6 杖(ステッキ)
素敵なステッキを手に入れたので、部屋に持ち帰ってじっくりと堪能していた。
やっぱり、とってもセンスがいいし、カッコいいし、ついでにチョー可愛いんだけど、ほんの少しだけ大きさと重さが減ればなぁ……。
素材は純度約89%の【流魔鉱】。純度が高ければ高いほど高級らしく、また、魔力伝導率も飛躍的に上昇するようだ。不純物が多くなる程、障害物が多くなるという感じのようだ。
現時点での技術ではこれ以上できないほど純度を高くしたものが、この89%という数字らしい。
よし、『スキャニング』で見てみよう。
この数日で、メイさんに教えてもらった『スキャニング』を試して、いくつか応用を見つけた。
8項目のうち、『魔法陣』と『感覚』を合わせてできる『スキャニング』だが、他の項目も合わせることが出来ないか試してみた。
結果、他の組み合わせで合わせることは出来なかった。しかし、『スキャニング』と他の項目を合わせることはできた。
ずっと気になっていた。『スキャニング「魔法」』と視界の上側に表記されるこの「魔法」の文字が。他の項目もスキャンできるのでは、と思っていたら案の定だった。
俺は『スキャニング「魔法」』の表記のところに『物質』の項目を落とし込むイメージをした。
『スキャニング「物質」』に表記が変化する。これでっと、カーソルの代わりに現れた魔法陣を操作してステッキをスキャンする。
流魔鉱 87.7%
二酸化ケイ素 5.7%
酸化鉄 3.2%
酸化アルミニウム 2.0%
酸化銅 1.2%
炭素 0.1%
おお〜本当にだいたい89%になってる。すこし少ないけど『スキャニング』をしないで測ったんだったらすごいと思う。
せっかくだしっと。『スキャニング』の項目に『形状』を合わせる。
今度は『スキャニング「形状」』の表記になった。
えい。スキャンっと。
『書庫』にステッキの素敵な形状が保存される。これは本当に便利で、例えばこの杖が折れ曲がってしまっても、『形状』の《対象物を変化》で事前にスキャンしておいた元の形に復元することができる。
あ、そうだ。
俺は一つの思いつきを試してみたくなった。
『スキャニング』モード解除して、カーソルが魔法陣型からいつもの矢印にもどると、カーソルをステッキに刺して、ある実験をすることにした。
『物質』→《分離》→「構成材質の分離」っと。これは『スキャニング「物質」』で成分が分かっているものを分離することができるのだ。
相変わらず出力が足りないのか、時間はかかるけど、時間さえかかれば成功することは色々試して実証済みだ。
つまりこういうことだ。
【流魔鉱】の割合が89%(実際には87.7%だが)で最高純度というなら、それ以上にしてみたらどうなるのだろう?
貰い物だというのはわかっているけど、俺は好奇心を抑えきれなかった。
えっと……なになに? 成分のうち、分けるのは【流魔鋼】とそれ以外で……。
杖がにぶく光出し、ゆっくりと下から順に二つの塊に別れていく。蛇の脱皮みたいに、黒い固形物が剥がれ落ちて、純粋な【流魔鋼】が生み出されていく。
時間がかかったが、無事不純物を取り除くことができた。『スキャニング』でも【流魔鋼】100%とでた。分離した時に、形は大分歪になってしまった。これであとはもとの形に戻せば……
と考えていたところで、扉がノックされる。反射的に「入ってます!」返事をしてしまうと、戸が開いてメイさんが顔を出した。
しまった! もらった杖がこんなになってたら悲しむんじゃないの!?
これ、メイさんが選んでくれたプレゼントだったよね……?
ドギマギしていたところにメイさんが一言。
「まあ! ルナット様! もしかして【流魔鋼】から不純物を取り除いていたのですか!?」
「ほへ!?」
俺は驚いて変な声を出してしまった。
一眼見ただけでそんなことまでわかってしまう洞察眼にも驚きだが、悲しむどころか嬉しそうにしているメイさんの反応が予想外だったからだ。
「さすがは私見込んだ方です! すごいです!!」
しかも大喜びときた。
もしかして、メイさんはこうなることを分かっていたんじゃないか?
俺は【流魔鋼】の蛇みたいによれよれの塊を、魔法で杖の形状に戻す。
『形状』→《対象物を変化》→「 "設計図" を選択してください」さっきスキャンした形を選択して……。
杖はさっきよりも一回り小さくなり、しかし完璧にデザインされたフォルムはそのままに元の姿を取り戻した。
うん! 太さも長さもしっくりくる!
