表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

48/106

4 スキャニング

 暖かい光に包まれる感覚。まるでぬるま湯につかっているようだ。


 さっきまで痛かったところが癒されていく。


 あぁ……いい。


 幸せなオーラに包まれているのを感じて、はっきり意識しはじめたところから、徐々に脳が覚醒していく。


 俺、寝てた……?


 目を開くと、そこには大きなバッタの顔があった。



「 うえおおおおおおお!!! 」



 断っておくが俺は昆虫は苦手ではない。それどころか、人よりも得意なほうだ。しかし、このバッタをさらにエイリアンのようなビジュアルにしたこの姿は、どうしても目覚めの体にはよくなかった。


「どうしたのですか!?」


 すぐ近くにいたメイさんが心配そうに駆け寄ってきた。そりゃあ、起きたらこんなモンスターが近くで待機してたらびっくりもしますよ。


「あー……なんでもない、なんでもない」


 誤魔化すように笑顔を作ってみる。


「それより、俺寝てた……?」

「いえ。ルナット様はキシムとの訓練で気絶されたのです。まったく、キシムはやりすぎです!」


 怒ったように口を膨らませるメイさん。俺のために、そんなふうに言ってくれるなんて、オラぁ幸せもんだぁ……。

 考えてみれば、メイさんは初めから俺のことを信頼してくれていた。

 この世界で記憶がある限り、俺と知り合いだった人はみんな初めはあんまり良くない反応をした。家族も、クラスメイトも、先生も。そりゃあやりたい放題の不良少年だったみたいだから当たり前だけど。

 それから少しずつ、みんなと仲良くなっていった。でも、メイさんやアウスサーダ家の人たちは初めから暖かく迎えてくれて、期待までしてくれた。


 だからこそ、期待に応えたい。

 今回の負けが、苦いチョコレートのように口の中でゆっくり広がっていく。


「次は絶対勝つから!」


 言葉に出して、宣言する。

 そうだ。次は勝とう。次勝って、


「ワタシからもスミマセン……。キシムはワタシのキョウダイのようなものデシテ……」


 バッタメイドのエリキが頭を下げた。外見が似ているからそうじゃないかとは思っていたが、同族なのだろう。


 俺がやられたばかりに、二人に頭を下げさせてしまった。


「全然痛くないし! ほら!」


 手をぐるぐると回してみせる。


「よかったです。『回復魔法』がきいたみたいですね」

「メイさんが回復してくれたの?」


 答える代わりに微笑むメイさん。

 何という天使……。体だけでなくて心まで癒してしまう『回復魔法』とは。


「『回復魔法』が使えるなんてすごいよメイさん!」


 すごいのかちゃんと分かってはいないのだが、きっとすごいに違いない。


「ルナット様にもできますよ」

「どうかな」


 何か方法があっただろうか?

 俺は8つの項目を思い浮かべて、『回復魔法』が自分にできるのかどうか思考を巡らせた。


 魔法は思わぬ手段で実行できたりすることを、『転移魔法』と『水魔法』の一件で思いしったからね。

 この二つが同一の魔法だったということは、言われてみるまで考えもつかなかった。


 となると、一見すると無理そうな魔法でも、俺に再現できたりする可能性はある。

 

「以前のルナット様は確か魔法の『スキャニング』をして、他の人の魔法を分析されていたようですが、どうですか?」


 『スキャニング』……?

 コピー機とかのスキャンか?


 でもそんな項目、見た感じないし……。


「今の俺にはできそうもないみたい」

「そんなことありません。確か…………『魔法陣(サークル)』と『感覚(センス)』を合わせる、というようなことをおっしゃっていた気がするのですが……」


 まさか、俺以外の口から8つの項目の名前が出てくるとは思わなかったので少しびっくりした。いや、でもメイさんは過去の俺から聞いていたわけだし、おかしなことではないのか。


 頑なに俺を信じてくれるメイさん。

 項目と項目を組み合わせるなんて考えもしなかったが、やってみることにした。


 『魔法陣(サークル)』と『感覚(センス)』を混ぜるイメージ…………っと。



 すると、二つの項目が合わさり、新たに視界の上のところに『スキャニング「魔法」』と表示がでた。《魔法陣の設置》を選択すると、点滅する魔法陣が空間に現れた。カーソルがなくなり、代わりに魔法陣を動かせるようになっている。


「おお、やっぱりなんかできそう!」

「また回復魔法を使うので、(ワタクシ)のことを『スキャニング』してみてください」


 俺は言われた通り、魔法を発動させたメイさんの体に魔法陣が通過するように動かした。まさにスキャンだ。


 通過し終わった時、右下にある『書庫(ライブラリ)』の項目が一瞬光る。


 『書庫(ライブラリ)』は一体なんのためにあるのかわからない項目だったが、改めて開いてみると、《魔法》の項目に以前は存在していなかった[0001]というひどく機械的なネーミングの項目が追加されていた。


 メイさんの使っていた『回復魔法』が魔法名[0001]と記録されているようだった。


 [0001]を選択すると……お、魔法の発動方法が表示される!


