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42 訪れた平和な日常?

 馬車に乗ってから御者がロズカに家の場所を聞いた。ロズカは差し出された地図を指差して位置を示した。


 隣に座るこの綺麗な女の子は結局どういうアレなんだろうか? ニコニコと微笑む彼女に問うた。


「えっと……いまだによくわかってないんだけど、君はなんで俺たちを助けてくれたの? というか俺とはどういった関係?」

(ワタクシ)は……そうですね。ルナット様とはお友達という関係でしょうか?」

「さっき、バルザックが急に静かになったのは?」

(ワタクシ)の生まれがアウスサーダ家という御三家……名家なのです。こう見えて、(ワタクシ)それなりに権力があるみたいです」

「そ、そうなんですね……。やんごとなき感じの……お嬢様……ですか」

「ふふ、ああいう権力が好きそうな方々には家の名前をお聞かせして大人しくしていただくこともあるのですが、(ワタクシ)お友達には畏まられるの好きではないんですよ。以前のように普通に接していただけたりすると嬉しいです!」

「そ、そうなんだ……」


 気まずくて質問したけど、疑問も解消したし、聞くことがなくなって、沈黙が気まずい……。

 困っていたところで、ロズカが質問をしてくれた。


「バルザックはこれからどうなるの?」

「あの方は……殺人意外にもいろいろ掘り返せば出てきそうですからね。とりあえず、国家騎士団に身柄を手渡して捜査してもらいましょうか。

ところで、あなたのお名前を聞いていませんでしたね」

「ロズカ・スピルツ」

「あら! あなたがローディー副支店長の娘さんでしたか!」

「知ってるの?」

「ええ。順当に行けば反バルザック派の筆頭であるローディー様が支店長になって、この街を収める領主のような役割を引き継ぐのではないでしょうか」

「おお! ロズカパパ、出世じゃん!」


 そういえば、バルザックがロズカのお父さんの秘密がどうのこうのって言ってたよな……。


 けど、あんま踏み込まない方がいいよな。というか、そういう系の話、俺よく分かんないし。


「お父様、きっと気が気じゃないはずですよ。早く元気なお顔を見せて、安心させて差し上げませんと」

「うん……」


 じきに馬車は目的地であるロズカの家に着いた。やっぱりロズカ、結構いい家に住んでるな……。

 アメリカとかの広い家とかはこんな感じだって、テレビで見たことあるけど、すご。


「送ってくれてどうも」

「いえ、大したことはしていませんよ」


 少しぶっきらぼうに言うロズカと、お上品に答えるメイレーン。



 見送ろうと一緒に馬車を降りると、ロズカは振り返った。


「あのさ、ルナット。助けてくれて、嬉しかった。ありがとう」


 さっぱりとしたショートヘアのボーイッシュで無愛想な少女の、見たことのないような、はにかんだ笑顔を見て、ようやく実感が沸いた。

 やっと終わったんだ。


 胸の奥で暖かい泉が湧き出しているような、不思議な感覚だ。


 ありがとうはこっちなのに。

 そう思ったが、上手く言葉にはならなかった。


「俺たち頑張ったよね。頑張ってあの極悪権力ヘンタイオヤジをやっつけた!」


 俺はファイティングポーズをしてシュッシュッとシャドーボクシングをした。「何そのネーミング」と笑われた。


「これで少しはモンドー先生の供養になったかな」

「うん……きっと天国で見ててくれたよ」


 この世界には神様が降臨してるんだ。なら、天国の存在を信じてみてもいいのかも。

 


 ロズカを送ったあとは、今度は俺の家まで行ってくれるという。めちゃくちゃ親切だ。

 ロズカが降りたことで空いた向かい側の席に座る。


「お好きなのですか?」


 メイレーンの唐突な質問に座っているのにこけそうになる。


「な、なにが?」

「ロズカ様のことですよ」


 からかっているのでなく、疑問を口にしただけ、といった調子なのがこの子らしさなのだろう。

 「天然お嬢様」という単語が頭に浮かんだ。


「いやいや、そういうのじゃないから。こっちの世界に来て__いや、記憶がある中で、一番親身になってくれた友達だよ、ロズカは」

「そうなのですね」


 そもそも、こっちは前世含めて恋だなんだという感覚に陥ったことがないんだ。初恋だの、一目惚れだの、犬に食わせておけ…………と思っていたのだけども……。


 目の前にいる同世代くらいの、何とも可憐で儚げな女の子を見ていると、胸の辺りがキュンキュンとして息苦しくなってくる…….。



 あれ、これってもしかして…………心不全?



