ記憶違いしてるぞ。先にペトリカーナ様から聞いて、その後詳しいことをラルゴ隊長から聞いたんだ」
「わかってるよブーデン! 細かいことはいいんだよ! 今格好つけてるんだから、茶々を入れるなよな!」
「アンタたち! おだまらっしゃい!!」
女リーダーは二人の子分の頭をはたく。
とんでもなく、やかましいトリオだ。
「今日あなたたちの前に現れたのは、勧誘をするためなのよ。これはあなたにとっても美味しい話なのよ。ズバリ、ペトリカーナ親衛隊にあなたたちも入隊しなさい!」
「無理」
即答されて一瞬フリーズする3人。
そんなもの、考えるまでもない。
「何言ってんのよ。少しは考えてから答えを__
「無理」
それで大人しく引き下がってくれるなら楽だったんだけどね。
まあ、そうは問屋が卸さないでしょう。
「バーバラ様、こうなったら作戦フェーズ2に移行するしかないでっせ」
「んだ」
「仕方ないわね……。少し痛いめ見ないとわからないようね! いいわ! 私たち3人のコンビネーションを見せてあげようじゃないの!!」
3人はそれぞれに武器となる【魔法器具】を取り出した。
どうやら向こうさん、強硬手段に出るみたいだ。
「メイさん。下がってて」
この選抜では、武器は一人一つだけ使用することが許可されている。使用できる武器は事前に登録しておいたもののみなので、後から変更することはできない。
俺も、自分の武器《杖》を手に取る。
太ったブーデンは、木製の頑丈そうなハープのような武器に『水魔法』で水分を与え、両手で持って俺に向かって槍のように伸ばしてきた。面白いことにハープのようなものは伸縮自在のようで、かなりの距離を延びて梯子のような形状へと変化した。U字型の先端が、さすまたのように相手を捉えるのに適しているようだ。
「《梯子状の琴》!」
しかし、キシムとの修行で鍛えている俺には避けるのは容易い。
そこへすかさず太鼓のリズムと共に、押し寄せた雷の波に当たってしまう。
「《雷太鼓》!」
ダメージは大きくないが、一瞬痺れて動きが鈍くなる。ブーデンの梯子で捉えるための足止めのようだ。
太鼓を叩くたび、波のように『雷魔法』を飛ばしてくるのは、アフロ男のビロンチョス。
そして、トリオのリーダーらしき女、バーバラは、大きな法螺貝を口にくわえ、圧縮した空気の球を蓄積していっている。
「《反響の大巻貝》! フゥーーーーーー!!」
威力をあげるために力を溜めてから『風魔法』を飛ばそうとしているようだ。あれは発動してしまったら厄介そうだ。
まずは、落ちている小石に『移動』→《ターゲット指定》を指定。雷の波を飛ばしてくるビロンチョスに死角から小石をぶつける。ダメージは大したことはないが、何が起こったかわからないビロンチョスの手が一時的に止まる。
「なにぃ!!」
隙ができた。早足で一気に距離を詰める。太鼓を蹴り飛ばして《杖》でみぞおちをひとつき。
「あーもう、ちょこまか動くなよぉ」
背後から、再びブーデンが《梯子状の琴》を伸ばして俺を捉えようとしてくる。力自慢と言っていたこの男と、力比べの土俵で勝負するつもりはない。
飛び上がり、《梯子状の琴》の上に着地する。一気に駆け抜け、《杖》でブーデンの頭部に一撃。
完成しつつあるバーバラの魔法が発動する前に攻撃を止めなくては。
「「形状その1」!」
《杖》を『形状』で長く変形し、届かなそうな間合いの差を埋める。『身体起動』で距離を詰めるより、こっちの方が攻撃を当てるのが早い。
こちらの武器も変形するとは思いもしなかったようで、バーバラは呆気なく吹き飛ばされる。
「く、くそう……俺たちのコンビネーションでも魔力測定7000いくらのやつ相手じゃ、手も足もでねぇ……」
「オデたちの魔力値を足し算しても……ひい、ふう、みい、よ……」
「いいから、あんたたち! この場は出直すよ! 退散!!」
お騒がせ3人組は脇目も振らず、逃げ去っていった……。
「おかしなトリオ」
「あんな愉快な方々を遣わしてくるなんて、ペトリカーナ様も意外とユーモラスなところがあるようですね」
しかし、あんな3人で俺たちを捕まえられると思われちゃあ、見くびられたものだ。
それじゃあ気を取り直して会場に行こうか、と思ったその時
「うあああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!」
悲鳴とも雄叫びとも聞こえる大きな叫び声がした。
一体今度はなんだっていうんだ? 反射的にそちらへと顔を向ける。
「ちょっと見に行こうか」
「状況確認はしておいた方が良いかと思います」
頷いて、足早に声の下方に向かった。
木々の広がる茂みの奥、 " 何かあるその場所 " に近づくと、嫌な臭気がして咄嗟に鼻を覆う。
そして、すぐにその正体がわかる。
周りには見覚えのある不吉な花。確か名前はヨミツナギ草。
その特性は……死者の周囲に咲くということ。
そう、茂みの奥に転がっていたのは、
______________ズタズタに引き裂かれた血まみれの冒険者風の男の死体だった。
「何なんだよ! くそう!」
悪態をついたのは、慌てた様子で死体を目の前に腰を抜かしてその場にへたり込んでいる、赤髪の男、ギルファスの次男のテオファルドだった。
もしかして、こいつが犯人…………?
その場には、俺とメイさん以外にも数人の野次馬らしき参加者が集まってきていた。
「テオファルド様、この男の死体は……」
伺いを立てたのは、昨日魔力測定の時にテオファルドに媚を売っていた小さな少年だった。
「マーボロン……こいつは一体何なんだ!? 俺は小便をしようとしただけだったんだよ! そうしたら、この死体があって、もう……わっけわかんねぇよ!」
死体の第一発見者はその場にいたテオファルドだったようだ。この様子だと、死体をたまたま見かけて取り乱しているところだろう。
おそらく、さっきの叫び声はテオファルドが驚いて出したものに違いない。
確かに凄惨な殺され方をした死体なので、いきなり近くにこんなものがあれば腰を抜かすのも無理はない。
「テオファルド様。ここは一旦お部屋に戻りましょう」
テオファルドの肩に手をかけるのは、イケてる老紳士のセルドリッツェ。
「まったくよぉ! これからするところだったんだよ……! 小便をよぉ……するところだったのに!!」
よく見ると、テオファルドのズボンは盛大に濡れている。
なるほど。驚きすぎて漏らしてしまったみたいだ。これはかわいそうだ。
臭いの正体は、屍の放つ屍臭にプラスして、テオファルドの小便の臭いだったようだ。
マーボロン少年は周りの自分より年上の人間たちに強気な態度を見せる。
「お優しいテオファルド様は今、参加者が亡くなって心を痛めておられる。野次馬は立ち去るがいい」
すっかりテオファルドの子分のつもりのようだ。
虎の威を借る狐。この場合、虎はテオファルド自身ではなく、ギルファス家次男という肩書きだ。
それにしても、だ。
考えてみれば、これだけの数の戦闘に自信のある人間が集まってくるんだ。平気で人を殺す殺人鬼が選抜にいても不思議ではない。
そして、とりあえず俺にはするべきことがある。
俺には他の人にはないらしい力、『鑑定魔法』がある。
これで、誰が殺したかが一眼でわかるのだ。
この殺人の犯人は誰だ。教えてくれ。
『感覚』→《鑑定》→「固有」
「…………犯人の名前は……ヘルメッセン。誰だこいつ」