それに、【流魔鋼】100%のおかげか、俺の少ない魔法出力でも簡単に魔法が発動する。
俺が魔法で杖の純度を高めることができることも、好奇心に負けて実際にやってみることも、もしかしてメイさんには初めから想定内だったのではないだろうか?
いやいや、まさかまさか。
いくらなんでもそれはないか。
しかし、手に収めた時のあまりに杖のしっくりくるサイズ感から、どうにもそう思えてしまって仕方がないのだ。
◆◆◆
午後の戦闘訓練もやっぱりキシムには勝てなかった。プレゼントしてもらった杖を武器にしていいと言われたので、遠慮なく使ったが、向こうは足の本数がそもそも多いんだからそれでもハンデとして足りないくらいだ。
まだ一度も勝てたことがないので、出発までには一度くらい「ギャフン」と言わせてやりたいところ。
しかし、そのあとのメイさんの『回復魔法』のご褒美で、気持ちも体も復活だ!
明日からも頑張れそう!
ちょうど腹の虫がぐーと鳴って、ご飯時となったことを知る。
タイノンさんは今日は仕事でいないので、食事の席についていたのは俺以外には、メイさん、トトメアさん、それから客人のミンキー氏だった。
といっても、部屋にいる人数といえばそれ以上で、周りには使用人たちが待機している。
人に囲まれながらとる食事にも慣れてきた。
使用人たちが立っている中にエリキがいるのは浮いているが、そう感じるのは俺だけなのか特に周りは気にしている様子はない。
エリキは俺の専属メイドということで、俺の近くで待機しているが、キシムはこの場にはいない。
というか、キシムのやつ、普段見かけないけど何やってんだ?
そういえば、エリキやキシムは普段一体何を食べるのだろうか?
人と同じ食事をするのか、それとも外見通り昆虫が食べているようなものを餌としているのか……。
非常に気になりはしたけど、やっぱりまた失礼だったりするとなんなので、聞かないでおいた。
「いやね。しかしね、ルナット君は、あんなにね、激しい訓練をね、いつもしてるのかね?」
「やられまくってますけどね」
それでも最初の頃と比べて色々と対応の仕方もわかってきた。
できなかったことができていくような感触。ジグソーパズルが少しずつ埋まっていくようだ。
「たとえば、前足2本での蹴りが来るときは、バランスを崩さないようにするためなのか後ろ足が軽く開くんです。あと、アイツは足が多いのでバランスを保ちやすそうですが、体重が重たいせいか意外とバランスを崩すことがあります。そこで体勢が崩れかけると大ぶりな薙ぎ払いのような蹴りをしてこちらから距離を取るように仕向けます。立て直す時間を稼ごうということでしょう。他にも__
俺はこれまでに学習してきた内容を披露した。
「へぇ。すごいね。よく見てるね。こう言っちゃなんだがね、僕は意外だよね。君がそんなに考えるタイプなのはね」
考える、というよりも、トライアンドエラーを繰り返して攻略していくような感覚だ。
無謀に思えた攻撃パターンを攻略していくのはかなり楽しい。
前よりも少しずつキシムの動きには慣れつつある。
最初の頃は動きについていくことも出来なかった。
それが段々と動きのクセ、リズム、攻撃パターン、何度もくらって少しずつ分かってくる。
見切れない速度の攻撃を目で捉えられるようになっていく。
どうも、俺は戦闘の工夫を楽しんでいるようだった。
ニコニコと微笑んでいたメイさんが、ミンキー氏に釘を刺した。
「ミンキー様、ルナット様はうちの秘密兵器ですので、くれぐれも他言無用でお願いしますね」
「もちろんね、わかってね、いますともね。ドンソン財団とね、アウスサーダ家のね、橋渡し役としてね、亀裂が入るようなことはね絶対避けますとも」
いけない。
話に夢中で食事が進んでいなかった。
目の前には美味しそうなディナー。本日のメニューはパスタでございま〜す。
ヒュ〜〜美味しそう!!
……じっと眺めていると、何かが引っかかった。
なんだろう。今、首元まで出掛かってるんだけど……。
そうだ、このパスタの麺……いい形してる!!
俺はパスタを一本手掴みした。何事かと一同の視線が集まる中、俺は気にすることもなく、テーブルの上に一筋の麺を伸ばしておく。
『スキャニング「形状」』
なるほどね。これは面白いことができそうだ。
俺は早くも次の戦闘訓練が楽しみとなっていた。
ようやく、キシムのやつに「ギャピー」と言わせる日が来るかもしれない。




