44 あの後……
旅商人が平原で魔物に襲われていた。大型のオオカミの魔物、ホールウルフだ。『土魔法』扱い、地中を移動して獲物に近づき、集団で襲うという性質の魔物である。
ホールウルフ自体は珍しくない。平原を移動する中で遭遇することはある。しかし、数がここまで多いのは旅商人の運が悪かったとしか言いようがない。普通は5、6体と言ったところだが、今回は20体以上の群れだった。
無論、地中を移動するホールウルフの数を正確に把握することはできないが、
護衛もこれほどの数を相手にするのは厳しそうだった。
荷台にのっている商品は香辛料だった。匂いがホールウルフたちを引きつけてしまったのだ。
「ぐぁあああ!!!!」
護衛の1人が腕を噛みつかれ、怪我をする。
なんとかそのまま剣でホールウルフの腹を割くが、噛まれたところから出血が止まらない。
状況は絶望的だ。
旅商人は後悔していた。こんなことならもっと護衛を雇っておけば良かった。ここのところ不運続きだ。税金が上がり売れ行きは良くないわ、思っていた値段で品物は売れないわ。少しでも支出を削減しようと移動の際の護衛の人数を最小限にしたらこのざまだ。
誰でもいい、誰か助けて欲しかった。
この哀れな旅商人を……どうか____
「 「身体強化『加速』」 」
噛みつこうと同時に地中から飛び出してきた3体のホールウルフは、空中で不自然な方向に飛んで行った。
いや、ものすごい速さの何かがオオカミを殴り飛ばしたのだった。よく見えなかったが、あれば少年?
少年はにこやかに現れるオオカミを目で追えないほどの速度で殴打していく。
「大丈夫? 怪我はない?」
顔をあげると、いつの間にか肌色が濃い、変わった格好の少女がその場に立っていた。一体いつ、ここに現れたのか。
少女は旅商人を抱え上げると、すぐ近くの木に向かって手をかざした。魔法陣が木の枝のすぐ上に現れ、旅商人と少女は不思議な引力によって木へと引きつけられる。
「とりあえず、ここなら安全だから」
旅商人は安堵した。自分の命はもう助かった。
自分を運んだ少女と、今もなおオオカミをいなしている少年は外見から親族か少なくとも同じ部族なのだということが分かった。この少年と少女がオオカミどもに引けを取ることはなさそうだ。
◆◆◆
エビィーは、自分が助けた旅商人がお礼を言いながら去っていくのを、満足しながら見送っていた。
ホールウルフは数体を殴り倒すと、エビィーたちに勝てないと悟り、残りは逃げていったのだった。
「護衛たちも全員生きててよかったなぁwww」
「エビィーは思いつきでいつも行動して、ボクの負担も少しは考えてよ……」
「wwwwww。にしてもよぉw。ルナットのやつ、しっかり元気でやってっかなww?」
「……あんな性格だし、大抵楽しくやってるだろうね」
「能天気記憶喪失男wwwwww」
「しかし、びっくりしたよ。まさかあの山で人に会うなんて思わなかったから」
「ホントホントww。何があってあんなとこいたんだろな、あいつwww」
「山に向かって叫んでるし、頭おかしい人かと思ったよ」
「で、話しかけてみたら、結構話わかるやつだったっていうw」
「ボクたちへの追手ってわけじゃなかったね。まあ、そんなヘマはした覚えはないんだけど」
「あの西山は立ち入り禁止なんじゃなかったんかよwwww」
「そう、だから僕らにとって都合がよかったはずだった」
「だよなwww」
「あの山なら何かを埋めたとしても、監視用の魔法器具の位置にさえ気をつければ当分は見つからないはずだったからね」
「監視用の魔法器具の位置は、あの方にもらった【共鳴鈴】のおかげで場所がわかったしww」
「【共鳴鈴】便利だよねー」
「近くに監視用の魔法器具があると音で教えてくれる、文字通り魔法のアイテムw」
「監視用の魔法器具は音は拾わないからね。おかげで死角を通って、山奥まで簡単に進めた」
「他人がいねえって思ってたから仕事がしやすかったわww。結果的に帰り道でルナットのやつと会ったわけだけどwww」
「ねぇ……」
「どしたのww?」
「本当に、殺さなくて良かった?」
「誰をw?」
「決まってるよ。
ルナットのこと」
「何言ってんだよwwwwww」
「だから__
「俺たちのしたことに、アイツが気が付いてたって思ってんのかw? そんな感じじゃ全然なかったろww」
「そうだけど……。でも『鑑定魔法』が使えるっていうのは危険だよ」
「ははっww」
「冗談言ってるわけじゃないんだよ」
「いやいや、やめといた方がいいってのwww」
「……」
「俺たちは直感を頼りにここまで生き残ってきた。その直感が言っていやがる。あいつは下手に刺激しちゃまずい。あいつは底が見えねぇ。お前だってそう思ってたんだろ?」
「でもうまく騙せば、罠にはめることもできたと思うし……。それに口止めしたとはいえ、いざとなったらルナット、山で僕たちのことを見たって誰かに言うかも……」
「やめよやめよwww。気の合ったやつを殺すとか、やっぱしたくねぇよww。俺たちの殺しの標的はあくまで「やつ」だったんだからww」
「……」
「きっとルナットは俺たちのことを言わねぇww。そういうやつだよwww」
「だといいけど……」
「大丈夫だってww」
「まぁ……これでドンソン家側の有力な【魔戦競技】の選手が一人減ったわけだよね」
「コヴォーズ・テンニメスww。2対1で奇襲仕掛けるんじゃなくて、直接戦ってみたかったけどなwww」
「でも、任務は最優先。手段は確実であれば確実である方がいい」
「わかってるってww」
「はーあ。殺して、死体を担いで、山登って埋めて……ボクたちが『強化魔法』の術者だからってなかなかのハードワークだよ」
「死体、担いだの主に俺なwww」
「あの方の命令でボクたちはテンニメスを殺した」
「そうだな。そんで、立ち入り禁止の西コール山奥に死体を埋めに行った。あの方の指示どおりに、な」
「全部上手くいくよね」
「ああ。あの方の計画にぬかりはないって」
「今回の【魔戦競技】で優勝旗を手に入れるのはギルファス家」
「そんで、御三家頂点のギルファス家、その家督を継ぐのは…………あの方だ」
『起』学園編 終了です! 読了いただきありがとうございました!!!
とりあえずひと段落着くところまで完成して、一安心しました。(*´Д`*)
次は起承転結の 『承』選抜編 となります! ギルファス家の家督争いにルナットたちが絡んでいくという話となっていきます……!!!
物語の核心に近づきます! お楽しみに!!




