41 決着
そういえば、2024/4/26に第1話に 『起』学園編 のメインキャラクターのイラストをつけてあるので、もしまだ見ていなくて興味のある方は見てみて下さい!
どのキャラがどれか伝わるものになっているといいのですが……。
「すごいすごい……意表をつかれたよ……
ただの目眩しだと思ったのに、火薬だったなんて」
痛みに顔を歪ませながらも、まだまだバルザックには余裕のありそうだった。
拘束具で縛られ、芋虫のように体を起こすこともできないでいるくせに、威勢だけは未だ衰えない。
「火薬じゃなくて小麦粉だよ。知らない? 粉末が舞ってるときに引火すると、連鎖して周りの粉が燃えることで爆発する、粉塵爆発ってやつ」
以前グレイオスとの戦いのときに使おうと思っていた切り札だ。リュックの中に魔法陣を仕込んでおいて、相手の頭上に転移魔法でリュックの中身を転移させる。魔法陣を覆っているリュックは転移されずに小麦粉の袋だけが上から降ってくるという仕組みだ。『炎魔法』か『雷魔法』の相手なら有効だろうと踏んでいたのだ。ただの目眩しだと思って魔法を発動した瞬間に、ボン! 今回、見事に作戦がうまく行ったのだった。
「まさか、魔法戦でこんなお子様に負けるとは思わなかったよ」
「俺たちはこのまま逃げさせてもらうよ」
「どうぞご自由に。だけど魔法戦で勝ったってなぁ、お前らガキが権力者である私に結局勝てないんだよ」
ドンソン商会コール街支店長という地位は、この街で非常に大きな力を持つ。
まともに法律や正義で勝つことはできない。
「お前たちは連続殺人犯! どこへ行ってもおたずねものだぁ!」
地べたに這いずりながら、それでも勝ちを確信した表情。待てよ…………お前たちということは、ロズカまで濡れ衣を着せるつもりか?
「殺人犯は俺なんだよね? ロズカは関係ないはずだけど」
「共犯ってことにしておくさぁ……。ローディーの権力も潰したし、私に逆らえる者などこの街にいない」
「父をどうしたの?」
「どうもしないさぁ。ただ、ちょっとした秘密を教えてもらってねぇ。いや実に興味深い話を聞いちゃったんだよねぇ〜〜……。ローディー君は私に逆らうことはできない、秘密をバラされるわけにいかないからさ」
唯一の頼みの綱だった、ロズカのお父さんも何やら弱みを握られ、身動きが取れなくなってしまったようだった。
こいつは、完全な悪党だが、権力は本物だ。
そして、俺たちは無力な子供だ。
どうやっても、こいつを真の意味で黙らせる方法は……今の俺たちには、ない。
すぐ数メートル先に上品な白い馬車が勢いよく停車した。
バルザックがロズカを捉えていた馬車とは毛色が違う。一体あれは……。
何もできずに、突然の来客に目を見張っていると、扉が開き、中から人が出てきた。
最初に目に入ったのは長い白銀の髪の毛。出口の低くなっている部分に頭が当たらないようにお辞儀をするような格好で扉を潜ったからだ。
続いては雪のように真っ白な肌の少女。引き立てるシンプルながら綺麗なドレス。憂いげな瞳とあどけなさの残る輪郭。
その完璧とも言えるような外見に対して、全くといっていいほど異質な黒い薔薇の蔓のようなアザが顔の右側から首へと伸びていた。
ゾッとするほど美しい。
俺はそう思った。
この場の人間の目を奪った、その美しい少女はどうにも歩きにくそうなヒールの靴で、駆け寄ってくる。
そして____ありえないことが起きた。
少女は俺の胸に抱きついてきたのだ。
「ああ、やっと会えましたわルナット様! 心配していましたんですよ!」
どどど、どうしよう!
何も分からないのに、とんでもなく綺麗で、しかも俺に抱きついた少女に対して、俺はどんなことを言えばいいのか?
「ポーパース神父から聞きました。ご記憶をなくされてしまっているのでしょう?」
ポーパースという名前に聞き覚えはないが、神父といえば教会で出会ったあのハゲた高齢の神父しかいないだろう。
突然主導権を奪われて苛立っているのか、バルザックが必要以上に大きな声で割り込んできた。
「ちょっと、ちょっと! 誰だか知らないけど、見て分からない? 今立て込んでてさぁ。そこのルナットちゃんは殺人犯の上に、捕まえようとしたおじさんのこともこうやって暴行したわけよ。それがどれだけ罪が重たいかって思い知らせてあげてるわけ」
「あら、そうなんですか?」
キョトンとした顔で俺の方を見る女の子。
この状況で、どう考えても異質。
この子、誰かも分からないし、成り行きも、事の重大さも分かっていなさそうだ。
「違うよ。あいつが罪を俺になすりつけたんだ」
「ははは!!だぁかぁらぁ!往生際が悪いよなぁ!