 どうやら『回復魔法』は、『魔法陣(サークル)』→《陣内の物体の強化》→引数(パラメーター)「治癒」の強化でいけたようだ。


「はぁ……『スキャニング』かぁ。こりゃ便利だ。人の魔法を俺自身で再現できる可能性ができてくるってことだもんね」

「それに、どんな魔法を相手が使っているのか分析ができれば、相手の魔法への対処も考えられます」

「これなら次にあのキシムと戦った時は、姿を消す魔法も分析してやるぜ!」


 鼻息を荒くして意気込んでいたところで、エリキが言いにくそうに発言した。


「キシムの体が見えなくなったのは、魔法ではないのデス。あれは……我々の生まれつき持っている能力デ、体の色を自由に変化させる特技なのデス。ですので、今ルナット様が使われた『スキャニング』では分析できないカト」


 魔法じゃない?


「君たちは、一体どういう……」


 疑問を口にしようと思ったが、なんと言えばいいのかわからなくて途中で言葉が途切れた。


 エリキやキシム、この二体はなんなのだろう?


 魔物というにはあまりにも知能が人のそれだ。人間の言語を話す魔物は俺が短い期間ながらも興味を持って学んできた生物学的にはいなさそうな存在だ。


 ならば、異世界ものでよく亜人というやつだろうか?

 エルフ、ドワーフ、人魚、獣人……そんなやつか? なおさら聞いたことないぞ、そんなのがいるなんて。


「何者かということデスネ」

「うん……」

「いいじゃないですか、そんなこと。エリキはエリキですよ」


 メイさんはそういうけど、俺は気になっていた。

 バッタのような顔をしたその存在は、今まで通り機械的な響きを含んだ声は、淡々としていて、しかしどこか悲しげであった。


「ワタシたちはこの世界にとっての異分子デス。生まれてくるべきではナカッタ、道理と摂理を捻じ曲げて生まれ落ちた……

「____エリキ」


 メイさんは咎めるような険しい目をしていた。

 どうしてメイさんは怒っているのか。どうしてエリキは怒られるであろうことをわかっていても、口にせずにはいられなかったのか。今の俺にはわからない。

 

「申し訳ありマセンデシタ」


 エリキは深々と頭を下げた。そしてそれ以上は言わないと決めたようであった。


「彼女たちは誰がなんと言おうと、エリキとキシムはうちの大切な使用人です。それ以上でも以下でもありません」


 口ぶりからして、メイさんはさっきはどうやらエリキが自虐的なことを言ったことに対して嗜めたようだと解釈できた。

 やっぱり、メイさんは優しい。

 

 それから一息ついて、エリキは今度は俺に頭を下げた。

 俺はそれがどういう意味なのか、初めは理解することができなかった。


「この世界にワタシたちの居場所を与えて下さったノハ、お嬢(メイレーン)様やアウスサーダ家の皆様デス。なので、どうかお願いシマス。ルナット様には、お嬢(メイレーン)様が無事帰還されるように、守っていただきたいのデス……。何に変えテモ」


 メイさんを守る。頼まれなくても、そうしたい気持ちは山々だ。

 恩とかそういうのもあるけど、きっと関係ない。この子を見た時からずっと、俺はメイレーンという女の子の役に立ちたい、守りたいと感じていた。初めて彼女を見た、月明かりに照らされた美しい姿は、たぶん一生忘れることはないだろう。


「ん、待てよ……? 無事帰還って……」


 少しして、俺は言葉の違和感に気がついた。

 

「あら。もしかしてお父様ったら説明してませんでした? (ワタクシ)、ルナット様の補佐ということでギルファスの選抜に同行するんですよ」

「のええ!?!?」

 

 それって、普通ありえないことじゃ……。だって、アウスサーダ家の一人娘だよ? とんでもないお嬢様だよ?

 普通は、こういうのって諜報員とか、なんかそういう専門の人がつくんじゃ……。


「えっとぉ、危険じゃないの……?」

「大丈夫です。別に命の心配があるわけでもありませんし。それに、ルナット様だけに負担をかけるわけにはいきません。選抜の参加者の中には結構な身分の方もいらっしゃるようで、一人まではお世話係として同行することが許可されているのですよ」


 俺はそれ以上は何も言わなかった。

 だって、メイさんと二人で行けるなんてラッキー以外の何ものでもないじゃん?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