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1 メイさんの陽気な家族

挿絵(By みてみん)


 メイさんは『転移魔法』が使えた。それも、俺の使ってる10メートルくらい先に移る程度のショボいやつじゃなくて、別の街に移動するほどの強力な転移だ。


 俺はメイさんの『転移魔法』によって、ほんの数秒でアウスサーダ家の屋敷の前に、つまりメイさんの家に到着したのだった。


 屋敷といったらどんな豪邸かと身構えていたが、意外と質素なつくり建築で、むしろ好感が持てた。

 赤い煉瓦造りの屋根、ところどころの外壁にツタ植物が張り付いている。


 ただ、扉だけは妙に背が高く、アンバランスな感じがした。


「それじゃあ、お邪魔します」

「どうぞ、お上がり下さい」


 中は清潔感のある白をメインとした部屋を暖かみのある光がシャンデリアから照らし出されている。


 さすがメイさんのお家。思った通り上品だ。


 だが、どうにも気にかかることがあった。


「……どうかされたのですか?」

「ううん、なんでも」


 気のせいかもしれないし、昨日の戦いのせいで神経が過剰に反応してしまっているのかもしれない。


 中では3人ほど同じ服装をした、男女が姿勢良く立って出迎えてきた。


 彼らはバルザックを連れて行った見なりのいい男と同じ服を着ていた。アウスサーダ家の使用人の服装なのだろう。


 だが、彼らの物ではないことは分かる。



 " 視線を感じる。 "



 それも、単に見ているというだけでなく、敵意のこもったような嫌な視線だ。


「どうぞこちらへ。旦那様と奥様がお待ちです」


 使用人の1人が俺たちを別の部屋へと案内した。


 いつの間にか視線の気配は消えてなくなっていた。



 案内された部屋では背の高い貴族のような服装のおじさんと、メイさんに似た美人のおばさんが待ち構えていた。メイさんのご両親だろう。二人とも、メイさんと同じ美しい白銀の髪の毛だ。


「おお、よくきてくれたね! ルナット君! 待っとったよ!」


 背の高いおじさんは俺に手を広げながら近づいてくる。


 予想外の歓迎ぶりに戸惑っていると、いきなりハグをしてきたのだった。


 見知らぬおっさんに抱きつかれたら誰だって戸惑うだろう。俺もそうだ。


「お父様ったらルナット様が来て下さって本当に喜んでるのですよ。もちろん母も、そして(ワタクシ)もです」


 そういえば、メイさんにもさっき出会い頭に抱きつかれたし、これがアウスサーダ家の風習なのかもしれない。


 戸惑いつつも、やっぱりこうして歓迎してもらえるのはいい気分だ。ルナットとしてこの世界にいるときは、煙たがられることがほとんどだっからなぁ〜〜。


 しかし、そろそろ離してほしいかも。

 おじさんの腕の中は少々硬くて窮屈だからさ。


「お父様? ルナット様はご記憶がなくなっていらっしゃって、お父様のことを覚えていないのです。初対面のおじ様に抱擁されて困ってらっしゃいます」

「ワハハハハ! これは失敬」


 メイさんのフォローでお父さんはようやく離れてくれた。


「一応じゃあ自己紹介しておこうか。ワシはタイノン・シン・アウスサーダ。メイレーンの父だ!」

「ルナット・バルニコルです」

「ワハハ! 知っとる知っとる! そんで、こっちのがワシの妻、メイの母親のトトメア・アウスサーダ!」


 メイさんのお母さんは、ぺこりと頭を下げた。


「妻は無口でなぁ。滅多に喋らない。ワシでもときどきどんな声か忘れかけるときがあるぞ」


 確かにお淑やかそうな印象だけど……そんなに喋らないのか……?


 病気で声が出ないとかなら分かるけど、この感じだとそういうわけでもなさそうだし、どれほど物静かな人なんだろう。


 そう思っていた矢先。


 メイさんのお母さんはこちらに手を突き出して勢いよくピースをしてきた。


 全然お淑やかじゃない……!


「まあまあ、とりあえずソファーにでも座ってくれたまえよ!」


 進められるまま、高級そうなソファーに腰掛けると、予想以上の柔らかさ!お尻がめり込んだ。

 こんな心地よい座り心地のソファーは初めてだ。


「覚えていらっしゃらないと思いますけど、ルナット様、以前もここにしょっちゅういらしてたのですよ」

「そうなんだ〜。覚えてないけど、きっとこのソファーを気に入ってたんだろうなぁ〜」

「しかりしかり! よくそのソファーでふんぞり返ってたぞ!」


 コクリコクリと頷くお母さん。


 ヤンキールナット、ブレないなぁ……。自分のこととはいえ、呆れちゃうぜ。

 そんな俺を受け入れてくれるアウスサーダ家の人たちの懐の深さに脱帽だ。


 お茶やらお菓子やらも出てきて、これがまた高級そうな見た目で、味も美味しい。うちでメイさんにもてなした庶民のお菓子とは天と地ほど違う。


 それなのにメイさん、そんなことおくびにもださなくて、よく出来た子だぜまったく。


「しかし、仕事を受けてくれて助かったよぉ、君。かなり重要な仕事だから、是非ともよろしく頼むよ」

「仕事っていうと、【魔戦競技(マジナピック)】への出場、ですよね? いやぁ、緊張しちゃいますね〜」


 いきなりオリンピックの選手に選ばれたようなものだ。普通じゃあ信じられないことだ。しかも、何か特別な訓練を受けてきたわけでもないし、すごい家柄の家ってわけでもない。なんなら、魔法の戦闘だったらロズカとかを選んだ方がいい気がする。何故俺がって気もするけど……。


 ま、でもなんとかなるでしょ!


 そう思っていたのだが、お父さんは少し怪訝な顔をしていた。


「メイ。ルナット君に具体的な説明はしたのか?」

「まだです。今日はいいじゃありませんか、お父様。まずはルナット様との再会を喜びましょう。細かい話はまた改めて」

「おお、そうだな。小難しい話は明日にしよう!」


 なんだか込み入った事情がありそうだが、それ以上は明日ということのようだ。

 まだまだ時刻も8時ごろだというのに、この空間が心地よいせいか、妙に眠い。今難しい話を聞かされてもあまり頭に入らない気がする。


 とりあえず、メイさんのお父さんもお母さんもとっつきやすい人たちでとても好感が持てる。


 世間話として、記憶が戻ってから今に至るまでの話を聞かれたのであれこれ話していたのだが、いつの間にか俺は眠りについていた。

次回また金曜日に更新です!

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