この私、バルザック・ウォルス様に罪を問うことなんてできるわけがないんだっての!」
「あいつに何言っても無駄なんだ。とにかくここは逃げた方がいい。君も一緒にここから離れて__
袖をひっぱろうとしたが、彼女は思いの外その場を動こうとはしなかった。それどころか、縛られているとはいえギラついた目のバルザックに向き直って淡々と話し始めた。
「バルザック・ウォルス様とおっしゃるのですか。名乗っていただいたのですから、私も名乗らなくては失礼にあたりますね。
私の名前はメイレーン・ディア・アウスサーダと申します」
そんな名乗ってる場合じゃ……
早く他の衛兵が来る前に、この場を離れないと……
と、思ったのは俺だけだったみたいだ。
ロズカも、あれほど勢いづいていたバルザックでさえも、この事態の状況認識ができていなかったことに気付かされて息をのんでいた。
「ア、アウスサーダ……まさか、お嬢さん……アンタ……」
パクパクと口を開けたり閉じたりを繰り返すバルザック。名前がいったいなんだというんだ?
アウスサーダ……アウス……サーダ?
聞いたことは、あるような……?
ロズカが呟いた。
「メイレーン・ディア・アウスサーダ。御三家のアウスサーダ家の一人娘……」
月明かりに照らされた薄く張り付いたような笑顔。薄く開いた目がみすぼらしく怪我を負った男をじっと見下す。
「どうやら私のルナット様がお世話になったみたいですね。支店長さん」
みるみるうちにバルザックの血の気が失われていく。賢しく状況判断に優れた男の口は小さく「嘘だ……嘘だ……」と呟いている。
「確かにドンソン家にとってあなたを失うのは少し痛いかもしれませんね。でも、アウスサーダ家を敵に回すほうが、ドンソン家にとってもっと都合がよくないと思うのですよね。私の大切なルナット様のことを散々可愛がっていただいたわけですから、ドンソン家の方にはそれなりの抗議をさせていただきます。その際、あなたの処分は免れないと思うのですが……どう思われますか、支店長さん」
陶器のような洗練された見た目の少女と、見下ろされるボロボロの中年男。
「どうなさったのですか? そんなに青ざめて。 " この街一番の権力者 " なのですから、その権力で私のことも、どうにかしてみますか? 支店長さん」
彼女が「支店長さん」と口にするたびに、少女が支店長ごときがどうにかできるような相手でないことをひしひしと思い知らされているようだった。
銀色の髪の少女は軽く後ろを向いて、誰かしらに指示を出すような口ぶりを見せた。
「お連れして」
いつの間にか周りにきちんとした身なりの男がいた。
少女の指示を受けた男は、バルザックのすぐ近くまで歩き、彼自身とバルザックがおさまる魔法陣を召喚し、光と共に姿を消した。
間違いなく、それは『転移魔法』だった。
悪の親玉バルザックは、どこかへの連れ去られたのだった。
残された俺とロズカ。いつの間にか蚊帳の外、当事者から観客に成り下がっていた。
突風のように登場して、ペースをさらっていったのは、このメイレーンという少女だった。
「ああ、そこの女性の方もお怪我はありませんでしたか?」
「……大丈夫だけど」
「そうですか。何よりです。でしたら、まずあなたをお家までお送りしますので、馬車にお乗り下さい」
メイレーンと名乗る少女はロズカに馬車に乗るように促した。
何も言えずにいるまま、あっという間に状況は180度良くなっていた。立ち尽くしている俺にメイレーンさんは腕を組んで、彼女の乗ってきた馬車に連れて行こうとした。
「さ、ルナット様も参りましょう」
この不思議な少女を見ていて、俺は「麗しのご令嬢」という単語を思い出していた。きっと間違いないだろう。この子が以前どこかで聞いた「麗しのご令嬢」その人なのだろう。なんと麗しいことだ……。
ロズカがメイレーンさんに密着されてる俺をとても睨んでいる気がしたが、きっと気のせいだろう。気のせいなのかな……?




