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11 久々のロズカ視点

 魔力測定が終わったあと、ロズカが向かったのは本館の傍に4つある建物の一つだ。この4つというのはちょうど継承権を持った4人兄弟の人数と同じであり、それぞれの継承候補が自分と自分の傘下にいる者たちを滞在させるために使用している。


 ダークで重厚な色の絨毯の長い廊下。いつのまにか隣には知り合いの男が歩いていた。

 ハグリオ・チェビオーニ。ロズカと同じく選抜に参加する候補者の一人だ。


「測定してきたのかい?」

「そう。あなたも?」

「測定自体は朝のうちに済ませてしまったんだけどね。ガールズたちに絡まれて抜け出せずにいたのさ。いや参ったよ」


 聞いてもいない自慢話をさらっとするハグリオ。確かに顔はいいのだが、ロズカはこの男にそうしたモテる要素を感じ取ることができなかった。鼻につくようなナルシストな性格は、二言、三言話せばわかる。鼻につくといえば、彼のつけている香水の花の香りがあまり好きではなかった。


 何を勘違いしたのか、ハグリオは得意げに髪をかき上げた。


「そう警戒した顔をしないでもいいじゃないか。可愛い顔が台無しだよ。それとも僕と二人きりで話をしているところを他の女子に見られて嫌がらせを受けることを恐れてるのかな?」


 警戒……。その言葉を聞いて、ロズカはここにきてようやく、彼に対する少しばかりの不快感の理由を見つけることができた。


「そう。警戒が足りない」

「は? 何がさ」

「君がアタシに対して」

「どういうこと? どうしてロズカ君を警戒しなくてはならないのさ?」

「この場所にハグリオは何しに来たの?」

「決まってるじゃあないか! この選抜を勝ち抜いて、ギルファス家の代表の一人として【魔戦競技(マジナピック)】に出場する権利を手に入れること、そして素晴らしい成績を残すことさ!」

「ならなんで、同じ選抜候補者のアタシにそんなに気安く話しかけてるの?」

「はは。僕が緊張感が足りないからって注意してるのかい?」


 違う。

 ハグリオが予選そのものを甘く見ている、見通しが甘いだけの男なら不快にはならない。ロズカ自身、()()()()()()()()()()()()()()()


 この男は軟派ではあるが、ある程度物事の見通しができる。自信や慢心はあっても、ギルファスの代表に選ばれると言うことがどれほど難しく、その選抜に参加することがどれほど注意深くならなくてはならないか、理解しているはずだ。


 ライバル視している相手であれば当然「警戒」が生まれるはずだ。


 だからこそ、これだけは言っておこうと思った。


「君がアタシに楽しそうに話しかけるのは構わないけど……予選でアタシに負けて、悔しくなることとか考えないの?」

「僕が? 君に? ははは、面白い冗談を言うね! …………それはないだろうさ」

「なぜ?」


「それは____僕が優秀な使い手だからだよ。君よりね、子猫ちゃん」


 自信満々に言ってのけるハグリオ。そうだ。ハグリオは初めから、自分のことをただの世間知らずにも【魔戦競技(マジナピック)】に出ようと夢見る小娘くらいにしか思っていない。それが伝わってきたから、ずっと嫌な感じがしたのだ。この男は相手が美女だろうと、緊張感を持つべきと判断した相手には所作や言葉の節々にそれが出てくる。

 「あの人」と対した時のように。


「アタシのこと舐めてるでしょ?」


「舐めてはいないさ。でもきっと君にはまだ早かったと思い知らされることになると思うよ。僕は君が傷つくのが心配なだけさ」


 目は口よりも多弁だ。顎が上がって、視線が見下している。


 この男を黙らせるには、力を示すのが合理的だと判断して、そのまま目を逸らした。


 何より、もうすぐ目の前にロズカとハグリオの共通の主人(あるじ)の部屋へとつながる扉がある。





 ________ペトリカーナの部屋への扉が__。






◆◆◆



「ロズカ、ハグリオ、いらっしゃい」


 ペトリカーナはいつにも増して機嫌が良さそうだった。気取ったお辞儀で挨拶を行うハグリオ。


「麗しのペトリカーナ様。本日も大変お美しゅうございます」

「あら当然でしょ。でも、時と場合によっては、当たり前のことをちゃんと口に出して言うのも必要ね」


 「美しい」は彼女にとっては、今までに散々言われてきたペトリカーナの接頭語なのだ。

 ただ、ハグリオの言う「美しい」には、綺麗な女性に好かれたいという男の下心が見え隠れしているように思えた。


「あなたたち2人も、アタシのこの部屋にいるのにふさわしいくらいには整っているわね」


 部屋の壁の中央には一枚の大きな絵が飾られていた。美しくも、理由もなく心を不安にさせるような吸引力。それはペトリカーナが描いたものである。ペトリカーナの圧倒的な個性と感性の鋭さ、そして心の中の「魔」を見せつけるような一枚の絵画。


