9 一息
「すっかり選抜試験ギリギリになったね」
「間に合ったんだからいいっしょwww」
エビィーはケラケラと笑う。いつも心配をするのは妹であるイェーモの方だ。つくづく不公平だと、イェーモはため息をつく。
ギルファス家の【魔戦競技】推薦選手、その選抜試験の開催日までもうあと1日しかない。今日中に登録や魔力測定などの試験を受ける前段階のことを済ませておかなくては受けられないので、ギリギリというイェーモの意見はある意味では正しい。
「まだ、1日残ってるしww。なんならもう一泊フルスト村でゆっくりしていくのもありだったんじゃねwwww? あそこの街の中心にあった像気に入ってたんだよな、ウ◯コみたいな見た目でwwwwww」
「汚い……。
だめだよ。ボクたちはすでにギルファスの家の傘下に入ってるから、書類や魔力測定の事務的な手続きは済ませているけど、原則今日までに選抜参加者は敷地内に集まっておかなくてはならないんだから」
「あ、そうだ! ルナットのいるコール街で一緒にバカやるのも面白かったかもな!」
「何言ってんのさ。あのときはまだ任務も終わってなかったし、それに一緒に行ったらボクたちがあの場にいたことがバレて色々厄介でしょ!」
どこまで本気なのか。自分達が綱渡りをしてここまできているという自覚が、この兄にはまるでない。
山で出会った記憶喪失の少年ルナット。彼が、自分達を裏切って、山にいたことを話してしまうことだってありえないとは言い切れないのに……。
「ルナットのやつ、どうしてるかなwwww」
そして、思い出を懐かしみ出す始末。
イェーモは頭を抱える。
「おいおい見ろよww」
今度はなんだろうか。きっとろくなものじゃない。
またウ◯コのような形をした像でも見つけたか。それとも本物のウ◯コか……。
意識を向けると、目に入ったものは予想の斜め上を行っていた。さっき話題にしていたルナットが何やら揉めているようだった。しかも相手がどうにもとんでもない相手だった。
「おいおいwww。ルナットがなんでペトリカーナ様と揉めてんだwwwwwヤベェwww」
ルナットはうずくまって苦しむメイドの少女を助けようとしていて、それをペトリカーナの護衛のラルゴが防いでいるようだった。
「……笑い事じゃ…………。ペトリカーナ様は『ナイトメア』を使ってるみたいだね」
「ま、ここで出会うも何かの縁ww。いっちょやりますかねwwww」
面倒ごとにすぐに首を突っ込むエビィー。もちろんイェーモも単に魔物に襲われているだけの人であれば、助けることに躊躇はしない。しかし、相手はあのペトリカーナ様だ。気が引けて仕方がない。だが、兄がやるというなら諦めるより他はない。
「 「身体強化『加速』」 」
勢いよくルナットを抱えてその場を離れるエビィー。ペトリカーナやラルゴに顔を見られませんように、と祈りながらイェーモは兄に遅れないように魔法陣の上でうずくまる少女を抱え上げ、飛び去った。
◆◆◆
ヌズムム族の兄妹と驚くべきタイミングの再会を果たした俺たちは、あの性悪女たちが追って来れないくらいの距離になってから一息ついていた。
「エビィー、イェーモ! 助かったよ!」
「危なかったなww。もっと感謝しても構わないぜwwwww」
「マジ、感謝! マジ、リスペクト!」
「ウェイ〜〜wwww」
相変わらずエビィーは陽気な男だった。
「それはそうと、リンゴスボリスの密猟してたのはよくないと思う!!」
彼らと初めて会った山から降りた時に、彼らに渡されたリンゴスボリスを持って帰ってしまったせいで、危うく重罪になるところだったのだ。
実際ドーマにはそのことをネタに逃走を手伝わされたし。
これは文句の一つでも言っていいはずだ!
「大変な目にあったんだから!」
「あー、あの街だと取っちゃいけないんだっけかwww? めんどくせー決まりだなwwww。自然なものは誰のもんでもねぇのによwww」
「ボクらの感覚だと納得できないよね。ドンソン家は誰のものでもない自然に対しても、そういう利権どうのを主張してすぐ商売道具にしたがるから嫌いだ。あと、植物を取るのは密猟より密菜って言い方のほうがいいよ」
などと兄妹開き直る始末。
部族の価値観がそういう感じなのは分かるけど、ルールなんだから知ってるならちゃんとしてほしいところだ。
もう助けてくれたからいいや……。
「それにしても、エビィーたちはどうしてこんなところにいたの?」
「そりゃお前www決まってんだろww」
「この場所にあるのはギルファス家領の別荘地。選抜試験の会場だけだよ。ボクたちも受けにきたんだよ、【魔戦競技】の推薦選手になるための選抜試験。ルナットと同じだよ」
つまり、エビィーたちも俺のライバルってことになるのか……。
彼らの身のこなし、魔物と対峙した時の戦闘力の高さは、この世界に初めてきた時に目の当たりにしている。
訓練を受けて力がついてきたとはいえ、強敵であることは間違いない。
最も、俺はこの選抜で " アウスサーダ家側のスパイ " という極秘任務があるから、彼らや他の受験者とは立場が違うけどね。
裏の目的を隠して選抜試験に紛れ込む俺。真面目に合格しようとしている受験者のことを考えるとちょっと後ろめたくもあり、また、厨二心もくすぐられるぜ……。
「と言っても、ボクらは大会出て優勝することが目的ってわけじゃないんだけどね」
何……!
