2 アルバイトの域を凌駕しているのだが…
耳をくすぐるような小鳥のさえずり。一定の方向から差し込む陽光。
朝だ。
瞼をゆっくりと開く。見慣れない天井。信じられないほどふかふかなベッドの感触。穏やかなアロマの匂い。
しかし、そんなことはこの際、問題ではない。
今、俺の問題は、目の前の " 謎の存在 " にどう対処するべきかということである。
なんと表現したらいいのだろう。まず色は全身は白。サイズは人間より一回り大きい。
顔はバッタのようで、体は人のような骨格に不自然なくびれや器官がついている。B級ホラーとかでよく出てきそうな二足歩行型のバッタの化け物といった感じだろうか。何故かメイド服のようなものを着衣している。
それがすぐ近くの椅子に座っている。
数秒考えて、そして俺は叫んだ。
「 ぎゃああああああ!!!! 」
バッタ人間は俺の方を見て立ち上がり、襲ってくるわけでもなくただ頭を下げた。
「早朝から驚かせてしまって申し訳ありマセン」
予想外に女性のような、しかしどこか人とは違う響きの声で話し出した。
「ワタシはこの屋敷のメイドで、エリキと申しマス。ルナット様が屋敷にいる間、身の回りのお世話をするよう申し使っておりマス」
まだ心臓がバクバク鳴ってる。そりゃあ、こんな生き物はじめて見たからさ。
俺は昨日のことを思い出そうとした。
……そうだ、俺はメイさんの屋敷に来て、メイさんのお父さんとお母さんに話をして……。
あれ? それでどういう状況?
エリキは俺の心を察したのか、尋ねる前に説明を始めた。
「昨晩は、旦那様たちとのお話の途中でルナット様は寝てしまいマシタ。ですので、ワタシの方で寝室に運ばせていただきマシタ」
「あぁ〜〜、そうだったんだ。運んでくれてありがとうね。話の途中で寝ちゃって、メイさんたちには悪いことしちゃったなぁ」
「いえ、皆さんルナット様の寝顔を見て愉快そうにされてマシタヨ」
「そうなんだ……それとさっきは思いっきり驚いてごめん」
「気になさらないで下サイ。慣れてマスノデ」
うぅ、そう言われると余計に罪悪感が……。
よく見るとエリキの体のあちこちには、黒いイバラのような形のアザが浮かび上がっていた。見覚えがある。
メイさんの顔の右側、メイさんから見て左側のところにも同じアザがあるのを確認している。そして、メイさんの両親にも同様のアザがあった。
部屋の扉が開き、メイさんのお父さんが顔を覗かせた。
「すごい叫び声が聞こえたけど大丈夫かぁ?」
「あはは……なんでもないです」
「ならいいが……。もうじき朝食ができるからルナット君も来なさい来なさい!」
わざわざ呼びに来てくれたのだろうか?
こういうのってドラマとかのイメージだと、召使いが呼びにくるものでは、と思ったがかえって好感が持てた。
「それから、朝食の後は君に頼みたい仕事について、詳しく話をしておこうか」
◆◆◆
朝食は最高だった。テーブルマナーとか全くわからんかったが、多分そういうのを気にしながら食べるようなタイプの朝食だった。でも、俺は普通に爆食いした。
メイさんのお父さん、タイノンさんからはいい食べっぷりだと笑われた。
メイさんはずっと微笑んでいた。眩しすぎてこの子のことを直視できなかった。光の加減かな……?
朝食が終わった後でホールに案内された。広い空間の中央には石像が立っていた。
むむむ? よく見ると石像はタイノンさんの姿そのものだ!
「どうだね? ワシの石像は! 立派なもんだろう?」
自慢げにいうタイノンさん。「へ〜〜、お〜〜」と適当に相槌を打っていたが正直あんまり興味はなかった。顔には出さないようにしたが(まったく、案外成金趣味なところがあるんだな)と、ちょっとだけ呆れた。
校長先生とかが石像を作って威張っていたけど、これだからおじさんは。
「ルナット君も将来、富と名声を手に入れたら作ってみるといいぞぉ?」
俺の石像? いやまさか。
そんなもの作ったってしょうがないんじゃ…………想像してみると意外と気持ちがよかった。
うん。やっぱり、いいかも。石像。
「君は御三家というものを知っているかい? この国を統治する三つの名家のことだよ」
「なんとなく聞いたことあります。俺のいたコール街を収めてるドンソン家と、ここアウスサーダ家、あと……」
確か、ギラファノコギリクワガタ見たいな名前の……。
「ギルファス家だね」
そうそう、ギルファスだ、ギルファス。
「御三家の中で実質的に国家運営を行なっているのはこのギルファスなんだ」
国家運営とは、またご大層な話だ。
「ほえー。まるで王家じゃないですか」
「はは、「まるで」じゃなく、本物の王家だよ。「元」ではあるけどね」
それから、タイノンさんはギルファスについて軽く説明してくれた。
戦争の時代、この大陸がまだ二つに分かれていたころ。大陸を分つ二つの国、ギルファス王国とオルミナール王国。
ギルファス家は名前の通り、ギルファス王国の王族なのだという。
前にガリ勉ギザオが歴史について語っていたけど、そんな話してたような、してなかったような。
「ギルファスは元王族なだけあって国営の知恵がある。だから、今の統一された国の運営も彼らが主導で法律とかは決まっていく。ドンソンからも法律に詳しい者が出始めているが、基本的に我々はギルファスが暴走しないように否決か可決かを意見していくような立場だね」
タイノンさんは「アウスサーダ家は医療、神学の家系だから」と付け加えた。
教会で神父さんが話してたっけ。アウスサーダ家はイド教のトップなんだったか。
なんだか頼りない気がしてきた。だって、専門外のアウスサーダ家はギルファスの人間が何か悪い法律を作ろうとしても、知識がないから騙されてしまいそうで。人が良さそうだし、宗教色が強いことから禁欲が大事みたいなのがあるだろうから、欲に目が眩んで買収とかはなさそうだけどさ。
「で、ギルファス家が悪いことしようとしてる、とかですか?」
「ほ〜〜察しがいいね! こんなに君が鋭いとは思わなかったよ!」
タイノンさんが驚いたように声を上げた。
大抵こういうゴツい名前の貴族が悪者というのはお決まりだからね!