「ふさわしくないのはラルゴ。ブサイクなあんたくらいよ」


 すぐ横の筋肉隆々な大男は、確かにお世辞にも整っているとは言えない容姿だ。このラルゴという男は、ロズカの知っている範囲ではペトリカーナに心酔する親衛部隊なる集団がいて、そのリーダーなのだそうだ。ボディーガードとして、いつでも隣にいるようだった。


 ラルゴはペトリカーナの酷い物言いに気分を害するどころか、上機嫌に言い返すのだった。


「ははは! 何をおっしゃっているのですか! ブサイクがいるからペトリカーナ様の美しさがより際立って引き立つのでしょう! 一番星は真っ暗な夜空でこそ、その明るさが目立つのです! つまり、ペトリカーナ様のお隣にふさわしいのは私ということです!!」

「つまり何かしら? アタシは星程度のちっぽけな輝きしかないって言いたいの? 潰すわよ」

「いえ! ペトリカーナ様の輝きはこの世界を照らすどんな天体よりもまぶしく輝いております!」


 ペトリカーナは呆れ顔でため息をつく。


 余計なおしゃべりをするためにここにきたのではない。さっさと要件を伝えてしまおう。


「魔力測定の数値を報告にきました。ついさっき、測定をしてきたので」


 そう告げるロズカには目もくれず、ペトリカーナは紙の束を手に持ち、めくった。


「ご苦労様。でも、ここに報告書があるからわざわざ報告は必要ないわよ。ふふ、いいわ。せっかく来たんだもの。あなたたちの数値を見てあげようかしら」


 まだ数分しかたっていないというのに、報告書を持っているなんて、いったいどんな情報網を使ったのだと思った。しかし、「情報網」という言葉を思い浮かべたとき、ロズカの頭にはその答えが出ていた。


 次にペトリカーナが発言をする前に、ノックの音がして、扉が開いた。




「失礼します! 我らペトリカーナ様親衛隊・バビブベ三銃士、参上致しましたぁ!!」



 元気のいい掛け声とともに現れたのは真っ赤で派手派手しいコスチュームを身につけた男女3人組。一度見たら忘れられない。忘れたくても忘れられない。

 ロズカは前に一度会っただけの彼女たちのことをよく覚えていた。


 ラルゴは彼らの急な到来にペトリカーナへの釈明を始めた。


「ペトリカーナ様、失礼しましたーー! そそっかしくて、せっかちな部下で申し訳ありません! まったくお前たち、ノックをして、許可をされたら入るようにとあれほど__

「ラルゴ隊長〜! いやすみません。ペトリカーナ様直々のご命令をしていただけると思って、つい浮かれてしまって!」


 3人組の真ん中にいる化粧の濃い女がペコペコと頭を下げながら陽気に返答した。ロズカは3人組のリーダーである、この女の名前はバーバラだったことを辛うじて思い出していた。


「いやー、近くで見るペトリカーナ様は美しすぎますね〜〜」

「ちょっとビロンチョス! 今アタシが喋ってるんだからおだまりよ!」

「バーバラ様〜、それより、あれ見て下さいよ!」


 バーバラの謝罪を「それより」呼ばわりしたヒョロ長いアフロヘアの男の名前がビロンチョス。隣でボーっと立っている非常に太い体のポッチャリ体型をしているのがブーデン。特徴的な外見に、コスチュームの派手さと奇抜さも合わさって、サーカスか劇団の団員ではないかと思わせる。


「……なによ。今、謝ってこの場を取り繕ってるんだから、静かにしてなさいよ。って、あれ誰?」


 ビロンチョスはこちらのことを覚えていたようで、リーダーのバーバラにロズカとハグリオのことを耳打ちする。

 一方のバーバラは、ロズカたちのことを思い出していなかったようで、眉間に皺を寄せながらビロンチョスの言っていることを聞いていたが、思い出したように顔が明るくなった。