イェーモたちも、俺と同じように、何か裏の目的が……!?
「まさか、君たちも、どこかの御三家のスパ……
「 「あの!!」 先ほどは助けていただいてありがとうございました……」
唐突にメイさんが不自然に大きな声を出して割って入ってきた。意識も朦朧として、足取りもふらふらだというのに無理をしてはいけないよ。つまずきそうになるメイさんを急いで抱き起こす。
メイさんは一瞬、俺を睨みつけた。
あれ…………なんか怒ってる?
そして、そのままメイさんは首を小さく横に振った。
……あ、そっか。ヤッベ。「君たちもスパイ」なんて聞き方俺たちがスパイだってバラすようなものだもんでした。俺、やっちまうとこでした!
「うぉいおいwwメイドさん、ぶっ倒れそうじゃんww」
「はあ……。兄さん」
「どうした妹wwww?」
「いつも言ってるけどね、こういう時にもそうやってヘラヘラしてるから、しょっちゅう周りからいらない反感を買うんだよ」
「んはっwwwwいつも言ってるけどなwwwwwwこれはwww性分だからwwwなおんねぇwwwww」
それからメイさんの調子が戻るまで座って休憩することになり、その間、俺たちは簡単にお互いの話をした。
メイさんは自分のことを「ルナットの世話係である、メイドのメイ」であると紹介した。
あえて本名から遠い名前でなく、「メイ」という偽名を名乗ることにしたのは、俺が呼び間違えをしてしまわないようにという配慮からである。
普段から「メイさん」と呼んでいる呼び方をしても全く問題ないということだ。とてもありがたい。
「さっき言ってた、ボクたちの目的って話なんだけど、まずその前に前提条件を知っておいてもらわなくてはならないんだけど……。ギルファスの家は今、兄弟同士の利権争いが加熱してきてるんだ」
「ほ……ほぇーー……」
知ってはいる。
けど、これは一参加者が知ってていい情報か、普通は知らないはずの情報なのか判断しかねた俺は、どっちつかずの相槌を打っておいた。
「それで、それぞれの兄弟が当主を継ぐべきだっていう派閥があるんだよ。どうしてこの時期にって感じだけどね」
「どうしてかは、イェーモたちも知らないの?」
「うん。当主様はまだまだ元気でいらっしゃるし、急いで次の後継者を探す必要のあるご年齢でもないんだけど、突然後継者を近々決めると宣言されたんだよ」
「お偉い方の考えることは謎だぜぇwwww」
時期かぁ……。確かに急に自分の後継者を決めようとするなんて、何もないと考える方が不自然だ。
「俺たちは、ギルファス家四兄弟のうちの一人の派閥にすでに入ってるんだよなwww」
「そ、それってまさか……」
「安心しろwwwwペトリカーナ様の派閥じゃないからwww。俺らのボスは末の娘、シェリアンヌ様だww」
それを聞いて一安心した。
「長女のペトリカーナ様は頭が良いし、金やコネクションを持ち合わせてる。長男のクロード様と肩を並べて当主の座に近いお人だと思うよ。しかし、性格にやや難があって……
「ややじゃなくて、と・て・も!」
「ルナットそんなに怒らないでよ」
「むう」
「とにかく、あの人が当主になったら今よりギルファス家が荒れることは間違いないんだよ。だから、最終的に当主の座につくことも一応狙ってはいるけど、ボクらとしてはできるだけシェリアンヌ派として力を示しておくことがとても重要なんだ」
「むしろ、そっちがメインなwwww」
この選抜……単に【魔戦競技】に出場したい人が参加するのかと思いきや、聞いているとそれはむしろ二の次で、ギルファス家のお家騒動の延長という感じのようだ。
そりゃあ、タイノンさんも調査しないとってなるわな……。
特に、あのペトリカーナが家を継ぐとかなったら、下手したら暴動も起きるだろうし……。
「ルナットたちはどうしてペトリカーナ様と揉めていたの?」
「いやぁ……それがよくわからないんだよ……。いきなり「自分のものになれ」って言ってきて」
怪訝な顔をする二人。俺は助けを求めてメイさんの方を向く。
メイさんは控えめなメイドとして、求められるまで口を閉じていたが、俺のヘルプを感じ取ってようやく話し始めた。
「はい。ルナット様のおっしゃる通りです。あの方とは初対面でしたが、どうやらルナット様のことを非常に気に入られて、どうしてもご自分の傘下に加えたいようでした」
本当になぜいきなり話しかけてこようと思ったのかわからない。あいつ、こっちの名前すら知らなかったのに。