「もしかして、そのギルファス家をやっつけようってことですか?」
「わはははは、言うことが過激だね、君は!」
今度は外したようだ。
「メイレーンは君に、【魔戦競技】に出てくれと頼んだのかい? まあ、出てもらうと言うのは間違いではないんだが……」
歯切れの悪い話し方をするものだ。何から説明しようか迷っているようだった。
「100年ほど昔まで、この土地は戦争をしていた。それを止めて大陸を一つにまとめてくださったのが、この地に降り立った神だ」
「なんとなく友達から聞きました」
「そうか。しかし、神は人の持つ闘争本能を完全に抑え込むことはできないとお考えになった。そこで競技として魔法での戦闘を行う【魔戦競技】を開催し、観客は大いに盛り上がるという、いわばお祭りにしてしまったというわけだ」
【魔戦競技】の歴史がどう関係するのかとも思ったが、タイノンさんは続けた。
「しかし、厄介なのがこの競技には、御三家用の出場枠があるということだ。いいかい、闘争本能を解消すると言うのは何も選手だけの話だけではない。名家のお偉いが威信を示したいと言う気持ちをぶつける場所でもあるんだ」
自分もその " お偉いさん " だということを置いておいて、タイノンさんはやれやれとため息をつく。
「お偉いさんが大会に出て戦うんですか?」
「いやまさか。名家の人間はスポンサーとなって、お抱えの選手を出場させるんだよ」
「なるほど。俺はアウスサーダ家をスポンサーとした選手になればいいわけですね。そんで大会でギルファスの選手を倒すと」
タイノンさんは、首を横に振る。
どういうことだ? 今の流れはそういうことじゃないのか。
そう思っていると、タイノンさんはとんでもないことを言い始めた。
「ルナット君にはね、 『ギルファス家』 の選手となってもらいたいんだ」
一体どういうことだろうか。
まさかギルファスの選手となってわざと負けると言うことか?
「いやいや、どういうことですか? そもそもどうやってギルファス家の選手になるんですか?」
「なーに、実力さえあれば、簡単なことさ。選抜試験で選ばれればいい」
ギルファス家は元々血統主義で、ある程度由緒ある血統の人間しか周りに置かない。実力があれば誰でも取り入れようとするドンソン家とは正反対の考え方をしている。
ただ、ここ数年はドンソン家の選手が優勝することが多くなったことから、実力主義の有用性を認めざるを得なくなったのかもしれない。ギルファス家側も今年の大会に向けて、大々的に選手候補を集めて選抜試験を行い、実力のある者を採用すると言う方針に切り替えたそうだ。
「君にお願いしたいのは、選抜に参加し、表向きはギルファス家のお抱えになろうとしながら、ギルファス家が何か良からぬことを企んでいるならそれを探ってほしいんだ」
想像以上に大変そうだ。スパイ活動とは、俺にはどうにも向いていなさそうだ。
嘘なんかついてたらすぐバレそう。
「心配しなくてもいい。ルナット君は基本的に選抜で勝ち残ることを考えてくれていればいい。補佐をつけるから、君自身は情報収集をしなくていいんだ」
それを聞いて少し安心した。
「もしギルファスが何も悪いことをしてなかったら?」
「ギルファス家が真っ当ならそれでいいし、優勝しても構わんと思っている。ただ、ここのところよくない噂を耳にしてね。それでこうして君にお願いしてるわけだ」
「悪い噂ですか」
一拍おいて、タイノンさんの眉間が深くなる。
「ギルファス家以外の選手候補が不審死や行方不明になっているんだ。有力なドンソン家が特にだが、どうもギルファス家が今年の【魔戦競技】に合わせて裏工作をしているとワシは睨んでおるよ」
そして、急な実力主義の選抜戦、他の選手候補へ手を回していること、ギルファス家側の突然の動きの裏には次期党首の継承権を巡った争いが根底にあるのではと、ある情報筋から聞いたのだそうだ。
「ワシとしては、そんな主権争いみたいな揉め事は嫌いなんだがねぇ。肩が凝って仕方がない。
が、ギルファスが暴走するようであれば、残りの御三家のワシらの責任となるからなぁ」
次も金曜日更新です!