 と、そこに見かねたラルゴが部下の3人組へゲンコツを入れる。


「「ぎゃっ!!」」


「このバカ!! お前たち、状況がわかっているのか!? 突然部屋に入ってきて、ペトリカーナ様のお話を中断させて!」


 「うひぃ! すいません、すいません!」バーバラとビロンチョスはすぐに脇の方へと飛び退いて正座をした。

 一緒に正座をしたブーデンがボソッと「痛い……。オデ、何もしてないのに……」と呟いていた。


 ペトリカーナは表情の読み取れない視線で、一連の流れを眺めていたが、少しして口を開いた。


「この " 面白トリオ " はラルゴ、お前が呼んだの?」

「はい。こんなですが、やるときはそれなりにやる者たちです。例の件、彼らに任せようと思いまして」

「ふーん……。まあ、いいわ。その件はあとでにするとして、今はこっちをアタシは見たいの」


 そう言うと再び、ペトリカーナは資料をめくり始める。


 短い刹那、ペラペラと紙をめくる音だけが部屋の中の唯一の音となる。


「ハグリオ・チェビオーニ。魔力測定値353。へえ、悪くないわね。数多くいる受験者の中でも300超えるのは一握りなのじゃないかしら?」

「お褒めいただき光栄です。ですが、ペトリカーナ様の片腕としては当然の結果です」


 片方の口元を吊り上げた嫌な笑い方をして、気取ったおじぎを再びする。


「あら、ロズカ。あなたは測定値376ね。まだ15歳でこの数値は驚異的ね」


 まさか自分が年下の小娘に負けるとは思っていなかったようで、ハグリオはギョッとした表情でロズカを見た。


 ラルゴが顎に手を当てて考えるようなポーズをする。


「ヘルメッセンが確か314……それより上とは二人とも中々有望な人材ですなぁ。もっとも、このラルゴは「523!」でしたが!」


 そう言って得意げに鼻を膨らませる。500オーバーはそれこそ誰がなんと言おうと、一流と呼ぶにふさわしい使い手としての数値だ。外見からは人は判断できないのだな、とロズカは思った。


「魔力測定値なんてあくまで指標の一つでしかないけれどね」

「ええ、その通りです。使い手としての資質は魔力放出量だけでは決まらないのですから」


 強調するハグリオ。さっきまで得意げにしていたクセに、とロズカは思っていた。


「そうね。ヘルメッセンの力はアタシもまだ底が測れていないわ。そして、アンタの頭と顔の悪さも魔力測定値には現れないもの」


 と、相変わらずラルゴに辛辣なペトリカーナであった。


 ラルゴは頭のおかしなところはあるものの、決して馬鹿ではない。

 しかし、ペトリカーナを比較対象としてしまえば「頭が悪い」と評価されてしまっても致し方ない部分はある。


 しばらく反省をして正座で待機していた愉快な3人組だったが、急に元気になったかと思うと立ち上がり、代表のバーバラが、アフロ男のビロンチョスの補助を受けながら、ペトリカーナに大きな身振り手振りで何かを伝え始めた。


「はい、まったくもってその通りです! このロズズとハグシオは

「ロズカとハグリオです、バーバラ様」

「オッホン! このロズカとハグリオは、おっしゃる通り、ペトリカーナ様の家来にふさわしい有能な人材です! そして、この者たちにペトリカーナ様の素晴らしさを伝えて、最初に勧誘したのは、実のところ我々なのです!」

「あいや、その通りです!」


 なんということはない。自分の手柄を主張できると判断するや否や、彼女たちは大喜びでプレゼンを始めたというわけだ。


 特にしゃべることのなかったブーデンも重たそうな体を揺らしながら、一緒になって拳を振り上げていた。


 しかし、ハグリオはどうか知らないが、ロズカがペトリカーナの傘下に加わったことは彼女たちの宣伝とは関係ない。そしてそのことは、ペトリカーナも重々知っているはずなのだ。