「おそらく直感だね。あの人はそういう、感覚がずば抜けて鋭いっていうのは有名だからね」
「要するにお前のことを勘で大物だって感じとったってことだろよwwww」
いや、バカな……。
そんな非論理的な理由で見ず知らずの他人を判断するなんて……。
しかし、洞察眼が鋭いのは間違い無いだろう。
確かにあの女の真っ赤な瞳は、こちらの内側を簡単に見通しそうな凄みがあった。
「俺たちも野生の勘には自信があるけど、あの人のは別次元だぜwww。目をつけられたとなると、相当に気をつけた方がいいぜwww」
ふん! と鼻を鳴らした。
たいして知りもしないが、さっきの出来事で十分だ。俺はあの女が大嫌いだ。
「あの女も、変な歌のゴリマッチョも、腐った海産物でも食べて、腹下して、一生トイレに引きこもってればいいんだ」
我ながら、今回の出来事は相当怒っているようで、いつになく具体的な憎悪の言が出た。
◆◆◆
メイさんがだいぶ回復して、俺たちは会場のあるギルファス家の別荘地へと向かった。
案外、距離は離れていなくて、20分もしないうちに、じきに会場についた。
「うわ……なんか、それっぽいな……」
アウスサーダのお屋敷に初めて着いた時は、思ったより普通な印象だったが、こちらはいかにもお金持ちの家という感じだ。敷地は広大で中央にはおそらく本館であろう学校ほどの大きさの豪華な屋敷がある。建物は他にも周囲に建てられており、これを一人の所持者が所有していることが信じられない。
俺は参加のための登録やら書類提出やら、契約書へのサインやら、魔力測定やらがあるので、エビィーたちとは一旦別れた。
「あとで俺らのボス、シェリアンヌ様に合わせてやるよ」と言い残して彼らは去っていった。ギルファスのお抱えの一員となり派閥にも属している彼らは、すでに選抜戦参加のための事務手続きを済ませているのだそうだ。
メイさんと二人っきりになって、実は感じていたちょっとした疎外感から解放された。
とてもどうでもいいことだけど、メイさんもエビィーもイェーモも、みんな綺麗な銀髪をしているのに、俺だけ金髪なのだ。なんか仲間はずれみたいじゃん?
「先ほどのことなのですが……」
先ほどのこと、というのが何を指すのか俺が理解せぬまま、メイさんは続けた。
「私のことを気遣っていただくのはありがたいのですが、今後、多少私が苦しい思いをしていたとしても、命にかかわらないような場合はルナット様のやるべきことを優先してほしいです」
「それってどういう……」
「ペトリカーナ様の使った『ナイトメア』は精神干渉系の魔法でした。心にダメージは負いますが、死ぬことはありません。次に同じ事態になっても必要であれば私のことは放っておいてください」
「ダ、ダメだよ! タイノンさんたちに君のことを頼まれてるんだから、もしものことがあっちゃ……」
あれだけ苦しんでいたのに、どうしてそういうことになるんだよ……。
どうしてちゃんと守れなかったんだと責められた方がまだマシだった。
「ですので、命に別状がない範囲で、ということです。私の指の二、三本吹き飛ぶようなことになっても、命が無事であれば平然と冷静でいてください。私は、この仕事がうまくいくことの方が嬉しいです」
メイさんは天使のように優しい。お淑やかで上品で、とても美しい。
けれど、たまになんというか……驚くほど物事に無頓着な時がある。それは大抵自分についての事だ。
俺はメイさんの持つ優しさを、自分自身にも向けて欲しかった。きっとタイノンさんやトトメアさんだってそう望んでるに決まってる。
「すみません。そんなに悲しそうな顔をしないでください。ですが、思ったよりもこれから大変なことになりそうでしたので」
俯いて何も言わない俺に、メイさんは控えめな笑顔で微笑みかける。そしてポケットから何かを取り出した。
「こちらをどうぞ」
「これは……?」
「お守りです。肌身離さず持っていてくださいね」
小袋に何か小石ほどの硬いものが入っているようだった。
「これから私はルナット様の参加登録用の書類を提出してきます。その間にルナット様はあちらの魔力測定を終わらせてきて下さい」
メイさんが指差す方には選抜参加者と思われる人間が出入りしている建物の扉があり、看板には「魔力測定」と書かれていた。
「うん。行ってくる」
「だいたいの書類関係は私の方で済ましてしまうことができるのですが、参加表明のサインだけはご自身でしていただかなくてはならないので、測定後にこちらにいらしてくださいね」