「そ、それにしてもごめんね。助けてもらった上に、家まで送ってもらって。メイレーンさん」

「メイ、とお呼びください。親しい人からはそう呼ばれてます」


 親しい……ぜんっぜん記憶ないけど、親しいなんて言ってもらって、憎いぜルナット!


 べ、べつに浮かれてなんかいないんだからね!


「それじゃ……メイさん」

「はい! ルナット様。ちなみに「送る」というのは語弊がありまして、正確にはご両親にきちんとご挨拶に行かなくてはと思っているのです」


 ご、ご両親にご挨拶に!!!!


 なんの挨拶だ!?


 「おはようございます」か? 「こんばんは」か? 「ごきげんよう」なのか!?



 それとも……「息子さんを下さい」かぁあ!?!?



「ルナット様はご記憶を無くされる前、(ワタクシ)のお願いでお仕事をしていただくことになっているのです」

「し、仕事?」

「はい。泊まり込みで数週間かかるので、ちゃんとご両親に説明しておかないと心配されますし」


 にこやかに言うメイさん。

 俺の承諾もないままやることが決まってしまった……。いや、覚えてないけど以前の俺が約束したことか。


 とはいえ、俺はワクワクしていた。

 メイさんと一つ屋根の下……いや、新しい冒険の旅にね!



◆◆◆



「というわけで、ルナット様の濡れ衣は解消されたのでご安心下さい」


 家に着いて両親に事のあらましを簡単に説明した。言葉足らずなところをメイさんが手伝って説明してくれて、何とか伝わったみたいだった。やれやれ、説明は大変だ。


 心配性な母は今にも卒倒しそうだったが、なんとか堪えていた。


「どうもうちの愚息がおせわになりました。危ないところを救っていただいただけでなく、わざわざお越しいただいたのに、こんなおもてなししか出来ずすみません……」

「そんな。十分もてなしていただいてますよ。このクッキーも美味しいです」


 平民の家系のバルニコル家一同にはそれこそ雲の上の人という存在のようで、とにかく両親は緊張しているのがわかった。


「それでさ。俺、この人の元でしばらく住み込みで働かせてもらうことになっててさ。アルバイト」

「な、なんだって……」


 両親はどうしたらいいのかと狼狽していた。

 メイさんの口ぶりからして記憶がなくなる前から約束してたみたいだけど、やっぱり、不良のルナット少年は両親にそんなこといちいち報告してないよね。


「ほら、助けてくれたメイさんに恩返しもしたいし」

「しかし……こんなバカ息子がアウスサーダ家のお役に立てるのですか?」


 父、地味にひどい。


「ルナット様はとっても素晴らしい才能をお持ちですよ。お話し相手としても退屈知らずですし」

「だといいのですが……。ちなみに息子は何のお仕事をするのでしょうか?」

「うちの屋敷の掃除家事全般をお手伝いいただきます」


 眉を顰める母。失礼がないようにと露骨に態度に表しはしないが、怪しまれているようだった。

 「息子さんは才能をお持ちですよ」の流れから、それは不自然だよ……。所々抜けているお嬢様だ。


 しかし、笑顔で言い切るメイさんに、両親たちもそれ以上内容を追求することはしてこなかった。


「わかりました。それで、住み込みはいつからとなるのでしょうか?」

「明日ルナット様がご近所に軽くご挨拶をされたら、出発するという予定です」


 両親は顔を見合わせた。


「もう決めたんだから、止めないでよ」


 ミアはというと、俺が家に帰ってきてから、一言も罵倒や攻撃的な言葉を吐いていなかった。それどころか潤んだ瞳で堪えるような表情で見てくるだけだった。これは、心配してくれたということなのかな。

 教会で別れてから時間にしてそれほど経ってないのだが、なんだか随分離れていたような気がする。


 「アルバイト終わったら……絶対家に帰ってきなさいよ!」


 ミアちゃん、そんな当たり前なこと言わなくても。今生の別れじゃあるまいし。

 ここにきて初めて見せるツンデレの「デレ」を堪能しつつ、妹の頭を撫でた。


「か、勘違いしないでよね! まだお店にあったタワーの模型、買ってもらってないのに約束すっぽかされたら困るってだけなんだからね!」

「あのお値段お高いやつね。約束は守るよ」


 しばらくこの家を離れると思うと、少し切なくなった。

 お父さん、お母さん、ミア、また帰ってくるまで、元気でね。


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― 新着の感想 ―
ツンデレなロズカ、実は可愛い女の子な部分もあることに感動。きっとロズカとルナットの間に、友達以上の何かが育ってきているに違いない。さて、メイの元でのバイトとは・・。気になります。
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