「あらあら、そうなの? それはあなたたち、良くやったわ。ご褒美をあげなくてはね。こっちに来なさい」


 3人を呼びつけたかと思ったら、ペトリカーナは彼女たちの頭を一人ずつ撫でていった。


「あっは〜〜〜これが天国ですかぁ〜〜ありがとうございますぅ〜〜〜」

「最高すぎる〜〜一生忘れません〜〜」

「オデ、生まれてきてよかった……」


 とろけ顔になる3人。なんと言う単純な人間なのだろうと、ロズカは引き気味に見ていたが、ラルゴは鼻息を荒くして主張した。


「この者たちの監督者は私です! と言うことで、私のことも撫でて下さい!!!!」


 ペトリカーナに頭を突き出すラルゴ。気まぐれ女王様はラルゴの頭を蹴り飛ばした。


「あう……! でもこれはこれで……いい!」


 気持ちの悪い反応をする大男を無視して資料を再びめくっていくペトリカーナ。


 しかし少しして、紙をめくる手が止まる。

 そして唐突に大笑いを始めた。


「あっはっはっ! なにこの数値! 異常すぎて笑っちゃうわね!」


 愉快な3人は、主人の急な笑に互いの顔を見合って状況を確かめ合う。


 魔力測定値が真っ当でない人物がいたのだろう。


 皆の視線が集まる中、ペトリカーナは続けた。


「7069!? どんな変態よ!」

「いやいやいや、魔力測定値が7000オーバーだっていうのですか!? あり得ませんよ! 流石に資料の不備でしょう?」

「いいえ。ヘルメッセンがそんな雑な資料を寄越すはずがないでしょう?」

「だとしたら、測定の不備としか……」

「ふふふっ……どうかしらね」


 魔力測定値が1000を超えることは一般的にあり得ない。そういった取り決めがあるわけではないが、いったとしても500代……現実にいるかはわからないがいても600だろう。


 それが7000というのであれば、結果自体を疑うのは当然の流れだ。


「ちなみに、そのふざけた数値のやつは、どんなやつなんですか?」

「アンタも知ってる人間よ?」

「まさか…………

「そう。ルナット・バルニコル。さっきの坊や」


 その名前を聞いて、ロズカは指がわずかに動く。ルナットが会場に来ていたことは知っていた。さっき測定の会場で声をかけられて無視したのだから。


 まさか、ペトリカーナにこんなに早く目をつけられているとは思いもしなかったが……。


「あの小僧ですか……。

確かに体捌きと変幻自在の武器には驚きましたが、魔法出力が異常なほど高いようには思えませんでしたがね……」

「ええ、におうわね。思った通りだわ。彼には何かある」


 ペトリカーナは3人組に視線をやる。


「そうそう。ラルゴにあなたたち3人を呼ばせたのは、このルナットという坊やをアタシのものにするために動いてもらおうと思っているの。本人を連れてくるでもいいし、彼のお気に入りのメイドがいるからそっちを誘拐してくるんでもいいわ」


 いきなり話を振られたバーバラたちは一瞬ことを理解できずにポカーンとしていたが、最愛の主人からの命令を受けられたと言うことに気がついたことで、喜びの表情を浮かべた。


 誘拐などという不穏なワードなど、歯牙にも掛けていないようだった。


「は! ありがとうございます! 頑張ってきます!!」

「詳細は隊長である私と決めていくから、お前たちはとりあえず待機しておくように」

「わかりました!」


 スキップをしながら部屋を出ていく陽気な3人組。

 緊張感のないトリオがいなくなったことで、部屋には独特の緊張感が舞い戻る。


「さてと。ラルゴ、アンタから後でルナットのことを調べておくようにヘルメッセンに伝えておきなさい」

「随分とあの小僧にご執心ですね……」

「ええ。あれは爆弾にも災害にもなりかねないポテンシャルを秘めているわ。アタシの勘がそう訴えているの。あぁ…あと。あの醜いメイドも調べるように。念入りにね」

「わかりました。間違いなく伝えておきます」


 ここで彼女の直感の鋭さが、ルナットたちを着実に追い詰めようとしていることをロズカは感じ取っていた。

 予想外に長居をしてしまったが、この流れで退室しようと考えたその時だった。



「ねえ、ロズカ。あなた、


  何か隠していることはないかしら?  」



 ロズカの表情は読み取りづらい。もとから疑いを持っていたのならまだしも、何もない状態から心情の揺らぎを読み取られることはまずないと思っていた。

 ルナットの名前が出た瞬間に少し驚きはしたが、声も出していなければ、そのときはトリオが目立っていてロズカにまでペトリカーナの注意が向いていたとは思えない。


 しかし、なんて恐ろしい女性なのだろう。ほとんど材料もないところから、ロズカがあえて口をつぐんでいたという事実の断片を見出すとは。彼女の最大の武器『直感力』はこれほど鋭いのか。

 それゆえに、ロズカは答えた。


「何も」


 ルナットのことを彼女に話すのは、ロズカとルナットが知人であることは、なるべく知られることは避けるべきだと判断した。


 この恐ろしい主に、知られてしまうことは、きっとろくなことにならないように思えた。


 例えそれがすぐに分かってしまうことだとわかっていても……。


「まあいいわ。まだ会ってそれほど長くはないけど、あなたのことは信じてあげる。明確な目的がある人間は、その目的に背くようなことはしないのだし」


 ロズカは今度こそ解放されると安堵しながら、部屋を後にした。


 魔力測定の数値のことで遅れを取ったと思ったのか、ハグリオは退出する際に「必ずや、ペトリカーナ様に、この僕が勝利をお渡しして見せましょう」と宣言していた。


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